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12-7 本当に相手のことを思うなら

「そういえば、なんで『at_me』っていうの?」

「えっと、それは元々お兄ちゃんが使っていたもので、私も何となく使ってたんですが、『熱海』から来ているんです」


 熱海? 『あたみ』と『at_me』。AT_ME。ATAME。あたみ……。ああなるほど。結構適当だな。

 いや、俺も滝沼たきぬま徳志とくしっていう本名のアナグラムで、最初は話をしていたけど。『at_me』って、最初から意味が分からなかったからな。……群司さん、もう少し何かなかったんですか。


「群司さんはどうして最初アニメショップなんかにいったんだろう?」


 そう不思議そうにもらすと、めぐるちゃんは苦笑いして答えてくれた。


「えっとたぶん、ただの趣味だと思います」

「趣味って……そういえば、サバゲ―やってるんだっけ? だから漫画とかもそういうやつ限定だったのかな?」

「そうですね。お兄ちゃん、銃とか戦車とか好きですし。サバゲ―も強いらしいです。大学のサークルのチームでは一年でエースらしいですから」


 エースとかある……のか? いや、それ以前に強いんだ。……あのなりなのに。嫌味とかじゃなくて、単純に疑問だ。


 って、そうじゃないだろ。なんで、趣味であんな場所に連れてくんだよ。こっちは真面目な話をしに来てたのに。

 腹が立つ……んだけど、悪い人じゃないってのはわかってるんだよな……。それに、意味ありげなことたくさん言ってきたし

 。意図が理解できてないだけで、本当はあそこにも何かがあったのか? ……考えてもわからないけど。


「結局、俺が群司さんといる間って、めぐるちゃんはどこにいたの?」

「気になっていたので、ずっと後をつけていました」

「……それって、アニメショップのときも?」

「はい! ずっと、巧人さんのあとをつけてましたよ!」


 ……待て。つけられていた? ……嘘だろ? この俺が? 有り得ないだろ。俺を尾行できる人間なんて、そうはいないぞ。知っているのは伊久留くらいだ。つまりは同じくらいの尾行術を持っているってことになるんだけど。


 俺が他のことに気を取られ過ぎていただけか? あかりちゃんのことと群司さんのことで。……いや、それじゃ弱い。その程度で鈍るほど柔な勘ではないぞ。


 というか、何か? 俺が群司さんを見捨てて店内をうろついたところとか、たまにもらしていた独り言とか聞かれてたってことだよな?

 ……うわー。最悪だ。めぐるちゃんに軽蔑される!


 けれど、そんな俺の不安はいらないとばかりに、めぐるちゃんはにこにことしてこちらを見ている。


「……なんで楽しそうなの?」

「いえ、巧人さんのこと思い出していたら、面白くて」

「……面白いとか言わないでよ」


 俺がどんな顔をしていたのかは知らないけど、それを見られていたなんて恥ずかしい。まだ軽蔑はされてないだけいいけど。


「じゃあ、そろそろ本題に入ろうか」


 俺は咳ばらいをすると、調子を整えて雰囲気を改め、真面目な表情でめぐるちゃんに聞いた。


「めぐるちゃん、俺はどうするべきだと思う?」

「その前に、どうやって仲良くなったのか、もう少し詳しく教えてください」

「あ、それもそうだね」


 言われて、その通りだと納得する。

 にしても、めぐるちゃんしっかりし過ぎだよ。おかけで勢いが削がれた。


「まず……何だか知らないうちにあかりちゃんのマネージャーをその日だけやることになってね」


 ……自分で言っていて、急すぎるな。でも、事実だし。あれはあれで急だったし、本当に理由は知らないし。これくらいでしかまとめられない。

 めぐるちゃんは黙って聞いていたので、俺は続ける。


「家族のことで悩んでいたみたいで、そのことの相談に乗ったら……なついてくれたんだよね」

「なついたって何ですか?」

「えーっと……お兄ちゃんとか言われたりしたね」

「……へー。お兄ちゃんですか」


 な、なんだろう。めぐるちゃんの視線が冷たくなった。

 あかりちゃんにお兄ちゃんと呼ばれたのがそんなに気に食わなかったのか? まぁ、めぐるちゃんもあかりちゃんのファンだしな。その気持ちはよくわかるけど。

 だとしたら、抱きつかれたこととか話したらもっと怒るよな。……それは言うのやめておこう。


「と、とりあえずそういうわけで、連絡先をもらったんだけど……どうかな?」


 俺はめぐるちゃんの変化に怯みつつも、再びたずねる。

 すると、めぐるちゃんはすぐに真面目な顔に戻って答えた。


「私はやっぱり、巧人さん自身の気持ちが大事だと思っていますけど……今回の話って、ロリコンじゃなくなったことも少なからず関係はしてますよね?」

「ん……そうだね。できれば、こんな状態で小学生のみんなにあったりはしたくなかったから。あかりちゃんと関わることも少し遠慮したいんだよね」


 まぁ、それであかりちゃんにあった後に三度目の正直と意気込んでいたのが、二度あることは三度あるになっちまったけど。……どうなるんだろう。四度目って。


「私はその気持ちは尊重します。けれど、今回は相手側から求められたという状況ですからね……」


 そう。ここで問題上がってくるのは、俺だけではなく、あかりちゃんのほうでもある。連絡先は渡されたけど、あかりちゃんの側がどの程度の気持ちで渡したのか。それが分からないから、俺は決めあぐねているのだ。

 めぐるちゃんは少し考えた後に、答えた。


「遅くはなっているかもしれませんが、本当に相手のことを思うなら、返事をするべきと思います」

「……そっか。そうだよね」


 俺はその答えにほおを緩ませて頷いた。


『本当に相手のことを思うなら』


 それが、俺の中に染み渡る。心が温かく、そして晴れていく。

 俺が求めているものは、望んでいるものは、小学生のみんなの幸せだ。その中にはもちろん、あかりちゃんもいる。だったら、最初からそうするべきだったんだ。


 考える必要もないくらいに単純なことだった。

 それなのに迷ったのも、決断できないでいたのも、あかりちゃんの気持ちを理解できなかったから。


 冗談程度だったのか、真面目な気持ちだったのか。

 冗談だったら、ファンのためにも俺自身の気持ちのためにも、関わりたくはないのだ。でも、真面目な想いだったなら、俺はそれに応えるべきなんだ。いや、応えたい。


 そう思っていても、わからないでいたこと。

 けれど俺は最近、学んだ。隠れた気持ちってものを。あのときのことを思い返し、教わったことと照らし合わせると……あれは真剣だった。


 いや、何よりも俺自身が一番わかっていたはずだ。

 あかりちゃんが冗談で渡すわけがないってことくらい。

 小悪魔っぽい彼女だけど、その根は純粋な子だ。緊張だってしてたと思う。そんな中で勇気をもって行動したんだ。それにどうして、気づいてあげられなかった。

 俺も……まだまだだな。


「めぐるちゃんのおかげで、気づくことができたよ。どうするか決心できた。ありがとう」


 それは今日三度目になるありがとうだったが、その中でも一番心をこめたお礼だった。けれど、めぐるちゃんは照れたように俺の言葉に手を振る。


「いえ、私は当然のことを言っただけですから」

「そうだね、それはきっと当然のことだった。でも、俺にはその当然を気づくことができないでいたから。それを思い出させてくれためぐるちゃんには感謝してるんだよ」


 そうして俺は改めて、心から言った。


「ありがとう」

「私も巧人さんの役に立てて嬉しかったです」


 俺が笑うと、めぐるちゃんも笑ってそう答えてくれた。

 その笑顔もまた心からのものだと思うと、俺もさらに嬉しくなった。


 俺は、めぐるちゃんに相談ができてよかった――。



*****



「それじゃあ、今日はありがとうね。めぐるちゃん」


 喫茶店から出て、めぐるちゃんに話しかける。

 相談も終わったし、あんまり長いしてもなと思ってのことだ。それにめぐるちゃんを俺のせいで拘束し過ぎても悪いしな。


 そうして外に出たのだが、そうすると。めぐるちゃんは最初の緊張した感じに戻っていた。つまりは俯いて、かろうじて見える表情も固い。この態度にはこちらも少々戸惑うが、俺は気を取り直して、再び声をかける。


「じゃあ、またね」


 俺はそう言って、別れようとする。

 このまま一緒にいても、今のめぐるちゃんには気を使わせるだけだろうと考えたからだ。

 けれど、俺がそう言って歩き出そうとすると、「あっ……」と小さく声を漏らした。


 俺が振り返ると一瞬目が合ったが、すぐにまた俯いてしまう。

 ん~……これはあれか? もう少し一緒に居たいってことか? わかりづらいけど……だったら、確かめてみるか。


「そういえば、俺はめぐるちゃんの家って知らないんだよね」


 そう声をかけると、めぐるちゃんは不思議そうにやっと顔を上げる。

 それに俺は続けて話しかける。


「ここまできたら、教えてもらわないとだよ。ね?」

「あ……」


 俺はしゃがむと、めぐるちゃんと目線の高さを一緒にして、手を握り聞いた。


「一緒に帰ろう?」

「……うん」


 めぐるちゃんはその言葉にぎこちなく頷いた。

 泣きそうなほど潤んだ瞳だったけど、確かにめぐるちゃんは嬉しそうだった。



*****



 めぐるちゃんと手をつなぎ、歩く。互いに言葉はなく無言だが、気まずくはない。こうしてちゃんと繋がっているから。ギュッと掴まれた手から伝わる温もりに、満たされた気持ちになる。とても充実した時間だ。


 けれど、話すことでもなくいるため、他に考え事をしてしまう。

 例えば、群司さんのこと。群司さんが21。めぐるちゃんは10。

 ということは、11歳差。透の家よりも両親が頑張ったってことだ。まったくうちの家とは大違いだ。ラブラブならもっと、愛を育んでほしいものだぜ。


 ……いや、そうじゃない。群司さんのことは気になっていたが、それじゃない。

 俺が疑問に思っていたのは、どうして群司さんは最後になって突然めぐるちゃんを呼んだのかということだ。


 相談自体は、帰ってからまたメールでやるとかということだったのに、何故だ? 群司さんは俺の言葉を聞いたら~とか言ってたけど……。意味不明だ。


『ヌッキーだけがリリーの中で特別な存在であるということ』


 そのとき唐突に脳裏に昨日のやり取りがよぎる。

 ……まさか……な。いや、そうだとしたら、納得のいくことがいくつかある。

 もしかして……そうなのか? だったら俺は……

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