11-1 最終日ー唯愛とデート
「う~む……どうしたものか」
俺は帰ってくると、自分の部屋の机の上でそう唸っていた。
その原因は今俺が持っているこの小さな紙。あかりちゃんから渡されたメールアドレスだ。
なんやかんやで、これが渡されてから一週間が経とうとしてる。その間、俺は未だにこれをどうするべきなのかを悩んでいた。と言うより、その後にあった出来事のせいで忘れていたってのもある。
だって、帰ってきた日には、唯愛と風呂場でいざこざがあったし。
学校に行ったら、絵夢や利莉花との約束だったり。色々と問題があった。
それでやっと落ち着いてきた今、このことを思い出したのだ。
悩んでいるのは、連絡するかどうかと言う事。
あのときは流されて受け取ったのだが、俺からあかりちゃんに連絡するなんて恐れ多すぎる。特にプライベートで、やり取りするなんて、マズすぎだろ。俺、いろんな意味で死ぬぜ。
それにこんなに長い間返事もしないでいたし、今更って感じも……。
いや、それこそ返すべきか? もしからしたら、俺から返事がこなくて悲しませてるかもしれないし……。もし、そうだとしたら、今まで放置していた俺をぶん殴ってやりたい。「てめー……それでもロリコンか!」と。
(いやいや、あのあかりちゃんがそんなこと思うはずは……)
……ダメだ。一人で考えてても拉致が明かない。
「こんな時に、相談できる相手がいればいいんだが……」
別にいることにいる。『at_me』だ。あいつなら、あかりちゃん関連なら、相談くらいはのってくれるだろう。
だが、こっちから連絡するとあいつはなぜか怒る。
けれど、前に知り合ったスレは既に廃れすぎて潰れてしまったし。あいつにメールする以外の方法はない。
「つーか、元はと言えば、あいつのせいだろ」
「at_me」が、チケットなんて送ってくるから、こうなった。原因はあいつだ。だったら、遠慮する必要なんてないな。例え、何を言われようと、相談くらいはのってもらうぞ。
そう思いたって、俺はメールを送った。さて……後はあっちから連絡来るの待つか。
そう思っていると。階下から唯愛の声が聞こえてきた。
「たっく~ん! ご飯だよ~!」
おっと、もうそんな時間か。まぁ、あっちからそんなに早く連絡が来ることもないか。俺は唯愛に「わかった」と返事をして、部屋を出た。
そして、その日は「at_me」からの返事は来ることもなく、俺もほうもそのことを忘れて終わった。
*****
どこかの家――
「……ん? なんだこれ?」
一人の男が、自分のPCに来ていた新着のメールを確認していたところで、その一つに目が留まる。
「島抜……巧人?」
相手の名前をみて、その内容に目を向ける。
『件名 あかりちゃんのことについて
久しぶりだな。といっても、数ヶ月関わっていなかったときからすると、一週間前に連絡を取ってるからそうでもないか。
さて、前置きはここまでして、本題だ。
前に、お前が送ってきたあかりちゃんのライブチケット。
それでひょんなことから、知り合いになった。あかりちゃんからは連絡先までもらったんだが……俺はどうするべきだと思う? こうなったのもお前の責任だから、ちゃんと相談に乗ってもらうぞ』
「……はぁ、なるほど」
一通り読み終えて、男はため息をつく。状況は理解した。つまりこれは――
そうして男は立ち上がると、自分の部屋を出て行った。
*****
ついにやってきた。最終日。今日は唯愛と出掛ける日だ。
そうして昼少し前の時間帯になり、二人で出かけてきた。何をするのか、どこに行くのかは何も決めてなかったので、とりあえず駅前にやってきた……のだが。
「たっくんとデート! たっくんとデート! たっ・くんと、で・え・と!」
鼻歌まじりに変なことを呟く唯愛。ものすごく上機嫌だ。
ただ、手をつなぐのはやめてくれ。鼻歌と一緒に腕も振っているせいで、俺の腕ごと振り上げられる。
「で、どこにいくんだ?」
「私はたっくんと居られるなら、どこでもいいよ!」
「じゃあ、帰るか?」
「それは嫌です!」
俺の言葉を否定するように、俺の右腕に自分の腕をぎゅっと絡めてくる。……やめろ。
反応したくもないのに、胸のせいで、無駄にドキドキしてくるだろ。本当に、反省してねーなこいつ。
つーか、周りの視線が嫌だ。すごい好奇の目で見られてるんだけど。
こんな人通りの多い場所でやるなよ。周りからは、いちゃつくバカップルみたいじゃねーか。
「……っち、リア充かよ」
「彼女見せつけやがって……爆発しろ」
おい。誰だ今、彼女とか言ったの!
ふざけんな。てめー、ぶっ殺してやる! 表へ出ろ!
(……落ち着け、俺。今さっき自分でバカップルみたいだと言ったばかりだろ)
それに、ここは表だ。
まずは、唯愛を引き離すか。
「唯愛。俺とおまえは一体どういう関係だ?」
「そんなの決まってるよ!」
俺がたずねると、唯愛は胸を張って答える。
「恋人だよ!」
腕にさらに力を込め、さらに腕にほおずりしてきた。
おい、冷ややかな視線がさらに、冷たくなったぞ。……耐えられないほどに痛い。
「ちげ―よ。姉弟だろうが」
「まぁ、ある一つの面ではそうだけどね」
その面しかねーよ。
「とにかく、姉弟はこんなことしない。してるところがあったとしても、俺はしたくない。よって離れろ」
「う~……名残惜しいけど、たっくんが言うなら、仕方ないよね」
しぶしぶといった様子で腕を解く。
前より聞き分けはよくなったようだな。まぁ、最初からそういうことしてこないのが一番いいんだが。それは贅沢か。
「それで、どこに行くんだ?」
「う~ん……私はただただ今日のことが楽しみで、何も考えてなかったからね」
そう言って、腕を組み頭を悩ませる。
ここ最近は明らかにテンションがおかしかったしな、唯愛。弁当の中身が豪勢になってたりとか。家の中でスキップしてたりとか。いつも以上に、笑顔でいた。
まぁ、それほどに楽しみなら、少しくらいは何をするのか考えておくべきだと思うけど。……いや、たぶん何かは考えていたよな。シチュエーションとか。
「たっくんはどこかある?」
「俺は別に。今日は唯愛に付き合うってことだし。お前に任せるよ」
「え? じゃ、じゃあラブホテ……」
「18歳未満の人間が行ける健全な場所限定な?」
「じょ、冗談だよ、たっくん。あはは……」
だったら、視線を泳がせるな。
「大体、そんな場所行かなくても、私たちはいくらでも家でできるしね!」
「しねーよ」
確かに、家は二人きりだから、わざわざそんな場所に行く必要はないってのはわかるが。
「まぁ、お前のことだ。俺とこういうことしたいっていうのは、きっと考えていただろ? それに合うように適当に回ればいいんじゃないか?」
そう提案すると、「お、おお……!」と、何やら唸る。
「流石たっくんだよ! お姉ちゃんのことよくわかってる!」
その言葉のとともに抱きつかれそうだったので避ける。油断も隙もねーな。
唯愛はさして気にする様子もなく、続ける。
「でも、そうだよね。こんな場所で何もせずに悩んでいたら、時間がもったいないもん。行動しつつ、考えよー!」
そう言って手をグーで上にあげる。
やっぱ、テンション高いな。いつもの5割増しで、対応が面倒だ。
まぁ、泣かれたり、悲しまれたりするよりいいけどさ。
「じゃあほら! 早くいこ? たっくん!」
唯愛は俺の手をつなぐ。
おい、せっかく振り払ったのに。てか、叱ったばかりだろ。懲りろよ。
(はぁ……まぁいいか)
今日は、唯愛へのご褒美の一つだし。少しくらいは甘く見よう。
それに、こんなに楽しそうに笑う唯愛に水を差すのは、俺でも気が引けるしな。
そうして俺は手を引かれて、歩き出していった。