1-3 現れる変態たち――姉2
――三十秒後
「たっく~ん! ごめんね~……さっきのは嘘だよ~……本当は好きだよ~。大大大好きだよ!!」
部屋に戻ってきた唯愛は、再び後ろから抱き着いてきて、俺の頭を撫で回す。ほら、やっぱりこうなった。分かってるからな。いつものパターンだし。ただ今日はやけに早いな。発射する時間もなかった。
あの時以上に厄介でうざいが、まぁ、この状態になった姉を止めることは出来ない。俺の話を聞こうとしないから。それに力もなんだかんだで強いし。力ずくで解くこともできないし。仕方ない。付き合ってやるか。家族サービスってやつだ。
え? なんで俺が分かっているのに、あんなことするのかって?
事実をただ言っているというのもあるが、こっちのほうが都合がいいからだ。意識がない分、俺からすれば幾分かマシなのだ。
「う~~にゃ~~うぅ~~」
まぁ、この幸せそうな顔を見ていたら、こっちも邪険には出来ないし悪い気もしない。それにこの状態で、あかりちゃんを見ながら一発というのも背徳感があって、悪くない。……かも。
むずっ……。
ん? 俺は自分の股下に違和感を覚える。
どうしたんだ? マイサン? そんなに震えて……はっ!? これはまさか、生理現象!?
(くっ!! やばい。これは、ダメだ。爆発する……!)
一応言っておくが、これは馬鹿姉に反応したのではない。
あかりちゃんに反応したのだ!
……ってそうでもない。確かに、あかりちゃんで俺のナニはエレクトし始めていたが、それではないんだ。
ただ、別の生理現象。尿意が突然として沸き起こっただけだ。
そして、ついでに今気づいた。俺今日一回もトイレに行ってなかった。学校では、小学校のみんなのこと考えていたし、家に帰った後も、写真整理がどうこうで、時間がなかったからな――と分析している場合ではない。早くトイレに行かないと……
「たっくん~~……ぎゅぅ~~」
「……動けない」
ははは……どうしよう? このままだと、膀胱が爆発しちまうわ。
「おい! この馬鹿姉ぇ、離せ!」
「うにゅぅ~~……たっくんの匂い……幸せ~~……」
俺の髪に鼻を押しつけてくる。
「おい……マジでやばいんだって。このままだと漏れちまうから」
唯愛を振り払おうと暴れる。しかし、がっちりと捕まってきていて、振り払えない。
「お姉さん……お姉様? お願いだから離して!」
「たっくん……たっくん~」
「う、うわぁぁぁぁ――――!!」
俺はその日、思った。家族サービスなんてしない。もう、絶対に。
*****
「あ……危うく漏れるところだった……」
なんとか危機を脱し、トイレに行った後、部屋で溜息混じりに呟く。この年でお漏らしとか、シャレにならんだろ。
しかし、唯愛は正気に戻った後、悪びれた様子も無く、それどころか、頬を赤らめては言った。
「漏らしても私がちゃんと、お掃除してあげるよ? お望みとあらば、この舌で舐めて……ね?」
「きもいから。寒気がする」
つーか、部屋から出てけ。俺を不幸にする疫病神め。
そのときちょうど、俺は時間を確認した。そして疑問を口にする。
「そういえば、母さん達は? ずいぶんと遅いけど」
俺はただ、何げなく聞いただけだった。けれど、その返答は俺にはあまりにも突飛なものだった。
「帰って来ないよ?」
「え?」
「あれ? 聞いてなかった? お父さん達二人揃って、アメリカのほうの会社に出張で行っちゃったんだよ? 一年はそっちで過ごすって」
「……じゃあつまり、この家では俺と唯愛の二人だけ?」
「う、うん。そうだよ……ポッ」
「……絶望だ」
二人は職場婚だ。会社が同じで、帰ってくるときも二人で帰ってくる。もう三十過ぎて、二人の子供がいてもなお、ラブラブとしている。
出会いを聞くと、それは入社式の日、
『!?』
二人は席が隣同士になったらしい。そして――
『これは運命の出会い!』
とお互いに思って、そのままその日のうちに、籍をいれたそうだ。笑っちゃうよな。
さらに言ってしまえば、二人はその日に、第一子である俺の姉、唯愛を授かったそうだ。盛り過ぎだよな。
ちなみに唯愛という名前は、たった一人、生涯を自分と共に過ごし、深く愛せる人を見つけてほしいという願いから来ている。そのときの二人が、そうだったように。
実際、名前は自分のそのときの惚気からきているんだけどさ。いい名前ではある。俺でもそう思う。
確かに、二人の願いは叶いはしたが、何処で歪んだのか、その愛が俺にやってきた。迷惑極まりない。
「絶望じゃないよ。むしろハッピーだよ。仕方ないなーお姉ちゃんが傷を癒してあげる!」
癒されるべき傷なんてない。というか、逆に癒されない。
「俺、友達の家に泊まりいくわ」
パソコンに映し出されているあかりちゃんの画像を『嗜好画像』というフォルダに保存し、電源を落とした。
そして、いろんな意味でふらふらとするその体で、財布だけ持って部屋を出て行こうと立ち上がる。
「ダメ!」
しかし、姉に止められる。何故か大袈裟に抱きついてきながら。
「というより行っていいの? そんなことしたらお姉ちゃんはたっくんの部屋に入って、枕に顔を押しつけて思いっきり息を吸ったり、ごみ箱の中にある、たっくんの男の匂いが染み付いたティッシュを漁って、すーはーしたり、タンスの中の下着を部屋に敷き詰めて今日の使用済みを、鼻に押しつけてくんかくんかしちゃうよ!? いいの?」
俺が姉のその程度の変態行動で止まると思っているのか。なんせ……
「それって、俺が帰ってくるまでの間に、お前がいつもやってることだろ?」
「う……!? なんでそれを」
驚いている唯愛をみて、溜息を吐いてから答える。
「だってお前、隠す気ないだろ? ティッシュは、それだけが異様にごみ箱の上のほうにあるし、下着はタンスの中見るたびに配置が代わりまくりだし、ベッドは毎朝ベッドメイキングしているのに、帰ったらぐしゃぐしゃだし」
「うう……」
「鍵を賭けてもピッキング、チェーンロックをしても壊す。おかげで対処のしようもない」
「ううう……」
「それに家にいたら起きたとき、横に唯愛がいそうで怖いし」
「違うもん! 下にいるんだもん!」
弁明になってないぞ。むしろ悪くなってんじゃん。
「やっぱり家には居れないな……」
「そんなぁ~じゃあ私は一人でこの部屋で寝ないのいけないの?」
自分の部屋で寝ろよ。それが普通みたいに言うな。
「付き合いきれないな。俺はいくぞ」
「いいもん! だったら一人でたっくんの部屋物色してるもん!」
今度は出ていくのを止められはせず、唯愛は後ろで吠えた。好きにしろよ。もうお前に何されても驚かないから。
さて、誰の家にいこうか? 今突然行っても大丈夫で、俺も気兼ねなく一緒に居れるようなやつ……か。あいつかな。俺は目的地を決めてそこへと歩いて行った。