9-6 強敵!利莉花&猫!
「り、利莉花?」
「うん。私だよ?」
思わず名前を呼ぶと、またまた不思議そうに、そう返す。いや、そうじゃなくて――
「紀美恵さんと話してたんじゃなかったのか?」
「さっきまではしてたけど、少し用事があるからって出て行ったよ? 巧人君の前を通ったはずだけど……」
あー……。集中しすぎて気づかなかったか。そこまで、考えていたわけじゃないんだけど。というか、関羽のことをそんなに考えていた……と考えるだけで気持ち悪い。
でも、本当だ。辺りを見回してみると、俺と利莉花以外には誰もいない。だから、利莉花の敬語もなくなったのか。
「にゃーん」
……違った。猫もいたな。えっと、名前はなんだっけ み……み……ミリタリー?
「あはは! 本当に元気そうでよかったよ。ミリーちゃ~ん」
あ、ミリーか。……しかし――
(うらやましいな)
どっちがとはあえて言わないでおくが。
利莉花の片腕の中に猫は抱かれて、仰向けになっていた。そして利莉花は、もう片方の手で、猫の前で指をくるくるとする。
それを猫は触ろうとして、自らの前足を伸ばしていた。
「えいえいえい」
利莉花はそれをかわしつつ、猫のお腹をプニプニと触る。そうすると、猫のほうも若干ムキになり始めたのか、伸ばす勢いが早くなった。そして――
「あ……タッチされちゃった。私の負けだね~」
利莉花は楽しそうに笑って、その遊びをやめ、猫の頭をなでる。
「な~……」
猫は気持ちよさそうに声を出す。それに利莉花は上機嫌に笑みを強める。
「ふふっ。にゃん、にゃん♪」
(ぐはっ!)
俺は心の中で叫んで、胸を押さえる。
ずっと静観していたけど、今のは無理だった。ネコ語は……ネコ語は……勝てない。あんなもの反則だ。鬼に金棒……を超えている。その状態は、利莉花が猫を抱いている時点だ。
今回の+ネコ語で話す利莉花は言うなれば、金棒×2はくだらない。それほどの破壊力があった。
「……可愛いな」
利莉花を見ていたら、自然とそう口から出ていた。……っておい! 俺は何を言っているんだ! 可愛いとか……いきなり言うやつがあるか! アホ!
恥ずかしさの中で利莉花の様子を伺う。
「うん、私も可愛いって思うよ。ね~? ミリーちゃん?」
……よかった。利莉花は勘違いしてくれている。そのことにため息をつく。
っていうか、本当に恥ずかしいな。顔が熱い。ここまでのは生まれて初めてだぞ。
……でも、どうしてだ? どうして、ここまで恥ずかしいんだ? 俺は今まで、ずっとなぎちゃん(7)のことを可愛いとか思っていた。それはきっと、面と向かって言う事もできたはずなのに。利莉花には……言えない。
利莉花は世間一般から見れば、普通に、いいルックスをしている。だから、可愛いなんて言葉は、言われても当然のはずだ。俺が言ったところで何ら不思議はない。でも――
(それを簡単に言って、終わらせたくない)
そんな風に思っていた。
きっとこれは、俺が知っているものとはまた違う感情で。
前とは違う恋をしているからなんだろうな。だから恥ずかしいなんて思うんだ。
だから、その言葉を真剣な気持ちで伝えたいと思うんだ。
俺は、利莉花と過ごして、一緒に居ることに慣れたって思っていた。
でも実際には違ったんだ。俺はもっと、利莉花のことを知って……想いが強くなったんだ。
一度、カワイルカとかまで言って、心で否定していたのも、認めたくなかったんじゃない。その想いをさらに強めるのを止めようとしていただけだ。
けど、それもやめた。俺はもう、止めようともしない。この恋に……前向きに向き合おうと思う。
「ん~にゃ~、にゃにゃにゃにゃ~ん♪」
利莉花は未だ、ネコ語を話して、猫を撫で続ける。正直、そんなにやっていて、嫌がったりしないものか気になってくるが。猫のほうもまんざらではなさそうだな。
しかし、関羽が言うには利莉花とは恋愛フラグとやらが立ってるらしいが。もしもそうなら……嬉しい……と思わなくもないような気がしないでもない。
別に、ちゃんと向き合うって決めたところで考え方は変わらないしな。ロリコンには戻りたいし。好きだってわけでもないし。結ばれたいとかも思わない。
それに、関羽には伝えそびれたが、利莉花は元女子校の人間だ。さらに男と関わる機会が少なかったとも言っている。
だとしたら、距離感が分かってないという可能性は十分あり得る。なにより一番の大前提。それによって俺はずっと、悩み続けていたこと。
『利莉花は百合である』
これがある限りは、絶対に無理だ。最終的に関羽の言葉は、ロリコンに戻った時に役立ちそうなヒントになったからいいが、もとの話は一切無駄だったな。
とにかく、この恋は報われないものだし、報われても困る(はず)のものだ。だったら、これはある意味放置で、ロリコンに戻る方法を探し続ける方がいい。
これで前向きに向き合っているのかは自分で言っておいてよくわからんが、気持ちの問題だ。俺がそう思っているならそれでいいんだ。
「……あ、巧人君も撫でてみる?」
「いや、いい。噛まれたら嫌だし」
「む。ミリーちゃんは、そんなひどいことしないよ」
俺が遠慮すると、利莉花はそう言って頬を膨らませる。そして「ねー?」っと、猫に同意を求める。
「にゃーん」
「ほら、ミリーちゃんもそう言ってるよ」
わかんねーよ。
「たとえ、そうだとしても、俺よりも利莉花が相手しているほうが、きっと機嫌もいいよ」
俺なんて、こいつとは赤の他人(とこの場合呼ぶのか?)だし。
「むー……巧人君のわからずや!」
利莉花はまた不満そうに頬を膨らませる。……そろそろ、やめてくれ。その反応に、俺の理性が崩壊しそうだ。
「えーい! そんな巧人君にはこうだ!」
利莉花は猫を両手で持つと、前足の下に手を添えて俺の顔の前に持ってきた。
「……猫パンチ!」
「にゃー!」
その言葉たちとともに離れた一撃が俺の顔面を襲う! 癒しダメージ、1000!
巧人 の 理性 が 崩壊しました!
(……っは! 何をしているんだ、俺は!)
気づくと、俺の手はその猫をもう少しで掴むところまできていた。慌てて手を引っ込め、距離を取る。
まさか、ここまでの攻撃をしてくるとは……恐るべし、利莉花ミリーコンビ。世界を狙えるほどに、重いストレートだったぜ。
「むぅ~……もう少しだったのに。巧人君、強情すぎだよ。だったら……」
利莉花はまた、同じようにして近づいてくる。
どうする? よけるか? いや、さっきのは不意をつかれたからだ。来るとわかっているなら、耐えることなどたやすい。
それに、既に一度攻撃は受けている。そこには、インパクトもない。ここは避けない。そして何も反応しない。それで、利莉花には諦めてもらう!
俺はそう決めて、攻撃に備える。今の俺の目には、敵(猫)しかみえていない。全く、可愛い顔して、なんて強者だ。一瞬でも気を緩めたら……一気に持ってかれるぜ!
気を引き締めていると、ついに猫と対峙する。
(さぁ……こい!)
そうして繰り出された技は――
「猫ビンタダブル!」
「にゃにゃん!」
ぷにっとした肉球の感触が俺の両頬を包む。ああ……なんて快感だ。
(なぁ? ミリー?)
俺をじっとみつめるミリーをこちらも見つめ返して心の中で聞く。
どうだ、俺の感触は? 気に入ったか? 正直、無表情だからよくわからん。何を想って今こうしてるんだ?
「さらに、ローリング~!」
ああああ……。回されてる。俺の頬が、猫の手でぐるぐるってされてる。
しばらくして猫の手は離れた。
「さぁ巧人君。どうだった?」
「……ふ。まだまだだな」
俺はふっと、笑う。もちろん、ただの強がりだ。というか話しかけられるまで、ほぼ放心状態だった。完全に勝負は俺の負けだった。
けれど、俺は意地でもこっちから触りはしない。既に俺は陥落状態だ。こんなんで、なでなでとかしたら、俺まで意味の分からないネコ語を喋りだしそうだ。見ている分にはいいが、自分がそんなことをするのは間抜けにしか思えない。後で思い出して、頭を抱えることになるのは火を見るよりも明らかだ。
「だったら、次はおうふく猫ビンタを……」
じりじりと目を光らせて寄ってくる。
もうやめろ! 俺のライフはゼロだ!
そんなことされたら、さすがに悶絶する。それをこんな場所で、晒すわけにはいかない!
「あ、俺ちょっと関羽の様子でも見てくるな!」
「え? でもさっきまでずっと話してたんじゃ……」
「俺と関羽は大親友だからな! じゃ!」
そうして俺は逃げるように、リビングを出て行った。
*****
巧人の去った後のリビングで――
「……私ひとりになっちゃった」
利莉花はリビングの中で呆然とした様子でそう呟く。ほんのちょっと前までは紀美恵、関羽、巧人の全員がいたのに、一人一人減っていき、利莉花だけが残った。
「にゃー」
「あ、そうだよね。ミリーちゃんもいるから一人ではないよね」
けれど、他人の家で他に人がいない状況。それが……
(居心地悪いなぁ~……)
早く誰か返ってきてよ、とそんなことを考えながら、利莉花はミリーと遊び続けた。
*****
……ふぅ。思わず逃げてしまった。しかも言い訳で関羽と大親友ということになってしまった。一番有り得ない。透のほうがマシだ。
「と、それはどうでもいいか。それより……」
これからどうするか。戻るわけにはいかないし、ここは他人の家。家をうろうろとして、他の部屋に行くような失礼なことはできない。だとしたらやっぱり、関羽のところに行くか。確か、中庭に行くって言ってたな。
俺はそんなことを考え、玄関を出て中庭に向かった。