9-2 悪夢の3連休の始まり
次の日。久々に感じる学校に行き、月曜日が始まったことを実感する。
そして自分の席に座って、ボーっとしていたら、目の前に人がやってきた。
「おっはよう! ヌッキー!」
「お前は元気だな、絵夢……」
そのテンションにため息をまじりにそう返す。学校は久々だが、絵夢とは久々と言う感覚はない。土曜にあってるからな。
「しかし、朝から俺のところに来るなんて珍しいな。どうした?」
普通、来るなら昼休みとかなのに。その行動に疑問に思ってたずねると、絵夢は答えた。
「実はさ。今度の土曜日って暇?」
「まぁ、別に予定はないが」
「じゃあ私に付き合って!」
バンっと思いっきり机を叩いて、身を乗り出してくる。俺はその音に驚くとともに、前に前かがみになった利莉花のことを思い出して、ついつい胸に目が行く。……うん、ないな。っと、あんまり失礼(絵夢が気にしてるから一応)なことを考えてちゃ悪いな。
「付き合うって……なにに?」
「うん。昨日、考えていたんだけどね。私って、最近Sばっかりで、あんまりMっ気を出してなかったんだよね」
言われて思い出してみる。……確かに、ないな。大抵は関羽相手にS発言や何やらしてるくらいで、Mっぽいところは全然出てない。俺の覚えてるのでも一ヶ月以上前のことだ。
でも、それは仕方ないことだ。絵夢は身体的刺激を受けた時にMになるんだからな。そういうのがなければ、出てくることはないし、言葉責めなんてしようものなら、Sで嬲られるだろうし。
「それでね、ヌッキーには私をぶったりしてほしいんだよ!」
「えー……やだよ」
興奮気味に語る絵夢に、俺はローテンションで答える。
「どうしてさ!?」
「いや、普通に面倒だし。そういうことでお前に付き合っていたくはない」
「むぅ……ヌッキー、ちょっと冷たいよ。こんなこと頼めるの私、ヌッキーくらいしかいないのに」
まぁ、絵夢は普段、俺や関羽たちのような部活以外での友人には、性癖を隠しているようだからな。頼めるやつなんてそうそういないか。
「それでも、やだ。関羽に頼め」
「え~……完熟じゃ絶対私の相手は務まらないもん」
「だったら、俺でも無理だ」
「大丈夫だって! ヌッキーなら!」
その自信はどこから来てるんだ。過大評価だ。
とにかく、ここは関羽に押し付ける。面倒なことはそうするべきだ。
「なら、関羽だってきっと大丈夫だ。あいつを甘く見ているんじゃないぞ」
「でも、完熟ってどっちかっていうと、行動とか見てると攻めたくなるし」
まぁ、俺もそうだ。大体は何かにつけていじり倒してる。そういうキャラだし。
「いや、だからこそだ。いつもお前にいじめられる関羽のことだ。お前を嬲ることができるのなら、日頃の扱いに対するうっぷんも解消される。きっと、嬉々として受け入れてくれるぞ。それに、お前も関羽なんかにされてると思うと屈辱感があるだろ?」
「おお! その通りかもしれないよ! ヌッキーありがとう! 私、完熟に聞いてくるね!」
そう言って絵夢は嬉しそうに去っていった。ふ、関羽。悪く思うなよ。これも、土曜日のお前に対する報いだ。いい気味だぜ。
*****
昼休みになる。まだ唯愛とは喧嘩中なので、昼飯は購買で買ってきた。それを自分の席で食べていると――
「ヌッキー~」
またしても絵夢がやってきた。
「どうした?」
「完熟がね、予定があるから無理って」
「きっと嘘だ。強引に誘え」
「私もそうしようと思ったんだけど、『これが証拠だ!』って、メール見せられて」
っち、関羽め。そんな用事なんてほったらかしていいから、絵夢に付き合ってやれよ。
それに用事なんてどこぞのおばさんのことだろ? それよりももっと身近な友達や部活仲間のことを大切にしろ。まったく……うまく逃れやがって。
「というわけで、ヌッキー。お願い!」
手を合わせて頭を下げられる。……さて、どうするか。
既に暇であると伝えている手前、関羽と同じように断れない。他の誰かに押し付けるか?
ここで透……と言っても、色々と説得力がないか。引き受けてくれるとも到底思えないし。
利莉花……は嫌だ。なんでか分からないが、とてつもなく嫌だ。頼んだら引き受けそうな気はするが、巻き込みたくない。
とすると、あとは伊久留か。伊久留ならまだ……有り得そう……だけど。
(想像しづらいな)
伊久留がそんなことしている様子って。何か淡々としている気がする。
だとすると、やっぱり俺しかいないのか。
「はぁ……わかったよ。引き受ける」
「ホント!? やった! ありがとう、ヌッキー!」
了承するとお礼を言われる。でも内容は絵夢をいたぶることで。そう考えると……怖いな。これがMか。
「じゃ、詳しいことは後で連絡するね!」
そう言い残して去っていった。……土曜が少しだけ憂鬱だな。だが、まぁいい。今週は開校記念日とかで金土日と休みだ。3日の内1日くらい潰れても問題ない。むしろ、今の俺じゃ何もすることなんてないし、逆にやることができてよかったと思っておこう。
俺はそう考えて食事を続けた。
*****
食べ終わった後、しばらくして――
「た~く~と~くん!」
「!? り、利莉花か。びっくりした」
いきなり後ろから、肩をとんっと叩かれびくっと体を震わせてしまった。ちょっと恥ずかしい。目を向けると、そんな俺の反応にニコニコと笑っていた。……やめてくれ、眩しい。
利莉花は俺の前に回り込むと、机に手をついて前のめりになる。
(またそれか! 朝に思い出していたところだぞ!)
そして、絵夢と比較するとやっぱり……その、すごいな。昔の記憶と比べるよりも、迫力とかの差がよくわかる。
絵夢はこんな風になりたいのか。なんというか、似合わないな。絵夢には。
う~ん。しかし、ここまでの流れ。テスト勉強前と同じだ。だとすると、この後は関羽でも来るのか? 来たら文句言ってやろう。
「それで、何の用だ?」
俺がそう尋ねると、利莉花は頬を膨らませる。
「むぅ……前にも同じこと言ったよね? 理由もなく友達の元にきちゃダメなの?」
(ぐぉ……!)
まずいって! これはまずいって! 怒ってるのに、それなのにそれさえもいいと思ってしまう!
今まで頑なに言わないできたが、もう無理だ。言いたい。可愛い!
もういいよ。ってか、いいじゃないか! 別に! 例えばネコや犬を見て可愛いって言うじゃん? それと同じさ! 人間だって、好きな人以外にだって可愛いとか思うことはあるんだ!
「まぁ、今日はちゃんと理由があるんだけどね」
あるのかよ。茶目っ気を見せやがって。その舌をちょっと出して笑ってる表情とかも、あざといぞ。可愛い。
「前に捨てられて猫さんに会いに行こうって話をしてたでしょ?」
「ああ、そう言えば……したな」
一緒に帰った時だな。俺が利莉花って呼ぶようになった時でもあるし、ちゃんと覚えてる。
「あの後、引き取ってくれた人と連絡を取り合っていて、今度の金曜日に行くことになったの。それで、巧人君に確認にきたんだけど……何か用事ってある?」
休日にお誘い……だと? しかも、状況的に考えて、二人で? それってまさかデートとか言うやつじゃ……。
(いや、違う! 利莉花はそんなことは一切思ってない! 純粋に友達として誘ってくれてるんだ!)
それに、既に行くって約束もしているし。金曜ならまだ予定は空いてる。引き受けない手はない。
「ああ、いいぞ」
「やった! 実は少し不安だったんだ。急だったし、勝手に決めちゃったから」
「急ってこともないだろ。今日は月曜だし。どっちかっていうと、早いほうだろ」
「そうかな? でも、楽しみだよ~。元気にしてるかな~」
そう言って笑う利莉花はさっきとは違って微笑ましく感じる。本当に、あの時の猫のことを想ってやっていたんだな。
けど、すまんな。ほとんど関係のない俺もお前に会いに行くことになって。成り行きだし、利莉花がそうしろっていうんだから、我慢しろよな。
そうしていると、ふと俺は時計を見た。いつもの癖だ。
「もうすぐ、次の授業が始まるな。そろそろ戻ったほうがいいぞ」
「あ、うんそうだね! じゃあね、巧人君!」
そうして利莉花が教室を出ていくのを見送った。
ふう……しかし、折角の3連休が金土と埋まってしまったな。まぁ、金曜日は別に憂鬱とか思わないけど。むしろ嬉しいというか。楽しみというか……。
だって、休日に利莉花と二人きりだし――
(やっぱり猫って可愛いもんな!)
そうして自分の気持ちをはぐらかして、考えを打ち切った。
*****
学校から帰り、自分の部屋に一人でいると――
「あの……たっくん。入ってもいい?」
扉を叩かれた後に、向こうから唯愛の声が聞こえてきた。唯愛も帰ってきたか。やっぱり、生徒会の仕事って結構かかるな。
にしても、いきなり入ってこないで扉を叩くなんて。ちゃんと自重しているな。
俺は「いいぞ」っと、返事をすると、唯愛が恐る恐るといった様子で中に入ってきた。扉と閉めると、ベッドの上で座っていた俺の目の前までやってくる。
「えっと……ね。たっくん……ごめんね」
申し訳なさそうに潤んだ瞳で謝ってくる。そういう反応をされると、やっぱりどこか心が痛む。でも、それじゃダメなんだ。もう二度と、あんなことを起こさないためにも、ここは黙って唯愛の言葉を待つ。
「私はたっくんのこと好きで……それでその想いが強すぎて、あんなことまでしちゃった。最低だよね。自分のことだけで、相手のこと考えないなんて。こんなんじゃ愛想を尽かされても、仕方ないよ」
そう語る唯愛はとても落ち込んでいた。違う……なんて言えない。今はまだ、言ってはいけない。
唯愛は続ける。
「だから……ね。私、ちゃんとするから。たっくんの嫌がるようなこともうしないから。だから……だから……」
その声は震えていて、今にも泣きだしそうだった。そして、それは予想通りで。唯愛の目から、一筋の涙が頬を伝っていった。
「たっくん……。お願いだから、嫌いにならないで……? 私を捨てないで……」
その言葉とともに、ぼろぼろと涙は溢れていく。顔がぐちゃぐちゃになっていて、とても見ていられないほど、悲痛だった。
「私はたっくんに嫌いになられることが、離れることが一番嫌だよ……。ずっと一緒に……たっくんといたいよ! 私はたっくんのことが……大好きだから!」
それでも最後まで、唯愛は俺の顔を見て、言い切った。その泣き顔も自分の想いも。全部を。
「ひっく……うぅ……」
言い終えると、唯愛は本格的に泣き出してしまい、溢れる涙を両手で拭い続けている。俺は立ち上がると、そんな唯愛を抱きしめた。
「たっ……くん?」
「ごめん、唯愛」
突然のことに驚く唯愛に、耳元で囁くそうに答える。同時に、抱きしめる力を強めた。
「たっくんが謝ることないよ。私が悪かったんだから」
「俺もそこを否定するつもりはないよ。それでも、あの言い方は酷かった。そう思ってたから」
そこまで言ったころには、唯愛の泣き声も聞こえなくなっていた。俺は力を緩めると唯愛と顔を見合わせ、笑って答えた。
「前にも言ってるけど、俺は唯愛姉のこと嫌いになんて、絶対にならないから」
「!? ……たっくん」
「でも、約束はしてくれよ。俺の嫌がることはしないって」
「うん……。わかったよ、たっくん」
そう言って唯愛はまた涙を流した。けれど、それは全然不快なものではなく、心地の良いものだった。
*****
「それで、だ。俺のほうも悪かったと思っているから一つだけ、何か願いを聞いてやる」
唯愛が落ち着いたところで、リビング(俺の部屋だと、唯愛が暴走しそうだから)でそう話を持ちだした。
「そ、それって何でもいいの!?」
「まぁ、俺ができる範囲ならな」
「えっと……じゃあ一緒にお風呂入ったり、一生添い寝っていうのも捨て難いよね~」
おい、いきなりさっきの約束が破られそうな事態になってるぞ。このままじゃ、いつも通りじゃないか。マジで怒るぞ。
そんな風に思っていると、唯愛は答えた。
「えっとね、じゃあ今度の日曜日に一緒に出掛けよ!」
「? そんなんでいいのか?」
思ったよりも控えめで少し驚く。
「何を言ってるの、たっくん! 男女が二人きりで出かける……デートだよ!」
姉弟だし、デートとは言わないだろ。
(……うん? 待てよ、日曜?)
よく考えると、これを受けれ入れると、今度の三連休全部の予定が埋まっちまうぞ? 流石に、それは……。一日くらい、自分のことに使いたいというか。何もせずに過ごしたいというか。
そうやって、思考を巡らせていると、唯愛が不安そうな目でこちらを見てきた。
「……ダメ?」
……っぐ。そんな上目遣いで見るな。断るに断れないだろ。はぁ……まぁ、俺のほうからなんでもいいって言ったんだし。叶えられないものでもないしな。
「……いいよ。それで」
「ホント!? わーい! たっくん、大好き!」
「だから、そういう風に抱きつくなって」
俺は唯愛をたしなめて引き離す。まったく、本当に何も変わってないんじゃないか? まぁ、一緒に出掛けるってだけでこんなに喜んでくれるのも、こっちとしては嬉しく思……わなくもないし、いいけど。
……俺はなんやかんやで姉に甘いな。
そうして俺の今週は始まった。