一年生 6月-6
「ただいまー」
その言葉とともに、透は自宅玄関の扉を開ける。
「おかえりー!」
すると、早々に透の妹である峰内紗弥が奥のリビングから出てきて、出迎えてくれた。紗弥は「えいっ!」と、透に抱きつく。透はそれを正面から受け止め、紗弥のほうはさらに、「えへへ……」と嬉しそうに笑っていた。
透は知っていた。この笑みの本当の理由を。
紗弥は自分のことをどれだけ好きで、その好きは家族に対するものではないことを。
初めは成長とともにと思っていた。それに紗弥はまだ3年生だ。これから先に、変わっていくかもしれない。
けれど、それが起きなかったとしたら? 不安に思う。
それに、重要なのは今だ。俺はこの紗弥の意図を理解できず、ある種恐怖を感じていた。
だから俺は、どこか紗弥のことを遠ざけていた。どうにか紗弥を正したかった。普通にしたかった。
だが――
「? どうしたのお兄ちゃん?」
突然頭を撫でられて紗弥は不思議そうにする。
それはそうだろう。最近は全然やってないこと。抱きつかれてもすぐに引きはがしていた。紗弥のことをかまってやってはいなかった。
「いや……なんでもないよ」
俺はその質問にそう返し、頭を撫で続ける。そうしていると紗弥は、嬉しそうに頬を綻ばせた。それが俺自身の心も温かくさせる。
俺が巧人を好きになった今、紗弥のことをどうこう言う事はできない。俺もまた普通ではないのだから。
それでも、この気持ちは決して止められない。それは紗弥も同じことなのだろう。俺はやっと紗弥のことをきちんと理解することができた。
恋にいいも悪いも、上も下もない。すべて等しく、大切な気持ち。
だからもう逃げたりはしない。紗弥のその想いに真剣に向き合う。そして俺も――
自分の気持ちに真剣に向き合おう。
*****
「あー……暇」
次の日。
部活で部室にきたはいいが、やることが何一つとしてない。伊久留はまた俺のこと無視して本を読んでいるし(実際は無視と言うより、他にやることがないからだが)。
あー……本当に何かやることないかなー。
そんなことを思っていたら、部室の扉が開いた。
「いたな、巧人」
「……え? 透?」
そこには昨日友達となった透がいた。いや、それよりもどうしてここに? そんなことを思っていると、顔に出ていたのか、説明をしてくれた。
「俺もこの部に入ったんだ」
「ええ!?」
なんだって! あの透が!
いや、まぁまず何の部に入ってたかなんて知らないけどさ。
「え、でもなんでまた?」
通常、この部に入るのは帰宅部。
だが、ここに来たということは、何かしらの目的があるはずだ。俺がたずねると、透は答えた。
「ああ、実は巧人に一つ言いたいことがあってな」
「なんだ?」
聞き返すと、透は何やら咳ばらいをし、真面目な顔をして俺を見つめてから答えた。
「巧人好きだ」
「……は?」
「だから巧人。俺はお前のことが好きだ」
「は……はぁあああああ!?」
その言われた言葉に驚きを隠せずに叫ぶ。いやいやいやいやいや。どういうことだ、これは!
「え? 何? お前ってそっちだったの? ホでモ的なやつだったの!?」
「違うぞ、巧人。俺はお前が好きなんだ」
「何も違くねーよ!? あってるよ!」
そんな、まさか……。透がホモだったなんて!
つーことはあれか? 透が孤立していたとか言うのは、透がホモだったからか。
その中で俺が透に話しかけたり、仲良くしたりしたからそれで俺に照準が……!
つーか、俺は昨日なんて言った? 好きって気持ちが分からないから~とか言われて、真剣ならかんけーね! とか答えたな……。
これって、女を好きになるって気持ちが分からないってことだったんだな。普通の恋愛ものなんて男女だし、そりゃありふれているものじゃないな。
それで悩んでいるところに俺が、あんなことを言ったから、それが解放されちまったのか……。なんてことしてんだよ俺は!
「と、とにかく。俺には無理っていうか、なんていうか……」
「大丈夫だ。俺は好きだぞ」
だから、どこも大丈夫じゃねーんだよ!
「つーか、どうやって俺がこの部に入ってるって知ったんだよ!」
「ああ、それは昨日安藤に教えてもらったんだ」
安藤真希子……今日やたら、にこにこと見られていると思ったらそういうわけか。あいつも噛んでやがるんだな。
透がホモって知ってるんだ。それで振られた腹いせに……嫌がらせか! この悪魔め!
「というわけで、これからよろしくな。巧人」
「うっ……」
そうして透に微笑まれる。昨日はさわやかに見えたのに、今では気持ち悪いようにしか見えない。
……どうなるんだ。これからの俺の学校生活は。
そんなことを不安に思いつつ、その日の部活をしたのだった。