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15-7 演技、再び

「そうです! ボクは可愛い……それこそ、女の子よりも! それが分からないんですか!」


 分からないから、こうなってるのに。

 大体男であることは変わりねーだろ。

 けれど、そんな俺とは違って、絵夢のほうは納得するように頷く。


「うんうん。確かに可愛いよね。のぞみんは」

「ありがとうございます、絵夢先輩。……で、どうなんですか先輩!」


 詰め寄るように聞かれる。

 だから、男に興味はないし、可愛いなんて思うはずがないだろっての。でもこいつのことだ、そんなことを言ってもどうせ認めないだろう。またさっきの繰り返しになるのが目に見えている。

 だったら、根幹の部分の指摘しかないな。

 実際、こいつが自分を可愛いとか男の娘とか言ってて、俺の中に違和感があった。そこを今こそ言ってやる。


「男の娘って言うがな。ああいうのは、なんかちょっと気弱系がやるからいいんだ。後、周りからは言われているけど、自分は頑なに認めないとか。それに引き換え、お前は自分のことを可愛いとか言ったり……そこまで割り切られていると、むしろ男の娘キャラとして薄れる。少なくとも、周りが……いや、俺が求めているのはそう言うのじゃない。もっと客のニーズってものに応えないとな」


 俺は今まで思っていた望への思いを全て暴露する。

 別に俺の個人的な思いだったし、言ったところで変わってほしいわけでもない。望は望だしな。だから、言うつもりはなかったことなのだが、こう何度も言及されたら、黙ってはいられなかった。


 まぁ、ここまで言ってやれば望も諦めるだろう。自分のキャラとは全然違っているし。

 そう思っていると、望は壊れたように笑いだす。


「ふふ。ふふふふ……」


 うわ……大丈夫か? 言いすぎて、頭おかしくなったりでもしたか?

 そう心配していると、望は声高らかに答えた。


「ボクが先輩は好きです! この気持ちに嘘偽りはありません! だから先輩に気に入られる……そのためなら、いくらだってあざとくなりましょう!」

「……はい?」

「先輩にボクを本気を見せてあげます。だからそれを見せるために先輩には少しの間付き合ってもらいますよ」


 ……つまりはどういうことだ? ダメだ……わからない。


「じゃあまずボクが先輩を廊下で見つけるシーンからですよ。先輩、ほら立ってたって!」

「え? ああ……」


 状況についていけないまま、望に急かされて、戸惑いつつもとりあえずその場に立ち上がる。

 よくはわからないが……とりあえず、本気を見せてくれるらしい。そして俺がそのために何か手伝うと。

 ……で、廊下で見つけるシーン……。そうか、演技ってことか。昔、伊久留と少しだけやったことのあるあれみたいなことをするってことだな。


 よし、ようやく理解したぞ。だとしたら、動きとか入るんだよな。立ったわけだし。少し後ろに移動して、スペースはとっておこう。

 ……よし、俺の準備はOKだ。望のほうは……


「……すぅ……はぁ……」


 望は目をつぶり深呼吸をする。

 そしてしばらくその状態のまましばらく動かないでいたかと思うと、何者かが乗り移ったかのように雰囲気を変えた。


「あ、先輩!」


 望は俺を見ると顔を輝かせ、駆け寄ってくる。俺も適当演技はしてやるか。


「こら、廊下を走るな」

「あ、ごめんなさい。先輩をみつけたら嬉しくてつい」


 俺が注意すると望は素直に謝る。けれど反省したような様子は見られず、むしろ少し嬉しそうだった。


「先輩はこれから部活ですか?」

「ああ、ってお前もそうだろ?」

「あ、そうでしたね。忘れてました。じゃあ、先輩一緒に行きましょう?」


 そう言って望は俺の横に立つと、首を傾げて上目づかいで見てくる。……うむ。確かにあざとい。それもこっちが狙いすぎていて引かない程度のあざとさだ。

 前も廊下で出会った時があったが、その時は、後ろから抱きついてきた。少なくとも、あのときの望の行動とは違うことは確かだ。


 そして俺たちは歩いている……と言う仮定で、その場で話を続ける。


「何で望は、現代文化研究部に入ったんだ?」

「ボクはあんまり体が強くはないし……それで運動系の部活はダメで。かといって、音楽とか絵とか、そういう才能もなくて。そんなだからでしょうか。結局他に部活に入る気が起きなくて、帰宅部としてこの部に入りました」

「なるほどな……でも、だったらどうして現代文化研究部としての活動をする気になったんだ?」

「それは……先輩を見たからです」

「俺を?」

「はい……知ってますか? 現代文化研究部で活動している人はみんな変態だとか言われてるんですよ? それで少しだけ興味が出て、先輩たちを見ていました。先輩たちは確かに、言われるだけのことあるなって場面がよくありましたけど……でも、ちゃんと一生懸命で。みなさん楽しそうでした。ボクは凄いって思ったんです」

「凄い? 俺たちがか? そんなこと思われるようなこと何もしてないぞ?」

「先輩たちにとってはそうなのかもしれませんね。でも、ボクは部活をする前から諦めて、何をしようともしなかった。だけど、先輩たちは違います。部活であって部活じゃない……そんな、ただの遊びようなものでも、生き生きとしていた。それを見ていたら、ボクも変わりたいと思ったんです。その輪の中に入って、一緒に……ってそう思ったんです」

 望はどこか懐かしむような表情でそう答えた。それはとても大切なものを想うようで、今やっている演技とはまた別の本心からの言葉なんだと思った。

「……そっか」


 だから俺も、ただそれだけを呟く。そこには余計な言葉はいらなかった。

 必要なのは……いや、俺が思うべきは一つ。

 一緒に楽しい時間を過ごそう。過ごしていこう。そういう自分なりの決意を固めることだけだった。


 望は突然「あっ!」、と思い出したように小さく声を漏らすと、先ほどまでの真剣そうな雰囲気から調子を戻して、俺に言った。


「あ、そうです先輩! この前のこと……誰にも言わないでくださいよ!」

「この前のこと?」

「ボ、ボクが女装してたことですよ! あ、あれはあくまで、友達の罰ゲームであってそう言う趣味があるわけじゃないんですからね!」


 ああ、そういう設定になってるんだ。

 にしてもどこかで聞いたことあるような、罰ゲームだな。


「まぁ、どんな形であれ先輩と一緒に出掛けられたのは嬉しかったですけど……。恥ずかしいですから他の人には内緒にしていてくださいよ!」


 望は最初のほう小声で何やら小さく呟き、その後顔を真っ赤にして念を押すように俺に言う。

 その望らしからぬ慎ましやかな様子に、思わず口を開く。


「そうか? 別に似合っていたと思うがな」


 ……って、俺は何を言ってるんだ。

 今、演技のこととか考えずに言ってしまったんだが……。


「そ、そうですか? ……えへへ、先輩にそう言われると嬉しいです」


 望は微笑む。それもまたいつもとは違って、控えめだが、自然と漏れたものであるかのようにダイレクトに気持ちが伝わってくる。そんな望に俺は一瞬目を奪われる。


「って、あ……」


 と、そうしていると、望はなぜかその場でけつまづく。

 俺は思わず手を伸ばし、望の体を掴もうとする。けれど、見とれていたこともあり反応に遅れて届かないに距離となり、それでも掴もうと前のめりになった結果、俺自身もその場に倒れてしまった。


「だ、大丈夫か?」


 俺は望にたずねる。とはいえどうにか体を捻って、俺が下敷きになることはできた。

 無事……とまではいかないだろうが、衝撃は和らいだだろう。


「あ、はい。すみません。こんな何もないところで転ぶなんて……ドジすぎですよね」


 と、望は自分のことを少し卑下するように答える。どうやら俺の予想通り、特に体に問題はないようだな。

 そう安心したところで、望は今の状況を理解したようだ。望は俺の上から離れると、焦ったように心配して聞いてくる。


「って、あ! 先輩大丈夫ですか!?」

「別にこのくらいどうってことないって」


 俺はそう返すと、立ち上がろうとする。けれどそれを望は慌てて止める。


「動かないでください! もしボクのせいで先輩に怪我を負わせてしまったら申し訳がたたないですから、せめてちゃんと確認させてください」


 そう言って間を置かずに、俺の体のあちこちを怪我がないか丁寧に慎重に触ってくる。


「えっと……痛いところとかありますか?」

「いや……」


 望は俺を心配そうに見つめてくる。そこには本当に、『その意味』しか込められていなくて……その献身的な態度が俺の胸を揺さぶった。


「よかった……よし! どこも異常はないみたいですね。もういいですよ、先輩」

「…………」


 そう言われるが俺は返事も返さず、そのままの状態で望を見つめていた。黙ったままの俺に不思議そうに首を傾げる。


「? どうかしたんですか? ボクの顔に……何かついてでもいるんですか?」


 それはまさに純粋な瞳で、俺が見つめている理由を本当に何も理解していない様子だった。……天然だ。それを理解して俺の心は限界に達した。


「……もう無理だ」

「え?」

「やってられるか、こんなこと!」


 俺はもう耐えきれずに演技を途中で投げ出した。


「……もう無理だ」

「え?」

「やってられるか、こんなこと!」


 俺はもう耐えきれずに演技を途中で投げ出す。

 望は俺の急変に驚いていたがすぐにハッとして、演技前の状態に戻ると俺にたずねた。


「じゃあ認めるんですね……ボクの可愛さを!」

「うっ……!」

「ふふふ……残念ですけど先輩。ボクは……尽くすタイプですよ!」


 そのドヤ顔をやめろ。そしてその間とか……どんって集中線とかはいる感じ。かっこつけてるんじゃない。

 何なんだ今日は。望といい利莉花といい。


「これなら先輩もボクを……ちゃんと認めてくれますよね!」


 笑顔で俺に聞いてくる。……まぁ、実際今のは認めざるを得ない。あれは……いわゆる俺への『恋愛感情』がない状態だった。

 それでありながら、俺への好意はあり、一緒に居たいという気持ちがある。だからこそ、穢れのないまなざしを俺に向けてこられて……俺のほうも茶化すようなことができず。


 そんな望の気持ちを正面から受け取らざるを得なかった。

 そしてその振る舞いはまさに男の娘。文句のつけようがないほど、完璧で最終的には俺の予想をはるかに超えてきた。


 まさか望のやつここまでの演技力を持っていようとは……。っていうかもう、ホントに別人だろあれ。二重人格だろあれ。


 でも、『可愛かった』とかそれを正直に言うのも、望が自信満々だったせいか少し気に食わない。

 そして何より、俺が男に対してそんなことを言うってことが、実際にそう思った分、普通に気恥ずかしい。だから俺はそれを隠すように望の頭を撫でる。


「まぁ少なくとも、前より印象はよくなったよ」

「……っへ?」


 望は素っ頓狂な声を上げる。そして徐々に照れたように顔を赤くしていった。

 それがらしくないというか、さっきの演技をしていた時の望みたいだ。俺が求める(というよりは俺が知る一般的な)男の娘のようだ。

 そんな自分の違いに気付いてか、望は興奮したように答えた。


「これが……先輩色に染められるってやつですか……!」


 気持ち悪いこと言うな。そして勝手に染まるな。


「嬉しいです先輩! もっとボクを先輩好みの人間にしてください!」

「したくないし、だったらまずはそういうところ直せって言ってんだろうが!」

「あはは! ヌッキーとのぞみんってもうホントに仲良しだね!」

「こいつも視聴率を取れそうなエキサイティングな映像だったぜ……ナイスぅ!」

「ふむ。そう言う意味なら、別パターンとして俺との絡みも……」

「しねーよ! てか、映像なんてどこででもとられてないだろ!」

「あ、そういうことなら私が今から準備します! まかせてください! ちゃんときれいに撮りますから!」

「頼んでないし撮らなくていい!」


 そうしてドタバタとした感じでその日の部活も終わっていった。

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