2-1 変態になった元ロリコン
「はぁ……」
俺は自分の部屋で一人、溜息をついた。
そうして思い出すのは、数日前の認めたくない事実。それは、推定年齢十六歳の、俺のストライクゾーンからはかけ離れた女性。
そいつのことがどうやら、す……気になってしまっているということだ。今でも信じられない。と言うか、嘘なんじゃないかと思う。でも……
「っつ……!」
あの時のことは、鮮明に思い出すことができ、さらに思い出すたびに、オレの顔には熱が帯びていく。
背は高く、くびれのついたウエスト。すらっとのびた足に、豊満な胸元。そのプロポーションは、モデルのそれと比較しても、何ら見劣りしない。
けれど、何よりよかったのはあの表情だ。あの優しそうな微笑み。すべてを受け入れ、癒してくれそうなあの顔。そう……あれこそまさに天……って、は!!
(俺はいったい何を考えているんだ――――!)
俺のマイ・エンジェルは、小学校のみんなのことだろ! つーか、なんでそんなにもあの女のことを覚えている!
(くそ……オレは一体どうしてしまったというんだ)
あの出来事から数日がたった。あれがあったのが木曜で、今日は月曜。その間、俺は休むことも無く延々と『嗜好画像』フォルダの中の画像を見まくっていた。
だが、オレの雄花はまったく反応しない。これは由々しき事態だ。早急に手を打たなければ……。
だが正直、俺には何の心当たりもないのだ。何故、俺がこんな状態になったのか。理由があるならともかく、それさえもない俺には、この状況をどう対処すればいいのか、皆目見当がつかない。
そこでとりあえず、画像を見ていたのだが、既に三千を超えるこのフォルダの中身も、三週し終えた。それで変化なしなのだから、この方法では駄目ということ。
さらに奇妙なことに……。
「…………」
することなく暇を持て余していると、脳裏には、あの女のことで頭がいっぱいになっている。そして、その姿を思い浮かべては、胸躍らせ、気持ちを高鳴らせている自分がいる。
分かっている。俺はよく分かっている。今の俺はとてもおかしい。普通じゃない。いつもの紳士な俺なら、ここまで画像を見まくっていたら
『ふぅ……危うく干乾びるところだったぜ……』
と、言っていたはずだろう。そして、頭の中にこんな人間が現れたものなら、嫌悪感ゆえに吐き気を催していたかもしれない(頭の中に現れるという事例が過去にないから、分からないが)。
これはもう俺ではない。別の誰かだ。俺の心は、何処かへと行ってしまった。きっと、誰かが俺の心をマインド・コントロールしたんだ。今頃、そいつは、
『ぐへへへ……これでめいちゃん(7)やへれんちゃん(7)たちは好き放題にできるぜ……』
と何処かでほくそ笑んでいることだろう。
く! なんたる不覚! 俺の監視を逃れ、みんなにピー音入りまくりのことをしようとは……まさに下種の極み!
と、これは最悪の状況を考えたものであり、事実はどこかに頭をぶつけたとか、そんなものだろう。俺は覚えてないが。
こういうのはショックを受けると元に戻るとされているからな。今のところ、おかしくなってからはそういった衝撃は受けてないし。早速、やってみよう。
俺は思い立つと、壁に両手をあて、そのまま額を壁にぶつけた。そして、衝撃で俺は眠りに落ちたのだった。
*****
次の日。起きて、すぐさま俺に何らかの変化が起きているか確認した。そして結果は……。
「ダメだ……元から俺のマグナムは、既に戦闘体勢に入っている……」
測定不能だった。
まぁ、いい。最近は仲間のあいつらに任せきりだった、小学校のみんなの朝の見送りをするか。やはり、試すなら実物が一番だろうしな。
俺はすぐさま着替えて、家を出た。
*****
「…………」
俺は理解した。そう。俺は間違っていた。俺は頭をぶつけたんじゃない。
本当にマインド・コントロールされていたんだ!
へれんちゃん(7)を遠目から眺めながら、俺は心の中で思う。
だっておかしいじゃないか! あんな最高級ボディを見ていたら、下半身に片仮名の「レ」とか「ノ」とかができるという、健全的反応をするのが普通じゃないか! なのに、俺の、アレには全く反応がない。そう考えるしかないだろう!
(くそが、ふざけやがって。一体誰だ! こんなことしやがったのは! 俺の心を弄んで楽しいか! 畜生が!)
……いや、待て。落ち着け、俺。今のところ、彼女たちには被害はないようだ。あったなら、仲間のあいつらが俺に知らせてくるはずだ。それがないということは、つまりそういうことだ。
(だとしたら……何だ? 一体、何のためにこんなことをするんだ? ……は! 分かったぞ!)
そういうことか。それなら全ての説明がつく。まったく、なんてことをするんだ。あの女は!
俺の至った結論。それは、俺が気になったあの女がしたということだ。動機はシンプルだ。きっとあの女は、
俺のことが好きだったのだろう。
でも俺がロリコンだから、自分は見向きもされないと思て、こんなことを……。
(ふん! 残念だったな! そのことが分かった今、俺はお前になびいたりしない! 俺はお前のことなんて……)
「…………」
(なんでその先が言えないんだよ! 嫌いだって言えよ! 何を躊躇ってるんだ!)
くそ……理解してもなお、俺はあの女のことが……なんたる強力なマインド・コントロール!
それに、何故か相手が俺のこと好きだと思うと、嬉しい気持ちが……って駄目だ駄目駄目!
むむむ……。とりあえず、このままでは遅刻だ。学校に行ってから考えるか。
ああ。そういえば今日は火曜日。部活のある日だ。このこと、あいつらに相談してみるとするか。
「はぁ……」
しかし……憂鬱だな。
*****
「というわけなんだ」
放課後になり、全員が集まり席に着いたところで、俺に起こった異変について説明をした。
配置について補足すると、俺は入り口側の席にいて、俺の隣に絵夢、正面に関羽、そしてその隣が透だ。また、透の斜め後ろの窓際の隅に、伊久留がいる。
聞き終えると、みんなはそれぞれ驚いた様子で、質問してくる。
「えっと……つまりどういうことだ? 巧」
最初に口を開いたのは、関羽だった。
そしてここでまた補足しておくと、俺のことをエロ大魔人と呼ぶのは稀で、基本は巧人の巧の部分で呼ばれている。
「一回で理解しろ。この馬鹿が」
「な!? おい! こっちは真剣に、お前の話を聞いてやっているつーのに、その態度は何なんだよ!」
「そうだよヌッキー。というか、あまりにも衝撃的すぎて、一回で理解するのは完熟じゃなくても難しいよ」
「あれ? 佐土原。さりげなく馬鹿にしてないか?」
これが、前に説明した自然と出る絵夢のS成分だ。
「分かったよ。もう一回言ってやる。いいか? よく聞けよ?」
前振りして、俺が話そうとしてところで、透が口を開いた。
「つまり、先週の午後五時半ごろの帰り道。猫を拾っていったという、その女性を見てから、ひよりちゃん(7)のもとに行くも、下半身への変化が見られなかった。、その後、画像を見たりしても、何も起きない。そして、このおかしくなった原因は、その女性にあるとみている……ということか巧人?」
「あ……ああ」
透は俺の話から、要点をまとめ上げてそう言った。感心していると、ほかの二人も同じことを思ったのか、関羽が透に尋ねた。
「お前よく一回でそこまで理解できたな」
「ふ……巧人のことならそれくらい余裕だ」
「ははは……流石、とおるん。『島抜巧人検定1級』と言われるだけのことはあるねぇ」
「よせよ。これくらい愛のもとには普通だ」
いや、愛なんてないし。きもいから。そしてそんな検定初めて聞いたぞ。
「んで? 結局のところどうなんだよ」
「何がだ、関羽」
「いや、それを聞かされたとしても、俺たちはいったい何をすればいいのかって話だ」
「そんなのは決まっているだろう。どうすれば俺は、元に戻れるのか考えてほしいんだよ」
「つってもなぁ……」
「情報が少なすぎるな。巧人、何でもいいんだが、他にはないのか?」
「他にって……たとえば?」
「俺のまだ知らない巧人の好きな食べ物とか、風呂に入るときは、どっちの足から入るとか、意外な場所にあるほくろの位置とか、受けと攻めならどっちがいいかとか」
「それは一切関係ない情報だ!」
「いや、そんなことはない! とても重要なことだ! これによって、巧人と共に過ごす充実した未来が決定するんだからな!」
「たとえお前にとってそうでも、今回の件とは無関係だろうが! 大体話したくもない」
特に、俺と一緒に過ごす未来が固定されている部分。あれを聞いて、こいつには何も言いたくなくなった。
しかし、透は何か考える素振りを見せると、頷いた。
「……そうだな。それは後々じっくりと、時間をかけて知っていこう。どうやら、焦りすぎたようだ。気持ちが先走ってしまった。俺はお前に合わせよう。なに、共に過ごし始めた後というのも、また一興というものだろう」
どう解釈したらそうなるんだよ。曲解しすぎだろ。
「とりあえず、ヌッキーはロリコンだったけどロリコンじゃなくなったから、ロリコンに戻りたいってことなんだよね?」
「ああ、そうだ。認めたくはないが……な」
そう肯定して、俺は遠い昔の過去を顧みるように、視線を上に向ける。ああ……あの輝いていた日の俺はいったい何処へ……。
物思いに耽っていると、そこに聞きなれない声が耳に入ってきた。
「その女性についての情報が……まだ無い」
一瞬、誰が言ったのか分からなかったが、この場にいる人間で、声を発せられるのは伊久留だけだ。まさかの伊久留の声に誰しもが驚く。
「まさか、部長が声を発するとは……」
「私、初めて声聞いたかも」
俺も久しぶりに聞いた。
外野から騒ぐも、伊久留は動じた様子もなく、それどころか何事もなかったかのように、黙々と本と読み続けている。
「承全寺は相変わらずだな」
ある意味では、こっちのほうが俺のことよりも衝撃だな。
「ああ……で? その女っていうのはどういうやつ?」
「どんなやつといわれてもな……」
「佐土原と比べてどうか言ってくれよ」
「なんで私と比べるの!?」
「そっちのほうが分かりやすいかと」
「完熟! それは冒涜だよ! 女性を馬鹿にしている!」
「とりあえず、絵夢みたいなぺったんではないな」
俺は絵夢についている、何もない場所を見つめて答える。
「ああ――!! 私が気にしていることを! ヌッキ――……」
「あと身長も、絵夢より少し高いな。年齢も大体同じくらいだ」
絵夢は立ち上がり、それを見て続けて答える。
え? 逃げないのって? 大丈夫だ。というか、何故逃げるんだ? 理由が分からん。
だって俺は、胸がないって言っただけだろ? 褒め言葉じゃないか。ロリ巨乳とかいうものもあるが、やはりロリの一番はツルペタだしな。その成分を持ち合わせていることは、最高のメリット。つまり、褒め言葉なわけだから、誇られこそすれ、怒られることなんてあるはずがない。
「ふふふ……」
そう言いながら、絵夢は懐から鞭を取り出した。……え? なんでそんな場所に鞭なんて……というか、どうして取り出したの? 顔も何か怖いよ? なんていうか……オーラが……。
「食らえ、ヌッキー!」
「ぎゃぁぁぁあああ!!」