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一年生 6月-5

 ……で、学食につき安藤真希子を探した。のだが――


「どこにもいない……」


 と、俺は肩を落としていた。

 馬鹿な。俺の推理が外れるだなんて……。だったら、一体どこにいったというのだ。


「……巧人、そろそろ」

「ああ」


 透に話しかけられて返事する。分かってるよ、時間だろ。もうすぐ予鈴のチャイムがなるし。学食にいる生徒もそのためか減ってきている。軽く見渡せば全員が把握できるくらいだ。これでいないんだから仕方ないな。


「……戻るか」


 俺は力なくそう言った。


*****


 俺の教室の前まで戻ってくる。既に予鈴も鳴って、もうすぐ授業が始まる。


「悪かったな。結局見つけられなくて」


 俺はそう透に謝る。透の話を聞き、少しは協力出来たと思うが、一番大事なところでは力になれなかった。不甲斐ない気持ちでいっぱいだ。


「いや、探そうとしてくれたその気持ちが嬉しかったよ。それに巧人は友達になってくれた。それだけで俺には十分な時間だったよ。ありがとうな、巧人」


 透はそうして笑う。……透がよかったのなら、まぁよかったかな。

 それに短い時間ではあったけど、ちゃんと透とは仲良くなれたと思うし。そう考えると、俺も気が楽だ。


「それじゃあな、巧人」

「ああ」


 そうして別れようとしたとき、俺は向こう側からやってくるとある人影が目に入った。それは今までずっと探していた相手。

 俺は思わず、指をさして名前を叫んだ。


「安藤真希子!」

「え? ……なに、島抜君」


 いきなり大声で名前を呼ばれて驚いている。ついでに俺に引いている。

 周りの一緒に居る友人たちも同様だ。だが、そんなものは関係ない。俺はさらに大声で詰め寄る。


「どこにいたんだよお前!」

「と、友達の部室だけど……?」


 っく。そうか、そこまでは気が回ってなかった。俺のアホ。

 若干の自己嫌悪に陥っていると、安藤真希子は俺を隔てた向こう側にいた透に気づいた。


「あ、峰内君……」

「そうか……君か。やっと会えた」

「あ、あのえっと……その!」


 うわ、凄く動揺している。なんかすごい赤い顔もしてるし。乙女って感じだな。俺の知っている安藤真希子じゃない。

 まぁ、ラブレター送ってるわけだし、一般的にイケメンな透にさわやかな笑顔を向けられているからな。ある意味当然か。

 透は安藤真希子の目の前まで歩いていくと、一言声をかけた。


「放課後……いいかな?」

「は、はい!」


 おおー、こりゃまた大胆な。こんな人の前で呼び出しなんて。もうなんかあれだな。行動がイケメンっていうか、イケメンだからこそできることな気がする。


 安藤真希子が緊張気味に答えると、透は「それじゃまたあとで」と言って、離れる。

 すると、安藤真希子は周りの友人たちからなにやらキャーキャーと茶化されていた。

 少し距離のある場所にいた俺のもとに、透がやってくる。


「まぁ、結局昼休み中は無理だったけど、見つかってよかったな」


 ただ、これだったら最初から戻ってくるのを待っているだけでよかったのだけど。

 ま、とりあえずはこれで俺の役割は終了か。俺は、最後に透へ言葉を贈る。


「いい返事しろよな?」

「…………」


 けれど、透はそれに返事もしないで、自分の教室へと歩いて行った。


(う~ん……いい返事って言い方がまずったかな?)


 俺はただずっと言っていたように真剣に答えろよって意味だったけど、まるで、付き合ってやれって言ってるみたいだし。

 そんな他意は別にないから気にさせたなら悪かったかもな。


「あの島抜君」

「うん?」


 そんなことを思いながら透の後姿を見送っていると、安藤真希子に声をかけられた。


「もしかして、私のこと探してた?」

「ああ。透が探しているみたいだったから、手伝ってた」

「そっかごめんね。私のせいで」


 安藤真希子は申し訳なさそうに言う。それに俺は「いや……」と、返した。


「気にすんなよ。俺も透と仲良くなれたしな。むしろ感謝するぜ?」

「あ……うん!」


 そうして安藤真希子は笑顔を向けてくる。うん……俺の知っているこいつだ。純粋でまっすぐで。透のこともきっとそうだ。いいやつ……だろうな。


 つっても、決めるのは透だ。俺にはこれ以上は関係ない。今から透に何か言うのも無粋だろう。……俺の役割は終わったんだ。

 俺は再びそう思うと、晴れやかな心持ちで午後の授業を受けた。


*****


 放課後。

 その教室には、二人の人だけがいた。それは、峰内透と安藤真希子。

 真希子は緊張した面持ちで俯いていた。けれど、それは当然であろう。透は自分の好きな人で、そして今はラブレターを渡した時の返事なのだから。


 透が呼び出しにきたとき、真希子の友人たちは頑張ってやらと声をかけていたが、頑張ることなどない。既にこちらの気持ちは伝えたのだ。後は、相手だけ。もう今の自分にはなにもできない。できるのはこうして、ドキドキしながら待つことだけだ。

 透は静かに話し始めた。


「手紙、読んだよ。その気持ちすごく嬉しく思った」


 真希子の心はどくんと弾む。透に言われた嬉しいという気持ち。真希子も嬉しいと思わないはずがない。

 と、同時にする期待。それが高まるのが分かる。


 透はと言うと、そこで言葉を止めていた。それは、自分の気持ちを確かめていたから。

 透は既に、真希子に対する答えは決まっていた。だが、果たしてそれはいいのだろうか。その想いのために、断ることは真剣なのか。そう自分自身に問うていた。

 けれど、すぐに思い出す。


(……そうだな。俺は『真剣』だ)


 それがどんなものであっても。俺の気持ちは変わりはしない。だったら俺は、胸を張って言おう。


 そこで透の決意は固まった。

 いつまでも黙ったままの透に真希子は不安そうに顔を上げる。そんな真希子の目を見て透はただ一言続けた。


「でも、ごめん」

「あっ……」


 その答えに真希子は小さく声が漏れる。そして思う。さっきまでの間はすべて、どう断るのかを考えていたのだ、と。どうすれば気まずくないか。どうすれば傷つけないのか。そう相手を気遣っていたのではないかと。


 だとしたら、私は気丈にするべきだ。悲しい表情など見せないべきだ。そうしてお互いにあとくされなくこの場は納めるべきだ。

 でも、もしそうなのなら……この時間を終わらせる前に甘えておきたい。


「理由って聞いてもいいですか?」


 透はそう聞かれて、少し好都合だったと思った。もし、それを聞かれなくても、自分で言うつもりでいたものだ。それが自分にとっての真剣を表すものだから。


「俺には好きな人がいるから」


 その言葉は巧人が言うように言ったものとは違う。なぜなら、本当に透には好きな人ができたから。


「さっきは少し考えていたんだ。そんな答えを理由に、断っていいのかって」

「好きな人がいるならしょうがないじゃないですか」

「でも、それは普通じゃない」


 冗談めかしたように言う真希子を遮るようにそう答える。

 そう、それは普通ではない。認められるものでも。受け入れられるものでもないのかもしれない。

 俺自身、それは有り得ないものだと、理解できないんだと言った。

 だが、その想いは確かに本物で。抑えられるものではなかった。巧人の言っていた通り。この気持ちはすぐに気づけるほどに特別なものだった。

 そして何よりこの気持ちを後押ししたのは――


『いいんじゃないか、別に。少なくとも俺は、人が真剣なのに、笑ったりしない』


『全部真剣で大切なもので……笑うなんてできるわけがないだろ?』


 その言葉。笑わないと言った。俺の気持ちが真剣なら笑わないと言った。

 それが、好きになってもいいんだと、俺の心に響いた。


「俺はたぶんこの気持ちを隠そうとはしない。だから、その相手も言ってしまうけど……俺は島抜巧人が好きだ」

「え……? 島抜……君?」


 真希子は驚き、疑問形で聞いた。なぜなら、その相手は男であったから。

 つまり自分は女子にではなく、男子に負けた。恋愛という土俵で。普通ではない相手に。

 それは少なからず、真希子の中で屈辱のようなものと、憤怒の思いが湧いてきていた。


「そうだ。俺は男を好きになった。君は変なやつだと。そんな理由でと怒るかもしれないけど……。好きになる相手に性別なんて関係ない。いや、どんな障害だって。必要なのは、どれだけ相手を想えるかだけなんだ」


 そう目を見て言ってくる透に真希子は思う。


(ああ……。これは本気なんだ)


 冗談ではない。その好きと言う気持ちは、ちゃんと私と同じ。

 友情などではない、恋愛感情。それが伝わってきた。

 だから真希子はこう答えた。


「全然! 怒ったりなんてしません! 応援します!」


 それは本心だった。真希子自身、透が好きだったからこそ、透の幸せを望んでいる。

 そして……実はこっちのほうが大きな理由かもしれないが、真希子は腐女子だった。


(さっきまでは、がっかりしていたけど、あの峰内君と島抜君!? これは……ヌける!)


 真希子は頭を下げると、そう言って教室を出て行こうとする。そこで、透はそれを呼び止めた。


「あっ、待って」

「はい?」

「付き合うことはできないけど……俺の友達になってくれないか?」


 そう言われた時、どうしてか真希子は報われた気がした。嬉しく思った。


(……どうしてかな? ちゃんと応援するって決めたはずだったのに……)


 それに、私自身も嬉しく思えることのはずだったのに。

 最後は笑って終わるって決めたのに。


「うっ……くぅ……」


 涙が……でてしまうのは。なんでなんだろう。


「安藤……」


 透は少し戸惑ったように名前を呼ぶ。


「あ、あはは……嬉しすぎたのかな?」


 その涙を拭いつつ答える。けれど、どんなに拭っても拭っても、溢れ続けてくる。止まらない。


「あ、ははは……なんでかな?」


 笑いは渇いたもので、声は震える。その理由はやっぱり、私が峰内君のことを……それだけ本気で好きだったからなんだ。

 一目ぼれして。その後、目で追いかけるようになって。

 その中で峰内君のことをもっとして。そして峰内君という人自身を好きになった。


 でも、本当は半分くらい諦めていた。だって私とじゃ峰内君は釣り合わないから。

 それでも手紙まで出して告白をしたのは……私もそれだけ本気だったからで――

 やっぱり、悲しいんだ。


「安藤」


 透はもう一度その名を呼ぶ。

 すると、泣き続けている真希子に近づき――


「!? 峰内……君?」


 その体を抱き寄せた。


「安藤を泣かせてしまうなんて。俺は酷いやつだな」

「……ううん、分かるから。人を好きになることの気持ちは」


 だから、振られてたとしても。

 その相手が男だったとしても。

 この悲しいという気持ちも。

 全部受け入れるしかないのだ。


 私のことに、ここまでしてくれた峰内君のためにも――。


「なら、なおさら酷いやつだな。付き合ってもいない人にこんなことするなんて」

「……そうかもね」


 真希子はそこで小さく笑うと、透の胸板を押す。透はそれを合図に体を離す。

 真希子はもう泣いてはおらず、晴れ晴れとした表情をしていた。


「峰内君……ううん透君! こっちこそ、友達になってください!」

「……ああ」


 そこで透は、自分のしたことは間違ってはいなかったとそう思えた。


「じゃあ、今度こそ私は行くね!」


 そうして立ち去ろうとする真希子を透は再度呼び止めた。


「あ、その前に――」

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