6-3 本気の遊び
次の駅に止まり、人の出入りがある。これが結構重要だ。出入り間では、透から見えない位置で自分からは見える位置をキープするのは、中々に辛い。人が動くため、隠れ場所がなくなるのだ。
人が多くなり過ぎれば、透を確認できなくなるし、少なすぎると、ばれる可能性が上がる。
だからこそ、一番重要なのはどれだけ堂々としていられるかだ。変に隠れるような行動をとっていたほうが怪しまれる。だったら、その程度では動じないことが一番だ。動かざること山のごとしだ。
そうして透に気づかれないか注意は払いつつ、出入りは何もアクションは起こさず見送った。それが終わると、電車は発進する。
……さて、ただ座っているのもなんだしな。そろそろあいつらと一回連絡でも取るか。
俺はスマホを取り出し、電話帳を開く。そこで、考える。……誰にかける?
いや、正直そこまで選択肢はない。関羽は絶対にありえないし、絵夢か利莉花の二択だ。だが、絵夢の場合、正直うるさくなりそうな気がしないでもない。それで他の人の迷惑になることはしたくないし(電車内で使うこと自体マナー違反なわけだが)。利莉花にかけるのが無難であろう。
しかし、ここで問題になるのは、俺が今までに利莉花に電話をしたことがないということだ。
そう、実は何気に、連絡先を一番先に交換したにも関わらず、一度も連絡を取りあったことがない。尾行に関しては全部直接会って話をしていたし、俺のほうから聞きたいことなんて特になかったし、あっちからも特に何もこなかったからだ。
そうしていたら、伊久留と知らないうちに連絡先を交換していて、先に連絡まで取っていた。少し悔しい。
とにかく、そのせいもあり、少し困っている。というか、ドキドキしている。
(俺と利莉花は友達だ! その友達がただ電話するするだけだろ!? 何も迷う必要なんてないじゃないか!)
でも、いきなり電話なんてしたら利莉花も迷惑するかもしれないし、ウザがられるのは嫌だし……。
(メールにするか? それなら絵夢でもいいし……)
そっちのほうがいい気がしてきたな。うん、そうしよう。
そして絵夢にメールを送ろうと思って再び考える。
(いや、もしかしたら利莉花は、俺から全然連絡が来なくて不安に感じているんじゃ……)
そう、俺がまだ利莉花のことをどこか遠ざけているとか思われていたりして……。そして、自分は迷惑をかけないようにと、連絡を取れないでいるとしたら……。
(くそ! だったら俺から連絡をして、安心させてやらないと……!)
俺は思い直して、利莉花に電話をしようとする。だが、またそこで考える。
(いや、でもそれが俺の思い違いだったら……やっぱり利莉花はただ迷惑に感じるんじゃ……)
でも変なところで受け身な利莉花のことだし、やっぱり、こっちから連絡をしないと、不安に感じているかも……。
(うが――! もう考えてもわかんねーよ!)
心の中でそう叫びつつも、うじうじとその後も考え続けて――
(やべっ! もう次で降りる駅じゃん!)
癖である時間の確認をすることで、その事実に気づいた。そしてその間、完全に一つのことに没頭、つまり透の尾行のことを完全に忘れていたことにも気づいた。
透のほうを見てみる。透はまだスマホの画面に目を向け、さっきの気持ち悪い顔のままでいた。どうやらばれてはいないようだ。よかった……。
だが、この一つのことにのめりこむのは色々と危険だな。しかも今回は結構どうでもいい理由だし。こんなんでこの尾行が失敗になったら、三人に顔向けできないし、俺のプライド、ズタズタだ。
さて、到着するまで時間は少ないが、連絡はしよう。色々と迷ったが利莉花だな。そっちのほうが、うるさくならないだろう。こんなもの、ぱっとやってぱっと終わらせればいいだけだ。
するなら電話のほうがいいな。さっきはもうメールでいいと思ったが、メールだと情報が出るたびに返信しあわないといけない。でも電話なら、お互いの近況をリアルタイムに分かる。
俺は利莉花の番号に電話をかける。
数度コール音が鳴ると、繋がった。
『もしもし巧人君?』
「ああ、ひとまず透の尾行の報告にな」
『よかったです! 気になってたんですけど、こっちからすると邪魔になるかなって思ったからできなかったんです』
うお、思いのほかに好感触。さっさと電話すればよかった。
「すまんな、連絡が遅れて。それで内容だが……こっちのほうは別段変わった点はない。ばれてもいないようだしな。ただ俺たちは次の駅で降りるからな、その連絡だ」
そして俺はその駅名を告げる。
『はい、分かりました』
「で? そっちのほうはどうだ?」
『こっちも、特に変わったところはありません。強いて言うなら、絵夢さんと関羽さんはしりとりしてますね』
何やってんだよ、お前ら。俺はため息を吐く。そして「そいつらのせいで迷惑にならないようにな」と言った。
「にしてもなんで敬語なんだ? しりとりしてるなら、絵夢たちには聞こえてないだろ?」
『いえ……それはですね……』
そうして利莉花は、携帯を自分から離したのだろう。それによって周りの音が聞こえた。
『す……水筒!』
『う……臼!』
『ええ~また「す」? う~ん……ヌッキー~何かない?』
自分で考えろ。
聞こえたのはしりとりをしている絵夢と関羽の会話だった。そして『私の両隣にいるんです』と利莉花が返す。利莉花を挟んでお前ら二人でしりとりするな。せめて二人は隣同士になれ。
俺はさっきの絵夢への一応の返答として、絵夢では絶対に思いつかないであろう『水酸化カルシウム』と言っておいた。
『ムース!』
『ええ~!? また「す」なの!?』
すると、関羽はいやらしくも「す」攻めを続けてくる。絵夢がまた俺に頼ってくる。いや、それだともう、俺と関羽の対決になるんだが……。
とりあえず次は『水酸化ナトリウム』と言っておいた。
『む……ムーンフェイス!』
「水酸化カリウム」
『む……む……胸キュンハウス!』
なんだ、それ。まぁいい。
「水酸化バリウム」
『ずりーよ、水酸化! それに「む」返し! もう思いつかねーよ!』
いや、最初に「す」攻めをしていたお前のほうが色々とずるい。それに、「す」にこだわらなければいくらでも返せるだろうに。
そうしてしりとりも終わったところで、駅に着くちょうどいい時間になる。
「もう、駅だ。じゃあな、またあとで」
『はい』
利莉花の返事を聞いて、電話を切る。そして、乗った時と同じように透とは三車両ほど離れたところへ行き、そこから降りた。
透を見失わないように注意して、視界にとどめる。俺が透を尾行したのは透が改札を出るまでだ。そのあとは改札を出ずに、再び電車に乗って帰った。
つまり、ここから先は透がどうやって帰るのか、俺は知らない。見失ったが最後、今回は失敗となってしまう。
普通の尾行なら次の日に回していくだけだから、それでいいが、今回はこの一度きりをどううまく使えるかが重要だ。
そう、チャンスは一回しかない。それを肝に銘じておくんだ。
透を追跡していると、改札を出た後、数分歩いたところで、透は本屋の中に入っていった。よし、ここまでは想定内だ。一時間早めに帰したのだって、本当は寄り道させるためだしな。
さて、普通ならここで中に入り透を監視するべきだが、今回はあえてやめておこう。なにせ、相手は透だ。狭い店内にいたら、高確率でばれるだろうしな。しかし何を買うんだろうな……いや、BLか。……気持ち悪い。
それより、利莉花たちはそろそろ駅に着いたころだろう。次の指示を出しておかないとな。
俺は、今度はメールで利莉花に指示を出す。内容はどの改札を出るのかと、俺の今いる場所までの誘導だ。
とはいえ、別に改札を出た後、百メートル先で左折……みたいな指示はしてない。
場所は、店の名前を見ればわかるし、このご時世、スマホで地図を見れば、GPSで場所を指定、それに従い目的地になんて簡単につける。これが時代の進歩というやつだな。
だが、これは寄り道してくれたからこそ、簡単になった。もし、寄り道しなかったとすれば、俺は透をつけつつ、利莉花たちに指示を出す。それはどこをどうやって進んでいくのか、電話でしないといけないだろう。そのため、俺の記憶力が物を言う。
利莉花たちのほうも、数分の遅れを取り戻すために走って俺たちを追いかけないといけない。さらに、俺の指示通りちゃんと進めなければ、そこで終わり。
つまり、今回とその場合とでは難易度が段違いに変わっているってことだ。そういう意味では、少しだけ優しくなっているわけだな。
メールを送って数分後、店の入り口を、二、三軒ほど店の離れたところで、怪しまれないように、スマホの画面をみつつ監視していると、利莉花たちがやってくる。
「お待たせしました!」
「いや、予想通りだ。心配ない」
俺はスマホをしまって、三人に答える。そして、近くの物陰へと全員で移動する。
「でぇ……現状は?」
関羽は少し声を低くして、ベテラン刑事をかもそうとしながら、問いかけてくる。
「透はあの本屋に入っていった。それで大体十分から十五分経ったな」
俺は、物陰から店を確認しながら、関羽に返す。ちなみに俺はメガネを外している。理由は、かけていると関羽たちがそこに突っ込んできそうだったからだ。対応が面倒になりそうだし、そこまで支障もないため、やめておいた。
「なるほどね。じゃあ、もうすぐ出てきてもおかしくないね」
絵夢がそう言うと、店の扉が開き、透が出てきた。しかも、今まで進んでいたほうを前とするなら、透は後ろに向かって歩き出した。つまり、俺たちのほうへ向かってきた。
透は中で買ったのであろう本を鞄にしまっていてこっちには気づいていない。それに俺たちは物陰にいるが、それでも、このままだと見つかるのは時間の問題だ。
俺は急いで、奥に逃げるように指示する。
「おい! 一旦奥へ逃げるぞ!」
「え? なんで?」
「いいから!」
この一本道の路地裏。俺よりも後ろにいた三人は透が出てくるのを確認できておらず、よくわからないような顔をしている。それでも、俺の剣幕に押され奥へと進んでいく。
俺は透に気付かれないか、心臓をドクンドクン言わせる。正直、ここまで緊張することなんてそうそうない。何せ俺は、自分の尾行術に誇りを持っているからだ。
ただ今回、相手は普通ではない。俺に対し敏感に反応するやつ。尾行するには不向きの、対象者の一人。それを尾行しているのだ。
奥のほうまで行くと、身を潜め、前方を凝視する。自然と冷汗が流れる。息も少し荒い。整える余裕も、汗をぬぐう余裕もない。ただ透に気づかれないか、それだけのことに集中していた。
長く感じる時間――。
その末に透の姿が目の前をさしかかる。実際は数秒の出来事であろうが、俺としてはやっとの思いだった。
透はそのまま俺たちには気づかずに通り過ぎていった。
それを確認した後、俺は一旦ため息をつく。だがすぐに切り替えて、透がどこに向かったのか、それを見るため、路地裏から顔を出す。
透は三十メートルほど前方を歩いている。あの後をつけていくだけだ。
そうして俺は深呼吸をして、透の追跡を始めた。
「……何か気に入らねー」
俺が一人で勝手に歩き出すと、ついてきた関羽が不満ありげにそう呟く。そんな関羽に俺は目もくれず、透の一挙手一投足を見逃さないように注意して、関羽に返答する。
「ちょっと黙っててくれ。ここで気づかれるわけにも、いかないからな」
「……っち」
関羽は舌打ちすると、しぶしぶながらも従った。だが俺はそんな舌打ち、気にもしていない。聞こえてないも同然だ。
それよりも今は透のほうが大事だ。透に言ったら、誤解されそうだが。
電車に乗る前の尾行の時はまだ、余裕があった。一度尾行しているからだ。道を覚えていた。
けれど、この地においては、俺は何も知らない。少し目を離した隙に、すべてが台無しになることもありえる。だからこそ、俺は慎重に丁寧にならないといけないんだ。
透が道を曲がる。この場合、一度相手が見えなくなる。だが、ここで急いで追ってはいけない。逆にゆっくり、数秒おいてから追ったほうがいい。『見えない部分で起こっている何か』が、そこにはあると考えるのだ。
だから俺は、そのいつも通りに、その距離の後、数秒置いてから角を曲がる。
透はさっきより離れたが、見える位置にいた。それを少しさっきより早く歩いて、距離を縮める。そしてさっきと同じ距離で留める。
後はさっきと同じ。透をじっくりと観察していった。そうしてつけていくと今度はコンビニの中に透が入っていった。それを見て、俺はまた離れたところから入り口を監視した。
そこまで来て、ついに限界に来たのか関羽が声を荒げて言う。
「ああ――、もう!! なんか地味!」
「いや、尾行なんてこんなものだぞ?」
俺も余裕ができたので、関羽を見てそう答える。しかし関羽は納得しない様子で、俺を睨むように見て、指をさす。
「つーか、巧! お前一人で全部勝手にやって、俺たちつまんねー!」
関羽の言葉に同調するように、絵夢や利莉花の口を開く。
「うん、まぁ……正直私いらなくない? みたいな気はしてる」
「はい、とりあえず邪魔にならないように……って感じですね」
「と言われも、俺はただ本気でやってるだけだぞ?」
「それがダメなんだろうが! 俺たちにも何かやらせろよな!」
まぁ、確かにな。この尾行の目的は『遊ぶこと』だしな。
やるからには全力。
それが今回はちょっと変に捻じ曲がったってところか。……よし。
俺は三人に伝える。
「わかった……透が出てくるまでの間に、俺たち全員が何らかの働きを持つやり方を考える」
そうだ。ここには四人の人がいる。その全員を使うんだ。
この使いづらい『駒』を操り、成功させることが、俺の今回の役割だ。そう、確かに最初はそう考えていたはずだった。
でも、いつも通りが出てしまった。あの『一人での尾行』が。
違うだろ? 今回はそうじゃないんだ。これだけの人数は居るからこそ、できることがあるはずだ。……やってやるさ。終わった時に、楽しかったと思えるような采配をな。
その後、透が出てくるまで俺は思案し、作戦を全員に伝えた。
……さぁ、ミッション・スタートだ!