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9-7 関羽と紀美恵 side巧人

 中庭について……というか玄関出てすぐに横を見れば、関羽の姿が確認できた。けど関羽はこっちには気づいてないようだ。

 関羽はしゃがんで何やらしている。俺は角度を変えてみてみる。すると、軍手をして雑草を抜いていた。……草むしり? 何故?


「関羽さんは……優しい人ですよね」


 疑問に思っていると、突然そんな声をかけられた。驚いて目を向けると、紀美恵さんがいた。手にはスーパーの袋とバッグ。利莉花の言っていた用事とは、買い物のことだったのか。

 紀美恵さんは関羽を見て続ける。


「関羽さんは、私たちの家庭のことを知って、こうやって色々と手伝ってくれています。頼んだわけでもないのにですよ? それにまだまだ、他人だった私を……」


 紀美恵さんは懐かしむように目を細める。同時に、大切なものを確かめるように。

 俺はたずねた。


「紀美恵さんは関羽とはどういった関係なんですか?」


 それはずっと気になっていたこと。そして、関羽にははぐらかされてしまったこと。

 紀美恵さんは話し始める。


「関羽さんには、道を歩いていたら、突然声をかけられました。確か……『そこのお美しい方お待ちください』だったと思います」


 おい。関羽おい。もっとマシな声の掛け方できないのか。アホ丸出しだぞ。


「それで、そのときは変な人だなって思いつつも立ち止まって、『なんですか?』と聞き返しました。すると、『とても疲れた顔をしていますね。それでは、あなた本来の美しさが半減ですよ?』と言ってきました」


 キザすぎだろ。つーか何様? キモ。


「私は苦笑いしつつ、『そうですか』とだけ返しました。でも……どうしてでしょうね。それが私の心を少しだけ軽くしてくれたんです。

 私は……本当に疲れていたんだと思います。だから、関羽さんのその態度が私の心をほぐしてくれたんでしょうね。そしてそのままお話を続けて、関羽さんにつられるように軽いノリで言ったんですよ。確かに疲れてるってことを。そうしたら、『何かできることはありませんか?』ってそう言われたんです。初対面なのにですよ? 私はもちろん遠慮したんですが、『それじゃ俺の気がすみません!』、『気になって夜も眠れなくなります!』と、言いきられる形で、家まで連れて行きました」


 強引だな。でも、聞いていた限りじゃ、正解だったんだろうな。

 ……相手のことを気遣っての行動か。関羽らしくない……って普段は思うところだけど、これなら納得だな。


「その間にどうしてそんなに、疲れているようなのかを聞かれました。私は少し話をして、気を許したのでしょうか。言われたままに答えていました。私はこの家に住んでいて、娘も二人いる。けれど、夫はいないんです」


 語る紀美恵さんの語尾が弱くなる。

 そして、その意味を何となく、理解してしまった。……亡くなってしまったんだ。

 理由は知らなくても、結果が変わることはない。悲しみもあっただろう。大変なこともあったんだろう。その中で、紀美恵さんは生きてきたんだな。


「夫はいなくなってしまって……それでも、夫の両親たちは関係を持ってくれて、女手一人じゃ大変だろうと、支援もしてくれました。そうして、どうにかやってこれていたんです」


 自分たちだって、息子を失って悲しいはずなのに、その嫁さんのことを心配してあげるなんて……優しい人たちだな。


「けど、やっぱりそれは『どうにか』で、私自身のパートも増やして、どうにか成り立っていたんです。本当に毎日忙しくて……。そのことを関羽さんにはすべて打ち明けました。そして言ってくれたんです。無理をしないで、もっと人を頼ってくださいって。それで私は、関羽さんに甘えてしまいました」


 ……なるほどな。いいところ、あるじゃないか関羽。


「やっぱり、男手ってすごいなって感心しました。力仕事ではとても活躍してくれますし、私自身の負担もかなり減りました。それに、関羽さんは頼み事を笑って、『分かりました』って、嫌な顔一つせずに引き受けてくれます。……本当に優しい人です」

「……そうですね」


 ずっと黙って聞いていた俺だったが、話の終わりを感じて口を開き、同意する。

 きっと、関羽はこれを言うのが照れ臭かったんだ。


 いっつも、馬鹿なことばっかり言ってるのに、今回はこんなにも真面目な内容だ。

 今日だってそうだ。性的に、ってことを念押ししてきた。

 知られたくなかったんだろうな。それは俺の知っている関羽じゃないし。お前のキャラがぶれるもんな。


「もうずいぶんと長い間、お世話になっている気がします」


 そうして、草むしりする関羽を見つめる。関羽は、まだまだ草が多く残っている庭を一所懸命に、抜いていく。見ているだけで、その大変さは伝わってくる。

 それに、もう夏も近くなってきて、今は昼時。暑さもあり、相当汗を流している。それでも……関羽は楽しそうに続けていた。


「今やっているあの草むしりも、あとで花壇を作るため、だそうです。『いい生活を送るためには、心を明るくすることです。そのためにも、家を華やかにして気分を良くしましょう』って言ってました」


 花壇……か。それはまた途方もないな。この状態から整備するのなんて、一筋縄ではいかないだろう。


「ただ、最初は自費でやろうとしたので、慌ててお金を渡しましたが」


 紀美恵さんは困ったように笑う。でも、それは嫌なわけではなく、むしろ嬉しそうだった。

 ……俺は、少し関羽のことを下に見過ぎていたのかもな。性癖が真逆なこととか、馬鹿なところとかで、お前のことをちゃんと考えたことなんてなかった。熟女好きってだけで、敬遠していた。


 でも、根本は俺と同じだったんだな。人のことを想っていた。相手を労わることを知っていた。相手の幸せも考えていた。

 ……見直したぜ。本当にな。


 でも、お前はちょっと、かっこつけすぎだ。いや、恥ずかしがっているだけか……。紀美恵さんの話を聞いていてそう思った。

 だから……これくらいは、俺から言わせてもらうぜ? お前の友人として――。


「紀美恵さんは、どうして関羽はあなたを手伝ってくれたんだって思いますか?」

「……正直なところ、よくわかりません。聞いてもはぐらかされてしまって……」

「それでも、何か思う時がありませんか? そうなんじゃないかって期待だったり、不安だったり」

「不安になんてなりません。関羽さんのことは信じていますから。でも……」


 紀美恵さんは顔を沈ませる。

 不安じゃないなんて言っても、理由を話しもしないんじゃ、気にもなる。話してくれない理由を知りたくなる。そのことに対する不安は、絶対にあっただろう。もっとノリよく、いつものように直球で伝えればいいのにな。


(……いや、違うか。できなかったんだよな)


 だから関羽は恥ずかしがってるって思ったんだ。

 そしてその気持ちを、今の俺は理解できるから。


 余計なことかもしれないけど……この人がお前のことで悩んでいる。それこそ、今は一番の問題だろ?


「関羽はただ、あなたのことが好きなんですよ。それだけの……そして一番大切な理由です」


 紀美恵さんは俺の言葉を聞いて、顔を上げこちらを見てくる。そして、数秒してまた関羽に視線を移す。


「そう……ですか」


 紀美恵さんはさっきまでと同じように、それでいてほっとした目で関羽をずっと見つめていた。

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