4-1 大輝の家にて
「なぁ、巧人」
ソファの上で、寛いでいると大輝は声をかけてきた。
「なんだよ」
聞き返すと大輝は呆れたように答える。
「なんだよって……続きだよ続き。話し合い。しないのか?」
話し合い……。
俺は深夜、大輝の家に来て泊めてもらった。その時に、俺の置かれている状況を話した。主には白瀬のことと唯愛のことだ。特に、唯愛に対して俺の息子はハッスルしだすことが原因で、深夜に訪れることになった。状況を理解してくれた大輝は、俺を当分の間泊めてくれることになった。
話し合いというのは、俺が唯愛に反応しないにはどうすればいいのかということ。それさえ克服、もとい元通りになれば、家に帰ることができる。
まぁ、唯愛のあの過激なスキンシップさえなければ、こんなことにならなかったのだが。
「この家での生活は今日からだろ? 俺、来たばっかだし。焦る必要もない」
大体、こっちは一、二週間は離れるつもりでやってきたのに、簡単に終わっても、困る。
「まるで他人事だな……。俺はお前のことだから、急いで考えるんだと思ってた」
「確かに早く元には戻りたいが、唯愛とまた早く生活したいわけではないしな。その辺は微妙なところだ」
実は、離れるのに少しだけ寂しく思ったが、そこは言わない。
「それとも、俺がいるのはやっぱり迷惑か? それなら早めに考えるが」
こいつだって男だしな。一人じゃないと、できないこともあるだろ。その気になれば、できるだろうけど、色々と気まずくなりそうだし。
でも、こいつ持ってんのかな? エロ本とか。聞いたこともないし、見たこともないぞ。俺がちゃんと探してないだけかもしれないけど。
「そんなことないよ。ただ心配なだけだ」
「……ありがとうな」
「いや、もういいよ。そういうノリ」
本当、いいやつだな。関羽とは大違いだ。
「でも、心配はされてんだもんな。少しは何か話すか」
「ああ。そうしよう。まずは何について話そうか?」
「そうだな……まずは、『最近の学校教育について』でも話し合おうか」
「真面目! でも、それ今回とは関係ないよね!?」
「ないな」
「じゃあ、他の話題にしようよ」
「いや、でも少し考えたら関係性をこじつけることはできる」
書記としての仕事(活動記録をつける)をしてたからな。その辺の能力はあるほうだと自負しているぜ。
「わざわざ、こじつけなんてやらなくていいよ」
「そうか。なら、『どこからが痴漢になるのか』でも……」
「だから、関係ない話はいいから!」
「でもな、大輝。これって結構重要なんだぞ? どこかで見たんだが、ある中年のおっさんが女子高生と握手をして捕まったんだとか」
「え? それだけで?」
「ああ。まぁ、そのおっさんは何人にもやってたらしいし、それなりに強引でもあったらしいから仕方ないけど。実際、社交的な人間なら誰にだって話しかけたりするだろうし。それだけで捕まったりするなんて、そういう人にとっては、物騒な世の中だよな」
「片方からすれば普通に感じることでも、もう片方の人はどう感じ取るか……ってことだもんな。その、なんていうか……自由じゃないというか……」
「人と、どこまでなら接していいか分からない。そういう怖さや恐れが、昨今問題になっている人間関係の希薄さを、さらに露呈させてるんじゃないかって思うんだよな。関わらないべきが吉ってね」
「どこまでが相手の許容範囲か、しっかりと見極めていく必要があるってことか。確かに難しいことだし、だったら関わらないを選ぶほうが楽なのかもね……って! 話脱線してるから! 内容が案外真面目で、俺も乗せられてしまったけど、全然関係ないこと話してるから!」
「大体そのおっさんも馬鹿だ。女子高生なんかと握手するって。わざわざすることじゃねーよ。するならせめて、中学生だな。あ、でもその時は俺が許さねぇ。ぶん殴る」
「だから話が脱線……って、え? 中学生?」
どうやら、大輝は俺の中学生という発言が気になるようだ。
「巧人って小学生にしか興味ないんじゃ……」
「失礼だな。俺は、中学生も気になりはしてるんだぞ」
「……意外だった」
「当たり前だろ。あの中には、俺が今まで見守ってきた女の子たちがいるんだぞ」
「ああ……そういう感じ?」
「他の中学生もみんなそうだ。小学生だった時の経験があって、中学に上がっていった。彼女たちには、もう俺は必要ない。そう。これはまるで、送り出す親の気持ちそのものなんだよ」
「でも、やっぱり気になる。親だから……ってところ?」
「そうだ」
「……はぁ」
大輝はため息をつく。どうして、いきなり?
「巧人……流石に本題に入ってくれよ」
「え? ……ああ。ごめん。遊びすぎたな」
最近ずっと、シリアスな感じがしたから、ボケてみたんだけど、これはこれでシリアスになってしまった。失敗、失敗。
「んじゃ、本題。どうやったら俺は家で過ごすことができるのか」
「はい。質問」
「なんだね。ダイソン君」
「…………家で過ごすっていうのはどの程度なんだ?」
スルーされた。さっきのボケのリベンジとして、ボケてワトソン君みたいに言ったのに。
いや、俺も言ってから、なんだよこの掃除機みたいなのって思ったし、滑ったなと感じたけど。せめてなんか言ってくれよ。恥ずかしい。
「唯愛を見て俺の愚息が反応しないことだ」
前に俺のは愚息ではないと言ったが今のこいつは、まさにその通りだと思う。
「それは、巧人がそうなった原因を探るしかないんじゃ」
「原因を探ることに関しては、ここじゃできないと思うし、他の場所で話し合ってる。それよりも、反応しなくなる策さえあればいいんだ」
「策って言っても……お姉さんの何に反応しているのかは分かってるんだよな?」
「ああ。まぁ、大体はな」
俺は唯愛の胸を見ると反応した。でも、胸のある女性の写真を見ても反応はせず、今日の学校での話し合いでは一概にそうとは言えないと結論づいた。試せなかったこととして実物の女性という手があったのだが、何しろ絵夢たちは『なかった』から試せなかった。そして、それは今も同じことだ。
俺は、その辺りのことを掻い摘んで説明した。
「なるほど。胸か……」
「どうすればいいと思う? 俺があの肉の塊を見ないだけならともかく、あいつは抱きついて、その脂肪を押しつけてくるんだ」
「う~ん……抱きつくなって言う?」
「ダメだな。絶対に聞かない」
「じゃあ抱きつかれても気にしないようにする……甲冑でもつける?」
「真剣に言ってるんだよな? でも、そんなものをずっとつけて生活なんてしたくない」
「部屋に閉じこもって鍵でもかけたら?」
「鍵かドアが壊される」
「隠し部屋を作る」
「作れるスペースがないし、作れても時間がかかるし、金もかかる。それに、唯愛なら匂いで場所を嗅ぎつけられる」
「じゃあ、匂いを分散させるためにブービートラップを仕掛けて」
「ブービートラップって……さっきから何なんだ? お前、ボケてるのか?」
「いや、真面目に答えてる」
天然か。
「でも、俺に近寄らせないための罠を仕掛けるのはいい案だな」
「おお! じゃあその線で作戦を考えよう!」
自分の案が採用されて、嬉しいのか、少しだけテンションが高くなった。
「いや、もう今日はやめようぜ。それより腹が減ったし、飯を食おう」
「あ、もうこんな時間か。確かに俺も腹は減ったし……待ってて、今から何か作るから」
「あー」
台所に向かっていった大輝を、俺は見送る。大輝は何やら、がさごそと材料を取り出し、料理の準備を始める。そして、準備をしながら俺に声をかけてきた。
「唯愛さんと比べるなよ?」
「分かってるって」
しかし、よく料理なんてできるな。いや、男の一人暮らしのくせに、こんなに綺麗な部屋。しかもここ、結構広いのにだ。家事全般ができるってことだろう。こいつは、将来結婚とかしても、女性からも頼られるような存在になるんだろうな。
「あ、どうせだし、今のうちに風呂、入っちゃってくれよ」
「いいのか? 俺のほうが居候なの先になんて」
「別に気にしないし。俺は誰かの後か前なら、何となくだけど後のほうがいい」
「大輝……」
お前まさか……。
「そういう趣味が……」
「無いのは巧人もよーく知ってるでしょ」
「冗談だって」