表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/130

7-7 それぞれの想い

「…………」


 俺は無言、無心で歩き続けていた。いや、無心ではない。心の中で呟いている。ずっと『無心』と。


「巧人君! そろそろ離してください!」


 そうして利莉花は無理やり、俺の手を振り解く。


「急にどうしたんですか? あの……私、状況を飲み込めないんですが」


 ふう、もう無心と言う必要はなくなったか。

 だってそうしてないと、俺のバナナが、どんどん反り返っていくからな。

 それに、正常に戻った利莉花に説明している時間はなかったし。さっさと去るためには仕方なかったからな。だが、これもさやちゃんのため……安い代償だ。

 ……え? なんで途中で離さなかったかって? いや、それは……何か離したくなかっていうか、なんていうか……。


「ヌッキーなんて大胆な!」


 俺に追いついた(結構早歩きだったと思う)絵夢が、突然そう言った。


「あんな大勢の人の目の前で、リリーの手を握るなんて……ついにヌッキーにも、心の変化が!?」


 違います。


「あの……私も、お友達同士とはいえ、いきなり手を掴まれるのはその……恥ずかしいです。その異性でもありますし」


 な……に? 百合の利莉花が……恥ずかしいと、頬を染めている!?

 これはもしや……イケる!?


(ってそれはダメだ! いろんな意味で!)


「あれ? 関羽は」


 俺は話を反らす意味でそう聞いた。


「ああ、なんかね。ヌッキーたち追ってる途中で、いい人発見! って口説きにいっちゃったよ」


 またかよ。


「それよりリリー。よくその状態で、ヌッキーについて行ったよね」


 利莉花は今、両腕で伊久留を抱きかかえている。しかし、あの時は片手は俺が握っていたわけだから、片腕だけで支えていたわけだ。


「いえ、伊久留ちゃんが途中で下してほしいと言ったので、下ろしたら、普通に着いてきました」


 体育に出ず、出ないくても一時間は休憩を要するという、あの伊久留がか?

 いや、尾行できるんだからそれなりの体力はあるの知っているが、にしてもすごいな。

 伊久留は利莉花の腕の中で、本を読んでいる。まるで、さっき利莉花が言ったことはなかったかのようだ。


 この中では一番俺が伊久留と付き合いが長い。でも、まだまだ理解できないことも多いってことだな。

 そんな考え事をして、さやちゃんのことへと戻る。


(頑張ってね。さやちゃん、君は本当に魅力的な人物なんだから)


*****


「私もおいてかないで――!」


 絵夢がそう言い残して、巧人たちを追いかける。そして、その場には峰内兄妹だけが残った。

 去って行った後、それまでの様子を見て、先に紗弥が声を発した。


「なんだったの、あれ……」


 紗弥はどうにも展開についていけてないようだ。しかし、巧人マニアである透には、何となく理解できていた。


(紗弥にかけた言葉……なるほど。巧人は紗弥のほうについたか)


 透は、巧人が紗弥の気持ちを尊重し、そして勇気づけて、紗弥を気遣って出て行ったのだと、そう解釈した。


(優しいな、巧人は。紗弥にあんなことを言われても、平然としているんだから。でも俺は、そんなお前のことが大好きなんだよ)


 そのとき、透の脳に巧人と出会った時のことがよぎる。

 高校に入り、一目ぼれした。その時の、巧人の優しさと、言葉が。


『いいんじゃないか、別に。少なくとも俺は、人が真剣なのに、笑ったりしない』


 同時に、透が普通の人から、ホモへと変わるきっかけであったが、そのことを巧人は知らない。


「紗弥、俺の友人たちに実際に会ってどうだった?」

「どうもこうもないよ、お兄ちゃんにはあんなやつら相応しくない!」

「そうか? みんな付き合ってみれば面白い奴らだぞ。それに……巧人は本当にいい奴だよ」


 紗弥はその言葉に頬を膨らませる。


「むー! 私のほうがお兄ちゃんのこと好きなんだからね!」

「ふふ……わかってるよ」


 そう言って透は、紗弥の頭を撫でる。紗弥は最初嬉しそうにするが、その扱いがそのまま子供に対するもので、少しだけ落ち込む。


(お兄ちゃん……結局、巧人巧人って……私のこと見てくれないよ)


 自分では無理――そんなことを考え始める。


(もういっそ、巧人は消すか。でも、お兄ちゃんが悲しむよね。それは嫌だな……じゃあどうすれば――)


『自信を持って、さやちゃんは可愛いよ』


 そこで思い出されるのは、ついさっき巧人がかけてきた言葉だった。その言葉を聞くと、妙に落ち着く。


(どうしてだろう。本当は、お兄ちゃんが好意を寄せる相手で、あたしからすれば倒す相手のはずなのに)


 それなのに、こんなにも元気をもらって、闘争心というものが紗弥には湧いてこない。

 不思議だった。それゆえに、さらに思い出す、紡がれる言葉。


『お兄ちゃん、こいつ気持ち悪い!』

『俺は好きだよ。さやちゃんのこと』

『え?』


 本当にどうしてだろう。嫌われているのに、相手に好きだって言えるのは。わからない。けど――


「お兄ちゃん」


 紗弥は透に嫌われてはいない。それだけで、なんだができる気がした。


「あたしね。お兄ちゃんのこと大好き!」


 そう言って紗弥は、兄の頬にキスをした。それが、兄に嫌われたくなくて行動に移すことのなかった紗弥にとっての、初であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ