10-2 ミッション:絵夢を叩け!
「さぁ、入って入って」
「……なんだ、ここ」
一歩踏み出して、中に入り、まず最初に思った感想がそれだった。なぜならそれは、普通じゃない場所だったから。ここには華やかさも何もない。ただ薄暗く、怖そうな雰囲気だけが漂っている。
状況に追いつけない。けれど、どうにかして整理しようと、周りを一つ一つ確認していく。
まず、左手正面に見えるのは本棚か。その隣がタンス。あれはこの部屋の中で唯一の普通なものだな。……まぁ、部屋からして中身は普通じゃないんだろうが。
視線を左側に移す。……なんだ、あれは。アイアン・メイデンか? 前に、絵夢が使っていた。家にもあるってことか。
壁にかかっているのは……鞭か。どうして誇らしげに飾ってんだよ。それこそタンスにしまっておけよ。
それと、なんだあれ。壁に打ち付けられてぶら下がっている、鎖につながれた手錠は。
今度は右側に向ける。こっちは結構、雑多としている。とりあえず、段ボールの箱が並んでいる。そこから飛び出して見える嫌なものは、スルーして置く。
そして最後に、一番気になっていたのは……部屋の真ん中にある、あのベッドは何だ。この部屋の中で、一番異彩を放っている。場違い感が半端ない。
あの薄いピンク色のレースのカーテンがついているところとか。
ダブルベッドの大きさであるところとか。
まるで、ラブホテルにもありそうな雰囲気だ。つーか、うちの親のこと思い出した。同じようなもの使っていつも寝てるからな。さらに、親の部屋は全体的にピンク一色だし、壁とかには二人の写真が一枚一枚きちんとフレームに入れられて、飾られているし。いるだけで、胃もたれしてくる。
けど、その不気味さを思い出していたら、この部屋が何だかマシに見えてきた。おかげで落ち着いてきたぞ。
それで……結局ここは何なんだ? 拷問部屋か? いや、だとしたらあの真ん中にあるベッドの意味が分からない。
一通り周りを見回した後、無言でいる俺に絵夢は自慢するように言った。
「どう? すごいでしょ! ここが我が家のSM部屋なんだよ!」
ああ、そうだったな。絵夢のことを考えれば、ここはSM部屋だな。
「にしても、何であるんだよ。こんな場所。よく作れたな」
「まぁ、家族共通の場所だからね!」
家族共通……? え? みんな使ってるの、ここ? お前だけじゃなくて?
……そういえば、思い出したぞ。絵夢がSMに目覚めたきっかけ。親の本を読んだら、そういう関係ので、そこからはまっていっただったな。つまり……こいつの親も、そっち関係と言う事か。
きっと、親は手錠をつないで、鞭でバシバシやってんだ。それでお互い喜んでんだ。どっちがSでどっちがMかは知らないし、知りたくもないけど。いや、もしかしたらどっちもいける口かもしれないな。
けど、なるほどな。蛙の子は蛙ってわけか。でも、そんな人たちの子供だ。さらに変態に磨きがかかったスーパーサラブレッドなんだろうな、絵夢は。
「とりあえず、そのベッドにでも座ってて。私は準備するから!」
そう残して、段ボールの元に向かっていった。
(……あそこに座るの?)
嫌なんだけど。
でも、ずっと立っているってのもそれはそれで居心地が悪い。……床に座ろう。
俺はベッドの近くまで寄って、腰を落ち着ける。でもやることもないので、また周りを見始める。
あっちを見ていると、牢屋が見えてきそうだ。鉄格子も見えてくる。
……やっぱりあっちだけ、完全に別な気がする。拷問な気がする。三日近く何も食べさせてもらえないような、そんなことされそう。
あの本棚はどうだ? さっきは遠すぎたのもあってどんなタイトルがあるのか見えなかったけど、この距離ならわかるだろ。俺は目を凝らしてみてみる。
『これであなたも縄結びマスター! 人の縛り方』
『真面目系委員長だった私が快楽に堕ちるまで 調教編』
『Sな彼氏の喜ばせ方~ド変態な私~ 1』
『飴も鞭なド変態彼氏 1』
『ドMでド変態な雌豚奴隷メイドのご奉仕 1』
……もういいや。お腹いっぱいだ。というかやめろ。シリーズものはやめろ。巻数がずらりと並んでいるのをみてると、気持ち悪くなる。
『S彼』は15はあったし、『変彼』は30、『ドM』とか、50超えてたじゃないか。ってか、よくそんな題材でそこまで書けるな。後、ド変態ってタイトルの作品多いよ。
あれは見てはいけないものだったんだ。記憶から抹消しておこう。うん。
「ヌッキー!」
そうして、ため息をついたところで、絵夢は俺に声をかけてきた。手には何やら多くのものが握られている。
「……それ、全部使うのか?」
「まさか、そんなわけないよ!」
よかった。さすがの絵夢でも、そこまで変態なんてことは――
「これだけで済むはずないでしょ! もっといっぱい使うよ!」
……予想を超えてきたか。絵夢……今までの付き合いでわかってると思うが、俺はそっち方面はないんだぞ? ただでさえいやいや付き合っているんだから、もう少し、遠慮ってものを覚えてもいいんじゃないかね、うん?
「とりあえずは、この中からヌッキーが一つ選んでよ!」
けれど、そんな俺の無言の否定を視線で送っても気づきもしない。それどころか、嬉々として、ベッドの上に数々のグッズを並べた。
俺は仕方なく、絵夢の言う通り選ぶことにする。だが……。
(一つって言うけど……)
ほぼ、選択肢なんてない。
まず第一に、絵夢はまだMモードになってない。つまりは身体的な刺激が必要だ。
第二に、SMって案外道具がない。例えば、目隠しやら首輪やらもあるにはあるが、それはあくまでオプションだ。上級者ならそれだけで言葉攻めとか何かできるのかもしれないが、俺は素人だ。
それに、絵夢相手に言葉攻めとか、俺には怖くてできないし。+で何か使わなきゃならない。
それを絵夢も理解しているから、ここにあるのは鞭とロウソクだけだ。
それがそれぞれ4つくらい種類があった。これで絞ったってことなんだろうが、俺は何が何だか分からないし。どれでも同じだろ。
俺は一旦、視線を段ボール箱に移す。……うん、凄い量のグッズだ。よく集めたものだ。きっとほとんどが、絵夢の親が頑張ってきた結晶だろう。金にものを言わせて買ったんだ。これが大人の力か。
今度は絵夢に視線を向けると、キラキラした目で俺を見ている。その期待した眼差しはやめてくれ。
「……これでいいや」
俺は適当に一つ鞭を取る。考える必要なんてない。そんなもの無駄だ。
「おー……ヌッキー、さすが! それを選ぶとはお目が高い!」
知らない。よく見てもない。
「それは他の鞭と比べると、表面積が広くてね。一度に受ける痛みっていうのが分散して少ないんだけど、その分全身を程よく刺激できるという意味でもあって、特にその鞭はそのバランスがまた最高で、叩かれた時の駆け巡るソフトな快感が――」
絵夢は突然饒舌になって話し始める。うわ……めんどい。自分の得意分野だからって、話しすぎだろ。たちが悪いぞ。
にしても、鞭っていうと、もっと細長くて一本のものを想像するが、こんな風に短くて、布みたいに薄いなんだな。あのドラ○もんとかにでてくる、本の立ち読みをしている人を追い払う時に使ってる、ハタキみたいだ。
まぁ、あっちの飾っているのは、俺の知っている、猛獣使いが使ってそうなやつだけど。後は……馬に使っているような鞭があれば完璧だな。
「説明はいいから。やるならさっさと始めようぜ」
「それで――……って、そうだね。思わず興奮しすぎちゃったよ」
ごめんごめんと軽く謝る。
「……で? これで叩けばいいか?」
「あ、待って。今から最後の準備をするから」
そう言うと、また別のところから縄を取り出して、ものすごい早業で、自らを縛り上げた。……見えなかった。つーかどうなってんだよ、それ。亀甲縛りっていうんだっけ? よくもまぁ、それを一人で結べるな。
結んでその場に座り込んでいた絵夢は、俺を見上げると、苦々しい表情をして言った。
「……っく、殺せ!」
「……何言ってんだ?」
「えへへ……ついノリで言いたくなって!」
どんなノリだよ。
「まぁいいや。ほらほら、叩いて叩いて!」
急かされてため息をつき、俺はやる気なさげに鞭を振るった。
「きゃうん!」
絵夢は小さく悲鳴を上げる。だがそこには、その痛みという快楽に顔をとろけさせ、恍惚の表情で全身を震わせる変態の姿があった。