14-1 新しい部員 蔵良望
「あー……」
俺は放課後になり、部室に向かいながら、憂鬱そうに声を漏らす。理由は、この前のこと。蔵良望という男の後輩が原因である。
あいつが今日の部活から、一緒に活動する仲間となる。そのことは俺は既に知っていたし、別にどうとも思ってなかった。
だが、一つの誤算。それが――
「せーんぱい!」
突然後ろから声をかけられてびくっと体を震わせる。しかも、その声の主が誰であるのかも俺はわかっている。
それは今さっきまで考えていた人物。そして、可能な限り会いたくない相手。
俺は確認するのをためらいたくなりながらも振り返る。
「……蔵良か」
結果は予想通り。居たのは蔵良だった。蔵良は俺の反応に、不満をもらす。
「もう先輩~。ボクのことは望って下の名前で呼んでくださいよ~」
「いやだ。そんなことして、お前との距離を縮めたくない」
「えー……、でも、そんな意地悪なところもむしろ好きですよ?」
(……面倒くさい)
俺がこいつと関わりたくない理由。それはこいつが変態だからだ。
いや、変態なことも知ってはいた。こいつはいわゆる男の娘で、女装趣味を持ったやつだというのは。
けれどそこではなく、今の発言……俺を好きだとか言ってきたことだ。つまりこいつはホモでもあったのだ。
まったく、ふざけるな。なんで身近にホモが二人もいやがる。一人は消えろ。いやいっそのこと二人とも消えろ。もしくは、二人が結ばれろ。
「えへへ……せんぱ~い」
そうして蔵良は俺の腕にくっついてくる。
やめろ。ただでさえ、学校ってことで普通に男子の制服着てるんだから。女装しているならまだしも、これじゃ完全にホモカップルじゃねーか。
俺は寒気を覚えつつ、無理やり腕から引き離す。すると、蔵良は「あっ……」、と悲しそうに小さく声を漏らした。けれど俺はそんな蔵良のことなど無視し、部室へと歩き出す。
「あ、待ってくださいよ~。せんぱ~い!」
そうして蔵良もすぐに俺の後を追ってきた。
*****
「……で、これはどういうことだ?」
部室につき、自分の席に座りながら、俺は誰に言うでもなくそう呟くと、怪訝そうな視線を右隣へと向けた。するとそこには、嬉しそうな顔で俺の腕に抱き付く蔵良がいた。
……どういうことだ。さっき離したはずなのに、もうくっついていやがる。いや、それよりも問題は席だ。
「なんでお前は俺の隣に座っているんだよ」
そう、蔵良は俺の隣に座っていた。そしてその状態で俺に引っ付いて……。色々と不自由な場所のせいで、無理やり引き離すことができないし。
そんな俺の嘆きに、関羽はにやにやとした顔で言った。
「なんでっつってもよー、妥当じゃねーか? バランス的によ~」
確かに、今の席の配置を考えればそうだ。俺、絵夢。そして関羽、透で机を囲み、絵夢と関羽の間に利莉花がいた状態。次に人が増えたとすれば、俺と関羽の間に来るというのは、当然だろう。関羽の言ったことは言い方はウザいがその通りだ。
けれど、それを語る上での問題点は何も解決していない。
「だとしても、だ。この状況はおかしいだろ。せめてもっと、そっち側に行けっていうか、離れろよ」
それこそ、このくっついている理由。そして、俺と関羽の間ではなく、俺の真横に座っていること。これで疑問に思わないわけがない。
蔵良はう~んっと少し考えた素振りをすると、答えた。
「ボクはここがいいですから、あまり気にしないでください」
気にするわ。ふざけてんのかこいつは。
「いいからとっとと離れろよ、こっの~!」
俺は空いている左手を使ってどうにか引き離そうと頑張る。触れられる場所も位置的に限られているし、相手は男だったので、顔をぐいぐいと押す。
「むぎゅぅ……い、痛いですよ、先輩! 頬が……顔がつぶれます~!」
しばらく力に任せてそうし続けていると、蔵良は観念したのかやっと離れた。蔵良は自らの頬をぷにぷにと軽く押すように撫で、「うぅ~……」っと唸る。けれどすぐに、挑発的な視線を俺に向けてきた。
「もう、照屋さんですね~先輩は~」
「誰がだ。ったく、疲れた……」
はぁっ、とため息をつく。やっぱり思ってたように、今日は嫌な日だな。憂鬱気分が抜けない。
それに、なんか蔵良はまだこっち見てきているし。俺の腕をまた狙っているのか。まぁ、折角苦労してはがしたんだし、警戒しているから、そう簡単には取らせはしないが。そんなずっと気を張ったままなのも面倒だ。ここは――
「なぁ、絵夢。席を変わってくれ」
俺は蔵良とは別にいる隣の人間に話しかける。こういうときはやっぱり絵夢は、頼りになる存在だ。俺の気持ちもちゃんとわかってくれているはずだし、席を変わる程度のことなら、快く引き受けてくれるに違いない。
そうして絵夢の返答を待っていると、絵夢を俺を見て
「え、なんで? 嫌だけど」
と、答えた。
(……え、えぇぇぇぇ……)
ちょ、絵夢さん? 何平然とした様子で言ってるんですか?
いや、ていうかさ。何か今日の絵夢、冷たくない? ちょっとだけ察してはいたけど。
さっきみたいな状況になればいつもなら、助けに入ってくれるか、関羽みたいに冷やかしたりしてくるはずなのに。今日はわれ関せずって様子で入ってこなかったし。
(にしてもこの態度は……なんだ? 俺が何かしたのか?)
そうして思案していると、「ちっちっち」と、指を振って関羽が話しかけてきた。
「ったく、巧はわかってねーな」
「なんだよ。お前は原因をわかってるのか?」
「当たり前だろ? いいか? 女っつーのはよ。大変なもんなんだぜ? こう毎月毎月さ~」
「何が言いたいんだよ。言うならさっさと言えよ」
こういうとき、無駄に焦らしてくるのが最高にウザいぜ。
「決まってんだろ? お前が特に思い当たることもなく、佐土原が不機嫌だっつーことはよ。今日、佐土原は女の子の日――」
「ふんっ!」
「ぐぎゃっ!?」
そうして、何かを言い終えるよりも先に、関羽はいつの間にか移動していた絵夢によって腹を殴られて吹っ飛ばされた。
「完熟~……あんまりデリカシーのないこと言わないでくれない~?」
どす黒いオーラを背後にまとわせて、床の上に転がる関羽に笑顔でそう声をかける。
うわ……マジ切れモードだ。Sを超えたSになってやがるぜ……。
「っぐっほ! ぐほっ……!」
あまりの痛みに腹を抑え、もんどりうち、えずく関羽。
「……返事は?」
そこにさらに絵夢は追い打ちをかけるように、背中を蹴り上げる。
「いっ!? う……ぐぅ……は……はい」
そうして関羽は返事をすると、気を失った。……まぁなんだ、関羽。お前が悪い。
「はぁ……もういいや。どうせ、個人的な理由だったし」
絵夢は関羽をふっとばしてすっきりとしたのか、一度そうため息をつくと、さっきまでの不機嫌な様子は消えていた。そして軽い調子で漏らしていく。
「だってさ~。ヌッキーの意味深な態度とかで色々と勘違いしたし。ちょっと気に食わなかったんだもん」
(うわ、本当に個人的すぎる理由!)
俺はあまりのくだらなさに驚きつつ、顔を引きつらせると、絵夢は正面の関羽の席に座った。
ので、俺も極めてスムーズに自然な様子で左側の席へとスライドした。が、同時にこれもまた自然な様子で蔵良もスライドしてきた。くそ、失敗か。
「ああ……ここがいつも先輩が座っている席。さっきまでの先輩の温もりも感じるし……最高です!」
失敗どころじゃなかった。大失敗だった。ものすごく喜ばれてる。そして俺はものすごく気持ち悪くなってきた。もう、本当に嫌だ。帰りたい……。
「おい、巧人の席に無断で座るなど、図々しいにもほどがあるぞ」
と、そんなことを考えていると、今まで静観していた透が急に……というかやっと会話に入ってきた。
「それにさっきから思っていたが、お前の行動は目に余る。軽い気持ちで巧人に近寄るのはやめてもらおうか。巧人も迷惑している」
思っていたなら、さっさと助けに入りやがれこの野郎。そして、一番言いたいのは……お前が言うな。
「なんですか~? 別に透先輩には関係なんてないじゃないですか~。重要なのは、先輩がどう思っているか……ですよね?」
そうして、蔵良は俺にウインクしてくる。いや、だから迷惑してるってば。
もう疲れたし、どうせ、「照れなくてもいいですってば!」とかいう流れになるだろうから口にはしないけど。
「関係ないわけがないだろ。俺にとって、巧人はすべてなんだ。生きがいなんだ。だから俺は、巧人のことを心配する。巧人のことを想う。障害となるものは……その身に危険がさらされるようなことは、絶対にさせない。俺が守ってみせる!」
「ひゅーひゅー! いうねぇ~とおるん」
うわ、冷やかしモード……。完全に元に戻ったな、絵夢のやつ。
それと透よ。これも何度も言ってると思うが、もしも俺のことを想っているなら、即刻俺に付きまとうのはやめてくれ。
「障害とか……危険とか……。何を言ってるんですか? 同じ、『先輩』を想うものとして心配する気持ちはわからなくもないですけど、ボクのいったいどこが危険だっていうんですか? こんなにも可愛い後輩なのに!」
自分で可愛いとか言うな、このナルシスト。
「人は見た目じゃない……大事なのは心だ。今はまだ見極める期間だが……もしもこれ以上巧人を困らせるようなら、無理やりにでも引き離す」
「へー……人の恋路の邪魔をするなんて、いい性格してますねぇ~透せんぱ~い……」
あーあー……。なんか険悪なムードになってきたぜ……。もっと仲良くしろよな、ホモ同士だしよ。そして二人でいちゃこらしてくれ。
……ただ、流れを間違うと二人が結束して俺の元にやってくるのか……面倒くさい。むしろ、このままでいいや。別に全員が全員仲良くする必要はないだろ。俺と関羽だって似たようなものだしな。
「ま、まぁまぁ仲良くしましょうよ。二人とも……」
そこに困惑した様子で仲裁に入る利莉花……って、わっ! なんかいつもより近い! って、当然だ。今は絵夢の席にいるんだ。そりゃ距離も近くなる。蔵良から離れることばかり考えていたせいで、利莉花のこと完全に忘れていたぜ。
意識しだしたらちょっと緊張。それとちょっと嬉しい。あ~……大丈夫かな? 今の俺……顔に出てない? 不意打ちすぎる、小さな幸せがいつもとは違って自然と心が安らいでいくというか。
あーいきなり笑って気持ち悪い感じになってない? 赤くなってない? なんか気にしすぎて、もう普通が分かんなくなってきたぞ。
そんな風に一人奮闘する俺をよそに、蔵良は嫌味たっぷりな物言いで利莉花に返した。
「べっつに~……? ボクは喧嘩とかしているなんて気持ちはこれっっっぽっちもありませんし~。透先輩がただボクに難癖をつけてきているだけですよ~?」
「俺も、だ。別に蔵良のことを嫌っているわけじゃない。むしろ、好意的にしようとしている。だがそれも全部、巧人への対応次第だがな」
そうして二人はまたバチバチと効果音がなっていそうなほどに視線を交える。それに、利莉花は困ったような声を漏らす。
「あっ、ううぅ~……むしろ関係が悪化しています……」
っく! こいつら……利莉花を困らせるようなまねしやがって……。頭にきたぜ!
戸惑ったり困ったりしている利莉花もなんか可愛いとか思いもしたけど、それ以上に、許せない気持ちのほうが上だ。よし、ここは男らしくビシッと言って――
「ていうかさ。どうしてヌッキーは望くんとデートなんてしてたの?」
っと、意気込んでいたところで、絵夢からそうたずねられる。くそ……出鼻をくじかれた。絵夢、そこはもう少し空気を呼んでくれ。俺とお前の仲なんだから。
蔵良とにらみ合っていた透も、興味が移ったようにその話に乗ってくる。
「そうだな。そこは俺も気になっていた。巧人が蔵良とデートする……その理由が見当たらないからな」
「そう言えば……どうしてですか?」
利莉花も、不思議そうに首を傾げて、たずねてくる。
理由……まぁ、そうだな。俺が幼女以外の……ましてや、変態女装少年とデートなんて普通に考えておかしいよな。疑問に持つのも当然か。
「やっぱり、そっちに目覚めたとか?」
「ありえねーよ」
絵夢の予想とも言えない稚拙な言葉に適当に突っ込む。
とはいえ、そうか。まだちゃんと説明してなかったな。
「事の発端は先週の始め、月曜日だったな。俺が学校に行くと、下駄箱に一通の手紙が入っていたんだ」
俺はそうして、そのときのことを語りだした。