12-4 『at_me』の本当の正体
群司さんの元に戻ると、群司さんはまだ何かしていた。
「おっと、これはワルサーP38じゃないか! 細部までしっかりと書き込まれて、よく研究されてるな!」
むしろ、前よりもヒートアップしてる。周りの客が引いてるぞ。流石に迷惑になってるし、止めてしまったほうがいいな。
「あの、群司さん。そろそろ、俺の話の相談を聞いてほしいんですけど」
「ん? ……ああ、すまないね。ちょっと、興奮しすぎてしまってね」
俺が声をかけると、そう言って、軽く笑う。
「じゃあちょっとだけ待っててくれ。これ買ってくるから」
「え? それ全部ですか?」
その量に思わず目を疑う。群司さんの手には8冊近くあった。
けれど、群司さんはその問いかけに「まさか」と一笑すると、
「あと5冊くらいは買うよ」
と答えた。……多いよ。
とりあえず、俺は群司さんを待つ。
「えっと、これと……これと……」
群司さんが本を手に取っていくのを俺は見守る。
なんか、さっきから表紙のやつ銃とか武器持ったやつばっかだな。群司さんはそっち系が好きなのか?
にしては、趣味の話をしてきて、今までに一度も話題に上がったことなんてなかったがな。
……まぁ、それは今考える必要はないか。
そうして考えは打ち切って、群司さんが買い物を済ませるのを待った。
*****
群司さんの買い物が終わって、喫茶店にきていた。今度こそはまともな場所にいくかどうか不安だったため、一安心だ。
群司さんは注文したアイスコーヒーを一口飲むと、「それで……」と聞いてきた。
「どんな話だったかな?」
俺はそれに少しイラッとしながらも、説明をする。
「群司さんがいけなくなったからと俺に送ってきたあかりちゃんのライブチケットで、なんだかんだとあって、あかりちゃんに会ったんです。そして、メールアドレスをもらいました。それでどうしたらいいでしょうか? ……という話です」
「ああ……そうだったね……」
俺の言葉を聞いて群司さんは頷き考え込む。俺は、答えを待った。
「……いいんじゃないか? 普通に返信すれば?」
「え? どうしてですか?」
「どうしてって……逆に、どうしてそこで迷うんだ? 連絡先を渡された。返信する。どこか変か?」
「あ、いえ。……そうですね」
な、なんだ? ものすごく、やりづらいんだが。もっと何か言われると思ってたのに、すんなり進み過ぎだし。らしくない?
つーか、群司さんリアルだと本当に違うんだけど。何もかもが。ネットとかメールの時なんて、ふざけまくりなのに。今日も何か暴走した時があったけど、それだけで基本真面目だし。どうなってんだ?
「じゃあ、これで問題解決。終わりでいいね?」
「…………」
そう言ってきた群司さんに俺は黙りこんでしまう。
そんな俺に群司さんは含みのある口調でたずねた。
「……何を迷っているのかな?」
迷う。そうだ俺は迷っている。
いや、少なくとも今は、片方に傾いている。俺側に。
これは俺の自身の気持ちの問題だ。
だから、それに決着をつけるまでは、結論をだしたくない。
「そういえば、話してませんでしたよね。俺の今の事情」
俺は居ずまいを正し気持ちを引き締めると、話を始めた。
「俺がロリコンだってことは既に話しているので知っていると思いますが、実は最近そうじゃなくなったんです」
「……それはどうして?」
「理由をちゃんと答えることは、俺自身にもできません。けど、確かなことは俺はロリコンじゃなくなり、そしてまたロリコンに戻りたいというこの気持ちだけです」
「どうしてわざわざ戻ろうとするのかな? ロリコンなんてそれこそ肩身の狭い存在だろう。偏見や風評被害にだって、どんなに真摯的に行動しようと、あうことになるだろう。それなのに、どうして?」
それはどこか試すような物言いだった。
だから、俺は胸にある想いをそのまま伝えた。
「決まってますよ。俺が……本気で好きだからです。みんなのことが大好きだからです。だからこそ俺は、本気で向き合いたい。みんなを愛せる自分でいたい。中途半端な今の俺が、あかりちゃんと関わることは、許せないんです」
「……真っ直ぐな目だね」
群司さんはそう言ってふっと笑う。そこで、少し空気が軟化したのを感じた。
「それに君は偏見を持たない人だった。優しい人だ」
「? どういうことですか?」
「あはは……別に知らなくてもいいことだよ。俺は今の君のままでいてほしいと思うからね」
俺が疑問に思ってたずねると、群司さんは笑う。……なんなんだ?
「俺にできるのはここまでだ。後は……別の人に頼むとしようかな?」
そうしてケータイを取り出すと、何やら操作をする。
一通りの動作を終えるとケータイをしまい、俺の目をみた。
「それに君の言葉を聞いたら、そうしなければならない気がしたしね」
「え? それってどういう……」
そうたずねようとしたのも束の間、一人の人物が俺たちの元に現れた。
席の横に来て立ち止まり、こちらを見ている。群司さんはその人物が来ると、微笑み、俺は目を丸くした。それもそのはず、現れたのは小さな少女……小学生だったからだ。
……ああ、何だこの状況は。
「じゃあ俺は退散するけど……ちゃんと全部説明してやれよ?」
そう言い残して立ち去ろうとする群司さんに、女の子(10)はやっと焦ったように口を開く。
「ま、待ってよ! 約束が違う……!」
「でも、そうやって隠すことのほうが相手に失礼だろ? お前もちゃんと向き合いなさい。……大丈夫だよ。彼なら」
女の子の頭をポンポンと軽くたたくと、そのまま去っていった。
……うん。どういうことだ。全く理解できないぞ。頭が追い付かない。
それはあの女の子も同じか。呆然として……いや、俺の向かい側に座った。固まってない辺り、俺よりはマシだな。
けど、もじもじしているというか、ずっと顔を俯かせてる。……きまずい。状況的に何か喋ってもらわないと、このまま何もわからないぞ。
……よし、そう考えたら少しだけ落ち着いた。こっちから話しかけよう。
「えっと、君は?」
声をかけると、びくっと体を震わせるが、緊張気味に答える。
「あぅ……あ、熱海巡で……す」
「ということは、群司さんの妹ってことでいいのかな?」
「は……い」
めぐるちゃんは肯定するように頷く。ま、まさか群司さんにこんなにかわいらしい妹がいたとは……。お兄様と慕うべきか。……いや、今はそんな場合じゃない。
「それで、どうしてめぐるちゃんが群司さんの代わりになってるの?」
そう。今一番の問題は、どうして相談の途中で群司さんからめぐるちゃんに変わったのか。
群司さんは色々意味深なこと言って去っていったけど、今回の問題とめぐるちゃんと何の関係があるっていうんだ?
まさか、相手が同じ小学生だからってわけじゃないだろうな?
「あの、メールの相手とか、今までずっと巧人さんとお話ししていたの全部わたし……なんです」
「え? そうだったの?」
……どうにも群司さんのことおかしいと思っていたけど、そうか。別人だったのか。
まぁ、今のこのめぐるちゃんもまた、一致しないけど。
「そ、それで、ですね。昨日メールが来て、お兄ちゃんに見つかって――」
そうしてめぐるちゃんは詳しい説明を始めた。