7-2 帰りの電車の中で……
「俺一番乗り!」
「あ! ずるい~!」
(小学生か)
心の中で突っ込む。
駅に着き、電車に乗るときに、関羽はそんなことを言って乗り込み、絵夢はそれにぼやいて、次に乗り込んだ。
いや、誰もこう思うだろう。周りの迷惑を考えなさい。もう高校生なんだから。
利莉花は、苦笑いしながら二人の後に乗り込む。そういえば、行きではこの二人を利莉花に任せたんだったな。……すまん。
心の中で謝り、利莉花に続く。
全員で空いている席に座る。左から関羽、絵夢、俺、利莉花だ。俺が行きの途中で電話した時は絵夢と関羽の間に利莉花が座っていたが、それを阻止できただけ、今回はマシな気がする。
「さーってと! こっから目的地までって結構なげーよな? なんかやろうぜ!」
「えー……またしりとりとかでしょ? やだよ、私」
「んじゃ、他に何があんだよ。」
「えー……マジカルバナナとか?」
「マジカルバナナ……連想ゲームか。いいじゃん、それ! みんなでやろうぜ!」
おい、お前ら。公共の場だ。もう少し、常識をわきまえろ。
と言っても、実際に電車の中なんて、ケータイいじってるやつらとか、電話してるやつとか、友人同士て会話しているやつばっかだがな。電車の中に注意書きだってされているのに、何を考えているんだか。……待て、それ全部、俺とか俺の身内が今日やってきたことだな。
まず、透がケータイいじってたし、俺は利莉花に電話した。絵夢と関羽は、結構な声量でしりとりしてた。
やばいな。常識とか俺が言えたもんじゃないわ。……すみません。
「なぁ、巧! マジカルバナナやろうぜ!」
関羽が絵夢を隔てて、それなりに大きな声で話かけてくる。
確かに俺は良識を欠いていたかもしれない。かといって、さらに非常識な行動をするわけにはいかない。間違っていることは正さなければ。それはもちろん、俺だけでなく、この身内のやつも。
「いやだ。つーか、他の客に迷惑だろうが。もっと静かにしろ」
「他の客っつってもよ、この車両にゃ、俺たち以外、誰もいねーが?」
……確かに。
「この後、誰か来る可能性もある」
「それって次の駅ってことだろ? だったら、それまでOKってことだろ?」
「誰かが、車両を移動するかもしれないだろ」
「んなやついるかよ!」
っち、ろくな言い訳が思いつかない。いや、なんで俺が言い訳するんだよ。俺は正論をぶつけているだけのはず。何時の間に、俺がおかしいみたいになってるんだ?
いけない、いけない。軌道修正。
俺はあたりを見回す。そして発見。
「ほら、あそこにも、『車内ではお静かに願います』と書いてあるだろ。やめておけ」
「いいだろ? どうせ他の客だって守っちゃね―んだからよ」
「そうやって規則を破るやつがいるから、いなくならないんだよ。他の人がやっているから……でやるのは一番駄目な悪循環だ」
「ちぇ……頭かてーな、おい」
関羽はそうして文句を言う。まぁ、諦めろ。お前らは色々と常識がなってなさすぎる。ここで覚えるんだな。
「んじゃあよ! 佐土原! 二人でやろうぜ!」
おい、待て。どうしてそうなる。
「おい、何言ってんだよ。俺はさっき注意したばかりのはずだが?」
「んだよ、もう巧は関係ね―だろ」
「関係大ありだ。お前らが騒いでいたら、同時に俺まで騒いでいるように見られるだろ」
いや、今はここには誰もいないがな。
「だいじょぶだって、俺たちとおまえは関係ない赤の他人だ、な? それで万事解決だろ?」
どこも解決しない。まず、こうやって横一列で並んで座ってるだけで、他人とか思われない。
それに、関羽。お前は制服をきているだろ? すると、あの制服の学校の人は態度が悪いとか思われる可能性がある。それだけで、俺にも被害はあるわけだ。
いや、一番あるのは、毎日電車に乗る透だ。あいつとしても、そんな風に思われるのは、迷惑だろう。
だから、静かに何をするでもなく、ぼーっとだな……。
「おーし! んじゃ俺からな! マジカルバナナ! バナナと言ったら『黄色』!」
おい、勝手に始めるな。
「黄色と言ったら『ヒマワリ』!」
絵夢も乗るな。っち、ここは利莉花のほうからも何か言ってももらわないと。
俺はそう思って、利莉花に視線を向ける。すると――
「すぅ……すぅ……」
寝てました。うん、通りでずっと静かだと思った。
いやしかし、この寝顔はなかなかにかわい――
(かわい……るか!)
説明しよう。
カワイルカとはクジラ目八クジラ亜目カワイルカ科のことだ。
またカワイルカ科はカワイルカ属のみで構成される。属するのはインドカワイルカ、ガンジスカワイルカ、インダスカワイルカだ。
眼には水晶体はなく、光の強さや方向がわかる程度で、ほぼ盲目に近いため、移動や食物探索はエコーロケーションを用いる。
褐色系の体色を有し、身体の中央部は大きく、また背びれはない。背びれは三角形の小さな隆起があるだけである。
胸びれや尾びれは細く、体長と比較すると長い。体長は雄が2mから2.2m、雌が2.4mから2.6mで、雌のほうが大きい。
川底近くに棲息する、エビや小魚を食べる。
またガンジスカワイルカとインダスカワイルカはレッドリスト(レッドデータブックとはまた少し違う)に絶滅危惧として載るほどである。(wikipedia、カワイルカ科、参照)
……危なかった。もう少しで変なことを呟いてしまうところだったぞ。
さて、こんな無駄知識はどうでもいい。これは前に関羽に聞かされた雑学の一つだ。あいつは勉強はできないくせに、こういうことは知ってるからな。いつもは適当に聞き流していたが、今回は変なところで役に立った。褒めてやろう。
……いや、よく考えたら、関羽のせいでこんな状況になったんだ。何も感謝する必要はない。それどころか、怒るところだろう。
くそ、なんだかことごとく関羽に負けているんだが……。
きっとあれだ。今日は運勢が悪いんだ。特に、関羽との相性が最悪で(いつも相性は最悪だが)、俺のほうが押され気味になる日なんだ。もう、そういうことにしよう。
うん、あいつらと俺は関係ないそれでいいじゃないか。でも――
「ダルマと言ったら『赤い』!」
「赤いと言ったら『ミミズ腫れ』!」
いつの間にかずいぶんと変わってきているな。どれだけ続いたんだろうか。
あ、あと何となくわかると思うけど、ミミズ腫れと言ったほうが絵夢だ。けど鞭で叩いてミミズ腫れってことだろうけど……ちょっと違くないか?
あと、やっぱうるさい。
くそ、こいつらと一緒の人間だと思われるのは嫌だな。移動したい。隣の車両まで行くか。
そう思っていると、突然、俺の右肩に重みが……。
(なに、やってんすかねぇ……)
視線を向けると、利莉花が俺に寄りかかってきていた。うん……近い。
(近い近い近い!!)
そしてこの近いと三回言うと、『地下一階近い』と言えるな。うん、どうでもいい。
心の中でボケるも、ほとんど意味はなさない。心臓がドクンドクンといい、全身に血液がいきわたる。特にある一か所には、集中的に血が集まる。
(ダメだ……このままだと、俺は座ってるのに、スタンド・アップ! してしまうぜ……)
しかし、動くことはできない。利莉花が寄りかかっているのに、それを無視して動くなんてことは、流石にしない。
ではどうするか? 利莉花を動かすしかない。
だが、問題がある。一つは、俺の右肩は利莉花の枕代わりに使用されていること。同時に、右手を使えなくなった。そのため、左手で動かすしかない。
二つ目に、動かしたときに利莉花を起こしてしまわないか、ということだ。起こしたとすると、俺は利莉花を起こしてしまい、きまずい。利莉花は、寝ている間に俺に触られてたと分かり、きまずい。……うん? それ俺が変態みたいだな。
違うぞ、断じて違う。確かに、今現在デジ○ンでいうところの、成長期にタクトモンはなっているし、もう少しで進化して成熟期になりそうだが、俺は変なことをしようとは思ってない。するならひなたちゃん(7)みたいな子にする。
大体、利莉花も利莉花だ。無防備すぎだろ。襲われても文句言えないぞ。いや、誰が襲うかは知らないけど。……俺じゃないよ!?
これ以上余計なことを考えてもドツボにはまる。そう思った俺は、早く決行してしまうことにした。左を利莉花へと伸ばす。そして……そこで止まった。
(……どこに手をかければいい?)
頭? いやいや、そんな下品なやり方はあり得ない。大体起きる確率がさらに上がりそうだろ。
では、腕か? それも辛いな。まず、右側にいる人間を、左手で動かそうなんて難しすぎるんだよ。体勢がきつい。
どうしたものか……。
迷っていると、アナウンスが流れ、もうすぐ次の駅につくようだ。
仕方ない。利莉花をどかすのは、その後にするか。
俺は関羽と絵夢に目を向ける。
「小学生と言えば『貧乳』!」
「……貧乳と言えば『侮辱』!」
「侮辱と言えば『馬鹿』!」
「馬鹿と言えば『完熟』!」
「それは違くねーか!?」
中々にシビアな言葉でやってるな……。いや、それよりも――
「おい、電車が止まるぞ。一旦やめろ」
「うぃー……。まぁ、ちょうど止まったし、いいけどよ……佐土原! 最後のはどーゆーことだよ!」
「そのままの意味だよ! 完熟は馬鹿でしょ!」
「んだよ! それいいだしたら佐土原だって馬鹿だろうがよ!」
「完熟ほどじゃないもん! 大体完熟が先に言い出したのが悪い!」
「はぁ!? 俺は何も言ってねーだろうが!」
たぶん、貧乳のくだりで怒ったんだろうな。前に言ったら怒られたし。相当気にしているもんな。
でも、関羽はそれに気づいてないんだな。やっぱ馬鹿で合ってるよ、お前。
「で、静かにしろって」
俺がもう一度念を押すように言うと、二人は不機嫌ながらも黙った。
しばらくして、駅に止まる。止まると扉が開き、他の客の人が入ってくる。
よし、これでさっきとは違って、他の客の迷惑なるから理論が通るぞ。関羽も黙るほかあるまい。
そう思って、関羽を見ると、関羽は目を輝かせていた。不思議に思い、関羽の視線をたどり、すぐにその理由が分かった。
そこにいたのは、四、五十代のババアどもだった。あ、いや一人だけ三十台もいる。まぁ、同じようなもんだ。
熟女専門の関羽だ。気になるんだな。
「やべぇぜ……ありゃ、相当レベルが高いな」
そうなのか? 俺には化粧のケバイばあさんにしか見えないんだが。
「おっしゃ! 俺、あの人たちのところ行ってくる!」
関羽は興奮気味に言うと、その五人の集団に突撃する。
「すみません、そこのお美しいマダム方。少し……よろしいでしょうか?」
関羽は、『少し』のところで一旦言葉を止めると、そこまでない前髪を右手で払い、キメ顔で笑いかけた。
なんだあの関羽……初めて見た。誰だよ、キモ。
しかし、あのおばさんたちには結構受けているようだ。関羽は自然な様子で、一人のおばさんの隣に座る。すると、ばあさんになっても変わらない女特有の甲高い声が聞こえた。
うゎ……うるさ……。さっきまでのほうがマシな気がしてきた。でも、関羽は俺から離れたし、実際にうるさいのはあのおばさんたちだから、いいか。
いつもとはまた違う笑顔で、楽しそうに話す関羽から目を離し、絵夢に目を向ける。絵夢のほうも関羽を見ていたのだろう。そしてタイミングよく、俺と同じことを思った。ちょうど、お互いに目が合った。
それが少しおかしくて、二人して吹き出す。けどそれも一瞬で、すぐに話に入る。
「はぁ……なんか疲れちゃった……」
「そりゃ、さっきあんだけ喧嘩したらな」
「う~ん。まぁヒートアップはしたよね。もともとそれなりに盛り上がってたから、そのままの流れで」
「の割には関羽は……」
「元気だねぇ、ほんと」
そうしてもう一度、二人して関羽を眺める。今日、あんだけ盛り上がっておいて、よくもまぁ体力が余ってるもんだ。絵夢でさえ疲れてるっていうのに。
しばらく眺めていると、横から絵夢の欠伸が聞こえた。
「……なんか、眠くなってきた」
「じゃあ、寝たらいいんじゃないか? ついたら俺が起こすし」
「……うん。そうさせてもらう」
絵夢は目をこすっていたと思うと、目をつぶり、俺の左肩に頭を預ける。そうして少しすると、絵夢は寝息をたてて、眠り始めた。
……うん? 何かおかしくないかな? あれ? なんでこうなってんの?
俺は、横にいる利莉花をどけて、他の車両にいこうとしていたはずだ。それなのに、知らないうちに両手が使えなくなっていた。
もう脱出不可能だよ。どっちかが自然と起きるか、もしくは目的の駅に着くまでこのままだ。
俺は諦めモードでいると、さっきのおばさんグループの何人かが、こっちをみて何か話している。
「まぁ……こんな場所で大胆にも……最近の学生は思慮分別がなってないわねぇ……」
「本当にね、恥ずかしくないのかしら」
なんだよ、この羞恥プレイ。ふざけんなよ。
誰が悪い? 俺だ。そう俺が悪い。いや、やっぱ関羽が悪い。全部アイツのせいだ。あいつという存在のせいだ。
だから、関羽。そのババアどもを黙らせろ。
視線に気づかない、声も聞こえない振りをしながら、正面を眺める。ただ、俺は関羽が何か言ってくれることを信じ、そうし続ける。
「ねぇあの子、君と制服が同じじゃない?」
(よし! 食いついた!)
俺と絵夢は変装しているが、利莉花は違う。それに、男子と女子で違っていたとしても、同じだってことくらいわかるもんな。
ここで「ああ、あそこの三人は俺の友人なんです。今日の放課後、少し遊んでいましてね、疲れちゃったんでしょう。大目に見てあげてください」くらいに関羽が言ってくれれば、それだけで十分だ。
俺は期待しつつ、待つ。
「え? ……ああ本当だ。全然気づきませんでしたよ。あなた方がお美しく眩しすぎて、他の人なんて目にも入りませんでした」
「もう! 言葉がうまいんだから! そんなお世辞言っても何も出ないわよ!」
「お世辞だなんて、そんな……! 俺はただ、事実を言っただけですよ」
またおばさんたちのキャーキャーうるさい声が聞こえる。
……で? なんだよ、それ。
確かに話は逸れた。俺のほうもみていないし、さっきの言葉はもう気にしてないだろう。
けどな? その言い方はどうなんだよ! フォローする気ゼロですか? そうなんですか?
お前、自分のいいかっこだけ見せたいだけじゃないかよ。最低なやつめ。
「はぁ……」
俺はため息を吐くと、うるさい声を聞き流しながら、ただ何をするでもなく、前方をボーっと眺めていた。