15-2 離れたい時……
「……疲れた」
俺はひとまず、絵夢と席を変わってもらい危機は脱する。望も我に返り、さすがにさっきのことは自分でも反省しているようで、しゅんっとしていた。
……こいつなんか誰かに似ていると思ったら、唯愛と同じなんだ。
違いがあるとすれば、こいつは罵倒も全部自分の喜びにしやがる。唯愛よりも扱いが難しい変態ってところか。
「ヌッキー……さっきの約束忘れないでよ?」
絵夢に言われて俺は「ああ」と頷く。
まったく、面倒くさい約束してしまったな。いいや、今は嘆くな。それよりもポジティブにいけ。
とにかく、今はいいが、これから先もずっとこのまま望に隣の席に居られるのは困る。特に、部活に来るたびにさっきのような状況じゃ、俺の胃に穴が開く。
「絵夢、このまま本当に席を変わってくれよ」
「え~だから嫌だよ。それ、私に何のメリットもないじゃない」
「そうですよ、先輩。ボクにもメリットがないですし、誰にもいい選択じゃないです」
望ももう立ち直ったようで、文句を言ってくる。
俺にとってはいい選択なんだよ。そして、望のメリットなんて考えてない。
とにかく、今はどうにかして絵夢を説得しなければ……
「望の隣の席になれるぞ」
「別に……望くんの隣だからって、どうでもいいし」
「いや、よく考えてみろ。席が隣りと言うのはそれだけ、接する機会が多いということだ。つまりは、それだけ親しくなれる可能性が高い。イコール! 先輩として尊敬されるということだ!」
「お……おお……!! 言われても見れば、その通りだよ……!」
望はこの場にいるみんなにとって、初めての後輩だ。頼られたいとか、先輩風を吹かしたい。そんな風に思っているのも既に理解している。
それに、絵夢のことだ。そういう思いも強いだろう。
なら、そこをつけば……ふ、絵夢を乗せるなんて俺には朝飯前だぜ。
「まぁ、ボクにとって尊敬している人なんて先輩だけですけどね! もう今のボクには先輩しか見えてませんよ!」
「……やっぱり、いいや」
望のその態度を見て、絵夢が現実に帰ったようにテンション低く答える。
くそ。望のやつ、面倒くさいことを! なら次だ。
「俺に恩を売っておくことができるぞ」
「そういう意味なら、既にさっき貸1だよ」
そうだった……。
「マジかよ! 巧に恩を売っておけるなら俺が代わってやるぜ!」
関羽がいいことを聞いたとばかりに突然叫ぶ。
お前は黙ってろ。大体、お前の位置に変わっても、何も変わんねーだろ。むしろ透の隣にもなって悪化してんじゃねーかよ、アホ。
絵夢は、俺に言い聞かせるように話しかける。
「それに別に恩を売るとか売らないとかないでしょ? 同じ部員なんだし。それ以前に友達でしょ? 普通に助け合っていこうよ」
うっ……。さっきは無理やり気味に約束をさせてきたくせに。どの口が言っているんだ。
だが、正論だ。まさか、そんなに純粋な答えを言ってくるとは。何だが絵夢が眩しいぜ。
けれど、これは1、2を争うほど重大でそして早急に解決しなければならない問題だ。もう、絵夢を説得する手段はないが……他のやつなら!
俺は一つ思いついて、声に出す。
「だったら、そうだ。利莉花と望が席を変わればいいんじゃないか?」
「あくまでも望くんの隣からは逃れたいんだね、ヌッキー……」
絵夢は呆れたようにため息をつく。当然だ。俺を狙うハンターが隣にいて逃げないはずがないだろ。
「うえぇええ!? 嫌ですよ~。ボクは先輩の隣が……」
「お前は黙っていろ、望。……で、どうだ利莉花? この位置に座ると、常に伊久留が視界に入るようになるぞ」
俺は利益となる条件をだして利莉花に話しかける。
これ今思いついたが、結構いい条件じゃないか? それに利莉花が移動してくれたら俺も利莉花の隣になって一石二鳥……げふんげふん。
「ふ……巧人さん。その選択は私にはあり得ませんよ」
けれど、利莉花は俺の提案を鼻で笑うと、目を閉じ厨二ポーズ(顔の前に手を持っていくアレ)をして語り始める。
「確かに巧人さんの言う通りそこでなら、伊久留ちゃんを眺め続けることができます。それは普通にハッピーなことです。しかし、ここで大事になるのは視覚ではなく距離!」
そしてカっと目を見開く。
なんかかっこつけ言ってるけど、内容が内容だけに、全然カッコよくない。
「私にとって、伊久留ちゃんが見えることよりも伊久留ちゃんのより近くにいることのほうが大切なんです! たとえ見えなくても、私にはその存在を感じることができますから。当然、ここのほうが伊久留ちゃんの匂いとかも濃く感じることができますしね」
うわー変態の発想だー。しかも、今のをふふんっと腕組で胸を張り言うことにドン引きだ。
まぁ、そのドヤ顔が可愛かったのと、腕を組んで胸を張ったことで、揺れ&寄せ上げがあったことには、このヒッチハイクポーズを取らせてもらおう。
「大体、伊久留ちゃんの姿がみたかったら普通にみれますしね」
そう利莉花は伊久留のほうを向き、素に戻った調子で答える。
その通りだな。もう、利莉花を説得する手段もなくなった。
だが、俺は既に一つこの場を打開するすべを思いついた。それは――
「なら、ここは公平に席替えをしよう」
「席替え……ですか?」
利莉花は俺の言葉にそう不思議そうに繰り返す。
「ああ、よく考えると今までにやったことなかっただろ? それはやっても意味がない。ほとんど変わらなかったからだ。でも、今はこうして人数も増えてきた。だからこの機会だ。やってみてもいいと思ってな」
まぁこの方法だとランダムで、また望の隣になることもありえるがな。
それでも、俺が考えられるやり方はもうこれしかない。後は運に任せるとしよう。それに、席替えしてみたいと思ったのは本当だしな。
「なるほど~……うん、いいんじゃない? 楽しそうだし!」
「おう。巧も言ったように今までやったことねーしな! 俺もいいと思うぜ?」
よし、絵夢と関羽は乗り気だな。あとのメンバーはどうだ?
「私もいいと思いますよ。やっぱりこういうイベントって皆さんで楽しめるものですし。そこまで手間でもないですしね」
「俺も巧人の隣になれる可能性があるんだ。反対する理由はないな」
利莉花と透もOKっと。
「むぅ~……ボクはこのままのほうがいいですが、皆さんがそういうならボクだけ反対しても無駄ですしね……分かりました! ボクもそれに賛成です!」
初め不満そうではあったが、望も納得して頷いてくれた。
「よし、じゃあ決まりだな」
じゃあ次は、席を決めるためにくじでも作らないとな。いや、その前に……
「どうせだ。机もどこかの教室から二つ持ってこよう。それで全員にも机一つ、3:3にわけて座ろうじゃないか」
「お、いいねぇいいねぇ! 5人までだったら今までのベストだったけど、6人になるわけだし、その方がベストだよね!」
「おっし。そういうことなら、俺と峰内で適当にその辺から掻っ攫ってくんぜ! 行くぜ! 峰内!」
「ああ、わかったから。廊下は走るなよ?」
勢いよく飛び出した関羽に、肩をすくめてそう注意して透も部室を出て行った。