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一年生 6月ー2

 教室でのこと。

 6月ももう少しで終わり。そんな頃の昼休みに、それは起こった。


「おーい巧人、飯食おうぜ!」


 そう言って声をかけてきたのは、中岡大輝。

 5月に少し知り合いになり、友達と言う事になった普通人間だ。

 けれど、『少し』と言ったように、その時以外では関わりはほとんどなかった。まぁ、おはようとかのあいさつや、日常会話をたまにするくらいだ。だから俺は、不思議に思ってたずねた。


「珍しいな。どうしたんだよ」

「いや~……みんな学食のほうに行っちゃってさ。俺はだったら~って思って」


 なるほどな、理由はわかった。こいつの性格も、何となく理解しているし。他に仲のいい友人がいようとも、その状況で俺のところに来るのは、当然かもしれないな。

 大輝は学校カースト制度で考えると、上位のほうの人間だ。それに比べ、俺は下位。俺は上位は苦手だ。


 だが、今回は別にいやではない。これくらいたまに関わるくらいなら、俺のほうも全然OKだ。

 何故ならそれはつまり、俺と大輝は微妙な距離感ということ。特別仲が良くもないが、こうやって話とかをたまにする程度ではある。それで友人ではあるのだから、願ってもないことだ。


 それに、大輝の友人が俺に関わるという状況も防げる。大輝みたいなやつが作る友達っていうのは、大輝と同じように誰とでも話せたりするやつらだからな。アウェー感とかもあるし、一対一なら気にすることもない。

 俺は「分かった」と返すと、俺の席の隣に大輝は座った。そして大輝は俺の後ろに視線を向けて、疑問を漏らす。


「……って、あれ? 承全寺さんは?」

「ああ、あいつなら部室だと思うぞ」


 なんだか最近は付き合い悪いからな。……いや、それは元からか。

 けど、前と違って教室にはいないし。友達ってものに本格的になって変わらないどころか、悪化しているのはどうなんだ。

 そんな俺の返事に、大輝は苦笑しつつ答えた。


「まぁ、女子だしね」

「? どういう意味だよ」

「え? いや、普通の意味だけど」


 普通の意味……ってどういう意味だ? 結局戻ったぞ。

 俺が分からない顔でいると、大輝は諭すように言った。


「だって、男子と女子が一組だけで食事するのって、気まずいものでしょ?」

「……そうなのか?」

「いや、普通そうでしょ」


 また普通……。くそ、何故だが大輝から言われると、すごく説得力があるな。


「例えば、そんなところ見せられたら周りは付き合ってるように勘違いするだろうし」


 む、それは嫌だな。付き合うならあんなちゃん(6)みたいな低身長のツルペタがいい。……それだと伊久留も同じじゃん。


「ん~……でも、実際どうなの?」

「どうって?」

「承全寺さんのこと。付き合ってるの?」

「付き合ってるわけねーだろ。友達だ。変なこと言うな」


 俺と伊久留が? あり得ないだろ。……あんなことあってから言っても説得力がかけらもないが。


「だってさ、気になってたんだよね。承全寺さんって大人しいというか、人と話したりって全然してないから」


 そうだな。伊久留は大抵一人で本読んでる。俺も4月に部室の鍵取りに行くとき以外では、伊久留が誰かと話すところなんて見たことない。

 俺だって話す機会が減ってきてるし。部室に行っても結構が無視状態。おかげですごく静かだ。


「けど、巧人とは話したりするでしょ?」

「まぁ、友達だし」


 てか、何回同じこと言わせるんだよ。


「そう、友達なんだよね。巧人はあの承全寺さんと。それに、現代文化研究部で活動している。二人きりで」

「ああ」

「もう、それだけ聞くと明らかに付き合ってる人だからね」


 ……見えるか? 俺側……いや俺たち側からは一切気にしてなかったしな。とりあえず、他人に置き換えてみよう。

 男女が二人きりで食事をし、休み時間などではよく会話をしていて、部活も二人で活動している。……うん、見えるな。


 だが、それは誤解だ。俺たちは友達でしかない。もっと言えば、他に友達がいないだけだ。だから、必然的にいつも一緒にいるような感じになっているだけだ。

 それで付き合っているとか言われると……困るな。唯愛のときと同じで、勘違いされるのはものすごく嫌な気分になる。あれは俺の周りのせいもあったかもしれないが。伊久留も迷惑だろう。少なくとも大輝にはちゃんと言っておこう。


「俺たちはただ、数少ない気の合う友達ってだけだよ」

「うん……なるほど。そういうことなら、大切にしなよ?」

「……ああ、もちろん」


 言われなくても大切にするさ。俺にとっても、伊久留にとっても。お互いが最初の友達だってことはずっと変わらないんだからな。

 それは特別な存在で、誰にも代えることのできない相手だ。


「まぁ、いいや。さっさと飯食べよう!」


 大輝はその空気を吹き飛ばすかのようにそう言った。気づいたら、しんみりした感じになっていたな。大輝の返答もあったからか。

 ……こいつって、案外いいやつだな。茶化したりせず真面目に話をして、答えもした。大輝には苦手意識持っていたけど、それが払拭されたようだ。


 俺はちょっとだけ気分をよくしつつ切り替えて、自分の弁当に手をかける。と、そこで大輝のほうを眺めて、その正体に目が留まる。


「……お前、今回は弁当なのな」


 そう、大輝の目の前には弁当箱が置かれていたのだ。前はパンだったから、てっきりそういう家なのかと思っていたのだ。

 俺がたずねると、大輝は「あー」っと答える。


「そう言えば、前は購買で買ってきたパンだったもんね」

「ああ、それなのに、なんでだ?」


 ただ単純に気になって聞いただけだった。そこから会話が発展することもない、一言答えたら「ふーん」っと、流して終わるもの。

 その程度で聞いただけだったのだが、大輝の回答は予想外のものだった。


「俺、今は一人暮らししているからさ。自炊で安く済ませたいじゃん」


 ……んん? なんだって? 今大輝のやつ平然と語ったが、それはちょっと聞き流せないぞ。


「その歳で一人暮らしなんてしてるのか?」

「その歳って……そんなに変か?」


 疑問形で聞いたら疑問形で返された。俺の言っている意味が分かってないみたいだ。

 いや、寮とかならわかるけど……高校で一人暮らし? それに疑問はまだ尽きてないんだよ。


「自炊で安くってどういうことだ?」

「え? そのままの意味だよ。節約しないとダメでしょ?」


 また疑問形で返してきた……。どうやら本当によくわかってないんだな。


「バイトしてるってことでいいんだよな?」

「え? ……ああ、なるほど。そのことを聞いたのか」


 大輝はやっと理解したように頷く。


「そうだよ。バイトしてる。家賃とかは親が出してくれてるんだけど、食費だけは自分で出せって言うからさ」


 大変だな。

 俺は面倒だから、一人暮らしとか嫌だな。料理とかできないし。たとえ作れても母さん(と姉)の料理レベルが高いから、比べたら物足りないだろうし。


 それにバイトも、みどりちゃん(10)を見えない脅威から守らないといけないし。時間がないからな。

 ……だけど、あの姉から逃げられるのは魅力的だ。う~む。なにかうまい方法はないものか。

 と、俺のことはどうでもいいんだった。それよりも大輝のことだ。もっと根本的な理由で気になっていることがあるからな。


「つーか、まず何で一人暮らしなんてしてるんだ?」

「理由はいくつかあるね。自由な感じに過ごしたかったとか。早く自立したいなって気持ちとか。まぁ、学費も家賃も出してもらっていて、自立も何もないけどね」


 そう言って、大輝は自分のことを馬鹿にしたように軽く笑う。

 なるほどな。普通だったぞ。誰でも必ず考えるような気持ちだ。面白味はないな。

 でも、真面目に考えれば感心する。その気持ちを思うだけでなく、実際に実行しているのだから。本当にそう思っているからこそだ。その部分は素直に尊敬する。


「じゃあ今度こそ食べちゃおうぜ。早くしないと昼休みも終わっちゃうし」


 さっきよりも砕けた調子で大輝はそう言った。俺のほうも気を取り直して、弁当を開ける。……うん。よかった、普通だ。今日は少しだけ不安だったからな。これで安心して食べられる。

 大輝のほうを見ると、ちょうど弁当を開けて箸を持ったところだった。


「いただきます」


 大輝はそう言うと、食べ始める。だが、俺のほうはその中身に驚いて、見続ける。そうしていると、大輝が不審に思って目を向けてきたので、聞いた。


「……それお前が作ったんだよな?」

「そりゃ、そうだよ。一人暮らしだって言ったんだから」

「にしては……すごいな。お前」


 卵焼きとかトマト、からあげ。肉じゃがまであるんだけど。

 ちゃんとできている。普通にうまそうだ。


「どこがだよ。冷凍食品とか使ってるし、昨日の残りとかもあるんだぜ? 手抜きだろ。これじゃ」


 大輝にとっては手抜きらしい。でも、男のくせに揚げ物三昧とかになってないし、栄養のバランスが考えられているのがわかる。それにあやどりもいいし、男のくせに女子力たけ―よ。


「それにそういう巧人のだって、おいしそうじゃん」


 そう言って大輝は指をさしてくる。確かに、こちらも栄養もあやどりも考えられたうえでの品だ。というか、だからこそ大輝の弁当がそうであると分かったのだが。こっちはある意味当然だ。


「まぁ、俺のは自分で作っちゃないしな」

「ふ~ん。じゃあやっぱり親が作ってるんだ?」

「ああ。ほとんどはそうだ。ただ……今日のは姉だな」


 母さんは(父さんも)また出張で家を空けているからな。そういうときは、あいつが作ってくれる。

 それに、あいつのは母さんと違って、どこか可愛らしいものとかが多いし。このたこさんウィンナーとか。正直やめてほしい。高校生の男子でこれは……ない。


 ただ何もよりもやめてほしいものは、ハートの弁当とか、オムライスにしてケチャップで『大好き』とか書くやつだ。

 今回不安だったのも、それがあるかどうかということ。そんなのがあったら、人前で食べるなんてできないからな。


「へー。巧人ってお姉さんいたんだ?」

「ああいるぞ。唯愛と言う変態だ」

「変態って……自分の姉に向かって……」

「マジだからな。あいつは度が過ぎたブラコンだ。わざわざ違う学校通うようにしたくらいだし」

「……お姉さんのこと嫌いなの?」

「ブラコンな姉は嫌いだ」


 その答えに大輝は苦笑い。


「なんかその人のこと、会ってみたくなっちゃったよ」

「知らない方がいい。それに、俺もいいたくない」


 折角学校に来て唯愛と別れているのに、あんまり思い出したくない。第一、唯愛のあの本性は島抜家の恥だ。広めるわけにはいかない。

 そこで大輝が「あれ」っと、何かに気付いたように声を上げる。


「なんか人少なくない?」

「そう言えば、そうだな」


 お互いに時間を確認する。そして俺たちはぴきっと時が凍る。いや、凍ってほしいと思った。なぜなら、昼休みの残り時間は5分を切っていたからだ。

 最初に凍りからとけたのは大輝だった。


「……うわ! マジでやばい! もう昼休み終わりじゃん!」

「それに、次は移動教室だもんな……」


 通りで人がいないわけだ。と、そんなことを悠長に考えている場合じゃないよな。

 そうして俺たちは急いで弁当を食べたのだった。

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