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3-3 暴走する百合

 予想はしていた……が、こうなったか。


(いなかったな)


 残りの教室、すべてを見てきたが絵夢も伊久留もいなかった。だからって、三組を探すのも……いや、でも他の場所を探すよりは時間は短いし、もし他の場所を探して、実はそこにいましたよのパターンだったら時間を無駄にするな。

 俺は意を決して三組内を覗き込む。


「ああああぁぁ……伊久留ちゃん、伊久留ちゃん、伊久留ちゃ~~ん! 可愛い、可愛い、かわいい、カワイイ、可愛い~~!!」

「…………」


(最悪のパターンきた――!!)


 そう叫びたくなるのを必死に抑え、心の中だけで留める。

 え? ちょ、これまずくね? 伊久留のことが大好きな白瀬と伊久留が同じクラスだなんて。伊久留に話しかけられないじゃん!

 く! しかも、もう見慣れてきたあの抱きつきのフォーム。正直、あの伊久留の長い髪が、邪魔じゃないのかって思うが。隙がどこにもないぜ……!

 え? 中に入って白瀬には離れてもらって話せばいいだろって? 無理に決まってんだろ! そんなことしたら、心臓バクバクいうし! あの感覚また味わいたくないし!

 あ~でも自分で成長したなって思うよ。この距離で白瀬を見ても、何も感じないというか、普通だし。昨日あれだけ近くにいたからかな。


 ……よし。少し落ち着いた。よくわからない自問自答までしたかいはあったな。

 まず、あの状況だし伊久留は後回しにするとしてだ。絵夢がどこにいるかだな。手始めに学食か。

 俺は教室の入り口から離れ、学食に向かおうとした。その時だ。


「……は! これは巧人の匂い」


 伊久留が突然とそう言葉を発し、俺に視線を向けてきた。

 いや待て! なんでそんなことがわかるんだ! お前は透か!


(いやこの突っ込みもおかしいのか。お前は唯愛か! いや、これも違うよな。そして、冷静に自分の突っ込みを分析している暇はないよな)


 俺はすぐに逃げればよかったと後悔する。


「巧人……助けて」


 そう言って俺のほうに手を伸ばしてくる。そこまでされたら無視するわけにもいかないよな。俺はため息を吐いて、伊久留の元による。


「……だから、助けを呼ぶ前に抵抗をしろ」

「はぁ……しゃあわせ~……」

「ほら、離れろ白瀬」


 前と同じように白瀬の肩に手をおき、引っ張ってやる。


(ああ!! やばい! 緊張っていうかドキドキがきた――!)


「あれ? 巧人さん、どうしてここにいるんですか?」

「お前……抱きついている間、完全に意識が別世界に飛んでるだろ。さっき伊久留が俺の名前呼んでいただろうに」

「ええ!? そんな……! 伊久留ちゃんの貴重な声を聞き逃しただなんて。私としたことが一生の不覚です!」

「そこに食いつくんだな。……前、言ったようにそんなんじゃ、そのうち伊久留、窒息で死ぬぞ。というか、お前らが同じクラスってスゲー不安だ」

「どういう意味ですか! それに窒息のほうは心配いりません! 巧人さんに言われてから顔を正面ではなく、横向きになるように抱くようにしましたから!」


 白瀬は自信ありげに胸を張る。いや、その胸じゃ意味ないと思うけど。俺は反動でたゆんたゆんに揺れるそこに視線を向ける。


(おっと、これ以上はビンビンに立たせてしまうな)


 こんな場所で立たせるのは、紳士たる人間のすることではない。やはりロリ成分が存在しないとな。


「でも、伊久留ちゃんと同じクラスだったなんて、私今日まで知りませんでした! 私としたことが一生の不覚です!」

「それもう二生目の不覚何だけど」


 まぁ、目立つタイプじゃないし、伊久留もあんまり目立ちたくはないだろうしな。そういう風に生活してきたんだろう。

 白瀬は俺の適当にした突っ込みも聞かずに続ける。


「でも、これも運命ってやつなのかもしれないですね。私と伊久留ちゃんが出会うことは偶然なんかじゃなく、必然だったんです」


 むぅ……何故だ? 白瀬のその言葉に、嫉妬にも似た感情が湧き起こって……。

 俺は、その考えの内容を振り払うかのように、視線を伊久留のほうへと変える。


「…………」

「相変わらず何も喋らないな」


 助けを求めたかと思えば、その後は一言も話さず、本に視線を向けている。本当に昨日は絵夢の言ったように、会話をしていたのだろうか? この伊久留が……びっくりだな。


「そうなんですよ。まだ伊久留ちゃん、今日何も話してないんです」

「正確には二言ほど喋ったが……そうか、伊久留は教室でもそんなんか」


 そこはやっぱり、去年と変わらないな。


「それなのに伊久留ちゃんが声を出したときに私に教えてくれないなんて……巧人さん酷いです!」

「目の前で喋ったのに気づかないほうがおかしいんだがな」


 理不尽なことで責められるが、さっきから自分の名前が呼ばれ、会話をするたびに嬉しいと思っている自分がいる。悔しい。

 ここに、わざわざ自分から長居するのは、いろいろとまずい。さっさと用事を済ませよう。


「なぁ、白瀬。俺、ちょっと伊久留と話したいことがあるんだ。他人には聞かれたくないから、離れててくれるか?」

「話す? 話すって『会話』するってことですか! 嫌です! 私も伊久留ちゃんの声が聞きたいです! 独り占めはずるいですよ!」

「いや、話すといっても俺が一方的に伊久留に用件を伝えるだけであって」


 あ、やばい。用件って言っちゃた。俺は用件が何か聞かれるかもと、身を固くする。


「その用件っていうのを聞いたら、伊久留ちゃんは『うん。分かった』って言うかもしれないじゃないですか!」


 詮索はされないようだな。俺はほっ、と胸を撫で下ろす。


「でも、伊久留は基本そういう返事さえしないぞ」

「分かりませんよ。巧人さんですからね」


 どういう意味だよ。

 けど、ここまで食い下がられるとは。もういっそ伊久留は諦めるか。どうせ喋んないだろうし、いても居なくても同じだろ。

 そうだ。ここまでして、伊久留一人のために頑張るのは、労力に見合ってない。


「じゃあ、いいや。別にそこまで重要なことじゃないし」


 適当に話を切り上げ、俺は立ち去ることにした。


「白瀬、伊久留また明日な」

「まだ昼休みですけどね」

「部活くらいでしか会わないだろ?」

 去り際にするちょっとした会話。別れを惜しむようなそれ。なんか……いい。


(とか思ったら負けだよね!)


 俺は、湧き起こる感情を誤魔化して踵を返す。そして――


「待って、巧人。伊久留への用件って何?」


 伊久留が俺に声をかけた。……何故、このタイミングで話した。


「きゃー! 伊久留ちゃんが……伊久留ちゃんが喋った!!」


 こっちは『ク○ラが立った!』みたいにうるさい。


「いや、大したことじゃないから……」

「ダメ。伊久留、気になる。話して」

「だけど白瀬がいると話せないし」

「あ~ん! 伊久留ちゃ~ん! だきっ!」

「……この状態なら大丈夫か」


 白瀬がまた別世界に行ってしまったようなので、俺は簡潔に今日部室に集まるように伝えた。


「もう行くけど……どうする? 助けたほうがいいか?」


 俺が聞くと、伊久留は静かに首を振った。すると、白瀬の胸ががががががが!


「じゃあな!」


 俺は颯爽と去って行った。



 ――巧人が帰った後の教室で――


「なぁ……さっきのやつってさ」

「ああ。必死に悟られないように隠そうとしていたようだが……周りから見ればバレバレだぜ」

「じゃあ、やっぱり……」

「完全に好きだな!」


*****


 ふう……危なかったぜ。もうすぐで理性が壊われるところだった。でも、俺の悟らせない態度や表情は完璧だ。周りには、ばれてないだろう。

 さて、そんなことより、もう休み時間も短くなってきた。早いところ絵夢を見つけないと。

 つーわけで、速攻で次に向かおうとしていた学食に来たが……。


「いねーな」


 もう他に探す場所なんて思いつかないぞ。いや、もう時間的に教室に戻って帰ってくるの待ったほうが早いか? う~む。


「あ」


 まだ一つだけ、探してないところがあった。


*****


「いたよ……」

「え? 何が?」


 俺は移動して、部室までやってきた。するとそこには絵夢が一人で何をするでもなくいた。


「お前……こんなところで何やってんだ?」

「何って言われても……ぼーっとしていたとしか、言いようがないけど」

「まぁ、いいや。……絵夢、今日の放課後ここに集まってくれ」

「あ、昨日の続き?」

「そうだ」


 あいつらと違って物分かりがよくて助かるな。できれば、もっと分かりやすい場所にいてくれればよかったが。


「それを伝えるために私のこと探していたの?」

「ああ、まぁな」

「なんか、悪いことしたね。でも、メールとかで知らせてくれればよかったのに」

「あ……」


 その手があったか。それなのに必死になって探していたのは……馬鹿みたいだな。俺は変な徒労感を味わった。


「はぁ……じゃ、俺もう行くよ」

「あ、待ってよ。ヌッキー」

「なんだよ」

「こうやって二人きりになるのって珍しいじゃん。もう少し何か話さない?」

「いや、もうそんなに時間はないんだが」

「まぁまぁ、そう言わずに。座って座って」


 俺は絵夢に促されるまま、絵夢と対面になるように椅子に腰を掛ける。


「で? 何を話すんだよ」

「そこはほら、ヌッキーが決めてよ」

「はぁ? 自分から引き止めておいてそれかよ。ったく……」


 呆れながらも話題を考える。こいつと共通の話題……話題……。


「……しかし、絵夢とここまで仲良くなるとは思ってなかったな」

「あ、それは私もかな。中学の時は全然話とかしなかったもんね」


 俺と絵夢は同じ中学出身だ。だが、中学時代には互いにあまり面識はなかった。いや、俺のことは唯愛関連で学校では相当知れ渡っていただろうが。


「中学か~。それを考えると、あの時の友達はどうしてるかなって思うなぁ~」

「絵夢は連絡とか取ってないのか?」

「うん。ケータイとか高校に入ってから買ったし、連絡先知らないんだ。そういうヌッキーはどうなの?」

「俺は嫌だな。あいつらと連絡とるとか」

「それはなんで?」

「あいつら、唯愛関連でからかってくるからな」

「唯愛……ああ、ヌッキーのお姉さんね。でも仕方ないんじゃない? あの状況を知っている人なら」


 休み時間になるたびに(中略)


「だから嫌なんだ……」

「私も、当時は姉弟だなんて知らなかったよ。でも綺麗な人だなって思ってた」

「あの時は発情期だったんだ……今でも、あんまり変わらないけど」

「ヌッキーはお姉さんのことが嫌いなの?」

「好きか嫌いかで答えるなら、嫌いと答える」

「二択じゃなければ?」

「あそこまで変態じゃなければ俺もいい。それがなければ、概ね好印象だ」

「ヌッキーは厳しいね~。でも唯愛さんどうなの? 最近は」

「どうと言われてもいつも通りだな。さっきも話したが、あの時とあんまり変わってないから」

「そうなんだ……でもすごいと思わない? 一人を一途にも好きだと言える。それも、本人の目の前でね」


 絵夢は感慨に浸るように、顔を俯かせ、目をつぶった。


「……さあな。俺は全ての人を皆平等に愛していたから、よく分からん」

「あはは。これはヌッキーには共感しづらいか」


 そうして笑う。


「でも、そのうち分かるようになるんじゃないかな? リリーと一緒にいれば……ね」

「だから、俺はそれを認めたくはないと何度も……」


 そこで、チャイムが鳴った。予鈴だ。もうすぐ、午後の授業が始まる。

 絵夢は立ち上がり、部室から部屋を出て行こうとする。


「その話はまた放課後ね」

「あ、おい!」


 絵夢はいなくなり、俺一人が室内に取り残された。


「くそ……なんなんだよ」


 俺は絵夢の言った『そのうち分かるようになる』という言葉を頭の中で反復させてそう思った。


(そういや、あいつ……何でこんなところにいたんだろう?)


 疑問に思うも、あまり興味もなく、そのうち聞ければいいや程度で、俺も教室に戻って行った。

 ちなみに、あの変態教師(日本史)は本当に帰ったようで、午後のその授業は自習となった。

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