8-1 魅惑のライブチケット
「はぁ……」
俺は自分の部屋で一人、ため息をつく。理由は、透の妹であるさやちゃんと出会ったがため。
俺は今日、さやちゃんと会い話をしたわけだが、最初は罪悪感もそこまではなかった。でも、時間が経ち、考えていくほどに、自分の情けなさにほとほと呆れる。
俺は、誓いを立てたはずだ。ロリコンに戻るまでは、小学生とは会わないと。それなのに、破ったことは、有言実行のできていない最低な奴。ほんと、LSPのみんなには顔見せできねーぜ。
「はぁ……」
そんなことを思い、再びため息をついた。
まぁ、いいや。ここは一旦寝よう。まだ夕方だけど、気持ちをすっきりさせたほうがいい。
それに明日は日曜だし。センチメンタルに浸るなら明日だ。
だから今は寝る。
そう思ったところで、ケータイが鳴った。
(誰だ?)
不思議に感じながら、差出人を確認する。
『at_me』
「うわ、懐かしいな。あいつか」
『at_me』は俺がネットで知り合った友達だ。去年、いつものようにロリ画像収集をしていた俺は、一通り終えたところで、普通のネットサーフィンに変更した。そしてとある過疎った地方の掲示板を見つけ、そこでsage進行していたのであろう、『at_me』が一人で書き込み続けているスレッドがあった。
俺が見つけたときは、何の手違いか、そのときだけageで、一番上にあったからすぐにわかった。(sageやageは、スレッドの位置を一番上に持ってくるか、そのままの位置かということです)
最初は痛い奴だなと思い、適当に眺めていたのだが、少しからかってみようと話しかたら、案外馬が合った。さらに、お互いに同じ地区に住んでいるってことも、要因の一つになるだろう。
そして今では、メアドを交換して、俺なんて実名を教えている。
最近は全然関わってなかったよな。一体何の用だ?
『おいっす! 久しぶり! 最近全然音沙汰なくて、「死んだか、おい!」って思ってたか(笑)
まぁそれは置いといて、突然だけど、あかりちゃんのライブチケットお前にやるよ。お前欲しがってたし、こっちはいけなくなってよ。そんじゃそれだけ』
(あかりちゃんのライブチケット……)
あかりちゃん……本名、仙光院あかり。現役小学生アイドルだ。清純派アイドルで、今までにライブも行っている。
確かに俺はあかりちゃんのライブチケットが欲しかった。普通なら手に入れていて当然の代物だ。
しかし、俺はその時、地元小学校で学芸会をやると情報を得ていた。俺はそこで二つを天秤に掛けざるを得なくなり、苦渋の決断の末、学芸会を選んだ。
そしてその後、学芸会はもろもろの都合で(よくは知らない)、一週間後になった。もちろんその時にはすでに、チケットなんて残ってなかった。
と、いうことだ。でも、欲しかったのは俺がロリコンでなくなる前。今はあかりちゃんに会うなんて、そんな大それたできない。
ここは、断りのメールを入れたほうがいいな。
でもあいつ怒るんだよな~。こっちから話しかけると。だからこそ、あっちから来ないとただただ疎遠になるんだけど。
しかし、あいつも変わったものだと思う。最初、俺があかりちゃんのことを話したら、「お前ロリコンかよww」って返されたのに。これも俺がしっかりとアピールした影響だな。
俺がメールを打とうしたときに、また『at_me』からメールが来た。
『あ、言い忘れたけど、もうチケットお前のうちに送っといたからな』
「はぁ!?」
送ったって……俺はどうすればいいんだよ! そんなもの貰っても有難迷惑なんだけど!?
俺がメールに慌てふためいていると、階下から唯愛の声が聞こえてきた。
「たっくん~たっくん宛てに何か来てるよ~」
おいおい。もう届いたぞ。なんだ? 実は直入れか。お前が自分で入れにきたのか。
ったく、確かに住所も教えていたけども。なんなんだよ、おい。こんな時に。
俺がリビングに行くと、俺宛に来たという封筒があった。中身を確認すると案の定、ライブのチケットが……。
「あ、たっくん! それで、それってなんだったの?」
「イヤ、ナンデモナイヨ」
俺は唯愛にそう告げると、急いで部屋に駆け戻る。そして部屋の扉を閉めて、一息つく。
…………。
(待て待て待て待て! 何をやってるんだよ、俺!)
逃げるなよ! もういっそ、唯愛にこのチケット渡したほうがよかっただろ! アホか!
それなのに、俺は思ってしまったんだ……。俺は、このチケット渡したくないと……。
わかってるんだ。見つかれば、唯愛は問答無用でこのチケット奪うことくらい。いや、その場で破り捨てるか、燃やすだろう。それを想像した時、俺はそんなことはさせない! って気持ちになったんだ。それってつまり、俺はロリコンじゃなくって、会わないって決めたのに、会いたいと思ってるってことだ。
ははは……笑っちまうだろ? ついさっきまで、そのことを悩んでいたやつが、一瞬にして……最低だ。
俺は目の前のチケット眺める。あかりちゃんの姿がよぎる。金髪ツインテールの彼女が、マイクを握りしめ、にっこりと笑っている。
俺は唇をかみしめる。
俺は……その純真な心を穢したくないんだ。だからこのチケットは――
(……捨てられるかよ)
できるわけがない。
俺にはわかるんだ。このライブをやるにあたって、関わった人たちの苦労が。買った人たちの気持ちが。それが、ここにはあるんだ。その想いの入ったチケットを、捨てるなんて、そんなの……ロリコンに戻る資格なんてね―よ!
だからこれは記念に……大切にとっておくことにしよう。うん、そうしよう。
俺は机の引き出しに、大事に保管することにした。
……よし。夕飯まで寝よう。俺は自分のベッドに向かう。そして仰向けになった。
俺は、机の引き出しに目を向ける。
「…………」
……………………。
*****
(どうしてこうなった)
次の日。
俺は自分の住む町から一時間ほど電車に揺られ、チケット片手に、ライブ会場まで来ていた。結局誘惑に勝てず、ここまで来てしまった……。
流石に自己嫌悪に陥るレベルだな……ははは。
(だが、ここまで来たからには腹は決まった。もう見て行く!)
俺は会場へと入っていった。
*****
(……で? どうしよう?)
俺はどこかでそう思う。うん。本当にどこか。
(……どこだよ、ここ)
俺は絶賛迷子中である。
やばいな。ただトイレに行こうとしただけなのに。なんでこうなったんだ? 方向音痴ってわけでもないはずなんだけど。
まぁ、誰かに聞けばいいだろう。高校生にもなって迷子とか話すの恥ずかしいけど。
とりあえず、前に歩いてみる。どこの通路だよ、ここ。あれか? スタッフ通路ってうやつか? だったらこんな場所で歩いていたら、スタッフに間違えられたりしてな。ははは。
「あ、君! 何をしているんだ!」
お、やっと人と出会えたぞ。よし、これで元の場所に戻れ――
「スタッフは早くあっちに行ってくれ。というか、スタッフならスタッフジャンパー着なさい……ってもういい! とにかく早くいってくれ!」
ええー……。本当に間違えられたんだけど。有り得るのこんなこと?
どうしよう、空気的に言い出せない。それに、あっちって指をさされたけど、どこまでいけばいいんだよ。
そう思うものの、やっぱり言い出すこともできず、仕方なく歩きだす。
まぁ、暫く歩けば誰かに会えるだろう。そこで、今度は迷子だと言おう。しかし、あの人はいったい何してたんだろう。
俺は振り向いて確認してみる。
「……お、きたな」
おもむろにケータイを取り出した。なんだ? メールか?
その人は画面を見ると、顔をしかめる。
「まったく……この大事な時に」
そう言うとケータイを閉じて、ため息をついた。とにかく、悪いことがあったということは分かったな。
俺が眺めていると、その人と目が合った。
やべっ! 見つかった! 早くいかないと!
俺はまた、理不尽に怒られるのは嫌だ。確かに俺に非はあるけど、違うことで怒られるのは嫌なんだ。
軽く走り出そうとしたときに――
「おい、君!」
「はい!」
呼び止められてしまった。俺は振り返り、体をさっきの人に向ける。すると、その人はこっちに向かって歩いてくる。
(な、なんだよ……やるのか、おいこら!)
何故ビビってるんだ、俺。とりあえず落ち着けよ。
でも、呼び止められるって、本当になんだよ。さっきは早くいけって言ったのに。それってつまり、さっきのメールと関係してるってことだろ? 予想がつかないぞ。
俺は若干現実逃避の現状考察をしていると、その人は真面目なトーンで話しかけてくる。
「君、あかりのマネージャーをしてくれないか?」
「……はい?」
あまりに予想外の頼みに、俺はそう間抜けな返事をすることしかできなかった。