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8-3 俺にとっての君(あかりちゃん)

 結局なんやかんやで、ライブは見れた。よかった。ここまで来たのに見れなかったとか、シャレにならないからな。

 しかし、さすがプロと感服した。ライブ中にあかりちゃんが喋ったわけだが、小学生らしい高めの可愛さが溢れている声で、清純派としてのキャラ作りも完璧だった。もう二重人格のレベルだった。もちろん、歌も最高だった。と、とにかくすごいと思った。

 俺が楽屋で待っていると、あかりちゃんが戻ってきた。


「おかえり」

「あ、まだいたんだ」

「まぁね」


 あかりちゃんは部屋の中央に向かい、そこにある椅子に座った。


「そういえば、まだあんたの名前って聞いてなかったわね」


 あかりちゃんは唐突にそう言い出す。確かに、言ってなかったけど、気にする必要はあるのだろうか?

 ともかく、聞かれたからには答えないといけないな。


「島抜巧人です」

「そ、巧人っていうの。……それで? どうだった?」


 いきなり、「どうだった?」と聞かれて、思わず「何が?」と返すところだった。今ここで聞いてくるんだから、さっきのライブのことに決まっているだろうに。


「よかったよ」

「うわー……感想がそれって、幼稚園児でももう少しマシなこと言うわ。それでも高校生?」

「一応ね……って俺高校生だなんて言った?」

「別に。見た目がもう、そうでしょ。大学生とか言えるほど大人っぽくもないし」


 それは貶されているのだろうか?


「まぁ、感想なんて人それぞれだし。よかったって一言にだって、いろんな意味が込められてる。それだけでも、いいと思うんだけどな」

「それ、自分の気持ちを伝えられないって言ってるようなものじゃん。つまり、馬鹿」

「馬鹿……か。でもさ、好きな人に好きって伝える以外には一体なにがあるんだろうね」

「はぁ? なに言い出してんの?」


 いきなり恋愛に関する話をしたせいか、あかりちゃんは訝しげな視線を向けてくる。


「あ、あかりちゃんには早かったかな。この例えは」


 俺がそう答えると、あかりちゃんは反発するように、声を出す。


「そ、そんなわけないじゃん! 全然早くないし!」

「え? じゃあ好きな人っているの?」

「そ、それはそうでしょ! 私にだって好きな人の一人や二人いるよ!」

「へぇ~」


 なるほどね~。最近の小学生はませてらっしゃる。まぁ、俺の時がどうだったかなんて、覚えてないけど。

 俺小学生の時の記憶、ほとんどないからな。覚えているのは、唯愛が関連したあれこれくらいで。

 俺が適当に相槌を打って、気に入らないのか、あかりちゃんは聞いてくる。


「……アイドルは恋愛禁止とか言わないの?」

「まぁ、そうなんだろうけど。……どうでもいいよ。一番大切なのは、あかりちゃんの気持ちだし」


 あかりちゃんが本当に好きだと思って選んだ相手なら、それでいいと思う。ただし、その相手があかりちゃんに相応しいのか、審査は受けてもらうが。

 それでも、最後に決めるのはいつだって本人だ。審査だって、特別なことを求めるわけではない。ただ、クズ野郎でなければ、ヘタレ野郎でなければ、それで十分。本当に大切なことは、時間をかけて初めてわかることだから。

 「あ、でも」と俺はあかりちゃんに忠告する。


「二人はやめたほうがいいよ。せめて一人しようね」

「う……」


 あかりちゃんは何やら口ごもる。不思議そうに見ていると、あかりちゃんは声を荒げて言った。


「ったく、なんなのよ、もう! 真面目に答えちゃって! 恥ずかしいじゃない!」

「え?」

「いないわよ! 別に! 好きな人なんて!」


 あかりちゃんは顔を赤くして、そっぽを向く。


「え? じゃあなんでそんなウソを?」

「だって、巧人が私を子供扱いして……それが嫌で……」


 子ども扱い……。実際に子供だろうと思うが、子ども扱いされたくないって気持ちは、誰しもあるか。俺はフォローするように、慌てて声を出す。


「いや、そんなつもりで言ったわけじゃないんだよ? ただ、たとえが正しくなかったのかなって思っていただけで……」

「いいでしょ、別に。巧人は私が誰と付き合ったとしても、どうでもいいんだろうし……」


 あかりちゃんは拗ねたように、小さくつぶやく。


(あー……さっきの答えってまさかそう取られた? 勘違いなんだけどな)


「俺は嬉しかったよ? 好きな人はいないってあかりちゃんが言ってくれて」

「……どうして?」

「俺はあかりちゃんのこと好きだから。俺のこと、これから好きになってもらえたらいいなって、意味」

「……ロリコン、キモイ」


 そう罵倒を吐いたのは、落ち込んだあかりちゃんではなく、さっきまで見ていた、素のあかりちゃんだ。

 それを見て俺は、自然と笑みがこぼれた。


「うわ、罵られて喜んでる、あんたもしかしてマゾなの? 変態」


 あかりちゃんは調子を取り戻したように、俺に追加攻撃してくる。

 うん、これでいい。そうやっていることが一番、『らしい』。俺はあかりちゃんの罵倒を聞きながらも、頬をほころばせていた。

 暫くして、あかりちゃんはそれをやめる。そして、一つため息をついた。


「あー、もう。なんで私は、今日あったばかりの巧人に、こんな色々話しちゃってるのかな~」

「それだけストレスがあったってことなんじゃない?」

「ストレス……」


 そう言うと、少し考える素振りを見せる。また、さっきと同じように悩んでいるみたいだ。


「……そうかもしれない」


 あかりちゃんは呟くと、「はぁ……」とため息をつき、なんだか諦めたように言った。


「もうここまで来たから話すわ。私のこと。巧人と会ったのも何かの縁かもしれないし。ほとんど他人だからこそ、話せることもあるしね」


 もしかしたら、今のは失言だったか? と後悔していたのだが、どうやら心配はなさそうだ。結果オーライというやつか。

 俺は、そのあかりちゃんの話というものに耳を傾けた。


「巧人も知ってのとおり、私はアイドルをやっている。グループとかじゃなくて、ソロでね。さらに結構人気も出てて、こうしてそれなりの規模のライブだってできている。けど私は、特別アイドルってものを好きでやっているわけじゃない。やりたいとも思っていなかった。

 そんな私がアイドルを始めたきっかけは、親。勝手にオーディションに申し込んで、合格。知らないうちに、ここまで来た。もちろん、練習とかいろいろあって、その結果ではあるけど。練習なんてやりたくなかった。辛いと思った。それでもやったのは、ある意味で意地。こんな辛いことやってるんだから、結果残そうって」


 アイドルをやっていたのが、好きでもなかったなんて、意外だ。才能があったってことか。いや、負けず嫌いで頑張り屋……努力したってことだな。


「それでやってきたんだけどさ、私の親。飽きたのかな? 最近は私のこと、何も言ってこない。信じられる? やらせたのはそっちだっていうのに。

 そこで思った。私が何をしていても、どうでもいいんだ。アイドルをしていても、期待されない。ううん。普段からもそう。私は、暇つぶしのようにアイドルをやらされて、飽きたから、見捨てられた。ただのおもちゃと同じ」


 その声は、およそ小学生らしくない、すべてを悟ったような、冷めたものだった。

 俺は不安に感じつつも、黙って続きの言葉を待つ。


「意地でここまでは頑張ってきたけど、ある日気づいた。誰も私に期待していない。それを知った時、これ以上は無理だって思った。もう支えなんてない」

「そんなことないよ! まだあかりちゃんには、ファンのみんながいるじゃないか!」

「そのファンの何人が、私のことを覚えているのかな?」

「え?」


 その声は俺の背筋が凍るほどに、ぐさりと胸に突き刺さるものだった。


「私がやめたとして、何人がずっと覚えていてくれる? ……片手で足りるんじゃない? 時間の流れってそういうものでしょ?」


 そんなことない。そう言いたいはずなのに、声に出ない。物言わせぬ空気、それがあかりちゃんからは漂っていた。


「それだけじゃない。たとえ続けていっても、いつか飽きられる。それがこの世界。だったら、今やめるのもある意味では一番いい終わりなんじゃないの? まぁすぐに忘れれられて、ファンの人は、違うアイドルを追いかけ始めるんだろうけど」


 あかりちゃんは、そう自虐する。……違う。やっぱり違う。けれど、それを今、俺は言葉にできない。もどかしい。自分の表現力の乏しさが憎い。


「巧人も……そうでしょ?」


 俺がどうにか言葉にしようと悩んでいると、あかりちゃんがそう投げかけてきた。


「私がアイドルをやめたら、また誰かのファンになる……そういうものだよね」

「違う! 俺は、あかりちゃんのこと忘れたりしないし、小学生以外のファンには――」

「じゃあ、私が小学生じゃなくなったとき、巧人は私から離れるってこと?」

「…………」


 俺はその言葉に、一瞬言い返せなかった。正しい。確かにその通りである。けど、それもやっぱり意味が違っていて……言葉にできない。


「結局、巧人もそうなんだよ。私を、私として見てくれている人はいないんだ」


 ……どうすれば、いいんだろうか。俺はどうすれば、あかりちゃんを励ますことができるんだ?

 こんなんじゃない。俺が好きなあかりちゃんは、こんなんじゃ……。

 考えろ。何かあるだろ? ……そうだ。あのことだ。あのことをあかりちゃんに聞く。それからでも、話を考えるのは遅くないはずだ。今はもっと情報が欲しい。


「あかりちゃんはまだ話していないことがある。自分らしさについて」


 俺が言うと、あかりちゃんは暗い顔で俺に目を向ける。


「わざわざ、落ち込んでいる女の子に追い打ちをかけるなんて、巧人も結構酷いことするのね」


 その通りだ。でも、今はそうするのが一番だから、俺は聞いた。


「私は、親の暇つぶしのおもちゃだって言ったよね。じゃあ、私って何なんだろうって思った。私って存在がおもちゃなら、私は親の思い通りに動くってことだ。今、私が考えていることって、いったい何? ……意味がないこと。そして、考えなくてもいいってことなのかな? とにかくさ。私って誰なのか分からないんだ。自分らしさが何なのかが」


 そこで声は途絶える。……よくわかった。あかりちゃんの求めているものが。

 あかりちゃんは負けず嫌いで、頑張り屋で、努力家だ。けど、それゆえに、臆病で、寂しがり屋で、人との繋がりを求めている。そして、その自分が肯定されたいと思っている。

 俺が言えることは、ありきたりなことだけだろう。きっと、この言葉では心まで響かない。それでも言おうと思った。

 だって一番大切なことって、そこじゃないだろ?


「あかりちゃん。大丈夫だよ。あかりちゃんはあかりちゃんなんだから」

「わかってるよ。巧人は言ってくれたから。けど、それは一時の慰めでしかないんだ」

「そんなことない。俺は本気でそう思ったんだ。あかりちゃんは自分の思うように行動すればいいんだよ」

「……私はもう、それが分からないんだ。自分が思うことってものが……。どうすればいいの? 私が、私だって証明するためには!」


 あかりちゃんの感情が高ぶっていく。瞳は潤み、今にも零れ落ちそうなほどだ。


「最初から、アイドルなんてやらなければよかった。そうすれば、こんなこと悩まなくて済んだのに。……違う。悩みの原因はもっと奥だ。お母さんなんて……あんなやついなければ――!」

「あかりちゃん」


 声を荒げるあかりちゃんに、俺は両手で肩をつかみ、名前を呼んだ。


「ダメだ。それ以上は」


 そして、あかりちゃんを正面から見つめて、そう言った。


「確かに、あかりちゃんにとってそう思えるだけの相手なのかもしれない。それでも、人を乏しめるようなことを、感情に任せて言う人間にはなっちゃいけない。それはいつか、後悔することになる」

「後悔なんてしない。私は誰も好きじゃないし、誰も私のことなんて、好きじゃない。だったら、嫌われたってどうでもいいんだ!」

「言ったじゃないか。俺はあかりちゃんのこと好きだって。だから、誰もあかりちゃんのこと好きじゃないなんて言わないでよ」

「でも、巧人が私を好きなのは小学生だからなんでしょ? じゃあ私が小学生じゃなくなれば、巧人はいなくなっちゃう。そうしたら、もう誰もいないじゃん……」


 あかりちゃんは暗い顔をして俯く。そんなあかりちゃんに、俺は柔らかい声色で自分のことを話し始めた。


「俺はさ、あかりちゃんが言うようにロリコンだよ。きっとあかりちゃんが想像する以上のね。そして、確かに俺は小学生のことばかり考えている。でも、勘違いしないでほしい。俺は、今まで見守ってきた子たちのことは忘れてたりしてない。ずっと覚えている」

「でも……離れていくんでしょ?」

「……うん。そうだよ。なんていうのかな……卒業なんだ」

「卒業?」

「そう。中学生になるっていうのは、俺は見送る立場で、見ているしかないんだ。本当はもっと見ていたいと思ってる、でもみんなにはもう俺は必要ないほど成長していて、守らなくても、自分で未来を切り開いていける。だから俺も、離れていかないといけないんだ」

「……嫌だよ。ずっと傍にいてよ。離れないでよ。見守っていてよ……寂しいよ……」

「……うん。あかりちゃんがそう言うなら、俺は一緒にいるよ。あかりちゃんが、もういいって、そう言うまで」

「……うん」


 あかりちゃんは俺に抱き付いてくる。小さい体が、胸の中で震えている。俺は、そんなあかりちゃんを大事そうに抱きしめた。


「ひっぐ……うっぐ……」


 そうすると、あかりちゃんの泣き声が聞こえた。俺は、泣き止むまでずっと抱きしめていた。

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