5-3 クイズポイント制
勉強を始める前に、利莉花が全員に問いかける。
「えっと、みなさんは何を勉強するんですか?」
「私はね~……とにかく全部!」
アバウト過ぎだな、絵夢。
「俺はやる気が出ないから何もしねー……」
関羽は机の上にだらんと体を預ける。さっきから思っていたが、それなら帰れよ。
「俺は、とりあえず絵夢に教えるからな。教えやすい数学からやる」
「俺のほうは関羽がこの調子だし、巧人を手伝うことにしよう」
伝えると利莉花は「ふむ……」と頷く。
「では、もう一つだけ。みなさんの成績ってどんな具合なんですか?」
「絵夢、関羽は赤点ギリギリ。俺は普通。透が少し良くて、伊久留が少し悪い」
俺は代表して、全員分の大体の成績を伝える。すると再び、なるほどと頷く。
そして、決心したように言う。
「分かりました。私がこの勉強会の監督をします!」
その言葉を聞いて、透はさっきの利莉花と同じように頷く。
「なるほど……白瀬は自分でそう言えるほどに頭がいいということだな」
「そういや、リリーの成績なんて俺ら知らねーもんな~」
未だやる気なさげに、うつ伏せ状態の関羽は間延びした声で言う。
「まぁ、とにかく! ここはやる気のない関羽さんのためにも、クイズ形式で問題を出そうと思います」
「なに!? クイズだと!?」
それを聞いて、関羽は飛び起きる。絵夢も「おおー……!」みたいな声を上げた。
利莉花、二人の扱いが分かっているな。
「では問題を出しますね……あ、透さんたちも参加してくださいね?」
「ああ、別にいいが……」
まさか俺たちも参加させられるとは……。それだったら、普通に勉強したほうがいい気がするんだが……。
それと、伊久留は?
俺の疑問をよそに、利莉花はクイズを出す。
「それでは、国語の問題です。次の読みを答えなさい。『忌憚』」
……普通に難しいな。いや、読めるけど。でも、とてもじゃないが、関羽と絵夢には読めないだろう。
俺の想像通り、二人は間違った読みを答える。
「ききん!」
「いたん!」
でも元気だけはいいな。あ、今のは『ききん』が関羽な。
「はずれです」
『えー……』
そんな二人をスルーして、透が答える。
「『きたん』……だな」
「正解です!」
しかし、関羽は不満をぶちまける。
「ちょっと、リリー! それは読めねーよ!」
うん。だよな。たぶん、あれはテストでも出ない。きっと、前の学校との偏差値の関係だな。そのことを、俺は利莉花に伝える。
それを聞いて、利莉花も納得したように、「分かりました」と言う。
「では、次はレベルを下げますね」
「よっしゃー! ばっちこーい!」
「ふふん! 負けないからね、完熟!」
本当に元気だな。そして単純だ。
「もう一度読みの問題です。次の読みを答えなさい。『足袋』」
問題を提示されると、二人とも声を揃えて即答する。
『あしぶくろ!』
普通に読むな、アホども。その答えを聞いて、利莉花はにっこりとほほ笑み――
「不正解です」
『馬鹿な!』
馬鹿はお前らだ。そして利莉花、ちょっと怖い。不正解で笑うのはさ。
さっきと同じように、透が二人を横目に答える。
「『たび』」
「正解です!」
正解の言葉を聞き、絵夢と関羽は悔しそうに透を睨む。
「っち! 澄ました顔しやがって。峰内には負けねーからな!」
「私だって! とおるんに勝ってみせる!」
二人の闘争心と、役者魂に火がついてしまったな。
これには、透も苦笑するしかなかった。
「さてさて、現在得点は透選手が2ポイントでトップを走っております! 他の選手は全員ゼロ! でも、まだまだ始まったばかり! 皆さん頑張ってください!」
場を盛り上げるための進行何だろうが、正直ウザいぞ。というか、三人のテンション異常に高いから。俺と透はついていけない。
「では、国語の問題! 次の読みを答えなさい。『為替』」
うん。まぁ妥当だな。だが、あいつらのことだ。答えられないだろうな。
最初に答えたのは、関羽だった。
「『ためがえ』!」
「はい、違います」
自信満々で答えたそれを、ばっさりときられる。しかも速攻で。いい気味だな。
玉砕して落ち込む関羽を見て、絵夢は不気味な笑みを浮かべる。
「ふ……完熟のおかげで答えが分かったよ」
「な、何だと!?」
「二択だった……。私はそのどちらを選ぶか、迷っていた。けれど今、それがわかった! 完熟……君のことは踏み台にさせてもらうよ」
「っく!? 佐土原、お前……!」
「完熟……君はことを急ぎ過ぎた……。だから、足元をすくわれたんだよ」
いいから、早く答えろ。
そして、二択と聞いて、もう外しているのもわかったから。
絵夢はどうでもいい演技を時間をかけてした後、関羽と同じように自信満々で答える。
「『ためかえ』!」
やっぱりな。
「……違います」
「そんな!」
さすがに、利莉花も、あそこまで自信ありげだと、正解を言うと思って、驚いているな。
透が今度は俺が答えろと目で訴えてくるので、仕方なく口を開く。
「『かわせ』」
「はい、正解です」
そしていつの間にか用意されていた『得点表』と書かれたルーズリーフに、俺の名前の場所に1ポイントが追加される。
「くっ! 手ごえーぜ、あいつら……」
「ねぇ……ここは一旦、手を組まない?」
絵夢がなにやら関羽に持ちかける。
「一人じゃ無理でも二人ならいける。勝てるよ!」
「……ああ! 俺たちが合わされば、力は足し算じゃねー……掛け算だ!」
いや、そこは足せよ。その理論だと、現在ゼロポイントのお前らはこれから先もゼロだぞ? 積でなくて和でいこうよ。
「さぁ、これで絵夢&関羽チームが0ポイント! 透&巧人チームが3ポイントと大きく差が開いております!」
いつからチームになったんだよ。
「ふ……巧人とのチームか……悪くない。むしろ、これで負けるわけにはいかなくなったな。俺たちの最強のコンビネーションを見せてやろう!」
うぉい! お前まで乗ってどうする! これで、この部屋にテンションについていけてないのが俺だけ……いや、伊久留もいるから二人になってしまった。
でも、伊久留は基本不干渉だし、結局俺一人が辛いだけじゃねーかよ。
いや、透がやる気を出しているんだ。それってつまり、俺が何もしなくてもいいということだ。うん。そうポジティブに考えよう。
「では次は、国語の最後の問題です! 今回はさっきより難しいので、一問で3ポイントです!」
「よし、これで一発逆転だぜ!」
いや、俺たちは3ポイントだから、同点だろう。
「次の文章中に漢字が間違えているものが一つあります。その字を答え、そして正しい漢字に直してください」
『最近は、どうにも暑い。今日は、美術館にでも行って、鑑賞を楽しむ予定だったが、それも改めるべきか。
私は学校で図書委員を務めているが、同じ委員の人から、「君は意思が固く、真面目だね」とよく言われる。だが、そうでもない。仕事で本棚に本を納める時も、いつも面倒だと思っているし、現に今もこうやって迷っている。
ふと、時間を確認する。
「ああ……家からかかる時間を計ると、もう間に合わないな」
だとしたら、逆に楽か。
私は、クーラーをつけて、部屋の中で涼む。
こうやってどうでもいいことで悩み、そして考えることこそ、人が人たる所以だろう。そしてそれこそが人の存在意議だと思う』
……なげぇ。何だ、この長さは。読むだけで時間がかかったぞ。
それに、俺も、どれが間違いなのか分からないし。
難しいぞ、これは。
俺は悩みつつ、他の者に目を向ける。関羽と絵夢は何度も文章を読みながら、あーだこーだ言い合っているな。
利莉花はそれを、微笑ましく眺めている。
しかし、あいつらがここまで積極的に取り組んでいるなんて、すごいな。絵夢だってやる気はあったが、どうせすぐに飽きていただろうし。そう考えると本当にすごい。利莉花……それがお前の才能なんだな。
「巧人」
透が声をかけてくる。
おっと、考え込み過ぎたか。まぁ、声に気付いているんだからいいほうか。
さて、俺も本気で考えるか。これは、さっきのまでのより何倍も勉強になるし。
まずは透に返事をしよう。
「何だ?」
「いや、さっきの問題をな」
「分かったのか?」
「一応な……巧人はどうする? 教えようか?」
「いや、いい。一回自分で考えてみる」
「そうか」
そうして俺も考え始める。
まず、今回の文章で分かるのは、同訓異義語、同音異義語の問題である点。ひっかけてくるとしたらそこだ。
ピックアップすると、『暑い』、『鑑賞』、『務める』、『意思』、『固く』、『納める』、『計る』、『意議』だな。
……多いな。だが、一つ一つ考えれば大丈夫だろう。
まず、『暑い』だが、これはあっているな。『熱い』と迷うかもしれないが、『暑い』は気温などに関係する場合に使われる。
次に『鑑賞』。これも当たっているな。美術鑑賞などというように、この字は芸術を楽しむときに使われる言葉だ。
『務める』……はよくわからないな。でも、他に『努める』と『勤める』くらいしかない。『努める』は『努力』だし、『勤める』は『勤労』だ。だとしたら、妥当と言えるか。
『意思』か。『意志』もありえるが……とりあえず保留だな。
『固く』は『硬く』や『堅く』もあるな。これも分からないな。
『納める』か。この字は、『収める』、『治める』、『修める』とすごい量の同訓文字がある。『収める』は、成果を収めるのように、『治める』は国を治めるのように、『修める』は、学業を修めるのように使う。今回の『納める』なら、税金を納めるだ。
今回の場合なら、『納める』で合っているか……いや、『収納』という言葉あるように、『収める』もありえるのか?
『計る』。これはあっているだろう。なんせ、『時計』って言葉があるんだ。『時間を計る』そのままじゃないか。
最後は『意議』か……。これは間違いを誘うなら、漢字の間違いだな。『議』が違う可能性がある。似たものに『義』、『儀』があるからな。『儀』はなんとなくだが、ないと思う。でも、『義』なら当てはまりそうだな。
結局、『意思』、『固く』、『納める』、『意議』の四つになったか。これ以上はわからないな。答えを聞くとするか。
俺がそう思ったころに、絵夢と関羽が答える。
「はいはい! 俺たちわかった!」
まぁ、期待せずに聞いているか。透にはどうせ、後で答えてもらうし。
俺たちが関羽に視線を向けると、話しあいに使ったのであろうルーズリーフを見せてくる。
中身は、色々と乱雑に書かれているが、一つだけ丸で囲ってあるものがあった。
「『現に』」
……なんでそこに行った……。さすがに、俺たち三人とも予想外だ。利莉花と透を見ると、ポカンとした表情をしている。たぶん、俺も同じように。
そんな俺たちをよそに、関羽は説明を始める。
「あの文を読むとさ、なぜか『現に』ってなってんじゃん? 明らかにおかしいぜ!」
そうか……そう読んだのか。
「で、『あらわ』って言葉を考えて『露』ってスマホで調べたら出てきたんだ!」
使うなよ。それ。
「だから、これが答えだ! どうだ!」
「はい。違います。それと、『現に』ではなく、『現に』ですからね」
『な……なんだって――!』
絵夢と関羽は二人して驚きの声を上げる。
いや、俺たちのほうが驚きだ。文明の力であるスマホを使っても、答えにたどり着けないなんて。
俺は透に目を向ける。答えを催促する合図だ。それを理解して、透は口を開く。
「まず、巧人の答えはどうだ?」
「う~ん……まぁ四択になって、そのあと勘で絞って『納める』か『意議』かなって思ってるぐらい」
「なら、おしいな。正解は『意議』だ。正確には『意義』と書く」
「なるほどな……」
俺が納得したように頷く。
「『納める』も『収納』という言葉があるように、『収める』と判断が難しいが、今回の場合は明らかに間違いがあるから、答えは導ける」
『おさめる』はどちらも一概に間違っているとは言えないってことか。
利莉花が「正解」と口に出す。ああ。そういえば、まだ言ってなかったのな。忘れていた。
「さて! これで透&巧人チームに3ポイントが入り、6ポイント! それに対し、絵夢&関羽チームは0のまま! 一気に離されてしまった!!」
6対0……一問くらい当てろよ。こっちは、お前らが答えるまでずっと待っているのに。
絵夢が声を荒げて、利莉花を急かす。
「く! リリー! 早く次の問題にいって!」
そうして、問題は続く……。