6-2 尾行スタート!
昇降口を出て、駅へと向かっていると途中で透の姿を見つける。俺は全員に目を配らせ、一度歩みを止めらせる。そして、透との俺が図ってきたばれない距離を保ちつつ、あとをつけていく。
その中で絵夢が呟く。
「結構、遠いんだね」
「ああ、本当ならもう少し近くても大丈夫だが、こっちは大人数だし、それに透だと俺のことを第六感の超感覚で捉えられてしまうからな」
「すごいです! それが愛の力なんですね!」
気持ち悪い愛だな。だが似たようなやつに俺の姉がいるわけで。
……ああ、そうだ。俺は唐突にスマホを取り出し、操作を始める。
尾行中にも関わらずそんなことをしたためか、絵夢が俺に尋ねてきた。
「何をしているの?」
「フリーのメールアドレス作ってんの」
「……なんで、いきなり?」
「唯愛にメールを送るから」
そう言いながら、新規のメールアドレスを取得する。そして、『島抜唯愛』の欄のメールアドレスに
『今日はたぶんいつもより帰りが遅くなるけど心配するなよ』
と内容を書いて送信する。分かりやすいように件名には「巧人より」と書いておいた。
送信が終わると、俺は再びスマホの画面を操作していく。
「今度は何をしているの?」
「さっき作ったアドレスを消去してる」
「……なんで、もう?」
「唯愛にメールを送ったから」
「……もう意味が分からないよ」
まぁ、普通は分からないよな。
でも唯愛に俺のメールアドレスなんてものを知られたら、一日で百件近くきそうだ。実際に知られていた時は五十件くらいだったが、抑制していたぶんというか、増えそうだし。
だから俺のほうは唯愛の連絡先を知っているが、あっちは知らない。そして俺から連絡するときも、大抵は今回と同じ方法を取る。でないと、何回メアドを変更するんだって話だし。変更したらしたで、そのことを伝えないといけないし。だったら、っと新しく作って壊すを繰り返してた。
俺はスマホをしまうと再び透の尾行に集中し始める。だがさっきの謎の行動が説明しないせいか、絵夢は少し不満そうだった。
けれど絵夢は気を取り直して、今度は利莉花に尋ねた。
「部長はいないけど、参加しないの?」
「はい。言ったんですけど首を横に振るだけで……」
利莉花はそう言って落ち込む。たぶん一緒に参加できなかったことが悲しいってこともあるが、声を聴けなかったってところも大きいんだろうな。
しかし、伊久留が参加しないのは少し心もとないな。俺でさえつけられていることに気付かないくらいの尾行術を持っているのに。
俺一人なら尾行は簡単だ。既に必要な情報も揃っているし。
けれど、今回は複数での行動だ。これは初の経験だ。何が起きるか分からない。その中でしっかりとした対応ができるのが、俺と伊久留、そして利莉花くらいのものだ。絵夢と関羽は期待できない。
その二人を率いて、透の尾行をばれずに成し遂げることができるのか。不安に思う。
だが、その実、興奮もしている。何故なら、それはつまり、俺がどれだけちゃんとした指示を出せるかにかかっているからだ。そしていつも以上に難易度の上がった尾行。テンションが上がってくる。
これはあくまでも、一種の遊びだ。だからばれたとしても別に何も失うものはない。
もちろん、真剣にはやる。ただ、いつもの尾行と違って、このゲームを楽しむ心をもって臨んでいること。だからこそ、このミッションをいかにしてランクSでクリアするかそれを考えるのがとても楽しいんだ。
そんなことを考えながら全員で尾行を続けていった。透は特に寄り道することもなく、駅に着いた。透は定期を買っているため、そのまま改札へと向かっていった。
俺たちはみんな、電車の利用はしてないので、切符を買う。
そして駅のホームへ向かうのだが――
「みんな、今からどうするか指示を出すから、聞いてくれ」
「指示っつっても何をだよ。このまま尾行を続けるだけじゃねーの?」
「ああ、もちろん続けるさ。そこで問題になることが何点かあるんだよ」
「その問題と言うのはなんですか?」
「一つ目は、この格好だな。俺たちは全員制服だ。もし一瞬でも透の視界に入ると、意識される可能性がある。そして意識されたら最後、俺たちだとばれるわけだ」
「なるほどね~。で、二つ目は?」
「二つ目は、これから電車に乗るわけだが、そのときの距離間だな。別にどこで降りるのかは知っているが、近くにいればばれる恐れがあるし、離れすぎると、動向がわからなくなり、それも危険だ」
「確かにそうですね。ばれやすくなっているのに、近くにいないといけないなんて」
「というより、なんでそんなことわかっていて教えてくれなかったの?」
「それが次に言う指示と関連しているんだ。まず、お前らは次の電車で追え。俺が一人、透を追跡する」
「え? 大丈夫なの? とおるんにだと近くにいたらそれこそばれるんじゃ……せめてリリーと変わったら?」
「いや、利莉花も変装はできないだろう? それに比べて、俺はできる」
俺は鞄から服を取り出し、三人に見せる。関羽は「何か一人だけずりー……」って呟いていたがそこは無視し続けた。
「でも、それだけで大丈夫なの?」
「任せろ。俺が本気を出せば、『絶』くらい使える」
「え? ヌッキー、『念』使えたの?」
「なんなら俺の『発』をみせようか?」
「いや、やめておくよ。というより、それ『年齢判別』でしょ。『特質系』なんだね」
「なぁ、そろそろそのネタやめてくれよ。俺わかんねーし」
関羽は俺と絵夢の話に止めに入る。きっと、自分がついていけない話をされて、つまらなかったんだろう。子供だな。ちなみに『絶』が使えるは本当だ。
「あ、ごめん。というか、無駄話しすぎだよね? ヌッキー早く着替えて追わないと、電車に間に合わないんじゃない?」
「そうだな……じゃあ、あとで連絡するから。またな」
そして、三人から離れていく。俺はトイレで素早く着替えを済ませると、ホームに向かう。ちょうど電車が来たところで、透は俺には一切気づかない様子で、電車に乗り込む。
それに比べ、俺のほうは透が制服なこともあり、結構簡単に見つけられた。俺は、透とは三車両ほど離れた場所に乗り込んだ。
そして気配を周りに溶け込ませつつ、『絶』を使い、電車が発進した後、透の乗った車両の一車両横へと移動した。
*****
電車に揺られ数十分。俺は透を観察していた。
しかし、こうやってずっと透を見ていると、なんか変な気分だな。いつもなら、逆なわけだし。それに言い換えるとこれ、透のストーカーなわけだし。うわ、こんな最悪なストーキング相手もないな。
それにしても、透のやつ、ずっと座ってスマホをいじっているな。何をやっているんだ? 俺は気になったので変装に使用していたメガネ……スーパーアイを使用した(※一年生編、四月参照)。
透は結構画面を傾けていたため、メガネ横のボタンを押し、ズームして画面をのぞいてみる。すると――
(……おい、なんだそれは)
俺はそれを見て顔を引きつらせる。なぜならそこに写っていたのは……俺だったからだ。
教室内の自分の席に座っていた俺は欠伸をしていたのだろう。左ひじを机につき、右手では口を抑え、目には少し涙がたまっていた。それが、俺の横から大体三十度の角度から撮られている。
本当になんなんだそれ。何で俺の写真を持っている。何時取られたんだ? 全然記憶にないぞ。それにアングルとか……妙にこだわりを感じるぞ。俺も写真をとっていた者として、その辺のことは理解できるしな。
(まさか、透も俺くらいの尾行術や盗撮技術を持っていたのか?)
もしそうなら驚きだな。こんなに近くに三人も探偵レベルの尾行ができるやつがいるなんて。
……いや、それはないか。見ていた限りで透に不審なところはなかったし。もし、それを悟らせないほどの技量を持っていたのなら、既に何らかのアクションを起こしていてもおかしくないはずだしな。気づいてはいないと考えて間違いないだろう。
ただそうだとすると、あの写真は本当にどうやって手に入れたものなんだろうか。……謎だ。
そうして、考え事をしつつ透のスマホの画面を見ていたら、他の画像に切り替わった。
(待て。まだあったのかよ)
次に写されたのは、俺が誰かに笑顔を浮かべつつ、話をしているローアングルの画像だった。笑顔って、自分で見てもなんか気持ち悪いぞ。
しかし、これはいつのだ? 相手の女性……は後ろ姿で見えないな。つーか、ローアングルのせいで相手のほうは下半身くらいしか見えてない。特定するのは難しいな。
……いや、あれか? 確か、数日前に、街中でおばさん(27くらい)に声をかけられたはずだ。道を聞かれたんだ。
で、教えられる場所だったし、初対面の人に無愛想に話すのもなと思い、社交的でない俺が、少し笑いながら話したんだっけな。その時のだな、たぶん。
(何故にそんな写真まで撮られてるんだ……)
なんだか不安に感じてきたな。実は二、三十枚あったりしないよな? そしてこの電車に乗っている間、それをずっと眺めているわけでもないよな?
俺は画面をずっと見ているのも嫌になって、視線を変えることにした。一旦透の顔に向ける。
ああ……なんというか、真面目な顔してるな。それでいて少し柔らかな……大切なものを見るような目だ。……やべぇ、きめぇ……。
気持ち悪くなったので、透のほうの車両にいる人に視線を向けた。すると違う学校の学生であろう女子数人が、透のことをチラチラと見ていた。ひそひそと話もしているようだ。
なるほど、透は俗に言うイケメンだからな。気になるんだろうな。
はぁ……女子からはモテてるんだから、普通に付き合ったりすればいいのにな。それを言えば、「俺はお前のことが~」ってキモイからわざわざ言わないけど。
じっと観察しているのも、俺の精神衛生上よろしくないから、そろそろやめるか。そうして俺は、スーパーアイのズームを切った。