2-4 新入部員との最初の1日
「ということだよ」
俺のいなかった間のことを聞き、状況を把握する。
「しかし、驚いたよ。部長があんなにアグレッシブな行動をとってて」
「確かにな。あんな姿は初めてだぜ」
伊久留が立ったり、動いたり……俺も長らく見てないな。
「そういえば、部長ってなんで部長なのかな? 副部長はなんか知ってる?」
「まぁな。一応、俺と伊久留で始めた活動だし」
「え? そうなのか?」
「お前たちも分かっての通り、この部活は帰宅部状態だろ? それで、部長とか副部長とかも適当に決められていたんだよ。でも、あくまでちゃんとした部活だから、誰かが活動記録をつけなきゃいけない。今までは、それを部長となった人物が適当にそれっぽいことを書いていたらしいが、何もしたくなくて入ってくる人たちにとっては、それだって面倒なことだろ? だからそんな、面倒なことをする人は一年生でも部長になれたんだ」
まぁ、適当なことを書いているのは今でもあんまり変わらないけどな。
「一年の時、俺は伊久留と同じクラスで、話しかけられたんだ。一緒に現代文化研究部で活動しませんかって」
「あの部長がいきなり話しかけただと!」
「その時の俺だってこの部が帰宅部なのは知っていたから、何をするんだって言ったんだ。そうしたら、別にただ集まって話がしたいって言うんだよ」
「それは部活というのかな?」
「まぁその通りなんだがな。で、二人で部室に行って、適当に活動してたんだ。……あの時から伊久留は隅で本を読んでいたから、話なんてそうそうしなかったが。それでも、時々喋ってはいたな。そうしていると、次第に人が集まり始めたんだ。次に入ってきたのは透だった。そこから先は、伊久留はほとんど話をしなくなってった」
「へぇ~……そんなことがあったなんてね。私知らなかったよ」
「俺も……つーことは、透の後に入ったのが、佐土原ってことなんだな」
「ああ。関羽お前が一番最後だ」
「その言い方めっちゃムカつく。まぁ、白瀬も入るし、俺が最後ってわけでもなくなるからいいけどよ」
「そういえば、あの三人はまだ戻ってこないのか?」
聞いて、腕時計で時間を確認する。話を聞いたり、ちょっとした昔話をしたり、ずいぶん時間はたったと思うんだが。
「たぶん、そろそろ戻ってくると思うけど」
その言葉通り、ドアが開けられ、三人は戻ってくる。それに一番に反応したのは透だった。
「巧人! 戻ってきたんだな! 大丈夫か? 怪我とかしてないか? 誰かに何かされたりしてないか?」
「大丈夫だ。だから近寄るな」
もし、誰かに何かをされるとしたらそれはお前だ。それよりも……。
「っつ!」
やっぱり、白瀬の顔を見るとまだあの感覚が……。これはもう病気だな。何時になったら治るんだ。精神科に行ってこなければ。
顔が熱くなっていくのを感じながら、白瀬から目をそらす。まぁ、当の本人は……。
「伊久留ちゃ~ん。ぎゅーっ!!」
俺に対する唯愛状態だが……。何だろう。異様に、伊久留のことがうらやま……いやいや、憎らしくなって……いや、やっぱ何でもない。
絵夢が伊久留を解放すると、伊久留はいつもの自分の椅子へと戻り、本を読み始めた。
「…………」
「ああ……伊久留ちゃん。可愛い!」
うっとりした表情で伊久留を見つめる白瀬。そんな白瀬に関羽が尋ねた。
「ところで、さっき思ったんだけど。結局、部活に入るのって顧問に入部届けだすことじゃん? 俺たちにいうことなんてなくね?」
確かに、その通りだな。関羽のくせに、よく気づいたな。
「あ、それはこれから一緒に活動する人たちがどんな人なのか、入る前に見ておこうと思って。やっぱり自分に合わない人たちと活動したくはないですから」
なるほど。入部届けを出し、入りはしたものの、自分に合わなくてまた退部する……。手続きが面倒だもんな。
「でも、大体の雰囲気は分かりましたし、自分にも合ってました! 流石、変態の集まり! 類は友を呼ぶとはこのことです!」
「本当だよね。これでこの部に、変態は五人になったもんね」
絵夢が呟くように言う。関羽、透、絵夢、白瀬、そして伊久留。おお。五人だな。
「それに……運命的な出会いもできましたし」
白瀬は頬を赤らめて、体をくねらせる。え? それってもしかして……俺は自分の胸の鼓動が早くなるのを感じた。
「私、決めました! 私の一生の伴侶……それは伊久留ちゃんにします!」
……何期待してたの? 俺。いや、分かってたことじゃん。白瀬レズだし? 聞いてた話でも、超ゾッコンだったし? だから何って感じ? …………。
「いや、もう行かせねーぞ、巧」
無意識のうちに、部屋を出ていこうとしていた俺を、関羽は止める。俺は、関羽に声を荒げて答える。
「うるさい黙れ! お前に俺の気持ちが分かるか!」
この好きでもないのに好きで……いや好きじゃないけど!
ロリコンとしての自分を失い、彼女たちを見ても、俺の下半身に装備された剣は、本来の用途に使用できなくなった……。この気持ち、お前なんかに分かるはずもない!
「な……!? 心配してやって言ってるのに。なんだよ、その態度はよぉ!」
「うるさい! 余計なお世話だ!」
「はぁ!? 元はと言えば、お前から俺たちに頼んで来たことじゃねーかよ!」
俺に突っかかって来る関羽とは違い、絵夢はなだめるように肩を叩いてくる。
「わかってる……わかってるよ。私は」
「絵夢……」
絵夢はそして、俺に耳打ちする。
「ヌッキーは白瀬さんのことが好きなんだよね……うん……分かってるよ……」
「ちっが――――う!!」
「え? 違うの?」
「俺はそれを認めたくないんだよ!」
認めないと言うってことはつまり、それこそが認めてしまうということだから言いたくなかったが、我慢できずに絵夢にぶちまけた。
すると、絵夢は納得したように頷く。
「なるほど……ロリコンに戻りたいってそういうことね」
「ああ……そうだ」
ひとまず、声に出した。絵夢には俺の気持ちが分かって貰えたということで、冷静さを取り戻し、俺は座り直す。そこへ、また絵夢が耳打ちする。
「まぁ、この話は白瀬さんの前では出来ないし、また別の日にね」
俺はこくりと頷き、それに了承した。
何となく……本当に何となく、白瀬を確認してみたが、伊久留のことに夢中で俺のさっきの行動にも気づいてないようだった。
「そういえば、さっき、部長がとおるんのことやめさせるとか言ってたけど、出来るものなの? 聞いたことないんだけど」
話を反らす意味もあったのか、絵夢は俺に聞いてくる。ナイスだ。心の中で親指を立てる。
「そんな権限ない」
「何!? どういうことだ! 承全寺!」
透は驚き、伊久留に返答を求める。
「…………」
しかし伊久留は黙ったまま、本に目を向けていた。仕方ないので、俺が答えることにした。
「たぶん、そうでも言わなきゃついてこないと思ったんだろ? その場で考えついたはったりにしては、よくできてると思うぜ」
「くっ……俺は騙されたということか」
「……騙されるほうが悪い」
伊久留……そこだけは言うのか。白瀬は伊久留が口を開いたことで、また「きゃー、伊久留ちゃんが喋った!」などと騒いでいた。
「今気づいたけど、まだ私たち、正式に自己紹介してなかったよね」
「あ、そういえばそうでしたね」
白瀬は伊久留のほうから俺たちのほうに体を向ける。
「えっと、まずは私からね。私は佐土原絵夢。よろしくね!」
「次は俺だぜ。俺は孝関羽だ。これからよろしく頼むぜ!」
「俺は峰内透。白瀬とは仲良くやれそうだが、俺の巧人には気安く近づくなよ」
「はい! こちらこそ、よろしくお願いします! 佐土原さんに、孝さん、峰内さんですね!」
「そんな、他人行儀にしなくていいよ! 私のことは名前で呼んじゃっていいから」
「え? そ、そうですか?」
「そうだよ。私たちは同じ部活の仲間なんだからさ」
その理論で行くと、関羽と透は仲間じゃないことにならないか? でも、透は女には興味がないから苗字で呼んでいるんだろうが、何故、関羽は絵夢を佐土原と呼んでいるんだろうか? まぁ、関羽のことだしどうでもいいが。
「俺の場合は名字のほうで呼ばれるのはなんか嫌だから名前で呼んで……いや、あだ名とかでもいいぜ!」
「俺はどっちでもいいがな。だが、俺のほうから白瀬と呼ばせてもらう」
「じゃあ絵夢さん。関羽さん。透さんと呼ばせてもらいます」
「う~ん……その言葉遣いも、もうちょっと砕けてていいけど……まぁ最初はこんなものかな?」
「でもどうせだし、俺はお前のことあだ名で呼ばせてもらうぜ! う~んどんなのがいいか……」
「今までにあだ名で呼ばれていたものって何かある?」
「一応リリーとかなら呼ばれてましたけど」
「リリー? リリーってどっかって聞いたことあるけど……」
「リリーは……百合の花のこと」
意外な場所で伊久留が声を発した。だが、もう今日一日で伊久留のいろんな部分(意味深)を知ったためか、誰も驚かない。
「おお! そういうことか! 百合ってお前にぴったりのあだ名じゃないか! よしこれからはリリーって呼ばせてもらう!」
「私もそうするよ! よろしくねリリー!」
なんか盛り上がってるな。……ところで俺はいつ自己紹介すればいいんだろうか?
「そういえば完熟は私のこと佐土原っていうよね。何で?」
あ、さっき俺が考えていたことだ。
「俺のことも関羽は峰内と呼ぶよな。何か理由はあるのか?」
「え? ああ、お前らはあだ名を考えてみたけど何も思いつかなくて、考えるのが面倒になったから名字で呼んでたんだ」
適当だな。
「え~。じゃあ、これからはあだ名で呼んでよ」
「いや、もう、佐土原とか峰内で慣れたし、このままいくわ」
「むぅ……あ、話がそれたけど自己紹介の続きね。部長……はさっきしたようなものか。じゃあ最後は……」
ようやく俺の出番か。まったく、名前言うだけの簡単なものなのに時間掛り過ぎだろ。でもさ……
「…………」
絵夢からの振りがくるが俺は黙ったまま、下を向いていた。
俺はどうすればいいんだ? だって白瀬の顔見れないんだぜ? それで自己紹介とか、心象悪すぎだろ。いや、こうやって答えないでいるのも悪くなる一方か。
そんな俺の様子を見かねてか、絵夢が答えようとする。
「あ、えっと彼はヌッキー……じゃなくて」
そこで俺は絵夢に目を向けアイコンタクトを取る。
『待ってくれ』
『ヌッキー……』
『俺が自分で言う。この程度もできないようではこれから先、一緒の部活なんてやってけないからな』
『うん……分かったよ。頑張って!』
絵夢は理解してくれたようだ。俺は一つ深呼吸してから、思い切って白瀬に目を向ける。
「?」
白瀬は俺の様子に不思議そうな顔をする。裏腹に俺は
(はんぱねぇ――――! 何だこれ!? 今まで、感じてたやつの比じゃねーよ! 高血圧で死ぬんじゃねーかってくらいやべーよ。いや、頑張れ俺! これを乗り越えた先にはきっと、あの『幼女を見ればいつでもフィーバータイム』だった俺の日常があるんだ!)
「俺は島抜巧人だ……よろしくな」
冷静を保つため、少し不愛想に答える。
よし、言った! これで元通りに戻……ってない! 顔見たらまたドクン! って跳ねたよ! そりゃそうだよね! 誰もそんなこと言ってないもんね!
よし、ここはあえていろいろ喋っていこう。慣れていかなれければ。
「一応言っておくが、ここにいるにいるのは全員二年。同い年で、伊久留が部長で俺が副部長だ」
「そう。伊久留は、利莉花と同い年。だから子ども扱いしないで」
「きゃー!! 私のほうが背が高くて見下ろいているのに……その冷たい眼差しで見られるの……萌える! そうは思いませんか! 絵夢さん!」
「え? 私に同意を求めるの? というか、ものすごく近いよ……」
白瀬は絵夢の腕を取り、そこに自分の腕を絡める。え? 何あれ、恋人みたいなポーズやん。
「後、全員の性癖は関羽が熟女好き、透がホモ、絵夢がSM、俺はロリコン、伊久留は全部だ」
「なるほど……変態というには相応しい単語ばかりですね!」
「待て、俺は巧人限定だぞ」
「いや、同じようなものだろ」
少なくとも対象者である俺からすればそうだ。
「あ。私も今頃ですけど、補足しておきますね。レズではありますが、別に男の方が汚らしいものだとか、そういう偏見はありませんから。ただ単純に女性が好きなだけで」
あれ? それってもしかしてワンチャンある? ってだからそれ違うから!
まぁ、今突っ込み入れたりもしたけど、それなりに慣れたな。胸の鼓動もさっきよりは落ち着いてきているし。それでも、通常より早いけど。
白瀬の過激なスキシップの様子を見て、関羽は聞いた。
「リリーは伊久留が好きみたいだけど、佐土原のことも狙ってんの?」
「大丈夫です! 私も透さんと同じ一人の人を好きになるタイプですから! 百合だからって、伊久留ちゃん以外の人とは必要以上のスキンシップはしません!」
「これで必要以上じゃないんだ……」
と絵夢は嘆いていた。ふ、透に迫られている俺の気持ちが何となく分かっただろう。
しばらくすると、白瀬は絵夢を解放する。
「私、最初はここに来てから本命の人を決めようと思ってたんです。やっぱり、私みたいな変態を受け止めてくれるのは、同じ変態しかいないかなって。で、早くも今日、見つけたんです! 私にとっての最高のパートナーを!」
そう言って、伊久留に抱きつく。……マジでこの反応見てたら慣れてきたな。伊久留に対する湧き起こる嫉妬みたいな感情がなくなった。……本読み難いそうだな。
「巧人……助けて」
「いや、助け呼ぶ前に抵抗しろよ」
そう感じつつも、白瀬を引き剥がずため近寄る。うわ……こんなに間近で白瀬のことみたの初めてだぞ。しかも、なんかいい匂いする。
やばい! またどきどきと……って何回同じような反応するんだよ。
「とりあえず離れろ、白瀬」
また平静を保ちつつ、俺は白瀬の肩に手を掛ける。
(なんか、柔らかい!)
え? 女ってこんなに柔らかいの? 俺、こんなのあそらちゃん(9)達くらいだと思ってたよ。
「ああ~~伊久留ちゃ~~ん」
引き剥がして遠くへ連れていくも、手を伸ばして白瀬は伊久留を求める。
「はぁ……はぁ……伊久留ちゃん……はぁ」
しかも、さらに興奮していた。
「白瀬……お前いろいろ危険だから、今日はもう帰れ」
「え~私まだ伊久留ちゃんと居たいです! 巧人さん、いいじゃないですか。ここで見てますから!」
ぐっ! 名前で呼ばれるのは辛いな。……まぁいいか。それより――
「ダメだ。それに、お前が帰る帰らない抜きにしても今日はこれで終わりだ」
「げ! マジで!? もうこんな時間かよ!? 今日は隣の奥さんにお呼ばれしてるっつーのに!」
「やはり、巧人と過ごす時間はあっという間だな。時間がどれだけあっても足りない」
「けど、今日は、リリーが部活に入るっていうイベントがあったし。これくらいが普通だよね」
白瀬以外の全員は、なんだかんだで俺の言う終わりを受け入れている。その様子を見て、白瀬も理解してくれたようだ。
「うう……名残惜しいですが、分かりました。ではまた明日ですね」
「いや、明日じゃなくて明後日だ。活動日は毎週火曜日と木曜日。だから次は木曜日」
「週、二回ですか。伊久留ちゃんと会えるなら毎日でもいいんですが……」
「全員の意見の総合で二日だからな。文句は言うな」
「俺も巧人に会えるなら毎日でもいいんだが……」
「お前は黙れ」
俺が白瀬にいろいろ説明しつつも、みんなは各々帰る準備を進めていく。そして――
「じゃあなみんな! ふぅ~急いで帰んねーと!」
「それじゃ、リリー。私たちも帰ろー」
「はい。では、また明後日に!」
「巧人はどうする? 一緒に帰るか?」
「いや、遠慮する。透は一人で帰ってくれ」
みんないなくなる。残されたのは俺と伊久留。誰もいなくなった部室は静かで、伊久留がページをめくる音だけがそこに響いていた。
「伊久留はどうする? 帰るか?」
「…………」
「無視ですか……まぁいいや、俺は帰るな」
白瀬がいなくなって落ち着いてきたし。
返事もされず、不貞腐れながらも俺は伊久留を残し、一人家に帰った。