14-4 蔵良望に透は何を想う?
「なるほどな、そんなことがあったわけか」
いつの間にか復活していた関羽が、俺の話を聞いて頷く。
関羽はというと、自分の席が絵夢に占拠されていたため、空いていた最初の蔵良の席へと座っていた。いつもと配置がずいぶんと違うな。なんか新鮮。
実際にあったことと、俺の気持ちの部分は結構はしょり、呼び出された→行くと男で、デートする理由を言われる→断ろうとしたけど、どうせ部に入るなら色々と知っておいた方がいいかと思ってOKした。ということにした。
まさか、『自分の性癖で悩んでいるのがわかったから』とか馬鹿正直に言えないしな。
他のみんなも各々思い思いの感想を口にする。
「今のでどうしてヌッキーがデートしていたのか、疑問が解決したよ」
「私も、自己紹介をしたほうがいいかなって思ってましたが、さっきの話を聞くと、しなくてもいいようなので、少し心のもやもやが消えました」
「いや~にしても改めて先輩のなれそめなんて聞かされてると……ちょっと恥ずかしいですね」
なれそめ言うな。それは、付き合っているやつの出会いのことを言うときに使う言葉だぞ。
さて、ここまでは全員納得したようだな。伊久留も、俺が話している間はこっちを見ている視線を感じたが、今はもう本に目を向けている。興味がなくなったもしくは、伊久留も納得したという事だろう。
残る問題は……透だな。
「それで? 透はこれで納得したのか?」
俺がそう投げかけると、軽く俯き考えるポーズをとっていた透は顔を上げて、答えた。
「……ああ。だがそれは同時に、蔵良への俺の警戒度が上がっただけとも言えるがな」
そして透は蔵良へ睨むように視線を向ける。
さっきはスルーしてたけど、蔵良のこと名字で呼んでるな。男なのに。仲が悪いからか? それとも男に見えないからか? まぁなんにしても、珍しい。
「警戒って……ボクのどこにそんな要素があるっていうんですか?」
「むしろ、そうならない要素があったか? 蔵良は真剣ではない気持ちで近づいた。そして、巧人を巻き込みデートをして……今は、巧人のことを好きだと言い、纏わりついている。どう考えても、注意するべき人物だ」
確かに、俺のした説明上ではそうか。蔵良の気持ちや行動の全部を言えば誤解は解けるが……それは本人の問題だ。
それに、これはあくまでも俺の考え。間違っていることもあるからな。
(……はぁ、蔵良のやつ。自分自身をさらけ出してはいるけど……こういうんじゃねーんだよなぁ……俺が求めていたのって)
大体、最初はホモじゃないって言ってたのに……詐欺じゃねーか。
「ま、なんにしてもよ。今さっきの巧の話で今日の部活は終わりでいいだろ! な? よーし! 俺は帰るぜ!」
関羽は返事も待たずに帰ろうとする。俺は止めるのも面倒だったので、何も言わないでいた。
するとみんな同じ気持ちだったのか、誰も何も言わず、そのまま関羽は帰っていった。……うん。
「俺も帰る」
「ええ!? もう帰っちゃうんですか、先輩!」
俺が立ち上がると、蔵良が反応する。
……何故だ。関羽の時と同じように何故いかない。
「まぁまぁ、ヌッキー。もっとゆっくりして行きなって。そんな急ぐ必要はヌッキーにはないでしょ?」
絵夢のやつ……何考えてるんだ?
俺はアイコンタクトを計ろうとする。しかし、そこで横から邪魔が入る。
「そうですよ! だって今日はボクがこの部に入った特別な日なんですよ? もっと一緒に居たいです!」
そうかもしれないが。俺にとっては今日は特別な日ではなく、最悪な日だ。
それに俺からしたら、その特別は既に終わっている。さっきの絵夢の真意はわからないが、ここは無理やりにでも帰らせてもらうぞ。
「俺、実は用事があるんだよ。何かの」
「何かって何ですか?」
「それは各自想像に任せる」
「……そんな先輩、最低です!」
「見損なったよ、ヌッキー!」
どんな想像したんだよ、こいつら。
「とにかく、俺は帰るからな」
「う~……。だったら、一緒に帰りましょうよ!」
蔵良のやつ……まだ引き下がるか。
これは、あの時と同じ意味……か。だとしたら……いや、だからこそか。
「いいでしょう、先輩! ね? ね?」
そうしてすがりつくように俺を見てくる。伝わる。不安。
そんな蔵良に透が口を挟む。
「おい、蔵良。さっきも言っただろう? 巧人に迷惑をかけるのは許さないと」
蔵良はイラついたように、声にとげのある口調で返す。
「何なんですか。何度も何度も。ボクは先輩と話しているだけです! それともあれですか? 透先輩も、先輩と帰りたいからボクのこと止めているんですか?」
「否定はしない」
おい。
「だが、それ以上に巧人にとって、どれだけ必要であるかが重要なんだ。今の自分の感情をただ押し付けているだけのお前は、巧人には相応しくない」
透……。かっこよさげなことを言って決めてるところ悪いが。それ、お前もよくしてることだぞ。
でも言いたいことはわかる。蔵良がどれだけ真剣なのか。真剣に自分だけじゃなく、相手のことも想えるのか。結局はそれだけだ。
けど、そう言う意味ならきっと。透も蔵良も。いや、ここにいる全員は同じように持っているものだと思う。
あと一つ。もう一歩だけ、蔵良は踏み出さないといけないんだろう。そうするだけの勇気。それを手に入れるまで。
それができるように後押しするため。俺がまだ一緒に居てやるべきなのかもな。
「……わかったよ」
俺は呟く程度にそういうと、蔵良の頭に手をのせる。
蔵良は透に言われた言葉に落ち込んだように俯いていたが、俺がそう言うと勢いよく顔を上げた。
「い、いいんですか!?」
「ああ、いいぞ」
俺が優し気な声で頷いてやると、蔵良は顔を綻ばせて「やったー!」っと、無邪気な様子で喜ぶ。そんな蔵良を微笑ましく思いながら、視線を透のほうへと変える。
「巧人……」
「まぁ……なんだ。悪いな、透」
渋い顔をしていた透に俺は片手でごめんと謝る。透はそんな俺を見て、ふっ、と表情を崩す。
「……いや、巧人がそう決めたなら俺は止めないよ」
「そうか。……まぁ、俺も初めての後輩相手で甘くなっているのかもな」
それに対して俺も同じように柔らかな笑みで見つめ返す。
「さぁさぁ先輩! 早く帰りましょうよ!」
蔵良は俺の手を引っ張る。それに「わかった、わかった」と急かす蔵良をなだめつつ、鞄を取って部室のドアまで歩く。そして振り返ると、部室に残ったみんなに一言声をかけた。
「んじゃ、ま。また次の部活でな」
「さよならです! 先輩方!」
そうして俺たちは二人して部室を出て行った。
*****
「いっちゃったねぇ……ヌッキーたち」
「……そうですね」
島抜巧人たちが帰った後。部室の中で独り言のように呟いた佐土原絵夢の言葉に、白瀬利莉花がしみじみと言った様子で返した。
会話――とも呼べるものだったのかは疑問ではあるが――そこで止まって、部室はしーんっと静かになる。
その中で、一人。峰内透は深々と考え事をしていた。
(蔵良望……か)
俺はあいつを信用できていなかった。それこそ、さっき自分でも言ったように、真剣でない気持ちで巧人に近づいた……。そんなやつだと思っていた。
だが、違っていたんだな。あいつもあいつで、ちゃんと真剣だった。承全寺は最初からそれを全部わかっていたのか。だから、巧人の話を聞き終わった後、再び読書に戻ったんだろう。
佐土原もきっとそうだ。巧人が帰ろうとしたのを止めたのは、巧人のことをわかっていたから。
俺は……ダメだな。巧人のことを好きだと言っていても、何もわかっていない。承全寺よりも佐土原よりも。俺は巧人のことを知らないんだ。
だけど、それは今は別にいいことだ。
前に巧人に白瀬のことを相談された時。お前たちが人を好きなったとき。そして今の自分になったそのきっかけを覚えているか、と。俺はそのときこう返した。
『それこそ、好きになるのに理由なんてないと思うがな』
『例えあったとしても、それは一瞬だ。好きになったというその一瞬。大事なのはそこじゃない。その先、好きになった人をよく知り、またどれだけ好きになるか。そうじゃないか?』
そう。俺は巧人の知らないことを知って行けばいい。そうして俺はこれから先、もっと巧人を好きになっていくんだ。
俺も遅れたが、やっと分かった気がするよ。さっき、最後に巧人と会話をして、ようやく理解したんだ。
そうだ、巧人。お前は優しいやつだったよな。