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9-8 関羽と紀美恵 side紀美恵

「紀美恵さんは、どうして関羽はあなたを手伝ってくれたんだって思いますか?」


 紀美恵はそう巧人にたずねられ、怯む。それは、自分がその理由を知らないから。

 だから紀美恵は、素直にそのことを話す。


「……正直なところ、よくわかりません。聞いてもはぐらかされてしまって……」

「それでも、何か思う時がありませんか? そうなんじゃないかって期待だったり、不安だったり」

「不安になんてなりません。関羽さんのことは信じていますから。でも……」


 そこで、言葉につまり、顔を伏せてしまう。


 それは聞かれた言葉。期待、不安。


 確かに、もしからしたらという期待はあった。

 でも、あり得ないことだと、切り捨て考えないようにしていたこと。

 そして、考え期待することで、それが裏切られた時の悲しみをなくすためのことだ。


 けれど、紀美恵は思う。どうして話されないのか。

 もしも、最初から話してくれていれば、この期待が生まれることはなかった。

 あるとすれば、それこそが……関羽が自分のことをどう思っているのかが不安。


 たとえ、考えないようにしても……心の中のどこかでは期待は残り続けている。今でも、日を重ねるにつれて、この想いは強くなる。

 それと同時に、関羽の自分への気持ちが分からないことへの気持ちも強くなる。紀美恵はそれが、どこか辛かった。


 巧人は、紀美恵に優し気な声色で言った。


「関羽はただ、あなたのことが好きなんですよ。それだけの……そして一番大切な理由です」


 その言葉に、紀美恵は顔を上げ、巧人に視線を向ける。

 巧人は、そんな紀美恵をただ優しそうな笑みで、真っ直ぐに見つめていた。その言葉が嘘ではないと、そう語っている。自分が、保証するとでも言うように。説得力があった。


 それを理解すると、紀美恵の心は少しずつ暖かくなる。

 それは、自分の期待して結果であったことと、その好きという私に対する愛情を表す言葉のため。それがただただ嬉しい。


「そう……ですか」


 そう答えて、関羽の姿を見つめる。

 そうして思い出すのは、巧人に答えた関羽の言葉。

 言われて、そして関羽に心を許した時のこと。


『困ったときは、人に頼るべきです。それがたとえ、どんなに図々しいようなことであっても、自分が自分でなくなってしまうほどに追い詰めてしまうのはよくない。ちゃんと笑っていられるように、無理なんてしちゃダメですよ』


 そういわれたことを今でも鮮明に覚えている。


(まさか高校生に叱られるなんて思ってもなかったな)


 自分は大人で、子供だっている。

 そんな自分に、倍以上も年の離れた子に、しかもまだまだ他人でしかなかった相手に対して、言われた。

 驚きもあった。けれど、それ以上に、感じた関羽の優しさ。


 あのときから私は……私も、あなたのことを好きになっていた。


「……さて、俺……いや、俺たちは、そろそろお暇させていただきますね」


 巧人の発言に目を丸くして、する。


「え? そんな……もう少しゆっくりしていっても」

「いえ今回は……今回だけは本当に遠慮しておきます」


 そう言って巧人は、玄関のドアに手をかける。


「では、利莉花を呼んできますので」


 そう残して、巧人はドアを開き、家の中に入って行った。


*****


「なーなーなー♪」


 リビングに戻ると、利莉花は未だに猫と遊んでいた。……仲良いな、お前ら。


 俺は楽しそうな利莉花たちを邪魔するのは、ためらわれたし、正直このまま可愛い姿の利莉花たちを見ていたい気持ちに駆られたが、今はそれより大事なことがある。


 俺はため息をつき、声をかけた。


「利莉花、そろそろ帰ろう」


 利莉花は、俺に気付くと、こちらを見て、首を小さく傾げる。


「にゃー……ぁ? でみょ、みゃだ来てきゃら、そんにゃに時間経ってにゃいよ?」


(残ってる、ネコ語が残ってるから!)


 さっきまでそうやって相手をしていたのか? くそ、あざといぜ!


「いいから、行くぞ」


 俺は強引にそう伝えて、リビングを出て行く。というか、さっきのやつのせいで顔を向けられない。

 あれは……来た。猫パンチとかでも大丈夫だったのに、今のやつは来てしまったんだ。下半身的に。


「にゃー……あっ! 待ってよ、巧人君!」


 若干の猫化をしていた利莉花は元の状態に戻ると、慌てて立ち上がる。


「えっと、バイバイ! ミリーちゃん! また会おうね!」


 そう猫に告げて、俺を追いかけてきた。


*****


 玄関から出ると、そこにはさっきまでと同じように紀美恵さんは関羽のことを見守っていた。


「では、紀美恵さん」


 俺はそれだけの簡潔なサヨナラの挨拶をして、さっさと歩き出す。

 すぐ後に出てきた利莉花も、紀美恵さんを見つけて挨拶をするが、俺が歩いていくのを見て、それを早々に終わらせ、俺の元まで急いでやってくる。

 そうして追いつくと、俺の横に並び、顔を覗き込むようにみてきて、不思議そうに聞いてくる。


「もう、巧人君。どうしたの? それにさっさといっちゃうから、関羽さんにさよならも言えなかったよ」

「放っておけよ。関羽のことは。あいつの邪魔しちゃ悪いだろ」

「? そう言えば私、どうして関羽さんがいたのか知らなかったけど……巧人君は、何か知っているの?」

「まぁ、ちょっと……な」


 それだけ言って、俺は押し黙る。それに、利莉花はまた不思議そうに見ていた。

 そんな利莉花に俺は一言だけ、笑って付け加えた。


「言っただろ? 俺と関羽は大親友なんだよ」



*****



「ふぅ……って、あれ? 二人はどこにいったんですか?」


 リビングに帰ってきた関羽が、キッチンにいる紀美恵にたずねる。関羽は外での作業で体を動かしていたこともあり、大粒の汗を流していた。

 対する紀美恵は、昼ごはんの用意をしていた。紀美恵は包丁をよどみなく動かしながら、関羽に返す。


「お二人とも、なにやら先に帰ってしまわれましたよ」

「え? そうなんですか? 俺に何も言わないで帰るなんて……ちょっと寂しいですね」


 そう言って軽く笑う。そんなに気にしてないと流そうとしているが、それこそが気にしている証拠であることは、紀美恵にもわかった。だから、巧人のことを簡単に話す。


「きっと、気を使ったんだと思います」

「気を? どうしてですか?」


 関羽に聞き返される。紀美恵はそこで初めて手を止め、関羽に目を向ける。

 すると、関羽は間抜けな顔をして、こちらを見ている。そんなところが紀美恵には少しだけおかしかった。でも、そこがまた愛おしい。


 紀美恵は巧人のおかげで迷いをなくすことができた。関羽の自分への想いを知ることができた。無理だと思っていたことが現実になった。


 それが、自信になった。いや、この気持ちを決定づけてくれた。後押ししてくれた。自分自身の気持ちを伝えようと思った。関羽への想いに応えるために。そして自分自身のために。


「関羽さん。大好きです」


 その言葉に、関羽は驚いた顔をするも、すぐに微笑んだ。そして――


「俺も大好きですよ」

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