4-4 二人きりの放課後
木曜日。放課後、部室に着いたところで俺は考えていた。
なんだかんだで大輝の家で生活をして一週間がたった。唯愛を俺の近づけさせたいための罠を考えるも、いい案は出ない。俺としては、そっちのほうも進展してほしいと思っている。それに、このままだと唯愛の欲望が爆発しそうだ。今からでも、家に帰った時の惨劇が想像できる。おー……こわ。
そのためにもしっかりとした案を練らなければな。と、そこまで考えてふと腕時計を見た。最近は、しのちゃん(8)を見守ることもなくなったからか、この癖もあまり意味を成して無い気がする。いや、早く元に戻って、またととのちゃん(9)を見守る生活をするんだ。だからこれも、すぐに意味のあるものに戻るさ。
気を取り直して、再び時間を確認した。
「って、俺が部室に来てから二十分はたってるぞ?」
それなのに、まだ誰も来てないんだけど。伊久留もいないし。何でだ?
俺が頭を捻っていると、部室の扉が開かれた。入ってきたのは白瀬だった。
「おー。白瀬。やっと来たのか」
「あ、はい。遅れてすみません」
別に、活動日であっても来ない人間が大半なのに……律儀だな。いや、こいつにとってはこの場所は特別なのか。
「あれ? まだ誰も来てないんですね」
白瀬と二人きり。それを考えると、心臓がドクンと跳ねた。
「ああ。おかしいよな。伊久留もいないなんて」
「あ、伊久留ちゃん、今日は来れないって」
「え? なんで?」
「はい。実はですね……」
そうして、白瀬は語り始めた。
*****
今日の放課後のことです。私は、部活があるから、伊久留ちゃんと一緒に行こうと思ったんです。でも、いつもそうなんですが、気づいたときには教室からいなくなっているんです。今日も例外なく、教室からいなくなっていました。
仕方ないので、一人で向かうことにしたんですが、その途中の廊下に伊久留ちゃんが倒れていたんです!
意識は無いようでした。ですから、私はすぐに保護しました。息をしているかどうかを確認したのち、保健室に連れていきました。
しかし、先生はいなかったので、自分で体に異常がないかどうかを、服をすべて脱がせて、隅々まで確認。それはもう、舐めまわすように見て、撫でまわすように触りました! あのきれいな体の、つま先から始まり、ふくらはぎ、太もも、女性のデリケートなところは特に入念に調べ上げ、その次に伊久留ちゃんの控え目な胸、脇の下。マニアックなところで、耳の中とか、喉奥まで調べましたよ!
そんなことしていたら、伊久留ちゃんが大変な状態だっていうのは理解しているし、いけないって思うけど、衝動は止められず、伊久留ちゃんを襲う……一歩手前で何とか踏み止まりました。
次に、もしかしたら服や所有物に異常があったのではと、確認しました。それはもう、伊久留ちゃんと体の時と同じように、味や匂いまで確認しましたね! 結果、特に異常はありませんでした。
そして、思ったんです。この現場を見つかったら、変態に思われるって。確かに私は変態ですが、今回ばかりは、伊久留ちゃんを助けたい一心でやっていることなので、そんな誤解はされたくありませんでした。それに、伊久留ちゃんの裸を他の人に見せたくなんかありませんでしたから、伊久留ちゃんには素早く服を着せました。
その後、しばらくすると、伊久留ちゃんは目を覚ましました。その時の
「うーん……ここ、どこ?」
が、とっても可愛かったです! で、私は伊久留ちゃんに廊下で倒れていたことを説明すると、
「ごめん。伊久留、利莉花に迷惑かけた」
って、少しだけしおらしく俯いたんです! いつもは、常備半目の、何を考えているのか分からないポーカーフェイスで、無表情ですけど、こういう姿を見ると半端じゃないほどに、伊久留ちゃんのことが愛おしく思えますよね!
それで伊久留ちゃんが言うには、今日の体育の授業で疲れてしまったようです。ただ伊久留ちゃん……体育は見学だったはずなんですけどね。
*****
「へー」
白瀬が一通り話を終えたところで、俺は相槌を打った。確かにあいつが体育をしたところなんて見たことないな。
「はい。それで私、来るのが遅れたんです」
「しかし伊久留が倒れたのか……」
「本当なら、伊久留ちゃんについて一緒に帰るつもりでしたが、伊久留ちゃんが『伊久留は一人で大丈夫だから。これ以上利莉花に迷惑はかけられない。利莉花は部活に行って。そして、私が今日部活にいけないこと、伝えて』と言われたので、その意志を尊重しました」
ちゃんと相手を立てるときは立てるよく分かってるな。でも、伊久留が倒れたなんて、今まで聞いたことないんだよな。
「他に伊久留は何か言ってなかったのか? 倒れた原因について」
「言ってました。いつもは体育の後、保健室で一時間分は休みそうなんです。でも、今日は体育が最後の時間にあって……それで伊久留ちゃん、部活に行かないとって休まなかったそうなんです」
そのせいで倒れてんだから世話ないな。いや、でも無事だったならそれでいいけど。
「ふーん。まぁ、伊久留が来ないのは分かったけど、なんで他のやつらはこないんだろうな?」
「さぁ、どうしてでしょう? ……あれ? それ何ですか?」
そういって白瀬は机の上に置いてあった、紙を指さす。俺はこんなものあったっけ? と疑問に思いながら、紙を手に取り、内容をチェックした。
『巧人は話しかけても何やら考え事をしていて、耳に届かないようだから、書置きしていく。俺は今日、ちょっと用事があるから部活に出れない。愛するお前と共に過ごせないのはとても心苦しいが、これも愛ゆえの乗り越えるべき壁と(ここから先延々と気持ち悪かったので、略)それと佐土原は今日風邪で休みだそうだ。関羽も頑張りすぎてタマが枯れたとかなんとかで、学校を休んだぞ』
「この文面からして透だな」
まさか、透の存在に気づかないとは。やっぱり、俺には時間確認は必須のテクニックだな。つーか、関羽。お前、結局休んでんじゃねーかよ。
「えっとつまり、今日来れるのって私と巧人さんだけってことですよね?」
「ああ、だな」
「…………」
「…………」
俺達は黙ってしまう。いや、実際二人きりとか今までにないし、気まずいんだよな。どうせ二人しかいないんだったら、部活なんて早めに切り上げるか。
「誰も来ないんだし、もう帰るか?」
俺はそう白瀬に持ちかける。だが白瀬はそれを否定した。
「いえ、折角集まったんですから何か話しましょう。二人きりになるのも珍しいことですし」
む。白瀬のほうは、案外乗り気か。断ってもいいが……。ここで断るのも不自然だよな。
「白瀬がそういうなら俺はいいが」
「ありがとうございます」
ありがとうって……本当に律儀だな。
(でも、正直俺からすると……いや、これは今はまだ関係ないか)
俺は一瞬の考え事を頭の隅に追いやって、白瀬に話しかける。
「でも、話すことなんてあるか? 俺にはないんだが」
「でしたら、何か私にできることってないでしょうか?」
「え? いや、それはもういいって。先週言っただろ?」
「そうですけど。あれ、巧人さんに乗せられた気がします」
「乗せたつもりはないが」
「単純にみんなの役に立ちたいんです。仲間のために」
仲間……。そう言われると弱いな。
「う~ん。けど、やれることって……活動記録は俺がつけるからダメだし」
現状やることなんて何もない。まず、誰も今以上を求めてはないからな。いや、今以上か……。そうだな。何かをするなら、新しいことくらいか。
「白瀬。役に立ちたいと思うのはいいが、やることはない。だから、仕事を増やすしかない」
「仕事を増やす?」
「現状でみんな満足しているけど、もっといい場所にしようってこと。生活を豊かにするっていうの? それ」
「なるほど……。いいですね! 私、やりたいです!」
「じゃあ、何をするかだな。白瀬、どうだ?」
「私ですか?」
「ああ。さっきも言ったけど、俺は今のままでいいと思ってるし。これ以上なんて考えれない。けど、お前は入ったばかりで、逆に発想が固定化されてないから、ひらめきはしやすいはずだ」
俺が言うと、白瀬は考え出す。その時に、「むー」とうなり声を上げているのが、妙に可愛らしい。
やっぱ、白瀬にだけは特別な感情を抱いているんだな。白瀬のどこを見ていてもいや、白瀬のことを考えるだけで、こんなにも満たされた気持ちになって、ドキドキとしてしまう。条件を満たした画像を見たのとは違う反応だ。
これが恋……なんだな。
「やっぱりすぐに思いつくのは掃除くらいですかね」
「掃除か。掃除は、時々気の利いたやつがやるが、元々汚れてないんだよな。週に二回集まるだけだし、集まっても机を囲んで座り、話をしたりするだけだから」
「んー、ですよね。……あ、じゃあ、こういうのはどうでしょう? みんなでどこかにでかけるっていうのは」
「それは部活に関係ないんじゃ……」
いや、でも白瀬のやりたいことは、みんなのためになることか。部活とは関係なくてもいいんだ。それに、今頃だが、俺たちはこの部屋しか使ってなかったんだな。
そういう意味では、もっとアクティブな活動するってことでいい意見だ。少しベクトルは違ったが、やはり、俺では気づかなかったことだな。
「白瀬、その方向で考えてみよう」
「え? いいんですか?」
「ああ。実際、白瀬の言った通り、ここでただ話をすることだけが、俺たちの部活じゃないだろ?」
「はい! ……あ、でもそれだと活動内容が書けなくなるんじゃ……」
「内容なんてなんでもいいだよ。こじつけは慣れてる。ただ、お前がやりたいと思ったことをやれ」
「私のやりたいこと……」
白瀬は再び考え出す。こんなもの直感でいいんだが。逆に直感こそが真にやりたいことだと思うし。いや、だからこそ考え出しても、こんなにすぐ、口を開けるのか。
「だったら……鬼ごっこしたいです」
「鬼ごっこ……」
ずいぶんと幼稚な……。ギャップはあるけど。
「えっと……理由を聞いていいか?」
「ふと、頭の中を過りました」
「だよな……」
即答するってそういうことだし。
「けど、伊久留はどうするんだよ。たぶんやらないぞ?」
「大丈夫です! その時は、私が背負ってやります!」
「それ鬼ごっこの意味なくないか?」
「もしくは巧人さんが背負ってやります」
「俺の負担にしないで!」
「とにかく、今言った鬼ごっこは、みんなと思いっきり楽しいことをしたいという案です。他のものでも構いません」
「あ、ああ……。できれば、他を考えてくれ」
苦笑いをして返す。白瀬への認識がよく分からなくなった。
「う~ん……あ、探偵ごっことかどうでしょう!」
またごっこか。
「というか、探偵ごっこって何?」
「一人のターゲットを決めて、その人を尾行したりします。他にも聞き込みとか」
「面白そうだが……まずはそのターゲットだな。最初は身内から始めたほうがいい。じゃないと、ばれたときに面倒だ」
やるとして、誰をつけるか。関羽……はいいや。あいつとかどうでもいい。絵夢……もやめよう。女子の後をつけ歩くとか、やりたくない。変態みたいだ。
すると、透か? これはこれで嫌だが、消去法だし、一番ましか。まぁ、どんな生活をしているのかで気になるのは、伊久留だが。
「うん。正直バカっぽいけど、俺たちらしい。今度やってみようか」
「はい! 私楽しみです!」
ふ。俺も今から腕が鳴るぜ。にーなちゃん(11)達を世界の害悪から守るために、身に着けた俺の尾行術……。それをこんな機会に生かせる日が来るとはな。
「やるなら、ターゲットは透にしたとして。絵夢とか関羽ならノリノリでキャラまで作るだろうな。伊久留……はよく分からないけど」
俺は夢想したことを声に出す。こうやって考えれば考えるほど、楽しくなってくる。白瀬にはこういう、遊びの提案をする才能があるのかもな。
だが、楽しそうにする俺とは裏腹に白瀬は何やら引っかかったのか、不満げな表情で話しかけてきた。
「巧人さんって、私のこと仲間というわりには、名字で呼びますよね」
「え?」
「皆さんのことは名前で呼んでいるのに私だけ……どうしてですか?」
「どうしてって」
名前を呼ぶほどの勇気はないというか。刺激が強いというか。……恥ずかしいっていうか。
そんな俺の気持ちを知らずに、白瀬はじっと見つめてくる。
(う! やめてくれ! そんな悲しみの中にいながらも、期待する目!)
大体、それを言い出したら、お前だって――と言いそうになるが、抑えた。今言うべきことじゃない。特に感情に流されてさらっということでは。
「いいだろ、別に。俺の勝手だ」
そうして強引に話を区切る。
文句を言いたそうな顔をしていたが、白瀬は何も言いはしなかった。
「まぁ、今日はこのくらいでいいだろ。話があるなら、また別の日に集まってだ」
俺は立ち上がり、鞄を持つ。もちろん、帰るためだ。
「じゃあな、白瀬」
「あ、待ってください」
別れを告げて帰ろうとしたところで、白瀬に呼び止められる。さっきまでと違って、声の調子は明るい。
「一緒に帰りませんか?」
そう言う白瀬には、俺が名前を呼ぶことを、拒んだときに感じた、悲哀はなかった。