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操縦に商売、それにこれから行く星のこと。いろいろな勉強をしていると時間は瞬く間に過ぎていった。二つ目のワープゲートを抜け、航行を続けていると、やがてレーダーが目的地の星を捉えた。そして視界にもその惑星が見えてきた。
惑星アルミナ。
宇宙から見るとその星は全体が白い色をしていた。テルビナよりも辺鄙な星、ケネスはそう言った。
ファブリスにとってもメルルにとっても、テルビナ以外の星に降りるのは、記憶している範囲では初めてのことだったため、無事降りられるかという心配と、それにまさる初めて見る星への期待が高かった。
着陸に際しては、ケネスの判断により、お金の節約のため宇宙エレベーターを使わず、直接地上に着陸するとのことだった。
ファルメルはアルミナへの突入を開始した。
高速で大気圏に突入する。すると、艦体が高温を帯び、窓からも大気との摩擦で発生した暴力的な光が輝く。だが、その時間は長くはなかった。
重力圏に入ると艦は急速に減速を始める。
その星には雲がほとんどなく、広く大地が見渡せた。数万メートルもありそうな高くそびえる山が幾重にもつらなっている。平坦な台地が広がっていたテルビナとは異なり、アルミナはかなり起伏が激しい。山や台地の色は白かったが、それは雪ではなく、もともとの色のようだ。白い色の大地にたまに黄色い部分が見える。見渡す限り青い所や緑の場所が見当たらないので、あまり水や植物がない星のようだ。
ファルメルは、宇宙港を目指して降下した。宇宙港からの通信を受け、それに従う形で宇宙港に向かう。
地面が近くなってくると、白い大地の中から町が見えてきた。そこだけは人工的に切り取られたような長方形の形で、その部分だけが周りと少し色が違っていた。町の南の端に宇宙港があった。ケネスは艦を操り、加速と減速を繰り返し宇宙港に近づいていく。
次第に町の姿が大きくなる。そして宇宙港の姿もはっきりと見えてきた。広い滑走路が広がっている。滑走路の近くまでくると、それまで前傾姿勢で降下していた機体を水平に戻し、動力を下に向け、ゆっくりと垂直に着陸を行った。そして機体が地面についた。艦が完全に機関を停止すると、ハッチが開いた。まず、ファブリスが、そしてメルルがその後に続いて外へ出た。
外は吹きすさぶ風が強く、肌寒く感じた。日は出ているが少し薄暗い。
少し高い所にある宇宙港からは町を見下ろす形になる。町はあまり大きくはなく、町のすぐ後ろには迫りくる白い山がそびえたっていた。とにかく視界に入る世界、すべて白という色に覆われている、そんな印象の星だった。
「言ったろ。辺鄙な町だ、ここは」ファブリスの後ろからケネスが言った。
しかし、ファブリスは初めて見る風景に興奮していた。
「何でこんなに全部が白いの?」メルルは聞いた。
「この星は全体が石灰質に覆われているんだ。水もなく植物の生育にも向かない。鉱物資源としてアルミニウムやケイ素なんかが取れるんで、そのために開発が進んだんだが、あまり産業も発達せずにすっかりすたれちまったようだな」
宇宙港を出ると、町の様子がよりはっきり分かった。
宇宙港の周りには低層の建物がいくつか並び、少し離れた所には工場らしき姿も見えたが、いずれも目に見える範囲であり、さらにそこから少し離れると、何もない荒野と白い山だけが広がっていた。町にはあまり人通りもなく寂しい印象を受けた。
「観光するにしてもあまり見るところもない。町から離れると二酸化炭素の濃度が高くて、マスクがないと危険だ。そんな星だ。用だけ済ませたら早く行こう」ケネスは言った。
「遊びに来たわけじゃないからね」ファブリスは答えた。
三人はまず市場に向かった。
宇宙港の中はそうでもなかったが、町に出ると、道には白い微小な粉状のものが薄く積り、歩くとそれが舞い上がった。
市場は宇宙港の隣にあった。ケネスの話だと、搬入の関係があり、宇宙港と市場は隣接していることが多いとのことである。市場の建物の中にある取引所にはそれなりに人がいて、ここだけはいくらか活況を呈していた。
ファブリスはさっそく電子掲示板の前に行き、テルビウムの値段を見てみた。売値は十六万リールになっていた。
「よし、上がっている」ファブリスは歓声を上げた。
「お、ついているな」とケネスが言った。
「えっと、ちょっと待って。テルビナで買った時の値段が十三万七千リールで、売値が十六万リールで、それがかける三十だから……。六十九万リールの儲けね」メルルは手元のミニコンで計算して言った。
ファブリスは、別の星の取引所でのテルビウムの売値も確認したが大差はない。決断した。
「よし、売ろう」
市場の係員に売却の意思を伝える。そして、艦の停泊場所も告げる。商品はすぐに引き取ってもらうことにした。
「何か買うものはないかな」
改めて電子掲示板を見てみた。しかし、買値のところに値段が表示されていない商品が多かった。
「これはどういうことなの?」ファブリスはケネスに聞いた。
「ほとんど産業のない星だから売るものもないんだろう。この星の鉱物と言えばアルミニウムだが、見てみろ」
アルミニウムには買値の表示があったが、その金額は一単位当たり四千百リールになっていた。他の星の売値を見てみると四千八百リール前後になっており、売値と買値の割合はそんなに悪くはないようだが……。
「これなら次の星で売ったら、結構儲けがでるんじゃない?」メルルはファブリスが思っていることと同じことを言った。
「よく見てみろ。一単位当たり四千百だぞ。あの艦には九十六箱しか積めない。積めるだけ積んで、一箱四千八百で売れたとしても、全部で七万くらいしか儲からないだろう」
「あっ、そうだ」メルルは納得した。
「アルミニウムでそれなりの利益を出すためには、せめて中型艦くらいで大量に購入する必要がある。小型艦じゃほとんど稼ぎにならない」
「やっぱり艦の大きさか……」ファブリスはつぶやくように言った。
ファブリスは再度電子掲示板を眺めた。この星での買値と他の星での売値の差が大きい商品を探した。しかし、多少の差額があるものはいくつかあったが、それでもテルビウムでの儲けには及ばないようなものだった。
「何も買わないというのも一つの判断かな」ファブリスは言った。
「でもアルミニウムを買うというのもありじゃない? 確かに儲けは少ないかもしれないけど、ないよりはいいんじゃないかな」メルルは言った。
「まあ、明日になればまた少し相場も動くかもしれない。それから考えてもいいんじゃないか」ケネスの言葉に二人はうなずいた。
その日はアルミナで一泊することになっていた。宇宙航行はあまり危険がないとはいえ、常に通信に注意を払わねばならず、慣れているケネスはともかく、交代で操縦席に座ったファブリスにとっては気が張る作業であり、一晩くらいは地上ですごした方がいいという判断からだった。
アルミナには宿は数えるほどしかなく、どれもあまり上等とは言えないようなものだった。それでも宿泊料が安いのと、予約なしに泊まれたのは三人にはありがたかったが。
宿に辿り着いたときには、あたりはもう暗くなっていた。まだ、夕方くらいの時間のはずだったが、星中を覆う白い粉塵が恒星からの光を遮ってしまうようだった。
三人は食事をするためレストランに入った。店内はそれなりに広く、レストランといっても半分バーのようなものだった。レストランに入って右の一角には団体の客がいるようで、騒がしい様子だった。左の方には客は数人といったところで閑散としていた。
三人は正面のカウンター席に向かった。何か情報を得られないかと考えてのことだった。
「こんばんは」
初老のマスターがにこやかに笑いかけてきた。ファブリスたちも挨拶を返す。
飲み物と軽食を頼む。しばらくぶりの地上なので、ちゃんと料理されたものを食べたかったが、経済的なことを考えるとあまり贅沢なことも言っていられない。何せ手元にあるのは、みんなから託されたお金なのだから。
「景気はどうだい?」
ケネスがマスターに当たり障りのない質問をした。
「見てのとおりさ」
マスターは小さくため息をつく。
「以前はもっとよかったんだがね。五年前のあの事件以来、この星に来る人も少なくなってね。おかげでうちもさっぱりだよ」
確かに町があの様子では、客も多くはないだろうとファブリスは思った。
右側の席から大きな笑い声が聞こえた。団体客が話で盛り上がっているらしい。十人位いるようだ。全員男で、外観からするとあまり筋のいい客ではないようだ。
飲み物と軽食が出されるまでは、そんなに長くはかからなかった。出されたのは、ぱさぱさのパン、薄いハム、乾燥した野菜などであった。
ケネスは相変わらずマスターと会話を続けている。
「名産? この星の名産と言えばアルミニウムくらいかね。もともとその採掘のための星だからね。他にも鉱物資源がいくつかあるけど、量もそんなに多くないんで、小規模に採掘が行われているだけだよ」
「やっぱりそうか」
特に目新しい情報はなかった。
「それよりお前さんたち。もしかして商人かね?」ケネスの様子を見てマスターは話題を変えた。
「ああ、そうだが」
「そうか。家族連れにしては妙だと思ったし、いや商人だとしても十分変だけどね」
「そんなに変ですか?」ファブリスは聞いた。
「そりゃそうだよ。こんな男の子と女の子なんて。この店には商人もよく来るけど、最年少記録かもしれないね」マスターは笑った。
「そうですか」
「まあ、でも最近はこの星に来る商人もめっきり少なくなってね。最近、少し増えたといったらあんな輩ばかりだよ」
そう言ってマスターは店の一方に視線だけを送る。団体の客は相変わらず大騒ぎしていた。
「あの人たち、何者なんですか?」ファブリスが聞く。
「さあね。たぶん海賊か、そのはしくれじゃないかね。五年前の事件以来、治安が悪くなって、あんな連中が増えてきてね。みんな迷惑しているよ。それよりお前さん方、どこから来なさった」
「僕たちはテルビナからです」
「おおっ、テルビナかね。前に旅行で行ったことあるよ。大きな星じゃないが、のどかで、いい星だね」
「ええ、いい星です。みんないい人ですし、それにあんな連中もいないし……」
その時、背後から声がかかった。
「お前、なんか言ったか」
いつの間にか、団体で飲んでいた客の一人が近づいていた。その男はかなりの大柄で、ひげも伸ばし放題。服装も粗末なものであり、どう見てもまともな職業についているようには見えなかった。
ケネスが立ち上がり、男の前に立ちふさがる。ケネスも大柄だが、相手の男はさらに大きかった。
「何か用か」
「お前には用はねえよ。そこの小僧に聞いている。今なんて言った」
「僕たちの星にはあんな連中はいない、と言った」ファブリスは男の方を見て答えた。
「そこじゃねえよ」男は言った。「その前だ。お前どこから来たって言った」
「テルビナだけど」
その数分後、ファブリスたちは海賊たちに囲まれていた。といっても不穏な空気の中ではなく、海賊たちに囲まれて、なぜか食事のもてなしを受けていた。
「ほら俺のおごりだ。遠慮せずどんどん飲め、食え。ちんけな星だから大した食いもんもないけどな」
ファブリスたちは海賊たちが飲んでいたテーブル席に座っていた。最初にファブリスたちに声をかけてきた男が一団の頭領のようで、酒と食事を勧められる。
「はあ、どうも」
ファブリスは当惑しながらも酒は断り食事はいただいた。隣ではメルルが少し引きつった作り笑いを浮かべていた。ケネスもよく事態が飲み込めなかったが、勧められた酒は遠慮なく飲んでいた。
「お前さん。学校卒業してからすぐに商人になったのか?」頭領が聞いた。
「いえ、その後、しばらく整備工場で働いてからです」
「そうか若いのに感心だな」頭領はさも感心するかのように言った。他の海賊たちも同調するようなそぶりを見せる。
「それで、今度は商人か。やっぱあれか、幼いころから宇宙にあこがれてってやつか」
「まあ、そんなもんです」
「はははは。いや、みんなそうよ。俺らだって同じようなもんでな。いろいろ道を外しちまったが、元を辿ればみんな同じよ」そう言うと、ジョッキのビールを一気に飲み干した。
「実をいうと俺にもお前さんくらいのガキがいてよ。といってもこっちは気ままな海賊家業だからもう何年も会ってねえ。かみさんにも全く連絡してねえが、もうとっくに愛想つかして新しい男と一緒かもしれねえ。それでもたまにガキに会いたくなってな。それでお前さんたちを見ていると思いだしちまって……」
頭領は急に涙ぐみ始めた。
「お前さんの両親も心配しているんじゃねえか。こんな若い二人が宇宙に出るなんてよ」
「僕たちには両親はいません。母さんは死んで、父さんも行方不明に……」
ファブリスは頭領の様子をみて、だんだん悪い人ではないようだと思い始めた。
「そうか。それで兄妹二人で力を合わせてか。泣ける。実に泣けるぜ」
頭領は更に涙を流し始めた。周りの男たちもそれに合わせる。
「でも、この前父さんを見たっていう人がいて、それで探すために宇宙に出たんです」
「お~っ、ますます泣かせるね。父を訪ねてなんとやらか。親父さんもそんなに子供に思われているなんて幸せだな。親父さんはどこにいたんだ。もしどこかで会ったなら、お前さんたちのことを伝えといてやるよ」
「ありがとうございます。もういないかもしれないけど、少し前にはディダにいたとのことです。父の名はギル=ノマークって言います」
「ギル=ノマーク?」
頭領の涙が止まった。
「知っているんですか?」
「いや、知らねえ」頭領は少し慌てたように言った。「すまねえ。でもそのギルって奴に会ったら言っといてやる。こんないい子たちをほっておいて何してやがるってな。それで……」
頭領は少し言葉を切った。
「お前さん元整備士って言っていたが、テルビナのどこで働いていたんだ。ほらあれだ。もし親父さんに会ったとしても、テルビナのどこそこって言った方が話しが早いと思ってな」
「ダンカンさんの整備工場だよ。テルビナの北東大陸の南側。そこら辺には町が一つしかないから分かると思うけど」
「そうか。ありがとうよ。テルビナにはそのうち行ってみようかと思っていてな。それじゃあ、俺たちはそろそろ行こうとするか」そう言うと頭領は立ち上がった。他の連中も合わせて立ち上がる。
「じゃあな。そういえば名前を聞いていなかったな。俺の名はホセだ」
「僕の名前はファブリス、あとケネスさんと、妹のメルル」
「そうか。また、どこかで会えればいいな」
そう言うと頭領は立ち去ろうとしたが、ふと、何かを思い出したかのように振りむいて、小声でファブリスに言った。
「ファブリス。話の駄賃にいいことを教えておいてやる。これからこの辺の宙域は騒がしくなる。物資の運搬も滞るようになり、買い占めが横行し物の値段が上がる。今のうちに物資をしこたま買いこんでおいた方がいいぞ」
「なんでそんなこと分かるんですか」
「それは企業秘密だ。だがすぐに分かる。俺の言っていることが正しいってことがよ」
そういうとホセは仲間たちを率いて出て行った。ファブリスたちの周りには食べかけの料理や飲みかけの酒が大量に残っていた。
「何だったんだ、あいつら」ケネスがつぶやく。
「さあ」ファブリスが首を横に振る。
「それよりもどうしよう、これ」
メルルはテーブルに残された食事を指差す。ほとんど手をつけていない皿もあった。割と律儀な海賊らしく、ちゃんと支払いはしていったらしい。
「せっかくだからいただこうか」ファブリスは言った。
「賛成」
ケネスもまた席に座ると、ジョッキを手にした。メルルも黙って座ったところをみると賛成らしい。
「聞いたか。ギル=ノマークだってよ」
ホセは大股で、道路に薄く積った白い粉塵を撒き散らして歩きながら、手下に言った。
「ギル……、何でしたっけ?」
「ばか。ギル=ノマークも知らねえのかよ。超偉い学者先生だ」そう言うと、ホセはゆがんだ笑いを浮かべた。
「通信を傍受してつかんだ情報だ。第四十七宙域の惑星テルビナに大艦隊が向かっているってな。何かあるかと思って先回りしたが、まさかギル=ノマークとは。何の変哲もない鉱物惑星かと思っていたら、どうやらすごい秘密が眠ってそうだ。こんな寂れた星に留まったかいがあったな」ホセは手下に向かって言った。
「艦の整備を急がせろ。明日の夜には出発する。行き先はテルビナだ!」
翌日、ファブリスたちは宿をチェックアウトすると、そのまま市場に向かった。商品の価格をチェックしたが、値動きは昨日と大きな違いはなかった。
「どうするファブリス?」ケネスが聞く。
「昨日から考えていたんだけど、アルミニウムではどうしても儲けは少ない。艦に積めるだけ積んでも、重量が重くなって、その分燃料費がかさんでしまうと思うんだ」
「確かにな」
「でも、昨日の海賊……、ホセさんの言っていたことが気になるんだ。これから物の値段が上がるって」
「あんな連中の言うことを信じているのか」
「もちろん全面的に信じているわけじゃない。でも、あの言葉は確信に満ちていたし、嘘をついていたとも思えない」
「まあ、お前がそう思うのなら何も言わないが」
「だから、これにしようかと思う」
ファブリスは掲示板を指差した。
「超純シリコン。買値は一単位百六十五万リール。次の星カディスでの売値は百六十九万リール。これを四単位でどうだと思う?」
超純シリコンはアルミナの資源の一つであるケイ素を加工・精製し、純度を高めたものであり、主に精密機器の基盤に使われる。アルミナにはそのための製造工場があり、量こそ多くはないが生産を行っていた。テルビウムやアルミニウムに比べると単価が高く、そう多く購入できるものではない。
「超純シリコンか。まあ、そんなに価格が動く商品ではないし、悪くはないかもな」
「今の価格なら儲けは十六万リール。燃料費くらいにはなりそうね」メルルは言った。
「では、これを買って、次の星カディスに行こう」