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2ー3 立ち上がった部長

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 部室を出て行ってから約二十分。俺は戻ってきて、だらしなく口を開けながら、椅子にもたれ掛っていた。


「突然走り出していくからびっくりしたぜ」

「うん……私もびっくりした」

「ああ……取り乱して悪かったな」


 素直に謝る。


「そういえば、白瀬は? 透もいないが」


 それによく見ると伊久留の姿もないな。


「ああ、それはね……」


 そう言って、絵夢は俺のいなかったときのことを話し始めた。


*****


「うわ――――――!!」


 そう叫び、島抜巧人は部屋を飛び出した。


「え? ちょっと……ヌッキー!?」


 突然のことに佐土原絵夢も声を上げた。そして、巧人の叫び声が遠のいていくと、孝関羽が口を開く。


「あいつ……いったいどうしたんだ?」

「さぁ……どうしたんだろうね」


 と、そこまで答えてから、絵夢は気づく。


(は!? そういえば、ヌッキーは白瀬さんのことでおかしくなっているんだった!)


 おかしくなっている。ヌッキーがロリコンじゃなくなるほどにおかしく。それはつまり……。


(恋だね!)


 絵夢はそう結論づけた。


(ということは、さっきの白瀬さんのレズ発言が問題ということだね。だってまさか、自分の好きな人がレズだったなんてかわいそう以外に言うことはないもん)


 絵夢が巧人の心中を察していると、峰内透は焦るように口を開く。


「くっ!? 巧人がどこかに行ってしまった! 早く追いかけねば!」


 部室を出ていこうとする透を絵夢は止めに入る。


「ダメだよ!」


(だって今は、失恋のショック中なんだよ? こういうときは、一人にさせておくのが一番なんだから!)


「何故止める? 巧人は今おかしな状態にあるんだ! そんな状態で一人にさせたら何が起こるか……それにさっきの巧人は屋上から飛び降りそうな勢いだったぞ!」

「うっ!」


 否定できずに怯む絵夢。


「こういう時に傍にいて、慰めてやるのが俺の役目だ! そんなこともできないようでは、俺に巧人を愛する資格はない!」

「流石です! そこまで相手のことを考えれるなんて……! あなたこそ人を愛する者のの鑑!」


 白瀬利莉花は羨望の眼差しを透に向け加勢する。


(うわ~!! なんか火に油を注ぐ関係だよ!)


 巧人が考えていたことは強ち間違いではないと、巧人のいないこの場で、証明されていた。


「ふ。巧人に何かをしたお前には言われたくないが……今は一刻を争う。じゃあな。俺は行くぞ」


 今度こそと、部室を出ていこうとする透を呼び止める声があった。


「待って」


 その声を聞くのは今日二度目。だから瞬時にその声の主が、承全寺伊久留であると透は理解できる。

 全員が伊久留のいるほうを見た。そこで、雷に打たれたような衝撃を受けた。そこには、一度目の時とは違うものがあった。


(部長が……立った!)


 絵夢のみならず、全員がそう思ったことだろう。利莉花は伊久留のことをよく知らないため驚かないだろうが。

 伊久留はいつも一番に、部室に来ている。帰るときも一番最後。同じクラスの人間もいない。だから、部員は全員あの場で本を読んでいる姿以外には見たことがないのだ。

 伊久留が立つことは珍しいなんてものじゃない。立った姿など初めて見るのだ。いや、本から目を離したところさえ見たことはなかった。


 あまりの出来事に、透も動きが止まる。いや、空間が止まっていたと言える。しかしその中で、伊久留だけは、まるで自分がその空間を支配しているかのように、手に持っていた本を椅子の上に置き、透へと向かって歩いていく。


(部長が……歩いた!)


 またしても衝撃。立った姿を見たことがなければ、歩く姿も見たことはない。これはある意味では、生きた化石と呼ばれるシーラカンスを生で見たのと同じくらいの凄さではないだろうか。そして生きた化石と言えば、あの黒光りする、カサカサと動く、Gで始まるあいつもそうだ。と、どうでもいいことを同時に考えていたのは関羽だった。

 伊久留が透のもとにたどり着く。


(承全寺って結構小さいんだな)


 透は目の前に来た、伊久留の姿を見て、そう思う。事実、絵夢より一回りほど小さい。さらに、その絵夢より一回りほど大きい利莉花もいるこの中で比べてしまうと、その小ささは際立っていた。


「今、巧人のことを追いかけるのはダメ」


(部長って名前呼びだったんだ!)


 次々と発見される新事実に、驚きよりも興奮が抑えられなくなり始める絵夢。


「ど、どうしてだ?」


 勢いを削がれ、押され気味になりながら聞く透。


「そこに入部したいっていう利莉花がいる。優先すべきはそっち」


 伊久留は淡々と述べる。特別な威圧感というものは含まれていないが、それでも伊久留がここまでして止めるということに、透は何も言い返せなくなる。


「いいんです。私のことなんて。それよりも大事なもの……それを求めるあなたを私が止めることができましょうか? いえ、できません!」


 それでも一人、当事者の利莉花は空気をぶち壊すごとく、反語まで使って盛り上がり続けている。と同時に、どんどんと変態っぷりが浮き彫りになってきていた。


「ダメ。透は利莉花と伊久留と一緒に入部届出しに行く」


(部長、自分のことまで名前呼び!)


 その場の全員の伊久留に対する認識が少し変わる。たとえば、


『伊久留が好きなことは本を読むこと』


『背が小さいって……そのことは言わないで。伊久留だって悩んでる』


『伊久留、疲れた。巧人、おんぶ』


『伊久留、そういうこと興味ない。でも巧人がそういうなら……伊久留いいよ?』


 という夢想を可愛い物好きでかつ、レズの利莉花はしてしまう。そしてさっきまで『透の応援>自分のこと』だったのが、『透の応援<自分のこと』になってしまった。

 ちなみに、別に伊久留は背が小さいことを悩んではいない。


「あの……伊久留さんの苗字って……」


 利莉花は俯き、顔が見えなくなる。だが、体はプルプルと震えていた。絵夢がその問いに答える。


「えっと……承全寺だけど」

「承全寺……承全寺伊久留さん。承全寺さん……ううん! やっぱり伊久留! 伊久留さん! いや、伊久留ちゃん!」


 そして利莉花は、伊久留にだきっと、抱きついた。


「……苦しい」


 その胸が伊久留の顔を包み込む。そのため、伊久留は呼吸困難に陥っていた。しかし、伊久留も抵抗しないためか、利莉花は気づかずに、それどころかさらに強く伊久留を自分の胸に押しつける。けど、外野の全員はそのことに気づき、伊久留を解放させる。


「大丈夫か? 部長?」

「大丈夫。問題ない」


 息を乱しながらも、答える。それが利莉花には強がっているようにしか見えず、「きゃー!」と興奮する。


「ところで、話は戻るが……なんで俺まで行かないといけないんだ?」

「伊久留が利莉花と入部届出しに行ってる間に、透がまた暴走するかもしれないから。見張り役。透を野放しにして巧人と近づけるのは危ない」

「え? それって遠回しに、私と完熟がとおるんのこと止められないってことだよね?

ひどいよ部長!」

「つーかそれなら、全員で届け出、出しに行ったほうがよくね?」

「大勢で行っても顧問の先生のほうが驚く。それに巧人が帰ってきて部室に誰も居なかったら巧人もいろいろ困ると思う。だから二人は留守番」

「え、私の質問には答えてくれないの?」


 絵夢は関羽の問いには答えられ自分は無視されたことに少なからずショックを受ける。また、同じような立場で納得できないでいる透も反論する。


「俺は嫌だ。見張り役だとか何だとか、その前に俺は巧人が心配なんだ。ずいぶんと時間は立ってしまったが今からでも遅くない。俺は巧人を探しに行く」

「もしも、ここで伊久留に逆らうなら、透は部長権限で、この部活をやめてもらう」

「な……!? 承全寺……俺を脅すのか?」

「愛とは障害があればあるほど燃え上り、深く根づいていくもの。逆にこの程度の障害も乗り越えられないようでは、それは愛でも何でもない」

「!?」

「巧人と会えなくなるのは元も子もない。それこそ、出会わなければ物語は動き出さないように。今はとりあえず、伊久留に従っておくのがベスト」

「……分かったよ」


 透は頷いた。


「職員室に行く間と帰る間なら探せる。そこで見つければいい」


 渋々といった様子だった透を見て伊久留はそう補足した。


「ああ。そうさせてもらう」


 そして、伊久留の自らこちらへと歩み寄ってくる優しさを感じとり、透はそう言った。


(部長……うまくとおるんのこと乗せたね~。でも私の質問は!?)


 絵夢は感心すると同時に嘆いた。 


「そんな……私は二人のほうが……ううんここはあえてストッパーをつけるべき。またさっきみたいに暴走して、伊久留ちゃんに嫌われたくないし」


 利莉花もそう納得したようで、「はい、わかりました」と返した。


「じゃあ、三人で行ってくる」


 そう言って伊久留は、透と利莉花の手を引っ張って部室を出た。その際も「伊久留ちゃんの手の温もり……きゃー!!」と、利莉花は叫んでいた。

 三人がいなくなり、取り残された関羽と絵夢は伊久留のことを話していた。


「部長って、あれだけの変態なのに常識あるっていうか」

「みんなのことよく見ていたよな」


 二人とも伊久留に対する認識がよく分からなくなった。

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