一年生 6月-4
しかし、思ったよりも早く決着がついたな。余裕がある。それにこうやって移動している間、やることもないし。少し聞いてみるか。
「なぁ、峰内はどうして安藤真希子を探しているんだ?」
「……どうでもいいが、なぜさっきから安藤真希子とフルネームで呼ぶんだ?」
「……いいやすいから?」
「聞き返さないでくれ、俺にはわからない」
呆れたようにため息をつかれる。って、話がすり替わってるぞ。俺は気を取り直して再び聞く。
「それで、なんで探してるんだ?」
「…………」
峰内は今度は黙る。俺は慌てて付け足す。
「あ、いや別に答えたくないならいいんだけどさ。ただ気になっただけだから」
俺はそれでさっきのことはなかったことしようとした。こんなときに雰囲気を悪くしても嫌だし。俺と峰内は知り合ったばかりだしな。あんまり込み入った事情なんて聞いてられない。
けれど、そんな俺に峰内は首を横に振って答えた。
「言う事自体は構わない。むしろ、誰かに聞いてほしかったことだ」
……つまりは、相談か。けど――
「何で俺なんだ?」
「島抜が俺を助けてくれたから……かな?」
「助けたって……大袈裟だな。それに俺は言ったように自分のためにやっただけだ」
「それでもだ。いや、そう言えるお前だから……だな。島抜はすごくいいやつだと思う」
峰内は感謝しているとばかりに、柔らか笑みを浮かべる。
俺は自分のためだって言ったばかりなのに……。話聞いてたのか? わからないやつだ。
「それに俺はクラスでも孤立しているし。あんまり話せる相手もいないからな」
「そうなのか?」
別にそんな風にはみえないが。俺とも話していたし、大輝にも話しかけれてたし。
「ああ、周りからはクールだとか見られているらしいが、実際は友人がいないだけだ」
友人がいない……か。それを踏まえると……さっきの峰内の嬉しかった気持ちは何となく分かる気がする。
『そういうことなら、大切にしなよ?』
昨日大輝に言われたその言葉を思い出す。
あのときは、特別な存在。伊久留のことを思っていた。そして、峰内にとって今の俺は、俺にとっての伊久留と同じようなものなんだろうな。
なら――
「話てくれよ峰内……いや、透」
俺は透のことを大切にしたい。もし、透が特別だと思ってくれてるなら、俺もそうなりたい。
「悲しいこと言うなよ。俺とお前は、少なくとも友達だろ?」
「島抜……そうだな、巧人。気にすることじゃないな。いや、それは俺自身の問題だったんだから」
透は清々しいといった気分で笑う。
その言葉の意味は俺にはよくわからなかったが、でもそんなことはどうでもいい。
俺たちが友人となれたということは変わらないのだから。
俺もそのことに嬉しく感じて笑った。
透は周りをみて、人がいないことを確認すると廊下の途中に立ち止まる。そして、ポケットからなにやら取り出し、話し始めた。
「実は今日、学校に来たら下駄箱の中にこんな手紙があってな」
そう言って見せられたのは、なにやら可愛らしいデザインの封筒。さらに下駄箱に入っていたと言う状況。明らかにラブレターだな。
「告白でもされたか?」
「端的に言うとそうだな」
なるほどな。探していた理由も、昼休み中がよかった理由も全部納得がいったぞ。
しかし、下駄箱って……。本当にそんなことするやつっているんだな。驚きだ。しかもあの安藤真希子がだし。イメージが結びつかない。
まぁ、それはいいとして、透の話だ。
「つまりはそれを受けるかどうかで悩んでいると、そう言う事か?」
「ああ、そうだ……が、そうじゃない」
どういう意味だ。そうだけどそうじゃないって。なぞかけか? とんちか?
「受けるかどうかで悩んでいるというよりも、もっと気持ちで悩んでいる」
「好きかどうかとかってことか?」
「そうだな。俺にはよくわからないんだ。人を好きになるってことが」
つまりは、今まで誰も好きになったことがない。恋愛感情を知らないってことか。
俺にはそろあちゃん(9)とか、かよちゃん(9)とかいっぱい好きな人っているからな。あんまりわからないことだ。
だけど、それでも俺が今言えることがある。
「でも、相手は真剣にその手紙をくれたんだろ? だったら、お前もちゃんとそれに応えるように、真剣に返せよ」
「そんなことわかってるさ。わかってるからこそ……わからないことに悩んでいるんだ」
そう言って透は前髪をかきあげる。
そうか。透も真剣なんだ。だからこそ、好きだって気持ちがわからないという答えで済ませたくないと思ってる。失礼なことだとわかってる。
俺には何ができる?
俺に言えることは何だ?
それはまだ定まらない。決めるためにはもっと、透のことを知るべきだ。
俺が伊久留と仲良くなったときのように。
そうしなければ、俺も『真剣』になれない。
わかることができない。応えることができない。
「透は何が分からないんだ? 恋愛なんて周りにいくらでもありふれてる。漫画でもドラマでも、それをみていれば、何となく理解できるものじゃないか?」
「そうかもな。だけど、それはどこか自分は違う。自分とは縁遠いもののように思えてしまうんだ。自分自身に置き換えることができない」
「……それは、どうしてだろうな。それには理由があるのか?」
「理由か……。たぶん……あるな」
「どんな?」
「俺にはこの安藤という人物以外にも、好きだと言ってくれる人がいる」
なんだ、実はモテモテか。いや、イケメンだとは最初に会ったときから思っていたけど。告白受けたことに悩んでいたからな。てっきり初めてのことだと思った。
「それを俺は嬉しく思っていた。だがな。それは決して結ばれてはいけないもの。それなのに、相手は好きだといい、俺は分からなくなる。どうして、好きでいられるんだろうな。報われないとわかっても」
結ばれてはいけない……か。言い方が抽象的だが、それがどんなものかはわかる。
俺にも、似たような相手がいるからな。……唯愛。
「今のが理由だ。俺には、そんなことできるとは思えない。そんなに人を想うことなんてできない」
「……そうか」
よくわかった。透が悩んでいることも。それに俺がなんて言えばいいのかも。
「お前は知らないもんな。人を好きになった時の気持ちってものを。俺もさ、それを説明するのなんてできない。でも、やっぱり言えることは好きって気持ちは、抑えられないんだよ。相手がどんな人かなんて関係ない。好きになったらそんなもの、全部跳ね飛ばしてしまうんだ」
だから、唯愛も俺を好きだと言ってくる。何度俺が拒もうと、それがいけないことであったとしても。
あいつには好きだという気持ちがあるから。
「……わからないな。俺には」
「ああ、わからなくていいんだ。いつか、お前が好きだと思える人が現れた時に、わかればそれでいい」
「そんな相手ができた時に、俺にわかるかな?」
「すぐにわかるさ。特にお前のようなやつならな。お前が理解できない気持ちと、そしてその想いをぶつけてくる相手が近くにいるんだから」
その気持ちはすごく特別なものだから。間違うことはない。
ゆっくりでいいんだ。焦らなくていい。人はそれぞれ違うんだから。
「……でも、それじゃ今回は、俺は気持ちに応えてあげることはできないな」
「何言ってんだ。お前はただ言えばいいんだよ。他に好きな人がいるって」
「好きな人? 俺はそんな人……」
「いないんだろ? でも、いつかきっと出会える日が来る。それがいつかは知らないけど、お前が求めていれば、絶対に来る。だから今は、その人を探しているんだって、そう言えばいいんだよ」
「けど……そんな答え、真剣じゃないだろ?」
「……真剣だろ。お前だって」
否定しようとする透を諭すように俺は見つめる。
「確かに俺は真剣に答えてやれって言った。それはお前が相手のことは一切考えてない、自分の気持ちの部分だけで物事を見ていたからだ。けど、今は違う。お前は俺に言われてわかっただろ? 好きになった気持ちは知らなくても、好きになるとそれはすぐに気づけるものなんだ」
透は黙ったままでいた。それは、俺の言葉を噛み締めているのか、それとも分かりかねているのか。
どちらかは知らないが、俺は続けていく。
「お前が分かんないって言った、さっきの相手もそうだ。お前は知らなくても、お前じゃできないことだと思っても。それだけになれるくらいの相手じゃなきゃ、『好き』ではないんだよ」
俺はそう思っている。くのはちゃん(9)のことを……小学校のみんなのことを、それほどに。それ以上に強く想っている。大好きなんだ。
「だから、今のお前は相手のことを考えている。自分にとっての相手を考えている。そんな今の透なら曖昧じゃなく、自分の答えを言えるはずだ」
そこまで言うと俺は一息ついて間をおき、締めの言葉を言った。
「さっきの答えは、曖昧に聞こえるかもしれないけど、やっぱり真剣なんだよ」
俺はこれで自分で言えることすべてを伝えたつもりだ。
ここから先、どう思うのか考えるのかは、透自身。
俺の言っていることは結局、自己満足だ。自分自身が納得のいくようになれるかだ。
でも、それでいいんだ。それができていないと、透は前に進めない。相手を見れない。そのために自分なりの理由が必要だっただけだ。
透は、俺の言葉を聞くと一度目をつぶって、表情を崩した。
「ふ……そうか。そうだな。俺は確かに、少しだけ変わった。さっきまでも違ってちゃんと真剣に向き合えた」
その顔はどこか嬉しそうだった。納得したという事か。
透は、俺の言葉を受け入れたようだ。これで……ちゃんと返事もできるな。
俺もなんだか肩の荷が下りたように、心が軽くなる。ちゃんと手伝えたんだって達成感があるな。
「でも、あんな答えじゃちょっとメルヘンチックだな。女子みたいだ」
透はそう少し冗談めかしたように笑う。それはたぶん、さっきまで真面目な空気を消すためのものだったのだろう。
だが、俺はそれに優しい声色で答えた。
「いいんじゃないか、別に。少なくとも俺は、人が真剣なのに、笑ったりしない」
「……!」
透は驚いた顔をして俺を見る。そんな透に俺は続けた。
「それがたとえ、どんなものであってもな。だから俺は、お前を好きだという安藤真希子の気持ちも、もう一人のやつの気持ちも。そして、お前の気持ちも。全部真剣で大切なもので……笑うなんてできるわけがないだろ?」
「…………」
何も言わずに俺を見続ける、透。きっと、俺がまた真面目な話をしたせいでそれについてこれてないんだろう。
だから今度は、俺から空気を変えるために笑いかける。
「てか、それ俺の言葉だし。自分で笑うなんてできないだけだけどな」
だがそうするも透は黙ったままだった。顔もどちらかと言えば沈んでいる。いや、何か考えているだけか?
とはいえ、そんなことに構っていられるほど時間はないな。話を聞きすぎた。透の計画通りにするなら、さすがに動かないとな。
「……さて、さっさと探しに行こうぜ? こんな場所で突っ立っていてもしょうがないしな」
「……ああ」
俺が歩き出すと透はその後をついてくる。このとき透のした返事は、どこか気の抜けたものだった。