一年生 5月-4
そうやって何度か、質問を交互に繰り返して、質問することがなくなり終わる。
「じゃあ、話を戻して、何をするか、考えるか」
俺がそう言うと、伊久留はこくりと頷く。
さて、しかしどうしたものか。部活は=友達と遊ぶ、で相違はないが、それが出てこない。というより、たった二人で何ができるのだろう。う~む……。
考えていると、伊久留が小さく手を挙げた。
「何か思いついたのか?」
「違う。伊久留は友達ってものが初めてだからよくわからない。だから巧人に全部任せる」
「任せるって……ずるいな、お前」
「巧人は友達いた。だったらまずはそのときにやっていたことを思い出してみればいい」
「え? うーん……」
言われて、思い返してみる。まず、唯愛のことでからかわれて……からかわれて……うん。ダメだな。ろくなこと覚えてない。唯一別のことで思い出せたのは、給食のプリン奪われただ。
とにかく、いいことっていうか楽しかったこととか何もないぞ。
「……とりあえず、しりとりでもするか?」
役に立たない記憶はどこかに投げ捨てて、どうにか絞り出し答える。発想力のなさが恨めしい。そして、二人でやってもそんなに面白いと思わない。
さらに、もっと言うが、俺はしりとりを面白いと思ったことがない。なのに、何故しりとりと言うものを選んだ。いや、何も頭に出てこなかっただけだけど。
後悔している俺とは裏腹に以外にもやる気で「わかった」と、伊久留は始めた。
「りす」
「す」
「すす」
「スイス」
「スーツケース」
「水素ガス」
「スペース」
「スパイス」
「スクールバス」
「スキーハウス」
「ステンドグラス」
「スライドガラス」
「ステータス」
「ステンレス」
「スフィンクス」
「ステゴサウルス」
「ストロベリーアイス」
「スパゲティーミートソース」
…………。
………………。
「スフェノスポンディルス」
「スミレヌレバカケス」
「スキウルミムス」
「ステラーカケス」
「ストラディヴァリウス」
「スンダスローロリス」
「駿河上臈杜鵑草」
「……っく」
……ダメだ。もう『す』で始まって『す』で終わるものが思いつかない。
「俺の負けだ……」
そう言って降参する。にしても――
「ところで、なんで俺たちは『す』縛りでしりとりしてたんだ?」
「巧人が始めたから」
俺は何となくで特に理由なんてなかったけど……伊久留もそうだったか。
けど、お互いに『す』縛りというか『す』責めはつらいな。以外に続いてびっくりしたけど。やっぱり、そんなに面白くないな。しりとりなんて。
「じゃあ……何するか?」
次にやることを考えるために、そう口に出して聞いてみる。が、伊久留は何もを言わずにじっとこちらを見るだけだった。
本当に言っていた通り、全部丸投げなのな。まぁいいさ。それならそれで。
俺は開き直って、また一人で考え出す。えっと、どこまで考えてたっけ? ……そうだ、二人で何ができるのかか。でもそれで何も出なくてしりとりとか言ったんだ。
けど、しりとりってどっちかというと大人数でやるものな気がする。というより、遊びって話になると大人数でやることが大半か。
そこで、一つ疑問に思うことがあった。
「そういやさ、さっき類は友を呼ぶ~って言ってたけど、伊久留はこの部はどうするんだ? 今は二人で使ってるけど、増やす予定ってあるのか?」
正直、そこでBLがどうとかの話をしていたから、聞き流したいことでもあったが、勇気を持ってたずねる。
「来るものは拒まない。それが伊久留の考え。巧人も自分の友達を呼んでもいい。ここは巧人と伊久留のものだから」
「ああ、わかった」
って言っても、友達なんて今は大輝くらいしかいないが。でも、なるほどな。これから先、メンバーが増える可能性はあるのか。
そうだとすると、伊久留と二人で過ごすのは、それまでになる。それがいつ来るのか。早いのか、ずっと来ないのか。そこは考えたところで仕方はないかもしれないが、それは発想を変えるのには役立つ。
俺は今まで二人でもできることを考えていたが、そうじゃなく、二人だからできることで考えるんだ。
と言っても、何か劇的に変わるわけじゃない。すぐには案だって思いつかない。それでも、その心持ちの上で考えることは大切なはずだ。
あとは……そうだな。俺が伊久留とやりたいと思うことってのを組み込めば何か……。
「……伊久留。こうしよう」
頭の中に思いついたそれを提案した。……さて、どうなるか。ある意味で楽しみだな。
*****
「……さて、そろそろいいだろう」
部室の外に出て10分程経ち、そう思って再び中に入る。
伊久留は椅子の横に立ち、こちらをみていた。
「……待たせたか?」
「……ううん」
そんな会話を交わしながら、近くに寄っていく。
そして俺は照れ臭そうに、言葉を続ける。
「でも、驚いたよ。まさか、俺みたいなやつにあんな手紙を出してくるなんて」
「そんなことない。あなたはとてもいい人。だから伊久留は……」
そこで伊久留は恥ずかしそうに俯く。身長さもせいもあって顔はよく見えないが、耳が少し赤いのは分かった。
その反応が何だか面白くて、ついいじめてみたくなる。
「好きになった?」
相手の止めてしまったその続く言葉を、優しい声色で耳元にささやく。
伊久留は一瞬びくっと体を震わせると、さらに赤くなっていく。
「けど、その好きな『俺』は、こんなこと……するのかな?」
「あ……」
肩を軽く押して、後ろの机の上へと倒す。伊久留はぽーっとした目で見上げてくる。
「ダ……メ……」
どうにか絞り出すようにそう言ったが、そこには説得力もなにもない。頬を染め、期待に満ちた眼差し。それは彼女にとっての無意識なのか、行動のいちいちが、いじめたくなる。だから俺はまた、ささやいた。
「でもさ……。好きになったっていうんなら、当然その先だってわかってるよね? こういうこと……望んでいたんでしょ?」
仰向けになった伊久留の上に、俺は覆いかぶさるように身を寄せる。すぐ目の前には伊久留の顔。少し近づけただけで、どこかが触れ合いそうなほどだ。
そんな状態で伊久留を見つめるが、顔を反らしたりはしてこない。つまりは……そういうことだろう。
俺は、ゆっくり、ゆっくりと顔を近づけ、熱い口づけを――
「……で、どうだ?」
はせずに、体を引き上げて、真顔で伊久留に聞いた。
まぁ、当然だ。あれより先のシミュレーションなんて、できるわけがないし。俺のファーストキス(俺が覚えている限りで)をこんな場所でこんな形、しかも伊久留になんてささげたくはないからな。
伊久留も机の上から降りて立ち上がると、答えた。
「もっと強引でいい」
「本当か? あれでも結構なものだと思うけどな。なんか不安なんだけど」
「そんなことない。今回のようなタイプは、強引さが重要。相手に全部を委ねてる。支配されたいと願ってる」
「そういうもんか?」
「凌辱系作品のヒロインだったら快楽堕ちしてるような感じ」
「嫌な情報だな、それは」
その余計な一言がなければ、まだ納得できたんだが。
「まぁ、伊久留の意見は参考にはなるけどさ。偏りが激しいような気がするぞ」
「それは仕方ない。伊久留が持ってるのは全部、創作上の知識」
「いや、そりゃそうだろうけどよ」
逆に違っていたほうが驚くし。
「もっと、普通な感じにならないのか? せめて、純愛な設定にしてくれ」
「今回もそうだった」
確かに、手紙で呼びだされてってことだし、日常的に会っていた相手からってのも、その通りではあるけど。
「展開速すぎだろ。しかも俺側のほうはすごく余裕だったし。押し倒すのも早いって。もっと告白の返事とか先にやれよ」
「男はみんなせっかち」
「偏見だろ」
いきなり何を言ってるんだ、こいつは。
「でも、あんまり長くしてもシミュレーション的には面倒だと思う」
まぁ、そうだろうな。俺が提案したこれは、俺にとって重要だったからだし。それに、その重要なのは、告白のポイントじゃなく、雰囲気作りからの濡れ場であるわけで。
(俺だって、いつそういうことがあるかわからないからな!)
もしも、かなたちゃん(10)から求められたりして、ちゃんとリードできないと格好がつかないしな。
そうそうあることではないだろうけど、備えあれば憂いなし。準備しておいて損はない。
そして伊久留なら、身長が小学生レベルなので、その辺の立ち回りがつかめるからやりやすい。さらに、こんな状況だ。二人きり以外ではできない。
というわけで、俺が伊久留とやりたくて二人でないとできないこと、としてこのシミュレーションをやることになった。伊久留にも説明したら、さっきの大まかな流れと自分たちのキャラ設定を軽く説明された。そしてその結果――が今というわけだ。
「とりあえず、もう一回やってみようぜ」
「……やっぱりせっかち」
本当に急かしてしまったせいで何も言えない。
俺は話をそらすように、調子を変えて喋る。
「でも、思ったよりは楽しいな。このシミュレーション」
「巧人が面白いなら伊久留はそれでいい」
「なんだよ、それだと俺だけが楽しんでるみたいじゃないか」
「そうじゃなくて、巧人が楽しければ、伊久留も楽しい」
そう答える伊久留は確かに、楽しそうにしていた。俺はそれが嬉しく思った。