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一年生 4月-5

「ねぇ、たっくん……」


 食事をしていると、突然話しかけられた。

 なんとなくその様子であまりいい話ではないと思ったので、「食事中に話をするな、行儀悪いぞ」と言おうとしたが、よく考えると俺もよく話をしていたので、他に言い訳も思いつかず、仕方なく聞き返した。


「なんだ?」

「……たっくんから女の匂いがする」

「どんな鼻をしている……」


 この、変態め。


「とにかく! これがどういうことか、説明してもらいます!」


 唯愛は身を乗り出して、俺に迫ってくる。

 まぁ、たぶんそれは伊久留のことなんだろうが、話すのが面倒だし嫌だな。唯愛が勘違いしそうだ。


「知らないな。あれじゃないか? 俺の席の近くに女子がいるし、それなんじゃないのか?」


 実際に伊久留は俺の席の後ろなわけだし。


「違うよ! これはもっと身近な匂いなの! たっくんと触れあっている匂いなの!」


 待て。俺は伊久留と触れた記憶は――


(いや、あったな)


 確か、出会って最初に服を掴まれた。あれか……。


「そういえば、教室で誰かにぶつかったな……たぶん、それだ」


 俺が適当言うと、唯愛は真剣な顔で答える。


「たっくん、それは危険だよ。きっとその女子はたっくんのことが好きなんだ!」


 なぜ、そうなる。


「だからわざとぶつかって、たっくんに自らの匂いを……」


 匂いに関してはお前くらいしかわからないから。

 それに普通に考えたら、偶然だろ。


「そして、それを口実としてたっくんと仲良く……」


 確かにめちゃくちゃ譲歩した考え方をすれば、その後、仲良くなることもあるかもしれないが。でも。


「唯愛、それの何がいけないんだ?」

「決まってるでしょ、たっくん! そんなことする人間はね、ビ○チなんだよ!」


 偏見が混ざり過ぎだ。


「きっとこの先、たっくんのことをたぶらかすんだよ! 遊びなんだよ!」


 いや、俺はロリにしか興味ないから、たぶらかされることが絶対にありえないんだがな。


「やっぱり、その学校はダメだよ。たっくん、私の学校へ転校しよう!」

「あの学校はない」

「え――! どうして!?」


 お前がいるからだ――とはさすがに面と向かって言え……るが、面倒なことになるため、ウソをついておく。


「何かやだ」

「理由になってないよ!?」

「何を言う。何となくは、普通に正当な理由だぞ。こう……慣用句で言うなら、虫の知らせのような」

「うぅ……じゃあ私が変な虫がつかないように、たっくんの高校に転校するしか……」


 やめてくれ。お前が俺の高校に来たとか考えるだけで、虫酸むしずが走る。


「お前は生徒会役員なんだろ? それなのに、勝手に転校するとか、そんな虫のいい話はダメなんじゃないか?」


 その言葉を聞くと、唯愛は目を見開き、思い出したかのような表情をする。


「そう……だよね。私は、あの学校をよりよくするために生徒会に入ったんだもんね! 自分勝手なこと言ってちゃダメだよね!」


 どうやら、唯愛は納得したようだ。

 ふう、よかった。このまま唯愛が学校に来たところで、俺からすれば獅子しし身中しんちゅうの虫だからな。


 ……なんだかさっきからずっと『虫』という言葉がやたら出てきてる気がするな。……まぁ、いい。

 ちなみに、獅子身中の虫とは、味方でありながら、味方を害するもののことだ。


 その後、唯愛のテンションが高かったのが少しウザかったが、当初の『匂いの原因』に関することは完全に話をそらせたので、俺としてはよかった。

 そして、その日はそれで終わった。


*****


 次の日。

 学校に着くと既に教室には伊久留がいたので、現代文化研究部の部長に会いに行く時間について話し合った。そして、昨日のように放課後に行くと帰ってしまっているかもしれないので、昼休みにいくことにした。

 そして、昼休みになる。俺は伊久留に一声かけ、昨日訪れた部長の教室へと再び赴く。


「さて……どの人がそうなんだ?」


 教室前まで来たが、誰がそうなのかは分からない。別に人に聞けばいいだけだが、俺はそういうのは得意ではない。

 伊久留に顔を向けようとすると、既に他の誰かに話を聞いていた。さすがの行動力だ。

 話を聞いた伊久留が、そのまま教室の中へと入っていく。俺もそれに続く。


「あの……」


 伊久留が話しかける。どうやら、あの男がそうらしい。男は三人ほどと集まって、食事をしていた。だから自然と、その男だけでなく、他の人物の視線も伊久留へと向けられる。それでも一切動じないのは、さすが伊久留だ。

 男は「うん?」と、伊久留に返答する。


「あなたが現代文化研究部の部長ですよね?」

「ああ、そうだけど」

「私は入部希望者なのですが……」


 ああ……伊久留が敬語を話している。そして自分のことを私と言っている。何だか新鮮だ。

 男のほうは伊久留の言葉を聞いて、気まずそうな顔をする。


「あー……そんなこと言われても困るんだけどね……」

「つーか、知ってるよな? その部が何なのかって」


 その場にいた他の男の人が声を出す。たぶん、この人も部員なんだろう。

 伊久留はその質問に対し、「はい」と返答する。


「それで私は、聞きに来たんです。活動してもいいのかを」

「活動って……真面目にやる気なのか、君? それに……そっちの君も」


 部長の人は俺に視線を向け、声をかける。急に話を振られて、少し驚く。だが、反応をしないのも何だったので軽く会釈をした。

 部長の人は話し始める。


「別に、そういうことなら全然いいよ。なんなら、部長になる?」

「え?」


 部長は、突然そう言ってくる。これには伊久留も驚きの声を上げた。


「一年生だから知らないかもしれないけど、この部の部長の決め方って適当でさ。誰もなりたくなんてないから、三年の部員が集まってじゃんけんして負けた人がってやり方なんだよね。しかも、部長ってそれだけで面倒な仕事とかあるし……やってくれるなら俺としてもありがたいし……どうする?」


 部長は試すような顔をする。

 俺は、どうするのか伊久留と話そうと思ったが、伊久留は振り返りはしない。だから、俺はそのまま全部伊久留に任せることにした。

 そして、数秒後。伊久留は、それこそらしくないほどはっきりとした声で、答えた。


「はい。私、なれるのなら部長になりたいです」


 その言葉に部長は笑みをこぼす。


「はは、一年なのにすごい野心だね。何だか羨ましいよ。まぁ、頑張ってね。あ、それとこれ、部室の鍵ね」


 そう言って、鍵が手渡される。それを見た、さっきの他の部員の男が不満を漏らす。


「あ~あ、折角の俺たちの遊び場が……」

「割に合わないんだよ。部長って仕事とあの部室じゃ。お前がなるか?」

「嫌だね、あんな面倒なことやるなんて」


 そんなに面倒なのか? 部長の仕事って……。

 何だか不安に感じ、伊久留に視線を向ける。


(……ふ)


 そこで俺は微笑を浮かべる。

 伊久留は鍵を両手で大切そうに握りこみ、それを見つめている。

 相変わらず分かりづらいが、それでも、そこには嬉しさが混じっているのがわかった。

 自分が部長になる――。そのことへの希望しか、今はみえてないんだろう。

 でも、それでいい。まだ始まってもないことに不安を感じても無駄でしかない。


 だから俺も、お前と過ごす先に、希望を持とうと思う。


*****


 早速ということで、部室までやってきた。伊久留はさっき渡された鍵を使い、部室の扉を開ける。ガチャリと音がすると、なんだが感動した。

 伊久留はドアをスライドさせる。ガラガラと音を立て、部屋の中が見えてくる。


 正面にカーテンで閉め切られた窓。その左側に掃除用のロッカーがあり、その前には椅子がいくつか重ねられている。

 真ん中あたりには、机と椅子が四つ。テーブルのように2×2でくっついている。

 と中は存外普通だった。


 だが、これから先ここで俺たちが活動していくのかと思うと、高揚感を覚える。

 伊久留が中に入っていく。俺も続いて入り、中央の机のあたりで止まる。


「ここが伊久留たちの部室……」


 その机を現実を確かめるように、手で触る。その声にはやはり、俺と同じように高揚感が混じっていた。


「ああ、そうだな。ここがこれから俺たちの場所だ」


 俺は伊久留の言葉にそう返す。

 伊久留は俺に向き直し、顔を見る。身長差のせいで、伊久留は見上げるような形になりながら言った。


「伊久留が部長で巧人が副部長」


 副部長……。二人しかいないのだから当然と言えば当然だが、俺がこの部の一員だと再び実感させられた。いや……違うか。


(俺たちは既に、友達なんだ)


 だからその友達と一緒に何かすることを、単純に嬉しいと思っているだけなんだ。


 大切にしよう。お前って存在を。そして、お前とともに得た、この居場所を。


 その時、チャイムが鳴った。あと五分ほどで午後の授業が始まる。

 俺たちはその音を聞きながら、静かに余韻に浸っていた。この場所を、その存在を、自分の身で感じていた――。


 って! 弁当食ってねー!!

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