六話
「なんだよ、マイ、急に改まって」
「シゲキ、今から言うことは、ゆーやん以外誰にも言わないで。いい?」
彼女としては珍しく強い口調で言ってきた。
「わかった」
俺は強く頷きながら答えた。
「覚えてるよね、私の秘密」
五井の秘密か……
「あれだろ、PCがあれば何でもわかるって言ってたやつ」
「そうよ、私の手にかかればデジタル情報なら何でもわかるわ」
そう、五井は凄腕のハッカー……らしい。
「もちろん、あなたの秘密もね」
「でも、マイのことだから、悪用はしないでしょ」
俺がそう言うと、五井は顔を逸らした。
「やっぱり変わらないのね」
ぼそぼそと言っていて聞こえなかった。
「マイ、なんか言ったか?」
「シゲキは自分の秘密を知られても、平気なんだね」
五井は苦笑いしながら言った。
心外だ、俺も知られたくない秘密もある。
でも……
「知られたくないって言っても、マイはもう知ってるんだろ」
五井はそれを聞くと悲しそうに少し俯いた。
「うん……ごめんね。私、前にも話したけど、色々あって人が信用できなかった、だから」
俺は五井の頭に手を置いて撫でた。
「知ってるよ。入学時、クラス全員の個人情報調べたんでしょ。そのことはもういいって」
「だって……」
「マイ、変わるって決めたんだろ。過去の過ちを繰り返さないようにって、それでいいんだよ」
五井は俯いた顔を上げ俺を見た。
「でも……もし私が約束破ったら、どうするの」
「お前に、そんなことができるのか?」
「えっ……」
声を低くして言うと、五井は不意をつかれたようだ。
「もし、秘密をバラしたら、こちらも同じことをするだけだ」
彼女は目を見開いた。
「だから、その、なんだ……抑止論というか……ある意味お互い様だ。だから気にすんな」
あー、うまく言えねぇ。
俺は気恥ずかしさをごまかすため五井の頭をわしゃわしゃ撫でた。
「ちょ、シゲキやめて。髪がボサボサになっちゃう」
「あぁ、ごめん」
手を頭から離した。
「ありがとう」
五井はまた小さい声でボソッと言った。
「ん、また何か言ったか」
「……バカ」
「何だと」
確かに学力では負けるが、バカはないだろ……バカは。
「まあまあ、気にしないで。それに少し話がそれちゃったね」
「そうだな、でその秘密がどうしたんだ」
「今、ネットの掲示板などで噂になってる話しってる?」
そういえば、朋輝のやつが言ってたな。
2チュン掲示板で面白い話があるって。
「あれか、人類滅亡説。今年、隕石が落ちて来て……」
「はぁー、確かにそれも噂になってるけど……そうじゃなくて」
「他になにかあるのか」
「ふっ、わかってないのね」
ふってなんだよ。
「で、なんなんだ? 教えてくれ」
「世界中で天文学者や、航空宇宙工学者、その関係者が失踪しているのよ」
「それは、本当なのか?」
本当なら侑果や祐作おじさんが危ない。
「多分当たってると思うわ。確かゆーやんのお父さんって有名な天文学者だったよね。心配になってね……詳しく調べるから、少し目をつぶっていてくれないかな?」
五井は俺の目を見つめてきた。
「ああ、頼む。これで俺も共犯だ、約束少し破ったのは内緒だぞ」
「うん! あとゆーやんのが無事か確認して」
「もちろん、わかった」
「私、もう帰るね。先生には親が伝えてると思うから」
五井はそういうと窓のを開けて、枠をまたいだ。
「おう、気をつけて」
「そっちこそ、じゃあね」
そう言って窓の向こう側に消えた。
キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴った。
もうそろそろ教室に戻らないと。
「そういえば……ここって三階だったよな……」
慌てて窓から外を見た。
太陽が照りつけるグラウンド。
そこから体育の授業を終えた生徒が、こちらに戻ってくるのが見えた。
もちろん、五井の姿は見当たらない。
「どこに消えたんだあいつ……」
まあ、考えても仕方がない。
あいつが変なのは今、始まったことではない。
俺は窓を閉め、来た時のように元通りにし、鍵を閉めて個別面談室を後にした。