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13-6 初々しい空間……とそれを眺める無粋な者たち

「うぅ……交代で休憩って言ったのに……。もう、とおるんは……」


 私はそう愚痴を漏らしながら歩く。

 ヌッキーたちに追いつき、つけていくと、ヌッキーたちは手ごろなベンチへと腰かけた。そうして、二人は食事を始めたのだ。


 そうすると、少なくとも食事が終わるまでの時間は動きがなくなる。だからだろう。とおるんは私に、コンビニにでも行って、何か食べ物を買ってきてくれと言ってきた。


 私はもちろん、反論したのだけど、とおるんはそれ以上は何も言わず、ずっとヌッキーたちのほうを見ていた。


 私は仕方なく、近くのコンビニまで行って自分の食事とともにとおるん、そして部長の分も買ってきた。中身はこういう時の定番のあんぱんと牛乳だ。


「はい、とおるん買ってきたよ。あと、部長の分も」

「そうか、ありがとう」


 とおるんは私からそれらを受け取ると、特にリアクションをすることもなく、食べながら見張りを続ける。

 部長も渡したら、食べ始めたけどこっちも特にリアクションはなし。いや、部長にされても驚くけどね。


 私はそんな二人の様子にため息をつきつつ、買ってきた自分用のメロンパンを食べ始めた。そして私もやることはないので、ヌッキーたちを観察しつつ、イヤホンでヌッキーたちの声を聞いていた。



『これ、お前が作ったんだよな? 普通においしいな、サンドイッチ』

『えへへ……そうですか? だったらほめてください』



 そう言うと望ちゃんは自らの頭を差し出すように向ける。

 そうすると、ヌッキーは察したようにその頭を優しくなでる。



『ほら。えらいな』

『えへへ……先輩に褒められて……先輩に喜んでもらえて、ボクすごく嬉しいです!』



 はっ! 今、ボクって言った!?

 この子の一人称ボク!? 後輩キャラだってだけじゃなくて、この子はボクっ子だったの!?

 これは私が感じていた以上に貴重な存在だよ!


 と、そんなことに驚きつつ、私はふと他に疑問が湧いてきた。


「そういえば、この音声って何メートルくらい離れてても聞こえるの?」

「対象者と伊久留から半径500メートルくらい」

「えっと……どういうこと?」


 部長から返事はもらえたが、その言葉の意味が理解できず結局聞き返してしまう。そんな私にとおるんが、説明してくれた。


「たぶん、承全寺の持っていた機械と今の言葉から考えると、音声をこの機械が受信するのに半径500メートル。そしてこのイヤホンの受信距離が、この機械から半径500メートルずつということだろうな」

「あ~そっか。よくわかったよ」


 私はそう納得する。だとすると、今完熟とリリーにはこの声は聞こえてないんだね~。でも、あれで理解できるとおるんってすごいな~。



『ん……こうずっと食べてると、のどが渇いてきたな』

『あ、だったら先輩。お茶飲みますか? 水筒持ってきてますから』

『ああ、頼む』



 望ちゃんはヌッキーの返事を聞くと、水筒を取り出して、それについているコップに注ぎ手渡した。



『どうぞ』

『んっ……はぁ。うまいなぁ……お茶って』

『うふふ……そうですか?』



 ヌッキーから返されたそのコップを望ちゃんは受け取る。

 そして自分も飲もうと思ったのか、もう一度注いだところで、何かに気づいたように声を漏らした。



『あ……』

『? どうした?』

『いえ、よく考えたらボク、コップってこれしかないですし。このまま飲んだら……間接キスに』



 そう恥ずかしそうに言って頬を赤らめる。対してヌッキーは、動じた様子もなく答えた。



『別に気にすることもないだろ? いやなら、俺が何か買ってくるぞ?』

『い、いいいいいです! 飲みます! 飲みますよ……!』



 そう大袈裟に自分に言い聞かせるように言うと、しばらくコップを見つめて、ぐいっと口につけて飲み込んだ。



『は……ははは、おいしいです』

『そうか。よかったな』



 さらに頬を赤くして照れる望ちゃんにヌッキーはそう微笑んだ。


(うぉおお……何だろうあの空間は……!)


 初初しいというか、見てると胸の奥の方がキュンってなってくる! この様子をとおるんたちは……



『…………』



 無言&無表情で見つめていた。うぅ……何考えているのかわからなくて怖い。


 これは、いろんな意味で心臓に悪いよ。そんなことを思いながら、私は食事を続けた。



*****



 完熟やリリーたちにはメールで、ヌッキーたちの位置と私たちの位置を伝え、ばれないようにやってくるように言った。

 そうして合流すると、全員でヌッキーたちの見張りを続ける。結局、食事も済ませてしまったので、私たちは休憩ってものはしなかった。


 戻ってきたリリーにそのことを言ったら、「だったら私もそうしたかったです!」と、涙ながらに言われた。それだったら私だって、普通に休憩をしたかったよ。


 ヌッキーたちは食事も終わって、これからどうするか話をしていた。



『う~ん……映画なんてどうですか?』

『映画ねぇ~……最近は全然見てないけど。蔵良は何か見たいものってあるのか?』

『はい! ボクが見てみたかったのは、ラブロマンス3000日という作品です!』



 ラブロマンス3000日……聞いたことないや。



『また、っぽいものが来たな……。一応聞くけどそれはどんなシナリオなんだ?』

『タイトルそのままで、主人公とヒロインの3000日にも及ぶ恋物語を見ていく作品ですよ!』

『なっが……だれるわ』

『まぁ3000日と言っても、最初の出会いから5年くらいは特に何もないそうなので、実質3年分くらいの話ですけど』

『何もないって、五年後にまた会って、「あなたはあのときの……!」みたいな感じで再開ってことか? その間も含んでるとなると、結構詐欺だな』

『でもでも、ロマンチックだと思うんです! 最初の出会いは、主人公が旅行でヒロインの街を訪れて、困っていたところを助けてくれるそうで。二回目はその逆で~って流れらしいです』



 うわ~……それを聞くと、興味がそそられるなぁ~……。見てみたいかも。


「これから映画館に行くなら、私もこの作品をみれますかね~。ちょっと楽しみです」


 それはリリーも同じだったのか、嬉しそうに呟く。うんうん。やっぱり女の子だね~。例え百合だからって、男女間での恋愛話も普通に興味あるよね~。

 と、盛り上がる女子たち(部長除く)とは裏腹に、ヌッキーはどうでもよさそうに答えた。



『ふ~ん……。なんかそこまで聞くと、もういいやって気になるな。推理小説の犯人が分かったときくらいの感覚だ』

『どうしてそうなるんですか! まだ結末は決まってないですよ!』

『決まってるよ。二人が結ばれて終わりだ。映画なんて口コミでいくらでも情報がわかるし。蔵良もそういうので少しは情報を仕入れてるんだろ? その話を聞いている限りじゃ、悲哀ってものでもなさそうだしな。恋人が死ぬこともないだろ? 3000日だという部分は、気にはなるが、どうせ結婚とかそういう大きな出来事が決まった日だろうと思うし。後は二人が困難に立ち向かいつつ、結ばれるのを見るだけだ』

『……先輩ってなんか冷めてますね』



 望ちゃんはテンションが下がった口調で答えた。本当だよ。ヌッキー、分析しすぎ! それに、つまらないこと言わないでよ! その辺のことは全部お約束ってやつなんだから! それを純粋に楽しめないようじゃ、人生も楽しめないよ!


 まったく、こういう時にヌッキーって、女の子を気遣うデリカシーがないよね。さっきまではよかったのに。


 ため息をついた望ちゃんが視線を落としていた間、ヌッキーはおもむろにケータイをいじりだした。そしてその手を止めると言った。



『お……それよりもさ、今探して見つけたけど、この「バレット探偵~34時間の秘密と少女の奇跡~」っての見ようぜ! レビューみたんだけど、とにかく悪評でさ。つまらないっていうから、どんなものか気になるし!』



 うわ! きたよ! 駄作をあえて見ようとする人間! しかもデートという場面で! もうありえないよ! 普通なら好感度50くらいは下がってるよ!



『見ません! 見るのはラブロマンス3000日です!』

『えぇ~でも、こっちのほうが……』

『……もう! ごちゃごちゃ言ってないで、いきますよ! それで先輩は映画をみて号泣すればいいんです!』

『あ、ちょっと引っ張んなって!』



 そうして、望ちゃんは立ち上がると、ヌッキーを引っ張って歩いていく。


(っは! クララが……立った!)


 よし、言えた! 密かに狙ってたんだよね~言う機会。

 さてさて、言いたいことを言えたところで、私たちもラブロマンス3000日を見に行くぞ~! おー!

 そうしてテンション高めで映画館へと向かった。

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