10-5 小休止と相談2
「お……おおおおぉ……!!」
と、体を震えさせていた。俺は面倒くさいので話を進める。
「それで、どう思う?」
「まさに恋! その一歩手前だよ!」
「そうなのか?」
「だってフラグ立ってるじゃん!」
なんだ、フラグって言葉は流行ってるのか? それとも俺が知らなかっただけで、普通な言葉なのか。いや、それは今はいい。
「関羽に言われて思ったけど、俺はたぶん人の好きって想いを悟るってことに疎いんだ」
最後は、紀美恵さんの想いを悟ってサポートできたから、ちょっとは改善されたのだろうけど。
「まぁ、ヌッキーは主人公体質だからね」
「なんだよ、それ」
「そのままだよ。周りにどんどん面倒事が増えてきて。ヌッキーのこと好きな人がいっぱいいて。でも、ヌッキーはそれに気づけないの。もう、ヌッキーの鈍感!」
どうして、怒られるんだ。
「俺のこと好きなやつなんて、透と唯愛くらいだろ」
「ちっちっち。そうとは限らないよ? 実はヌッキーが知らないだけで他にいるのかも」
それは、関羽にも言われたな。けど、そのドヤ顔はウザいぞ。指を振るな。
「だとしてだ。俺はどうすれば、それに気づけると思う? どうすればその、フラグってのは立つんだ?」
「う~ん……。そうだね~……」
そうして何やら考え込む。これは何を言えばいいのか考えているというより、どういう流れで言うのか、言葉をまとめているようだ。しばらくて、絵夢は口を開く。
「まず第一に、友達と好きな人は似て非なるものってことかな?」
おお……それっぽい。なんか、的確なことを言っている感がある。
「友達といると楽しいよね? 好きな人と居るのも大抵そうなんだよ」
それはそうだろうな。好きな人と居て、つまらないなんて、明らかにおかしい。俺はいちごちゃん(6)のことを考えるだけで、毎日幸せだったし。
「特に異性に対して『その人とだけ一緒に居たい』って感情は、ただの友達相手には考えたりしないものだよ」
「なるほど。今回の絵夢の場合は、二人きりと言う状況ではあるが、そこにはちゃんと理由があるもんな」
「うん、まぁそれを口実に会うってのも、あり得るけどね」
絵夢はそう付け足す。そうすると、利莉花の「猫を見にいく」という誘いもまた、口実と考えられる……ということか?
「とにかく、友達から恋人へのランクアップはあり得るってことだよ」
そう言って絵夢は一旦締める。友達で二人きりで会うという状況は、相手に気がある可能性があるってことはわかったぞ。
この前もこの段階までは来たが、今回のほうがはるかに分かりやすい。絵夢の教え方がいいのか。関羽の説明がヘタすぎるのか。いや、どっちもだな。
「まぁ、それはわかったけど。それだけで、フラグが立ったって言ってんのか?」
だとしたら、弱いっていうか、憶測で面白がっているだけだな。
「ちゃんとまだあるよ。理由は。二つ目にリリーは百合だってこと」
「そんなの知ってる」
むしろ、それがある限りは、絶対にフラグとかいうのはたたないって思ったんだが。
「違うよ。私が言いたいのは、百合であるはずのリリーが、わざわざ男のヌッキーと二人きりで会う。この状況が異様なんだよ!」
「でも、友達だしな」
利莉花は、男の人に対して嫌悪感とかはないって言ってたし。男の友達もあいつの中で珍しい存在だろうし。それで、距離感が掴めてないだけだ。
「じゃあ最後に三つ目。これが一番重要なんだけど、ヌッキーだけがリリーの中で特別な存在であるということ」
「ああ。それも知ってる」
「リリーはヌッキーのことだけ、巧人君って呼んでるし。特にそこに至る過程、ヌッキーはリリーを遠ざけていたのがリリーが気にしてたからと言ってたけど、本当はその前にもう一つ大事なことあったんでしょ?」
う……気づいてたのか。察しいいな。こいういうときの絵夢は。
「それは、ヌッキーが自分で話さないって決めたことだろうから聞きはしないけど。それだけの事件が起こって、二人の仲は急接近。さらに、そのことはお互いに秘密にしている。ここまで来たら、フラグが立ってなきゃおかしいレベルだよ!」
「けど、俺はあいつの初めての男友達だぞ?」
それで利莉花は、俺を特別に思ってくれているだけだ。
そう思ったのだが、絵夢は人差し指を立てて、言った。
「言ったでしょ? 友達から恋人へのランクアップはあり得るんだよ。逆に、初めてだからこそ、そういった感情は生まれやすいはずだよ」
初めてだからこそ……。そうなのだろうか? 利莉花は俺を友達以上に見ているのだろか?
俺にも初めての友達がいた。高校での、そして同じ存在として仲間。――伊久留。
あいつは、俺にとって特別だった。一番最初っていうのは、やっぱりその後よりも、その気持ちを強く感じる。
けれど、伊久留は……友達だ。それ以上に思ったことなんて一度もない。だから利莉花も俺と同じように……。
「大体、ヌッキーはどうなの?」
「え?」
「恋……してるって言ってたよね? ヌッキーは今のまま、友達のままでいいの」
それを聞かれて、俺は考え込む。友達のまま……。俺はそれでいいと思っている。というか、それ以上になれるなんて、思いもしてなかったからだ。
けれど、今絵夢の話を聞き、ありえないことではないとわかった。そうして思ったのは……叶えたいと願う気持ちだった。
それでも俺は、ずっと変わらない。元の自分に戻る。それが一番の優先事項だ。
「これも聞きはしないけど、自分で考えてみてね」
絵夢はそれだけ加えて言うと、押し黙る。
確かに、俺は考えるべきだ。俺がどうしたいか。
元に戻りたい。
この恋を叶えたい。
そんな気持ちのはざまで悩み続けていちゃ、何も変えることはできない。ずっと、立ち止まったままだ。
この答えが、どこかにある気がする。いや、もうすぐそこあるような、そんな気が……。
話を変えるように、絵夢はため息をつくとたずねた。
「はぁ……そういえば、ヌッキーはまだロリコンには戻りたいんだよね?」
「当たり前だ」
そうでなきゃ、俺じゃない。偽巧人だ。
「うん、まぁいいんだけどね。でも私からすれば、面倒っていうかさ」
「面倒?」
「だって、ヌッキーはロリコンじゃなくなったとは言うけど、紗弥ちゃんのときとかみたいに、ロリコンの時と同じような行動を取ることってあるでしょ? とおるんに妹がいて落ち込んでいたのもそう」
「気持ちは全部残ってるからな。体が反応しないだけだ」
「ん~……それってなんだか、一番健全な気がするよ」
「健全!? どこかだ! あんな胸の大きい……ただの脂肪の塊を見て、ナニをでっかくすることの!」
「わー! 怒らないでよ! ていうか、胸の話をしないでよ!」
俺は絵夢のその声は無視して、続ける。
「いいか絵夢。体と心が一致しないなんて、最悪なことなんだぞ。NTRと一緒だ」
「ヌッキーって、NTRって言葉好きだよね」
好きじゃない。嫌いだ。だからこんなに念を押して言うんだ。
「絵夢で例えるなら、Sの状態でMを強いられるようなものだぞ」
「……微妙に理解しにくい。私って、Sの時でも刺激受ければMになるし」
「だったら逆だ。MのときSを強いられるんだ」
「う~ん……それも、わかんないや。そんなことされたことないし」
絵夢は俺の例えに、首をひねっている。
まったく、これで伝わらないなんて、めんどくさい体質してるぜ。いや、だが仕方ないのか。
「まぁ、失ってみないとわからないことってあるしな」
「そうだね。私は今の自分じゃない自分なんて想像できないし。そう言う意味じゃ、ヌッキーって本当に大変だよね」
「そうだ。大変なんだ」
大事なことなので絵夢のその言葉を繰り返して、頷く。
特に、体の反応っていうのは、本当に大変だ。唯愛のせいで。
それに、一人ですることもできないし。ストレスたまるぜ、全く。
「お前は、なくならないように気をつけろよ」
「そうそうなくならないよ、こういうのは。……でもヌッキー的には、そっちの方が助かるんじゃないの? こんな風に手伝わなくても済むんだし」
「お前が言ったんだろ? 今の自分じゃない自分は想像できないって。俺だってそうだ。今の絵夢じゃない絵夢なんて想像できないし、そんな絵夢は嫌だなって思う」
「んー……意外だな~」
「なにがだ?」
俺が聞き返すと、絵夢は答える。
「さっきの……私がMになるのは、誰でもいいんじゃないか……っとか話してた時、ヌッキーは、私のこと心配してくれていたよね?」
「まぁ、友達だしな」
だから、心配したし、信頼している相手にだけ……って言葉がどれだけ本当か確かめた。
「だったら、私が今のままじゃなくなったら、そんなこと思う必要もなくなるでしょ? 心配しなくてもよくなる。それなのに……どうして?」
至って真面目な表情でたずねてくる。それに対して俺は、あっけらかんとした顔で答えた。
「たぶん、同じだぞ?」
「え?」
いきなりそれだけを言ったせいか、絵夢は驚いた顔をする。俺は説明をしていく。
「絵夢は、どうして俺がロリコンじゃなくなって、戻るのに手伝ってくれた?」
「それは……ヌッキーが助けを求めてきたし、困っていたから」
「そうだよな。……もしも、絵夢が同じようになったら、お前は困るよな? だから、俺もきっと手伝う。だったら、最初からそんなこと考えようとは思わないさ」
俺は語り終えて、絵夢を見るが、絵夢はポカンとした表情でこっちを見つめている。少し早く言い過ぎたか。俺はさらに、付け加えて話す。
「前の……ロリコンだった俺なら、答えてたかもな。面倒な性癖くらいにしか考えてなかったし。冗談でも言えた。けど、今は……失ったから。もうそれを真面目にしか考えられない」
「……そっか」
そうしてやっと絵夢は頷いた。その様子は、ちゃんと俺の気持ちを理解したってことがよくわかって、それを見ていると、ちょっと照れ臭くなった。
少しの間無言で、微妙な空気が流れていたが、絵夢はすぐに「よし!」っと元気よく声を上げ、それを吹き飛ばした。
「何だが、色々と真面目に話をし過ぎたし、休憩も終わり! 再開するよ!」
「ああ、だな」
そんな絵夢の切り替えの良さに感謝しつつ、俺はそう答えた。
「あ、でも最後にヌッキー!」
絵夢は、俺を見つめると、笑って俺に言った。
「私的にはリリーとフラグが立ってるっていうのは、本当だからね! 気になるからこれからの動向とかちゃんと教えてよね!」
「……ああ」
俺は少しの間を置いて、頷いた。
教えるさ。ちゃんと俺の相談に乗ってくれた、大切な友人の頼みだからな。