一年生 5月-2
部室につくとやはりというか、伊久留は既にそこにいた。中央のテーブルのようにくっつけられた4つの机。俺は伊久留と対面になるように座る。
「ふぅ……」
「…………」
伊久留は無反応で本を読み続けている。……気まずい。
「なぁ、帰っていいか?」
俺は来てそうそうにそう呟く。伊久留は本から目を離さずに、答える。
「それはダメ」
えー……。でも、お前が本を読んでいたら俺やることないんだけど。なんか、もう少し気を使ってほしいというかさ。いや、部室を手に入れてから既に何度か活動はしている。それまでもずっとこの状態だった。だからこそ、不安でもあったのだし。だが、これは……ダメだろ? いろいろと。
ここは一度、ちゃんと話したほうがいいな。
「伊久留、これは何をやっているんだ?」
「伊久留は本を読んでいる」
「うん。そうじゃなくて、俺も含めてさ」
「巧人は何もしていない」
「いや、だからさ……」
何だこのもどかしい感じは。面倒くさいな。
「俺はここにいて何をすればいいんだ?」
「それは巧人が決めること」
「だったら帰らせてくれよ」
「ダメ」
何だこの不毛な言葉の応酬は。俺はもっと直球に聞くことにした。
「はぁ……伊久留、ちょっと真面目に話をしてくれないか?」
俺がそう言うと、本から視線を外し、俺の顔を見てくる。それを確認して、俺は言葉を紡いだ。
「伊久留の目的は、この部室を私的に使うってことは知っている。けど、こうやって俺たちは一緒にいるわけだ。だったら、何か一緒にできることをするべきなんじゃないのか?」
「巧人は何かしたいことがあるの?」
「そういうわけじゃないけど……。折角、俺たちは友人同士になれたんだから、友好を深めるというか」
「……大輝みたいなこと言ってる」
「え?」
伊久留の言葉に一瞬驚くが、確かに考えてみたらそうだ。
あいつは俺と友達となりたいといいやってきて、そしてそのために、今日の昼にも話をした。友好を深めるために。俺はあいつのことが苦手だが、でもそいつとやっていることは同じ……。つまりは、友人ができたらやることなんてみんな同じってことか。
「……なんだっていい。それに、俺たちは、この場所を共有しあう、もっと深く繋がった存在だろ? とにかく、これから先の方針とか決めないとさ」
「……うんわかった」
伊久留はそう言って、本を閉じ机に置いた。
「と言ってもすでに話している通り、ここでお話ししてればいい」
「でも、それだと活動報告ってやつが書けないだろ?」
「それは大丈夫。伊久留が適当に書くから」
「そうか? ならまぁいいが……って、伊久留がいつも本読んでるから話すこともなかったんだけど」
「別に、話しかけられたら答える」
「いや、だったらもう少し話しかけやすいように配慮してくれ。教室でも特に」
伊久留の雰囲気がもう、話しかけてはいけないような変なオーラが見えるんだよな。
「そういや、今日はどうしたんだ? いつもは一緒に食事なんてしないのに」
「別に。それに元から食事くらい一緒にしてもよかったんだけど」
いや、だからもっと人を寄せ付けないその纏う空気をどうにかしてくれよ。
「巧人は伊久留と話したいの?」
「え? そりゃ、まぁな。さっきも言ったように折角友達になったんだから」
「そう……」
それだけ言って会話が止まる。
う~ん。気まずいな。こいつこんなんで他に友達とかいるのか? いや、俺が言えたことじゃないけど。中学のときにいたのかからして不安だ。
「なぁ、伊久留が俺を誘ったのって、俺と気が合いそうだからだよな?」
かといってそれを聞くのもどうかと思い、俺は違う話題を振る。伊久留は俺の言葉に、こくりと頷く。
「それで、今まで一緒に過ごしてきて、その勘は当たっていたのか?」
「……よくわからない」
「だろうな。別に会話してなかったし」
「…………」
伊久留は俺がそう言うと俯く。俺は意味を悪いほうに取られたかと思い、結論を入れる。
「とにかく、何が言いたいのかっていうと、もっと話そうぜってこと」
「話すって何を?」
「え。……いや、それくらい自分で考えろよ」
「ごめん。よくわからなくて……」
伊久留はそう言うと再び俯いた。
……なんだろう? 妙な違和感だ。俺を部活に誘ったときや、この部室を手に入れるために頑張ってきたときの行動力。それを持っているやつと同じはずなのに、それがまったく感じられない。
「伊久留って今まで無理してた?」
俺は思わず、そう聞いてしまう。伊久留は顔を上げて俺を見ると、首を横に振った。
「無理なんてしてない。伊久留は伊久留だから。ずっと伊久留らしくいた」
そこで俺は気づく。
そうだ。これは、さっき避けたはずの話題だ。ただ、攻める方向が違うだけで。この先に言わんとすることは、きっとそれが関わっている。
そしてそれは案の定だった。
「でも、だからこそ伊久留はよくわからない。人との距離感が」
俺は何をやっているんだ。聞くべきでないことをわざわざ聞くなんて。最低じゃないか。それが分かっているのに……どうして――
「伊久留は友達がいなかったのか?」
そんなことを聞く――。
伊久留は無言でその言葉を肯定する。
「だから、いざこの状況になってどうすればいいのかは、よくわからない」
「そうか……」
そうして互いに無言になる。その中で俺はさっきの伊久留の言葉をもう一度、脳内再生する。
「……ごめん」
すると、俺は自然とそう言葉に出ていた。
伊久留はそれを不思議そうに眺める。
「どうして謝るの?」
「だって、俺は伊久留に嫌なことを言わせてしまった。だから――」
俺は少しだけ暗い顔をする。そんな俺を見て、伊久留は柔らかな物言いで声をかけてきた。
「別に、伊久留は嫌じゃなかった。逆に、こんな伊久留でも大切に思ってくれる巧人のことが少し嬉しい」
「当たり前だろ。友達なんだから」
「うん。だから巧人がそう思ってくれているだけで、伊久留はいい」
「でも、そんなお前に俺は……」
「巧人、伊久留は確かに友達がいなかったけど、でもそれが悲しかったわけじゃない。むしろ、巧人と出会えて友達ってものがいいものなんだってそう思った。だから、巧人は伊久留にとってそれを教えてくれたいい人」
俺がいい人? あんなこと聞いておいてか?
結果的には伊久留は気にしてなかったからいいのかもしれない。今回の場合に関しては。
けど、他の人だったり、もしくはこれから先、伊久留を傷つけるような発言をする可能性はあるんじゃないのか?
……本当は、俺もよくわかってないんだ。友達ってものを。中学のころのやつらは別に欲しくてできたわけじゃないし、居なくなってもいいと、どうでもいいと思っていた。
けど、今回は違う。俺は、伊久留を失いたくはない。一緒にいたいとそう願い、そして今でもそう思っている。
だから、伊久留のことを傷つけたくはない。不用意な自分でいたくはない。
「それに、巧人みたいな伊久留と同じような人は、今までにあったことがなかったから」
それは俺も同じだった。今までに会ったことのないタイプの人間で、だからこそ俺もお前を求めた。
「俺とお前って似ているな」
「うん」
「似た者同士、これからもよろしくな」
「……うん。よろしく、巧人」