魂の別れ
それは知っていたこと。
でも、知らないふりをしていたこと。
結婚し何十年と連れ添ってきた相方との別れ。
私はそれを不思議と悲しいとなんとも思わなかった。
子供や孫、ひ孫との葬儀でも、ボンヤリとしていた。
何を思えばいいのかわからない、そんな気持ちだった。
そして私の番。
数年経って、私も向こうの世界へと行くことになった。
「今日の魂は珍しいですね」
女の子と男の子が、私をどこかへ連れて行く。
「私たちは魂回収班。あなたを神のところへと連れて行くことになってます。安心してついてきてください」
「え、ええ」
体から離れて行く一方で、なにか、左手の薬指に違和感がある。
みるとどこかにつながっていた。
「サイン神に連れて行くべき?」
「初めてだからな、その方がいいんじゃないか」
知らない神様の名前をあげる2人に、何も言えないまま、どこかの家へと連れて行かれる。
「失礼します」
雪山のロッジのようなところだ。
遠くには絵でしか見たことがないマッターホルンがそびえている。
「おお、いらっしゃい」
中はとても暖かく感じる。
「先立たれて数年、彼のことを思い続けてきた。そんな表情ですな」
50歳か、60歳の直前か。
それぐらいに見える。
この人が神様だとするなら、予想とは全然違う。
「人は不思議なものです。ここもたくさんの人が行き交いました。楽しげな人、悲しげな人。愛する人を置いてきてしまった者、あるいは追いかけて行く者。あなたの指は、彼とつながりを求める者でしょうな」
どうぞ、と小さなコーヒーカップが私の前に出される。
椅子が男の子によって、小さな折り畳み机が女の子によって用意される。
「ありがとうございます」
飲むと、コーヒーの味がする。
エスプレッソで、すごく濃い。
「ただ、あなたには申し訳ないですが、時に決断が必要となるのです」
金属、きっとステンレスでできたハサミが、机に置かれた。
「さて、どうなされますか。追いかけて求め続けるのか。それとも、ここでお別れして新たな出会いを求めるのか」
ハサミは単なる象徴だろう。
この人が何が言いたいかはすぐにわかった。
「私は……」
どうしたいのか。
「ここで立ち止まるのも大いに結構です。ここはそういった人たちのための宿ですから。あなたと繋がれている方を、あなたがいつまでも待つ。それも選択肢の一つでしょう。私は止めませんし、むしろいいことだと思います」
「じゃあ……」
ここで待とうと思った時、彼がさらに続ける。
「しかし、新たな出会いもまた祝福の先にあります。未だ知らない大海原へ、道先も知らずに飛び出すのも、十分良いことと考えましょう。ただ、二つとも追うことはできない。新たな出会いのため、ここで彼をおいて行くか、それとも今までの思い出のため、ここで彼を待ち続けるか」
「……どっちかしかないのですか」
「ええ、どちらかしかありません。それを選ぶのは貴女です。私は選ぶことができない」
寂しそうに彼が話す。
きっと彼はここの住人で、先に進めない人の1人。
それを思うとなんだか込み上げてくるものがあった。
「分かりました」
私は選んだ。
ハサミを持ち、それで薬指の少し先の空間を切る。
すぐに指は元の形へと戻った。
「……分かりました。ではごゆっくりとおやすみなさい」
来世で彼と出会えることを楽しみにしております。
そう言われた気がした。




