12-6 『at_me』の暴走~鈍感は罪~
「……なるほど」
一通りの話を聞いて、独り言のように呟く。これでどうして、群司さんがきたのか理解がいった。
だが、それでもまだ分からないことがいくつかある。
めぐるちゃんは話し終えると再び俯いてしまった。極力こちらを見ないようにしているのと、会話もしないようにしているようだ。
この状態の子にさらに質問するというのは気が引けるが、群司さんも言っていた。「全部説明してやれ」と。なら俺も、とことん聞くべきだとそう思った。
「けど、どうして俺と会うことを嫌がっていたんだ?」
「いくつかありますけど……一つはロリコンだったから」
「……ああ、うん。なんか、ごめん……」
あまりにもド直球な言葉に少し凹む。
あかりちゃん相手だとこんなことならなかったのに。……それなりに付き合いがあって、友達だとも思っていたからかな?
しかし、めぐるちゃんは俺の態度に、慌てたように付け足してくる。
「あ、違います……! 巧人さんのことが嫌だったわけじゃなくて! 私のほうがアレだというか!」
「あ、アレ?」
すごく焦ってる。何を言いたいのか全く分からない。
「えっとアレって言うのはまた別の理由で……あの……そ、そうでしゅ!」
あ、噛んだ。両手で口抑えてる。痛そう。
でもごめんね。すごくかわいいよ。
「ロリコンだからこそ、巧人さんは私と会うことは嫌かなと思いまして」
あー……。まぁ、そうかもしれないな。今のようにロリコンでなくなっている状態でなかったとしても、俺なら遠慮したくなる状況だ。
それは、今回のあかりちゃんの連絡先のことと同じようなもので……でも、さらにその上をいくものだ。俺じゃ手が出ない。
……でも、さすがだ。俺のことをよく理解している。そんなところもまた群司さんと違うところだ。しっかりと馴染む感じだ。
「ありがとう。めぐるちゃん。俺のこと考えてくれて」
「い、いえ! これくらいは全然です!」
めぐるちゃん、おかしなテンションだな。たぶん、それで気まずい感じの空気をなくそうとしているんだろうな。若干日本語が変だし。
まぁ、コミュニケーションをまともにとれないような状況や、沈んだ気持ちでいられるよりはマシだ。今もちゃんと顔を上げて、こっちを見ているし。
「よかったよ」
「な、なにがですか?」
「さっきより表情が柔らくなった。自然体っていうかな? ちゃんとめぐるちゃんの素をみることができて嬉しいよ」
俺はそう言って微笑む。恥ずかしそうにほんのり顔を赤くし、伏せてしまう。けれど、すぐに窺うように少し顔を上げると、意地悪そうな……拗ねたような声で言った。
「た、巧人さんのほうこそ、全然素じゃないです」
「そうかな?」
俺は気にしてないけど……いや、今は『素』ではないか。
「そうです。私の知っている巧人さんならここで襲っちゃいます」
「襲わないよ。人に変なキャラづけをしないで」
どんな人間だと思われてるんだよ、俺は。
つーか、俺は紳士だって何度も言ってただろうに。
「きっとあかりちゃんのことで頭がいっぱいになってるんです。だから襲わないんです」
「いや、元から襲わないってば。それに今は、あかりちゃんのことよりもめぐるちゃんのことのほうで頭がいっぱいだったし」
「!? やっぱりケダモノ……! ……襲う?」
そんな上気して期待したような表情で首を傾げるな。
まったく、けしからんな。そんないけない顔する悪い子には、大人の怖さってものを思い知らせてやるぞ。
まぁ、今の俺じゃ色々と無理だからやりはしないけど。
「まぁでも、めぐるちゃんの知っている俺じゃないってのはあってるけどね」
「? どういう意味ですか?」
「さっき群司さんには話したけど……俺、今ロリコンじゃなくなってるから」
「え……ええー!?」
めぐるちゃんは驚いて思わず、声を上げる。そのせいで、何人かの人がこちらを見た。
「めぐるちゃん、ここ喫茶店の中だからね、声抑えて。ね?」
「できるわけないよ! だって、あの巧人さんがロリコンじゃなくなっただなんて……。そんなのもう巧人さんじゃないよ!」
いや、まったくもってその通りだから何も言わないけど。
「まぁ……それで、群司さんにはこれも言ったけど、俺はまた戻りたいんだよ」
「も、元に戻るためだったら私手伝います!」
「え? いや、別にいい」
ロリコンに戻るとかは、今回の件に関係ないし。原因もわかってる。戻るための方法も色々と試しているし、相談できる相手もいる。
だから俺は否定したつもりで言ったのだが……。
「いいんですね! じゃあえと、えっと……なにすればいいですか! お兄ちゃんとか呼べばいいですか!」
勘違いされた。お兄ちゃんと呼ばれること……はものすごく魅力的ではあるが、それはダメだ。
兄のいる人の、兄にはなれない。その人から、奪うことはできない。
それは『ロリコン鉄の掟』第十九条に反するぜ。
「いや、いいっていうのは遠慮するってことで……」
「遠慮なんてしなくていいです! 私もロリコンじゃない巧人さんなんて見てられませんから!」
「うん。その気持ちは俺も嬉しいけどね、そのことはちゃんと他に相談できる人がたくさんいるから。それよりも、他の人には相談できない、また別件のあかりちゃんの話を……」
「いいえ! 戻るためのお話をすることが最優先事項です! このままだと、巧人さんは白く燃え尽き、抜け殻になってしまいます!」
ダメだ。何か暴走状態になってる。こっちの声が届いてないと言うか、何を言っても聞かない。
けれど、これは周りでよく見る状態だから、対処法はそれなりに心得ている。
「めぐるちゃん」
「なんです――っ!?」
俺は一声名前を呼びかけると、身を乗り出してめぐるちゃんの頭を撫でた。
手を置かれたことに驚き、撫でられることに状況がついていかないのか、放心。
そして、すぐさま顔を赤くした。
「なななな! なにをしゅ……するんでしゅか!」
言い直したのにまた噛んでる。可愛い。そんな微笑ましい気持ちで、なでなでとし続ける。
「あう、うぅ……」
めぐるちゃんのほうも、俺の手から逃げたり、払おうとしたりはせずになすがままになっている。嫌がってない……というか、恥ずかしいだけで嬉しそうだ。……もう少し続けよう。
そうし続けていると、めぐるちゃんが大人しくなってきたので、手をどける。
「あっ……」
そうすると、めぐるちゃんからは寂しそうな声が小さく上げる。っく、そんな顔されたらまたなでてあげたくなるが……ここは耐えろ。
俺はあくまでも平静を保って話しかける。
「落ち着いた?」
「……はい。すみません」
「いいよ。それだけ、俺のことを心配してくれたってことなんだから。嬉しく思うよ。でもね、ロリコンに戻るってことは、今はいいんだ。それよりも、あかりちゃんのこと、それはめぐるちゃんにしか話せないことなんだ。めぐるちゃんだけの……『at_me』だからこその、特別なんだよ」
俺がそう語り掛けると、めぐるちゃんは暖かな表情で微笑んだ。
「はい。でも本当に、何か手伝えることがあったら言ってください。それこそ、私だからできることもあると思いますから」
「うん……。ありがとう」
めぐるちゃんの優しさが心に染みる。ん~……これで小学生だなんて。とてもそうとは思えないくらいしっかりしてるな~……。
けど、あの『at_me』なんだよな……。
それが不思議に思って俺はたずねた。