2-2 ロリコンじゃなくなったきっかけの女
「全く……女性に向かって、はっきりとそんなこと言わないでよね」
「うう……褒めたのに」
これが価値観の相違ってやつか……難しいな。
というかハードだったな。二十分間。久しぶりだ。絵夢のプレイにつき合わされたのは。特にあれ。
『女王様に跪きなさい!』
って言いながら、俺を踏みつけるやつ。反抗的な態度や行動をすると、
『何? 私の言うことが聞けないの? だったら、その体に刻み付けないのいけないのかしらね……私の言うことには絶対服従だってことを……』
って言って、鞭で叩かれた。痛かった。
「まったく佐土原は手加減を知らないな。こんなに赤くさせて……舐めてやったほうがいいか?」
「いや、いい。遠慮……するまでもなくいい」
つーか助けろよ、透。いっつも思うけどよ。俺のことが大事だと思ってるなら。事が済んだ後に、やってこないでさ。
恨めしそうな視線を透に向けたのち、絵夢のほうを見る。既に絵夢は、関羽と話をしていた。
「佐土原、ちょっと俺にサディズムについて教えてくれよ。最近狙っている伏緒さん(47)がちょっとM気質でさ。やっぱり、こういうのはエキスパートな人間に聞くのが一番じゃん? あ、でもあんまりハードなのはやめてくれよ? お互いに経験はない状態だし。あくまで入門編みたいな、ソフトなやつから頼むぜ」
「ふふふ……そこまで言われたら仕方ないな~。えっと、じゃあね……」
のんきな奴らだ。それに関羽。お前も、そっち方面を開拓し始めるのか? お前、今までに増して、さらに変態になっていくな。……ところで、俺の件はどうなった?
いや、いい。正直、こいつらに相談したのが間違いだった。
俺はため息をつき、関羽に力説している絵夢を尻目に、肘をついて外を眺める。……いい天気だな。
がらっ!
馬みたいな雲が流れていくのをボーっと視線で追っていると、後ろから音。扉が開かれる音がした。反応して、全員(伊久留以外)が、その方向を見る。そこには
「あの……私この部活に入りたいんですけど……」
という女性がいた。
「…………」
俺はその人物を観察する。下から少しずつ上へと視線を持っていく。そう、まるで舐め回すかのように。そして結論づけた。俺は関羽の近くに行き、耳元で囁く。
「関羽、ちょっとお前あいつの相手してろ」
「え?」
俺は関羽の了承も聞かず、透と絵夢に手招きをして、窓際に集まらせ、女性に背を向ける。
「な……なに? どうしたの?」
困惑した様子で絵夢は尋ねる。
「あいつだ。あの女だよ。俺に異変を起こさせた相手は」
そこを、俺はあくまでも平静を装いつつ、小声で伝える。内心では、
「あいつだぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」
となっているほどにテンションは高い。
「ええ!?」
絵夢は声を押し殺しながらもそう発し、振り返って、入ってきた女性を確認した。
「ああ、確かに! さっきヌッキーが言っていた特徴と同じだね!」
この感覚、間違いない。胸がドクンドクンと早鐘を打ち、顔は四十度はあるんじゃないかと思うほどに、熱くなる。
そして、俺は今のところその相手を直視できない。とはいえ、目の前にいることも事実。ここは関羽の腕に任せて、聞き耳を立てよう。
「えっと……まず名前はなんて言うんだ?」
「あ、はい。白瀬利莉花って言います」
「そうか。学年と組は?」
「二年で三組です」
「お前の母親の年齢は?」
「え?」
おい。関係ないことは聞くな。それよりもっと、聞くべきことがあるだろうが。利莉花……白瀬も同じことを思っているはずだ。……まさか名前さえ呼べないとは。
「えっと……女性に年齢を聞くものではないと思いますけど」
白瀬は戸惑いながらも答える。まぁ、その通りだな。「二十歳超えたら皆同じ」という名言(自分作)にもある通り、二十超えた女性の年齢なんて同じようなものだろ。
「ふ。確かにその通りだな。無粋だとは承知している。だが、分かってほしいんだ。人とは年齢を重ねるにつれて美しくなる。時間が女を磨かせ、体を成熟させる。若さとは違うものがそこにあるんだと。だから、年齢を気にすることなんて愚かなことだと。むしろ、誇るべきステータスなのだと!」
「はい。やめようね、完熟」
どんどんと燃え上がっていた関羽を、いつの間にかいなくなっていた絵夢が、止めに入った。
「な、邪魔すんなよ! 俺は今、この子と大事な話をだな……」
「うん。それが、入部に関係しているならともかく、関係してないよね? 今聞くことじゃないよね? 阿保なの?」
「うぐ……すまん」
ふ。やはり関羽は使い物にならないか。期待して損した。いや、期待もしてなかったが。
ここは、女同士ということで絵夢に任せるのが一番だな。それに、絵夢はちゃんと状況を理解しているし、情報を引き出してくれるだろう。
「えっと……白瀬利莉花さんって確か二年生になって転入してきた」
「はい。その通りです」
ほう。通りで同学年なのに見覚えがなかったのか。……学校に知り合いなんて、数えるほどしかいないが。
「でも、もう部活には入ってるはずだよね? そっちはやめちゃったってこと?」
確かに。この学校では、全員が部活に所属しなければならない。が、二年生からの転入なら、今は五月。四月中には決めているはずだ。
「はい。もう既に入ってましたけど、私この部活がいいんです」
「えっと……噂とかで分かってると思うけど、この部活は実質帰宅部で、活動しているのはここにいる私たち五人だけ。その私たちでさえ、部室に来て駄弁ってるだけで、真面目にやってるわけじゃないよ?」
「はい。それも分かってます」
「じゃあ、なんでこの部活に入りたいの? ああ、やっぱり帰宅部として?」
このタイミングでこの部活に入ろうとする。そして、こいつが俺のことを惚れていると考えれば理由は一つだ。
(俺の傍にいたいってことだな!)
ったくやめてほしいな。こっちにその気はないんだからさ~。
「噂は他にもあるんです。その実質帰宅部の、現代文化研究部で活動している人間がいて、その人たちは全員……変態であると!」
『……え?』
そして、その場の全員(伊久留以外)が声を上げた。
……ええ? 何それ? 初めて聞いたんだけど。いや、間違ってないけどさ。
「……確かに、完熟にとおるん、ヌッキーに部長。みんな変態だもんね」
「ちょっと待て、佐土原。俺は変態じゃないぞ! つーか、なんで自分を外してんだよ! お前こそ変態だろうに!」
「そうだ。俺は変態ではない。でもお前たち二人は、弁論するまでもなく変態だがな」
俺は変態じゃない。普通だ。いや、今は普通じゃなくなってるし、ある意味、今の俺は変態な気がするな。まぁ、お前たちは誰が見ても変態だが。
透も窓際から移動し、白瀬の周りに行った。だが、俺はそれでも一人、背を向けたままで、心の中だけで否定しておく。透の言葉に関羽は言い返す。
「ちょっと待て! 同性愛主義者のお前が変態じゃなかったら、全員変態じゃねーよ!」
「愛に性別は関係ない! それに、世界には同性愛が認められ、結婚できる場所だってあるんだぞ!」
ごく一部だろ? ここ日本にはそんな制度はない。それに何度も言うが、俺に愛はない。
だがそこに、意外な人物が賛同の声を上げる。
「ですよね! 愛に性別は関係ないですよね!」
『え?』
またしても全員(伊久留以外)の声がはもる。その言葉はまたしても、白瀬だった。
「そういえば、白瀬さんはこの部活が変態の集まりだがら入りたいって言ってたけど……もしかして」
「そうなんです! 私……変態なんです!」
白瀬は声高らかにそう答える。……すごいな。
少なくとも、ここに自分は変態だと、自ら胸を張って言うやつはいない。伊久留は言いそうだけど。だからそんなベクトルの変態がここに現れるとは思わなかった。
だが、変態だとしてどんな変態だ? こいつ俺のこと好きなんだろうし。さっき、同性愛がどうこうで賛同したってことは、腐女子か?
若干引きながらも、絵夢が聞いた。
「変態って……具体的にどんな?」
「はい。さっきも口走ってしまって、分かってるかもしてませんが」
しかし、腐女子か。BLとか好きなんだろうな。嫌だな、これから先。透が絡んでくるたびに、興奮してきゃーきゃーいいそうで。火に油を注いでいく関係になりそう。
「私……レズビアンなんです!」
……は?
白瀬の口から発せられた予想外の言葉。
え? だって、え? こいつって俺のことが好きなんじゃ。だからマインド・コントロールで、え?
……落ち着け。冷静になれ。白瀬はレズだと? そんなの嘘八百に決まっている。俺は振り返り、白瀬の姿を確認する。
……あの顔。ガチだ。ガチで言ってる。分かるんだ。数多くの変態どもと過ごしてきた俺には……あいつが変態であるということは。そしてあの反応……。
「それでですね、佐土原さん。今言った通り私はレズなわけですが……」
「え? ま……まさか私に来るつもり? 私はそっち方面の趣味は……」
「大丈夫です! 初めてなのは誰でも同じ! 要は、その先どうするのかです! さぁ、一緒に未知の世界を開拓していきましょう!」
……うん。まごうことなき、変態だ。レズの。ということはつまり……。
(なんで俺、こいつのこと好きになったの?)
いや、好きではないけどさ。おかしくね? マジで原因が分からなくなったんだけど。 いや正直、マインド・コントロールだってあれだったけど。俺があんな唯愛みたいなダイナマイト・ボディを持つ人間に邪な気持ちを抱くなんて……そんな変態になってしまったなんて……もう生きていけない!
それになんだ? 白瀬が俺のこと好きじゃないってこととか、レズであったことは喜ぶべきことのはずだ。
だがしかし、勘違いしていたという恥ずかしさと、おかしくなっている俺の感性が、白瀬のいる恋愛の土俵にさえ立てないことに悲しみを覚えている。そう。まるで、淡い恋心を打ち砕かれ、自信喪失しているように……ってちっが――――う!!
「うわ――――――!!」
「え? ちょっと……ヌッキー!?」
俺はそう叫んで、部室を飛び出していく。もちろんそのために、入り口付近にいた全員を突っ切った。全員俺が突然奇声を上げ、走り去っていったことに驚いたことだろうが、俺はそれどころではなかった。
ロリコンとしての自分。それを尊重するために、白瀬と自分は交わることのない人間だということに喜びを覚えるが、それ以上に感じてしまっている、悲しみ。その相反する気持ちが混濁する中で、俺の取れた行動は無心で思いっきり走ることだった。