13-5 レッツ尾行!
「あ、先輩! これとかよくないですか!」
「う~ん……どうだろうな。俺にはよくわからん」
そんなことを言いながら二人は街中を歩く。
何処かに行く当てがあるというわけでもなさそうだ。つまりはウインドウショッピングしていた。
楽しそうにしている望ちゃん。ヌッキーといれれば、それだけでいいと言わんばかりだった。
それに、ヌッキーのほうも気怠そうにしてはいるが、まんざらではなさそうな感じだ。あれはヌッキーはヌッキーなりに楽しんでいる。そんな雰囲気が伝わってきた。
だからだろう。リリーは気まずそうに口を開く。
「やっぱり、やめたほうがいいんじゃないでしょうか?」
「やめたいなら勝手に抜ければいい。俺はこのまま続ける」
「……伊久留も」
「うぅ……それじゃ意味がないです……」
そうして肩を落とす。私はそれに慰めるように話しかける。
「リリー、とりあえずここは割り切ったほうがいいよ。部長はあの調子だし……とおるんがもしも暴走したら、私とリリーで止めないと」
「おい、ナチュラルに俺をはぶんなよ」
「今、完熟は関係ないんだから黙っててよ」
「はぁ? 関係ね―ことねーだろ! 黙ってろってなんだよ!」
そんな私たちを見て、リリーは毒気を抜かれたように笑みをこぼす。
「ふっ! そうですね! 私たち三人でちゃんと抑制しましょう!」
「おっ……? おう! 当然だぜ!」
そしてすぐに流される完熟。単純だな~。
まぁ、うん。正直完熟は暴走する方だろうけどね。後、私もするかもしれないし。リリーには入れ貰わらないと最悪の場合は収集つかなくなるよ。
「ところでさっきから気になっていたんですけど、巧人君、蔵良さんのこと名字で呼んでますよね」
尾行続行を決めたところで、またヌッキーたちをそれなりの距離(声がどうにか聞こえるくらい)から監視しつつ、リリーが言った。
確かに恋人相手だとすれば、少しおかしいのかもしれない。でも――
「まぁ、ヌッキーは最初はそうだからね」
「そうなんですか?」
「うん。私も最初は佐土原だったし」
付き合ううんぬんの時は、名前で呼んでもらったけど、そうでない二人きりの時とかは名字で呼ばれてたし。
そのうち付き合うっていうのがなくなって、友達になったところで名前で呼ぶようにはなったけど。
とおるんもリリーの言葉が耳に入っていたのかそれに答える。
「俺も最初は峰内だったな。すぐに名前に変わったが」
「え? そうなの? 俺は最初から関羽だったんだけど?」
「あれじゃない? 完熟はなめられてたんじゃない?」
ヌッキー、最初のほうから完熟のこと苦手っぽかったし。私も最初のほうからなんか、今と同じような扱いをしていたし……。キャラなんだろうね。
「じゃあ、伊久留ちゃんも最初は承全寺って言われてたんですか?」
「う~ん、それは知らないなぁ~。元々ヌッキーから部長の話が出ることって少ないし……」
前に、部長と二人で部活を立てたってことは聞いたし、それが出会いだっていうのも聞いたけど。
実際、どんな流れで二人が仲良く(?)なったのかは知らないし。
「伊久留ちゃん。どうなんですか?」
私が頭を悩ませると、リリーは直接部長に向かってたずねる。
すると部長はヌッキーたちのほうを見たまま、こちらには目もくれずに、抑揚のない声で答えた。
「黙ってて気が散る」
わー……すごい真剣だ。それに黙っててとか……こんな部長初めて見た。
リリーはちょっと疑問に思ったことを聞いただけなのに。これにはリリーもショックだっただろうと思って、目を向けてみると――
「はぅ……伊久留ちゃんに叱られてしまいました。これは初めてのことです! もう最高にうれしい気分です! 今日は記念日です!」
と、浮かれていた。
うわー……ダメだ。リリーが先に暴走しちゃったよ。まさか叱られて喜ぶなんて。変態だよ!
あ、でもリリーは自分でもそうだって認めているような人だった。
「……ってあ! ヌッキーたち動いた! 早く追いかけないと!」
「え……へへ……えへへへへ……♪」
「うぁあー……もう! ほら! リリーも来る!」
私は別世界にトリップしたリリーをどうにか帰ってこさせると先に行った他のみんなを追いかけた。
*****
そうしてしばらくして。前を行く部長ととおるんの二人が動きを止めた。
「どうしたの?」
私がそうたずねると、とおるんが答えた。
「ここからは少し開けた場所にいく……。そんなに人通りも多くなさそうだし……。バレル可能性が高くなる。距離を取ったほうがよさそうだ」
「わ、わかったよ」
私は頷く。やっぱり、ちゃんと部長たちってその辺のこと考えて動いているだな~。私はただついて行ってるだけだから、そんなにどうとか考えてなかったけど。今になって緊張してきた。
けれどそんな私とは裏腹に、完熟はお気楽な様子で言った。
「つーか、まどろっこしいぜ。もっと近づこうぜ!」
そうして完熟は前に出ようとする。そうしたところで――
「…………」
部長の背中から無言の威圧を感じた。
す、すごい……。背後にオーラが……何かよくわからないけど、オーラが見えるよ!
完熟もそれに気づいて、動きを止める。部長はそのまま振り返らずに答えた。
「伊久留の言うとおりに動いて。そうじゃなかったら消えて」
「……はい」
部長に気圧されて完熟はしょんぼりと頷く。
うう……ちょっと迫力ありすぎだよ。怖い……。
「はぅ……これです……。私が伊久留ちゃんに求めていたものは……! この冷徹なほどのとげのある言葉……! 私も言われたいです!」
それにリリーも……。どうしてこれで盛り上がれるんだろう。実はこの中で一番危険なのってリリーなんじゃ……。
(ダメだ……私がしっかりしないと……)
何があっても暴走とかはしないって自分に誓おう。うん。
そうして、私たちはヌッキーたちとは離れて歩く。
そうすると当然、ヌッキーたちは遠くになって。姿が小さく見える。何をしているのかいまいちよくわからない。
「う~ん……これだと、何を話しているのかわからないね。どうにかならないものかな」
私がそんなことを呟くと、部長はおもむろに持っていたバッグから何かを取り出した。
私は不思議に思って聞く。
「部長、それなに?」
「……盗聴器」
「ええええぇぇ!? いいのそれ!?」
平然とした様子でそう答える部長に驚くが、部長はそんな私のことなど気にした様子もなく、盗聴器とやらをいじりだす。
「ちょ、ちょっと部長! 無視しないでよ~」
「黙って聞こえなくなる」
私は部長に言われて口を閉ざす。
だってこの声と今の雰囲気が合わさると、もう何も言えなくなるんだもん。
部長はワイヤレスのイヤホンを耳にすると、よくわからない機械をいじって調整のようなことをしていた。それも終わると、聞き入るようにイヤホンを耳に押し付ける。
「なんて言っているの?」
私は気になって聞くと、無言で何かを渡された。これは……耳栓? いや、違う。これはイヤホンの先端の部分と同じだ。でもなんでこんなものを?
そう疑問符を浮かべていると、部長は一言答えた。
「それで聞ける」
「……どうなってるの」
そう言わずにはいられなかった。もう私には意味が分からないよ。準備よすぎだし。
どうしてこれで聞けるのかもわからない。どんな構造になっているんだろう。これも今は考えても仕方ないことか。
私は改めて手にあるそのイヤホンに目を向ける。渡されたのはちょうど4個。つまりは部長以外の私たちはそれぞれ、片耳ずつにこれをつけることができる。
私はとりあえず、みんなに渡していく。
そして私たちは早速耳につけると、イヤホンについていた電源を入れた。
『ね……ねぇ先輩……お腹空きません?』
『うん? 突然どうした? でもまぁ、確かにすいてきたな』
『ですよね、そうですよね!』
『なんだよ、いきなり大声出すな。びっくりするな……』
「お、おお聞こえたよ……! 何か少し感動だよ!」
この際、これが犯罪であるとかどうとかは置いておくとして。これで、何を話しているのか。その気になっていたことは全部解消されるよ。
心置きなくこのまま尾行を続行できるね!
(さらにこうやって会話を聞いていれば、ヌッキーと望ちゃんがどれほどまで進んだ関係かもわかるしね!)
「ところで、伊久留ちゃんはいつの間にこんなものを仕掛けたんでしょうか……」
「知りたくねーし、知らない方がいいことだと思うぜ?」
「……それもそうですね」
そんな会話をもう片方で聞きつつ、ヌッキーたちの会話のほうに耳を傾ける。
『それでどうする? どこかファミレスの中にでも入るか……って聞くまでもないよな』
『え?』
『だって、作ってきてるんだろ? 昼飯』
そう言って、ヌッキーは(かろうじて見える)隣に立つ望ちゃんの持つ小さなバスケットに目を向けた。それに望ちゃんは驚いた様子で返す。
『ど、どうして分かったんですか!』
『お前の態度を見てればわかる。なんか落ち着かない様子でそわそわとしていたし、話を切り出した時とかも、明らかにおかしかったからな』
『あ……ぅ。そ、そんなにでしたか?』
『まぁ、らしい……とは思うぜ?』
落ち込んだ様子の望ちゃんにフォローするようにそう言った。それを聞いた望ちゃんは明るい調子で「はい!」と返した。
『それじゃあ、とりあえずは休憩だな。どこか座って食事でもできる場所を探すか』
『そうですね……確かあっちのほうにそれなりに大きい公園があったと思うので、そこで食事にしましょう』
『ああ』
そうしてヌッキーたちは歩き出していく。
う~ん……。なんかヌッキー、イケメンみたい。相手のやりたいこととか気持ちを察してさ。恋のことにはあんなに疎かったのに。
どうなってるんだろう。……いや、これこそ主人公体質だよね。
でも、そういえばもうお昼だよね。ファミレスにでも入れば、そこで監視しながら食事もできただろうけど……。みんなにたずねる。
「私たちはどうする?」
「別に、一食くらい抜いたところでどうということもない。俺はこのまま続行する」
「……伊久留も」
「伊久留ちゃんはダメです! ただでさえ体力が少なくて倒れたりするのに、食事もしなかったら、もっと大変なことになります!」
「とにかくよ、なんでもいいから早く決めてくれよ。俺は腹減った……。なんか食いにいくからよ」
完熟が力なく言うと、リリーは何やら考えるそぶりをし、提案した。
「そうですね……じゃあ、交代で休憩をとるということでどうですか?」
「そうだね。それでいいんじゃないかな?」
私以外の全員は興味がないまたは返す気力もなさそうなので、リリーは私の返答を聞くとそれで続けた。
「それではまずは、関羽さんと絵夢さん透さんが休憩を取ってください」
「うん。リリーと部長を一緒に休憩させるのは怖いから、完熟とリリーが最初ね」
「ええ!? 酷いですよ、絵夢さん! 私が今日、この瞬間をどれだけ楽しみにしていたか――」
「一緒に食事くらい学校でいくらでもやってるでしょ。はい、いったいった!」
私はリリーの背中を強引に押してこの場から離そうとする。
「うぅ……しばらくお別れです。伊久留ちゃん! 待っててくださいね!」
リリーはその勢いに押されて、名残惜しそうにしながらも、そう残してどこかへと立ち去って行った。
「あ~……じゃあ、俺も食ってくるわ~」
そうしてグ~っと鳴るお腹を抑えて、完熟もふらふらと歩いていった。
「……よし、じゃあ追いかけようか……って、あれ?」
そう思って気づいたときには、部長もとおるんも近くにはいなかった。
そしてきょろきょろと見回して、前方のほうにその影を見つけた。
(またこのパターン!?)
「ちょっと、待ってよ~!」
私はその後を走って追いかけた。