9-3 最初の1日―利莉花
――と、いうわけで、やってきた金曜日。この日をどれほど待ちわびていたか。気になり過ぎて最近は少し睡眠不足だった。が、ついに来たんだ。
(そう、猫さんに会える日がな!)
ついでに、本当についでに、利莉花とも会うけどな。しかも、二人きりでな! まぁ、そんなことは些細な事さ。どうでもいいと言っても過言ではないさ。それくらいなんだよ!
さて、意味の分からない自答はやめて、さっさと待ち合わせ場所に向かうとするか。俺はそうして家を出て行った。
*****
「あ、巧人君! おはよう!」
「ああ」
待ち合わせの場所の駅前に向かうと既に利莉花はそこにいた。
利莉花は俺が来たのに気づくと、少し離れた場所から声を張り上げて挨拶してきた。
なんか機嫌がいいみたいだな。……は! もしかして利莉花は、今日のことを楽しみにして――って当然だろ。久々に猫に会うんだから。
「えっと、今は9時45分だね」
俺が近くによると、利莉花は時間を確認する。にしても、透の家に行った時もそうだが、行動が早いな。かく言う俺も15分以上前に到着したわけだが。
しかし……なんだ。……私服だ。いや、当然だ。休日だしな。それに透の家に行ったときに既に私服なんて見ている。
でも、あの時は伊久留を抱いていてちゃんと見えなかったし、さやちゃんのことのほうが気がかりで、そんなところを気にしている余裕はなかった。
それで新ためてみてみると……すごく似合っている。清楚感のある白のワンピース。変に着飾ってなくてシンプルなところがまた、利莉花の魅力を強調している。
それにあの生足。利莉花のやつ、ニーソのような足全体を覆うものじゃくて、普通な靴下できやがった。元々足が長いし、すらっとしているからすごく……きれいだ。
「? どうかした?」
無言でじっと見ていると、不思議そうにたずねてきた。
「あ、いや! なんでも!?」
それに思わず、きょどった返事をしてしまった。幸い利莉花は「?」と頭に浮かべるだけで怪しんでは来なかった。
危ない危ない。まさか、利莉花の姿に見とれてしまうとは。もうそういうのはなくなってたと思ったのに。ここで、利莉花の真の魅力ってものを再認識させられてしまった。
つーか、あの足が今公衆の面前にさらされていることのが不安だ。周りのみんなも見とれてしまうに違いない。さっさと移動しなければ。
「それで、その家ってのはどこにあるんだ?」
「あ、うん。こっちだよ。私についてきて」
そう言って、改札のある場所とは真逆のほうに歩いていく。
「? なんだ。待ち合わせは駅前だったのに、電車は使わないんだな」
「うん。元々そんなに離れてるところじゃないから、電車を使うと予定より早く着いちゃいそうだし。それに――」
そこで利莉花は一度立ち止まると、こちらを振り返り、笑顔で答えた。
「どうせなら、巧人君といっぱいお話ししながら歩きたいなって」
「……そっか」
そんな利莉花に俺は努めて冷静に返した。
……ふ。もう、笑顔を向けられるくらいじゃ、俺は取り乱したりはしないぜ。この数日間で俺は悟ったんだ。
だって、考えてみれば、友達から笑顔を向けられた嬉しいものだろ? それと同じだ。ほら、透が笑いかけてきたところを想像してみろ。
……うん、気持ち悪いな。いや、例えが特殊なだけだ。
関羽……は、殴りたくなるな。絵夢……なんだろう。身の危険を感じる。サディスティックな笑みに変換される。
いや、全員特殊な例なだけだ。ほら、大輝で変換したら嫌味が全然ないし。
とにかく、普通に過ごしていていちいち利莉花の行動にリアクションしてなんていられない。色々と自分の中でも割り切ってかないとな。……無理なことも多いけど。
「じゃあほら、行こうぜ? 話しながら歩くんだろ?」
「うん!」
俺が促すと利莉花は元気に頷いた。
*****
そうして、利莉花と歩きながら他愛のない話を続けた。それこそ、今日は天気がいいねから始まり、朝食に食べたものの話。昨日見たテレビの話など。
それらが一通り終わったところで、一度会話が止まった。けど、無理に話す必要はない。それに、息苦しさのようなものも感じない。
そう思って、俺からは何も言わずにただ利莉花の横を歩いていた。
しばらくして、利莉花は今のこの状況を確かめるような声で喋り始める。
「私ね、今日は楽しみだったんだよ」
「そりゃな。助けた猫にまた会うんだから楽しみにもなるだろ」
「違うよ。確かに、それもあるけど、今言ったのはそうじゃなくて、巧人君とのこと」
「お、俺?」
自分の名前がでてきて思わず聞き返す。
って待て。マジか。機嫌いいなとは思ってたし、もしかして……って一瞬だけ考えてはしたけど。有り得ないって自分で否定したのに、本当に俺と会えることを?
……!? やばい。顔がにやける。分かってるけど……友達と遊べるとか、そういう理由なのはわかってるけど……それでも嬉しい気持ちが抑えきれない。
「うん、だって巧人君との……友達との最初の約束だから」
「……ああ、そうだな」
その言葉ににやけるというか、もっと自然な笑みがこぼれた。
嬉しいって気持ちは変わらずにあるけど、その種類は違うように感じる。そこにあるのはやっぱり、俺が恋をしているとかどうとかは関係ない、友達としての感情。本当に大切なことである感情なんだ。
「それに、私、前の学校は女子校だったからあんまり男の人と話したことなかったから」
……ちょっと待て。今、利莉花はさらっと言ったけど、どうにも聞き捨てならない言葉を耳にしたんだが。
「……利莉花って女子校だったのか?」
「あれ? 言ってなかった?」
全然聞いてない。俺が知っているのは、俺たちが今通っている学校よりも偏差値は高いってことくらいだ。
でも、考えてみると当たり前か。利莉花は百合だし。
それに、女子校だったからこそ、百合になったとも考えられるな。
「けど、だとするとやっぱり男友達って貴重だったのか?」
「うん。だから、こうやって一緒に出掛けるのって、初めてのことだし、緊張するよ」
「の割には、ずいぶんと楽しそうだったが?」
「それはそれ。緊張もしてるの」
利莉花は拗ねたように答える。そんなところも、俺に気を許している証拠だと思うと、嬉しい。それに、特別ってことだしな。
「だけど、巧人君の言うようにやっぱり浮かれてはいたよ。絵夢さんたちとも違って、巧人君は特別だから」
つい今さっき考えていたことを言われて、ドキッとする。
そりゃ、特別だ。現在唯一、敬語じゃなく喋っているし、名前も『さん』ではなく『君』だ。
でも、なんだろう。自分で思うのと、言われるのとじゃ全然違う! それこそ、付き合っているやつら同士が、お互いに『好きだよ』とか言っては、気持ちを確かめ合っているかのように。
相手のことを分かっているからって、言われて嬉しくないはずがない!
というか、言葉にすることによってその気持ちを明確さに表すことが――
「あ、もうすぐそこだよ」
利莉花が指をさして答える。その言葉に俺ははっと我に返った。
(何を考えていたんだ。俺は、馬鹿か)
どうして、付き合っているとかいう例えが出てきたんだよ。関係ないだろ。俺たちは友達なわけで。そう言うのはないっていうか……。
(もういい。言い訳するな)
冷静になればいいんだ。そうれいせい……冷製パスタだ。うん、ダメだなこりゃ。
「ほら、早くいこ?」
そんなことを思っていると、利莉花に手を引かれる。手を……繋がれた。
(う………おおおおおお、おい! どどどどどどおしててて! 手を! きゅきゅきゅきゅ急すぎぎぎぎぎだろろ!)
って、もちつけ。いや、違う。落ち着け。
まずは深呼吸だ。すぅ……はぁ……。よし。
俺は利莉花に目を向けてみる。すると、嬉しそうに笑っていた。
前に俺から手を繋いだことはあったが、あの時は恥ずかしそうにしていたな。なのに今は、無邪気な笑顔を浮かべてる。やっぱり浮かれているってのは本当なんだな。
いや、学校での時もそうだったのかもな。俺のところにわざわざ話をしに来てたのは、俺が男で、友達だったからなんだよな。
いや、それこそ違うかな? 少し自意識過剰かもしれないけど。でも――
(俺が利莉花の特別だったからだよな)
そうして、少しの間、俺は利莉花の手のひらの柔らかな感触を楽しんだ。
※さすがにマズいと思い更新しました。今回のようなことはもうないようにします。すみませんでした。