13-3 ヌッキーが帰った後の部室にて……
「う~ん……」
ヌッキーが帰った後の部室で、私はそう唸っていた。
そんな私をリリーは不思議そうにたずねてくる。
「どうしたんですか、絵夢さん?」
「うん。ちょっとね」
私は曖昧に返すと、またう~んと唸る。
理由はヌッキーのこと。それはさきほどまでの態度のことではなくまた別のこと。
さっきまでのは、ちゃんと全部理解できている。私がなんかだらしない感じの時のことだけど、大方ヌッキーはリリーの色香にやられてしまったのだろう。リリーも無駄に大胆に胸元開けてたし。……くっ! 私への当て付けか!
……っと、そうじゃない。あのとき私も胸元を開けていて、それで失礼なことを考えられていただろうってことでもないの。そうではなく、私が見かけたものの話。
さっきまではヌッキーが大変なことになっていたから話さなかった……というより忘れていたからだけど。今なら、ちょうどいいかもしれない。
そう思っていたところで、完熟は一つ伸びをして、立ち上がる。
「んじゃま、俺も帰っかな~」
「あ、待って完熟!」
私はそれを慌てて止めると、続けて言った。
「ちょっと話したいことあるからここにいて」
「んだよ、さっきも言ったけどよ、俺は忙しいんだぜ? 手短に頼むぜ?」
「善処するよ」
不機嫌そうにしつつも座り直す完熟に私はそう答える。そうしたところで話し出そうとして、リリーが感極まった様子で声を上げた。
「絵夢さん……そんな難しい言葉を覚えて……私感激です!」
「リリー!? 私のこと馬鹿にしないでよ!」
確かに馬鹿ではあるけど。なんか前にヌッキーのときにも同じようなこと言われたし。どんな風に思われてるんだろ。
本当にやめてほしいよ。完熟なんかと同列で考えられてるなんて。私のほうが完熟よりも、テストの平均は2点ほど高いだからね!
私は一つ咳払いとして、気を取り直し話を進める。
「実はヌッキーのことなんだけど……私気になっていることがあるんだよ」
「んだよ。またさっきの俺に意見賛成をしたことをぶり返す気か?」
「違うよ。というより、そう言う事言ってるほうがぶり返しているからね」
「え? ……ああ! 本当だぜ! 自分で言って自分で少しだけ嫌な気分になっちまった!」
やっぱり完熟は馬鹿だ。これと同じだなんて……心外だよ。
「えっと、それで巧人君の何が気になっているんですか?」
リリーが苦笑して聞いてくる。
そうだった。完熟のせいで出鼻をくじかれて、少しだけ忘れていた。
「うん。なんかさ、この前の部活と今日の部活を見てて思ったんだけど……おかしいんだよね」
私がそれを言うと、みんなは頭に「?」を浮かべて止まる。そしてその中でとおるんが代表するように口を開いた。
「巧人がおかしいって……それはどういう意味だ?」
「これは前の部活の時のことなんだけど……私が来た時には、まだヌッキーと部長しかいなかったんだ。その時にヌッキーが机の上に座って何かを見ていたの」
「何かってなんだよ」
「そう急かさないでよ。まったく、完熟はせっかちだな、もう。えっと、それでね見ていたものが何なのか私も気になったから『何見てるの~?』って後ろから覗き込んだの。そうしたらヌッキー、驚いてすぐに隠しちゃったんだけど……私はしっかりとみたね」
「っんだー! 焦らすなよ! さっさと結論を言え結論をよ!」
もう、本当にせっかちだな~。自分が喋るときは焦らすくせに。
「そこにはこう書かれていたんだよ。『放課後、校庭の大きな木の下で待っています。蔵良望』って! これって完全にラブレターだよね!」
私が興奮した様子でそれを言うと、全員が理解しきれなかったのか一瞬の間をおいてから
『ええー!?』
と驚いた。
「なん……だと……? 巧人に……そんなものが……」
あーとおるん、すごい落ち込みようだよ。まぁ、分かるけどね。好きな人にそんなのものが来たんなら、絶望くらいするよね。
「あ、でも、巧人君にラブレターっていうのは驚きましたけど、それを見て悩んでいたってだけじゃ、別におかしいことなんてないと思いますが……」
うわー……他の女の子がでできたのにリリー、特に反応がないよ。ヌッキー色々とかわいそう。
私は脈ありって言ったけど、全然脈無しっぽいんだもん。まぁ、隠すのがうまい人もいるし、わかんないけど。
私はリリーの疑問に答える。
「うん。でもまだ続きがあってね。それを見たから私も気になって『え? なにそれ? ラブレター!? ラブレターだよね!? なになに? どうしたのこれは!』って口早に聞いたんだ」
「それはそれで巧も大変だったな……」
「最初は別に何でもいいだろとか、絵夢には関係ないとか言ってたんだけど、私が鞄から鞭をちらりとしたら、ヌッキーは快く教えてくれたんだ!」
「脅してんじゃねーかよ!?」
「違うよ完熟。私はただ鞭を取り出してみただけだよ。別に何も言ってないよ? 脅しなわけないじゃない」
私はそう答えながら、鞄から鞭を取り出して「ねっ?」と笑う。すると、関羽は少しだけ青ざめた顔をしながら「お、おうっ……」と引き下がった。
「それで巧人は何と答えたんだ! 早く教えてくれ!」
「まぁまぁ、ちゃんと話すから落ち着きなよ、とおるん。答えは変わらないよ?」
「答えは変わらずとも俺の行動は変わる」
「お、おおー……」
そう言うとおるんに私は感心した。……すごい。なんてかっこいい返答だ! 同じようにせかしてきた完熟とは大違いだよ。さすがとおるんだよ!
「ヌッキーは言ったよ。『お前らにもそのうち会わせる』って」
「そ、それってつまりは……OKしていたってことですか?」
「わからないけど……この言い方はもうリリーの言う通り、そうとしか考えられないよね」
私がそう言ったところで場が静かになる。
きっとそれぞれが何らかのことを考えているのだろう。
そしてしばらくして、一人が立ち上がった。
「とおるん? どうしたの?」
「ふ……巧人のいない世界に、意味はない。俺はここで……さよならだ」
そう言うとおるんの瞳は暗く、そこには光が一切感じられなかった。……ってまさか!
「まだ早まったちゃダメだよ!」
私は慌ててとおるんの腕を引っ張る。
「っく、離せ! 佐土原……お前に何が分かる。今の俺のこの気持ちの……何が!」
けれど、私の力ではすぐにとおるんに振り切られた。そして胸を貸しむしるように抑える。それはとても悲痛な叫びだった。
私は何も言えなくなり、呆然ととおるんを眺める。そんなときだった。
「透さん。そうじゃないですよ」
リリーが真剣な様子で真っ直ぐにとおるんを見つめると、言葉を続ける。
「あなたにとっての愛はその程度なんですか? 自分が結ばれなければダメなんですか? 違いますよ。それは自分が相手にとっての一番であることは大切なのかもしれません。でも、本当に相手のこと思っているなら、認めるべきなんです。相手の気持ちを」
リリーは胸に手を当てて、とても大事そうに語った。そうしてそれを聞いたとおるんは笑みを漏らす。
「……ふ、そうだな。いや、そうだった。俺はそれを知っていたはずなのに……巧人のことを考えすぎてしまったあまりに、忘れていたようだ。……ありがとうな、白瀬」
「いえ、同じ同性を好きな者として当然の言葉です!」
……とりあえずは丸く収まってよかったよ。突然のシリアス展開にはビックリだったけど。いいこと言うねぇ~リリーは。
そんなことを思いながら、私は席に座り直す。とおるんも同じようにまた席に座った。そうしたところで、リリーが話しかけてきた。
「そういえば、この前と今日の部活で~っと言ってましたが。まだ何かあるんですか?」
「あ、うん。そうそう」
またまた忘れていたよ。だって、とおるんのことが衝撃的すぎだったんだもん。
「ヌッキーが気を失ったでしょ? だから私、その手紙のことが気になって、ヌッキーの鞄をまさぐったんだ」
「佐土原……なんかやってんなーって思ったけど、んなことしてたのかよ。巧が大変な間によ。ひでーなおい」
完熟の突っ込みをスルーして私は続ける。
「でも、その手紙は見つからなかったから、今度はケータイに目を向けたの。何か手がかりがあるんじゃないかって。幸いにもロックとかかかってなかったから、すぐに中身を探すことができたよ」
「いや、だから佐土原。お前色々とこえーよ。勝手にケータイみられるとか……」
「まぁ……そうですね。さすがに好奇心が勝っていたと言っても、それはやりすぎですよ」
「うぅ……ごめんリリー……。今は悪かったと思っているよ」
私はリリーに叱られてしまったのでそう謝る。
「えぇ!? 俺には? 俺にはないの!?」
「関羽、さっきからうるさいぞ。もう少し黙って聞いていろ。話が進まん」
「え……えええぇぇぇぇ……俺がわりーのか……?」
完熟は何やら落ち込んでいたけど、そんなことは無視してとおるんの言う通り、話を進めていく。
「まぁでも、そうして得た情報を今から言うわけだから、みんなも同罪だからね!」
「はは……それはその通りですね」
「巧人のことだから、その程度では怒りはしないだろうが……次からはしなければ別に大丈夫だと思うぞ」
私は二人の同意を確認すると、話し始めた。
「うん。というわけで、私が見つけた手掛かりは、ヌッキーのケータイのカレンダーにあったんだよ! 次の土曜日に、さっきのえっと……なんて読むのかは後にして、それと同じ名前があったんだ! そして待ち合わせ場所と時間が書かれてあったんだよ!」
「それはつまり……巧人はそいつと……」
「そう! デートだよ!」
私はそう断言する。だって……ねぇ? この流れで考えたらもう、それしかありえないでしょ!
「でも……絵夢さんはそれの何が気になっているんですか?」
リリーはそんなことを聞いてくる。そんなのはもう決まってるじゃない!
「その相手が誰なのかだよ!」
「つってもよ、そのうちあわせるっていったんだろ? 巧のやつ。だったら待ってればいいじゃねーかよ」
「ちっちっち。完熟違うよ。そうじゃないんだよ。重要なのは紹介されるよりも先に知ることなんだよ! 第一、私は気になって気になって仕方ないの!」
「あはは……さっき唸っていた時は深刻そうでしけど、思いのほかに些細な理由でしたね」
些細……ヌッキー、些細だって。リリーにとっては、ヌッキーに女の子ができても些細らしいよ。本当にかわいそう。
でも他のみんなはわかってるはずだよ。完熟は色々と残念だからあれだけど、少なくともとおるんはわかってるはず。あのヌッキーが幼女以外に興味を示すなんて!
ましてや、今はリリーという恋する相手がいるのにも関わらず!
ありえないことだよ。こっちのほうはリリーには言えないから内緒だけど。
私がとおるんに目を向けると、何やら顎の下に手を当てて考えていた。さっきとは違って取り乱したりなどはしておらず、とおるんも私と同じで不思議そうな様子だ。
だから私は、一つの提案をもちかけた。
「それでさ、前にとおるんを尾行したことってあったでしょ? だから今度はそれを、ヌッキーにやってみない?」
「ああ、そうか。巧人のそのデートとやらは、日時と場所が分かっているんだったな。だとすれば、その日にその場所に行けば相手もわかるか」
「うん。ついでにつけてみれば、どんなデートをするのかわかるでしょ? どうかな?」
私はそう改めてたずねる。それに付き合っていると言ってもそれがどういう意味でかはわからないしね。
私の時と同じで、何かの理由があるのかもしれないし。その辺のことも含めて私は知りたいんだよね。
私の問いかけに完熟はきがかりがあるように答えた。
「それはいいけどよ~……俺たちでできんのか?」
「確かにそうですね。前の尾行は巧人君ありきでできたものですし。元々巧人君は尾行慣れしてますし。私たちだけではつけられているのをわかられてしまうんではないでしょうか?」
リリーたちに言われて私も気づく。その通りだ。
私たち素人が尾行しても、ヌッキー相手には通用しない。もう五年近く小学生をストーカーしているヌッキーとはキャリアに差がありすぎる。
じゃあ、どうすれば……
「伊久留がやる」
と、私が落胆していたところで、思わぬところから声が上がった。
私はその声の方向を見ると、本を閉じ顔をこちらに向けている部長の姿があった。
「ぶ、部長? というか、今までの話を聞いていたの?」
私が驚きつつたずねると部長はこくりと頷く。
う~ん……よくわからない人だな~。それ以上にいきなり喋ったのもまた驚きだよ。
でも、部長ってそんなに尾行がちゃんとできる人なの? 前回不参加だからよく知らないんだけど……。
そう考えていると、とおるんが口を開いた。
「まぁ、承全寺なら簡単だろうな。普段から巧人の尾行はしているらしいから」
「ヌッキーの尾行しているの!? なんで!?」
「さぁな。それは俺も知らないが、出会ったときかららしいぞ」
部長不思議すぎる。いや、ヌッキーとの関係性もすごく不思議すぎる。
「とにかく、これでヌッキーの尾行はできるね! みんなはこれでいい?」
「俺はいいぞ。巧人のことと相手のこと……色々と思うところがあるからな」
「俺もまぁ、部長がちゃんと尾行できるっつーんなら全然いいぜ? むしろ今から楽しみでしかたねーぜ!」
「私だって! 休日に伊久留ちゃんと一緒に居れるだなんて……もう最高ですよ!」
そう言ってみんな盛り上がる。私も今から楽しみになってきたよ。よ~し! 待っててよねヌッキー!