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オープンユニバース  作者: ペタ
第4章 正義の所在
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第四章 正義の所在


カディスは金属で作られた人工惑星である。通常の星とは異なり、星の外周の外側に町があるのではなく、内部が空洞になっていて、人や建物は遠心力によって星の外周に内側から張り付く形になっている。通常の惑星は、それぞれ大気や気温、重力などが大きく異なり、人が住める環境にするテラフォーミングに膨大な資金と時間が必要なのに対して、人工惑星の場合はそうした必要があまりないため多く存在する。

人工惑星でも、農業生産に特化したものと、人の生活や物流の拠点のために構築されるものがあるが、次に行くカディスはその中間型であり、表面積の約四分の三を食糧生産のためのプラントが占めるが、残りは居住区や商業区となっている。直径こそテルビナの十分の一にも満たないが、人口はテルビナよりも多いとのことである。ファブリスはこうした情報を通信情報から得ていた。

シュナイダーの言った通り、その後は特に怪しい艦もなく、平和な航行が続いた。

やがて、カディスが近づくと三人とも操縦席の周りに集まった。カディスが視界に入ってきた。恒星の光を反射し銀色に輝く金属の星は、テルビナやアルミナとは異なる冷たい光を放っていた。カディス周辺に来ると、多くの艦が行き来するようになっていた。

レーダーに戦闘艇の反応があった。こんな星の近くで海賊もないだろうが、昨日の件があるので三人に緊張が走る。相手からすぐに通信が入った。画像はなく音声のみであった。

「こちらはカディス防衛軍である。貴艦の名称、艦籍、積み荷の内容を告げよ」若い女の声だった。

「こちらはファルメル号。テルビナ艦籍、積み荷はアルミナの超純シリコンだ」ファブリスが答えた。

「了解した。カディスへの寄港を許可する。他の艦の航行の妨げにならないように、速やかにゲートから入れ」

事務的で無機質な声だった。すぐに通信が切られ、レーダーに映った戦闘艇はまた別の場所に飛んで行った。

「何というか、お役所的だな」ケネスが言った。ファブリスも全く同感だった。

「でも今の声、すごく若かった。そんな女の人が防衛軍なんて」メルルが言った。その言葉にケネスは軽く笑いを浮かべた。ケネスからみれば年齢的には子供とさえも言えるメルルが、相手を若いというのがおかしかったのだろう。

 ファルメルは、カディス表面に複数あるゲートのうち、市場がある場所に通じているゲートを抜けてカディスに入った。通常の惑星と異なり、地上に降りるわけではなく、進入するとそのまま外周の裏側に張り付く形になるので、着陸は比較的楽だった。



 カディスは人工惑星であったが、中に入ると、上空には恒星を模した光が輝き、青い空が広がっていて、見た目には他の惑星と変わらなかった。もちろん金属球の内部の空間に恒星などあるわけなどなく、星の中心部で巨大な光が輝き、星全体を照らしているだけなのであるが、少なくとも見た目だけは、通常の惑星と同じように作られているようだった。

 宇宙港周辺には、あまり高い建物はなく、立ち並ぶ中低層の建物は古いものが多かった。見渡せる街は広く、人や車両、飛空艇の往来は多くて、アルミナはもちろん、テルビナよりも活況を呈していた。

 ファブリスは初めて見たであろう人工惑星の光景に目を奪われていた。その一方で、メルルの表情は先程からすぐれなかった。宇宙港に停泊し給油を行おうとした際に、燃料の消費量が当初の見込みよりもはるかに多いのが分かったからだ。海賊とのやり取りがあって加減速を繰り返したので、仕方がないことは分かっていたが、それでも燃料代の支出を考えると頭が痛かった。会計と金銭管理を任されていたメルルは、特に責任を感じているようだった。

 ファブリスたちはまず宇宙港に隣接している市場に向かった。市場には人も多く、取り扱っている商品も今までの星よりも多かった。しかし、アルミナで購入した超純シリコンの売値は、アルミナで確認した時とほとんど変わっておらず、売却してもわずかな利益が出るという程度であった。

「どうするファブリス?」ケネスが聞いた。

ファブリスは商品の電子掲示板を見た。超純シリコンはここカディスではあまり高くは売れないようだが、次に行く予定の星、ダーニアや主星ディダではそれなりの値段で売れるようだったので、この星では売らないというのも一つの選択肢と考えていた。

「もう少しこの星の他の商品も見てから決めようと思う。売るのは明日でもできるし」

「分かった。そうしよう」

 相変わらずメルルの表情は晴れなかった。商品を高く売れればよかったのだろうが、それもできなかったためだった。

 市場を出ると、あたりはだいぶ暗くなっていた。人工惑星でも夜になるんだとファブリスは思った。

 街にあるホテルに向かう途中、改めて街並みを眺めた。建物は二十メートル程度の比較的低いビルが並んでいた。ほとんどが石造りで、形状も色も似かよった建物だった。いずれも古くかなりの年数が経っているように思われた。

「ここは天災もないから、あまり建て替えも行わず、昔からの古い街並みが残っているんだよ」ケネスが説明した。

三人が市場を出て少し歩いたところで、宇宙港の方向から来た女性とすれ違った。やや小柄の女性。金髪をショートにし、目鼻立ちの整った端正な顔立ちだが、冷たい印象を与える若い女性だった。しかし、その容姿とは不釣り合いな身体に張り付くようなパイロットスーツを着ており、そのアンバランスさが衆目を引いていた。特にメルルはその姿に注目を引きつけられた。

(すごく綺麗な人……)

メルルは立ち止まり、女性の後ろ姿を目で追いかけた。

「メルル~!」

少し離れた所からファブリスが呼ぶ声がした。メルルは我に返り、慌てて駆け寄って行った。


 宇宙港と市場が立ち並ぶ通りにそのレストランはあった。建物は周りと同様に古かったが、店内はその古さをうまくいかしたアンティーク調の作りであった。天井からは大型のモニターが複数つり下がり、どこかの星のフットボールの試合を放送していた。店内はかなり広かったが、長いカウンターとテーブル席のいずれもほとんどの席が埋まっていた。何人もの店員が忙しそうに店内を動き回っており、にぎやかな様子だった。

三人はその日泊まるホテルを決め、荷物を置いて、ひと段落した後、食事のためにその店に入った。かろうじて空いていた席に通されたファブリスたちは、さっそく食べ物を注文した。

「すごい賑わいだね」メルルが言った。

ファブリスは店内を見渡してみた。宇宙港と市場が近いこともあり、その関係者と思われる人たちが多かったが、それ以外にも親子連れや若者なども多くいるようだった。

「ここだと情報を取るのも難しそうだね」

カウンター席はふさがっていて、店員も忙しそうにしており、あまりゆっくり会話するという雰囲気ではない。

 長く待たされたがようやく注文の食事が届いた。野菜とキノコ、生ハムのパスタだった。いずれも現地で採れたものらしく、値段の割にはボリュームもあり、見た目もおいしそうだった。メルルもうれしそうにほおばっている。いつもの元気を取り戻したようなメルルを見て、ファブリスは安堵した。

 やがて、三人が食事を終えた頃だった。ファブリスたちの席から少し離れた所で怒鳴り声がした。見ると派手な格好をした若者たちが立ち上がって何やら言いあっている。

「ここは俺たちの島だ。お前らはネズミのように裏町をかけずり回ってりゃいいんだよ」

グループのリーダーと思われる男の声に、周りにいる他の若者たちの笑い声が起こる。彼らの向かいには若いカップルが座っており、どうやらその二人が五、六人のグループに絡まれているという図式らしい。

カップルの男も何か言い返した。それに対してリーダーも何か言う。言葉の応酬が何回か続いた後、やがてリーダーが相手に近づいたかと思うと、カップルの男が前のめりになって地面に倒れ込んだ。どうやらひざ蹴りをされたらしい。リーダーは倒れた男を見てにやにや笑っている。グループの他の男たちがカップルの女に絡み始める。カップルの男は立ち上がろうとするが、別の男に抑えつけられる。その時だった。

「防衛軍だ。お前らそこまでにしろ」

よく通る声が店内に響いた。

 グループのリーダーはその声を聞いて、一瞬緊張したような表情を浮かべたが、声の主を見ると、元の表情に戻った。声の主は小柄な若い女で、一人だったからだ。

「お兄ちゃん。あの人!」

それは先程通りですれ違った若い女だった。パイロットスーツではなく、シャツとネクタイの上からブラウンのジャンバー、下はスラックスで、肩には階級票らしきものもあり、軍の制服と思われる姿だった。

「へへへっ。防衛軍か怖いなあ。俺たち逮捕されちゃうのかな。それよりも姉さん。あんた美人だな。俺たちと一緒に飲まねえか」

リーダーの言葉に防衛軍の女は表情を変えない。

「おとなしくしていれば逮捕はしない。公衆を騒がすな」

「ええ~っ、残念だな。俺たち逮捕されないんだ。お姉さんにだったら、ぜひ、逮捕されたかったんだけどな」

 気がつくと女の周りをグループの男たちが取り囲んでいた。

「なあ、俺たちと一緒に来いよ。遊んでやるよ。一緒に防衛軍ごっこやろうぜ」

「貴様、私を侮辱するのか」

女の言葉に怒気が含まれる。そして周りを取り囲んでいる男たちを視線でとらえる。男たちは一様に下卑れた笑いを浮かべていた。

 先程まで騒がしかった店内は、静かになっていた。みな、その様子に注目していた。だが、助けにいこうとするものはだれもいなかった。

「お兄ちゃん!」メルルが言った。

「分かっている」

ファブリスはケネスに視線を送った。ケネスはその意図を察しうなずいた。二人が助けにいくために立ち上がろうとしたその時だった。店内の別の場所で声が上がった。

「おい、あんたらも防衛軍だろう。助けに行かなくていいのかよ」

殊更に大きいその声は店内に響いた。客の視線がそちらに集まる。見ると、防衛軍の女と同じ制服を着た男たち七、八人がテーブル席で飲んでいた。客の注目が集まったことに男たちはいやな表情を浮かべたが、仕方ないといった様子でのろのろと立ち上がり、いざこざの続いている方に向かった。

「面倒に巻き込みやがって」

ファブリスたちの席の近くを通る時に、防衛軍の一人がつぶやいた。

 グループの男たちは、屈強な男もいる防衛軍たちが近づいて来るのを見ると、形勢悪しと判断したのか、目で合図しあうと、そのまま黙って店内を後にした。

 防衛軍の女は、残されたカップルたちに近寄って無事を確認していた。ひざ蹴りを食らった男もけがなどはないようだった。二人は防衛軍の女に対して丁寧に礼を言った。

 防衛軍の男たちは、グループが立ち去るのを見ると、それを追うこともなく、また、元の席に戻って行った。男たちの一人が防衛軍の女に向かって言った。

「ニナ。てめえ、一人で解決もできないのに、くだらねえことに首を突っ込んでいるんじゃねえよ。何様のつもりだ」

それは注意というよりも、悪意に満ちているような口調だった。ニナと呼ばれた女は俯いて何も言わなかった。

「ひどい。あの人は助けようとしただけなのに」

メルルの言葉にファブリスもうなずいた。

防衛軍の男たちは元の席に戻り、また、飲み始めたようだ。ニナも食事していた席に戻って行った。彼女は一人のようだった。

その騒動で静まっていた店内だったが、次第に元の喧騒を取り戻しつつあった。

ファブリスは防衛軍の男たちの態度に不快な気持ちを感じていた。そして食事も終わったのですぐに出ようとした。

 その時、突然店内に注意音が鳴り響いた。

それは、今までスポーツ中継を放送していた店内のモニターの画面からのものだった。画面が切り替わった。客や店員の注目がそちらに集まる。画面にはニュースキャスターが現れ、緊張した面持ちで緊急ニュースを伝えた。

「緊急速報です。ただいま入った情報によりますと、本日昼過ぎ頃、主星ディダ周回上にあるワープゲートに軍艦数百隻からなる艦隊が現れました。現在、カディス、アルミナ方面に向かっているとのことです。所属は現在調査中ですが、正規軍のものではない模様。繰り返します……」

 店内はそのニュースを聞くと、騒然とした雰囲気に包まれた。正規軍でない数百隻の艦隊となれば答えは一つしかない。海賊である。

今まで輸送艦を主に構成される数十隻規模の海賊ならこの宙域に現れたこともあるが、数百隻もの軍艦からなる海賊は聞いたことがない。昼過ぎに現れた艦隊のことを今伝えるということは、今まで情報統制が行われていたのだろうか。

「えらいことになってきたな」ケネスが言った。

「アルミナでホセが言っていたのはこのことだったのか」ファブリスがつぶやいた。

 メルルも驚き不安そうな表情を浮かべている。

 それ以上の情報がないためか、ニュースキャスターは同じニュースを繰り返すだけであった。

 一人で食事をしていたニナは、一報を聞くとそのまま足早に店を去って行った。防衛軍の男たちは皆茫然とした様子で、何やら話をしているだけで、行動を決めあぐねていた。


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