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オープンユニバース  作者: ペタ
第3章 オルテアの悪魔
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1

 その屋敷は、オルテアの中心地にあった。


 惑星オルテア。それは第二宙域の主星である。


 第一宙域が政治と経済の中心地であるとすれば、第二宙域はどちらかというと文化と学問の中心地であった。その中でも主星のオルテアに関して言えば、経済活動も活発であり、また、一部の政府機関もあり、生産地としても商業地としても、その規模は宇宙でも指折りの存在である。まして首都星消失後は、政治的機能も担うことになり、その重要度は高まった。


 オルテアの中心地には天にそびえるような高層タワーが並び、さまざまな機能が集約され、多くの人々や飛空艇が行き交っていた。しかし、中心地から少し離れるとそこには広大な緑地帯が広がり、その中心部分には巨大な屋敷があった。


 その屋敷は真ん中に主塔とその左右に二つの塔を持ち、一番高いところは五十メートルほどある。見た目こそ古代風に作られているが、機能的には近代的な設備を持っている。この屋敷と敷地は、主に王族がこの第二宙域に来たときに宿泊するためのものである。第一宙域にはさらに立派な建物があったが、王族は余暇のためにこの第二宙域に訪れることも多く、そのために古代建築様式の建物がこの地に存在するのである。


 そして今、この建物に滞在し、事実上の主になっているのが、十七歳の少女。カタリーナ・クラウス・アウストリアだった。


 その屋敷の中でも特に荘厳な装飾と家具で彩られた一室。中型船が丸々一つ収まるくらいの大きさのその部屋は、謁見室と呼ばれていた。


 その部屋で一人の少女が、背もたれや肘掛けに豪華な細工をした椅子に座っていた。椅子の大きさに比べて明らかに不釣り合いな小柄な少女。

 白を基調としたドレスをまとい、金色の長い髪は、背中にまで伸びていた。色は白磁のように透き通るように白く、強い光を放つ印象的なその青い瞳は眠たそうに開いたり閉じかけたりを繰り返しながらも、国政に関する報告をじっと聞いていた。


「次に下院で可決された法改正の件です。宇宙航行法の第六十七条から七十一条、七十三条及び八十八条を改正するというものです。今回の法改正は以上です」


 いつものように法務省の役人がカタリーナの前に立ち、議会で審議される法案について報告を行っていた。国政は立憲君主制であり、法律は議会の議決で成立する。しかし、形式上、王の認証が必要になるため、こうして主要な法律に関する説明を行っているのである。もっとも、従前は報告など行うことすらなく、王印は宮廷の文官に預けられ、彼らが機械的に押印をするだけであったが、カタリーナはそうしたしきたりを改め、重要法案については報告を受けるようにしていた。


「それでその法改正の内容は?」

「は?」

 カタリーナの思わぬ言葉に、役人は立ち尽くした。


「だから、その法改正の内容は何だと聞いているのだ。ただ、法律の何条を改正するというのでは何のことだかわからないではないか」


「あっ、失礼しました。改正の内容ですね。しばらくお待ちください」


 役人はそういうと、腕にはめている装置を慌てて操作して、その場に映像を映し出した。自分の娘、下手したら孫のような年齢の娘に言われて慌てている様子はいささか憐れではあった。その役人の年齢は六十過ぎで、法務省の参事官という肩書だった。宮廷省への出向という扱いであり、普段は大した仕事もなく、今回も形式だけの説明と考えていて、内容について問われるとは思っていなかったのだろう。

 役人は汗をかきながらコンピュータを操作していたが、ようやくお目当てのデータが見つかったらしくほっとした様子でまた口を開いた。


「申し上げます。え~、今回改正する内容は宇宙航行法のうち、航行を故意に妨げる者に対する罰則の強化です。近年、宇宙の平穏を脅かす連中がいるために、罰則を強化し、また、そうした者への取り締まりの強化、一般の船舶に対して報告義務を課すなど、そうした内容です」


「それはどんな意味があるんだ?」

「は?」

 またしても立ち尽くす役人。


「だから、それはどんな意味があるんだ。現にアレスやらレイシアやらが我が物顔で宇宙を跋扈しているのに、現状はそれに対して手をこまねいてみているだけではないか。その法律改正を機に、ああした連中に対して断固たる態度を取るとでもいうのか?」

「いえ、そうしたことはないかと思われます。ただ、航行法を改正することにより、政府が強い態度で臨んでいるということを示し、そして、その……」

「つまり具体的な行動はないのだな」

「えっと、恐れ入りますが、私は法務省の者でありますので、そうしたご質問は、恐れ入りますが、主管局である航行省にお尋ねいただきたいと存じ上げます」

「もういい」

 カタリーナは手を振った。役人はほっとしたような表情を浮かべると、一礼すると退席して行った。


「くだらん」

 カタリーナはつぶやいた。元々王に法案を拒否するという権限はない。議会で議決されたのであれば、それが最終的な決断であり、王家がそれを覆すなんてあってはならない。だが、それでも認証する立場としてはその法案がどういう内容のものであるかを確認するくらいは最低限の義務だと考えていた。


 このカタリーナは現在、王の代わりを果たしているが、実際には正式の王ではない。首都星の消失により王は安否不明だが、死亡が確認されたわけではなく、まだ存命であるというのが法的な立場である。だが、実際には王の執務を行うことができない状態であり、その場合は、王位継承法により、王に重大な事故がある場合は、王位継承の順序が次の者が国事の行為を行うこととなっている。そしてカタリーナは王の姪という立場であり、王位継承権の順序としては九番目であった。しかし、上位の八番目までの王族は全員、消失時に第一宙域にいて、たまたまその際に第二宙域にいて難を逃れたカタリーナにその役が回ってくることになった。もっとも本人はあまり乗り気ではなく、仕方なくやっているだけであったが。

カタリーナが少しいらだちながら考えを巡らせていた時だった。


「姫様。お疲れ様でした」

 そこに立っていたのは、初老の男。名前はケンナード。肩書は侍従次長。髪と口元に生やした髭が白く、六十を少し過ぎている。

 ケンナードと一緒に入ってきた女官がいつもこの時間のとおり、紅茶とケーキを机の上に置いた。


「別に疲れてなどいない」

 カタリーナはそう言いながらも、ティーカップを手に取り、香りをかぐと一口飲んだ。

「いい香りだ」

 リンリンと鈴を鳴らしながら、白く厚い毛におおわれた中型犬が軽快な足取りでカタリーナに走り寄って行った。

「クレア。お前も飲みたいか」

 カタリーナの呼びかけに対して、犬は小さく吠えた。そんな犬を軽く撫でた。先ほどまでの仏頂面からその年の少女らしい輝く笑顔だった。


「今日の報告はいかがでしたか」

 するとカタリーナの表情が曇った。

「全くなってないな。相変わらず形式的な手続きばかり。本気で政治をしようと言う気概が感じられない」

「まあ、無理もないでしょう。首都星が消失し、すべて決めていた機能がなくなってしまったのですから」

「だからといって政治を低迷させるわけにはいかないだろう。まだ、周辺部で物資が不足している宙域は数多くある。それに加えて昨今の物価高だ。手を打たないと大変なことになるぞ」

 カタリーナは少し興奮気味に言った。そんな様子をみたケンナードは軽く笑みを浮かべた。

「笑っている場合ではない。王位の継承もそうだ。もう五年も経つのに王位は変わらず。所在すらわからない王を存置しておくことに何の意味がある。私法上でも、行方不明の状態から二年経過したのちは相続が行われるというのに、王の地位だけが変わらずというのはどういう了見だ」

「まあ、法務省にもお考えがあってのことでしょう」

 興奮気味のカタリーナに対して、ケンナードが抑えるように言う。


 このカタリーナ。まだ十七歳という若さにも関わらず、政治や経済、法律など一通りのことは学んでいる。理知に飛んでおり、判断も的確に行える。だが、一つ残念なことは、実に口が悪かった。口を閉じていれば天使のようだが……、


「あんな奴らに考えなどあるか。先例を調べるだけで、新しい事態に対応しようとしない。この異常事態に先例などあるわけないではないか。その場その場で適切な判断を行えないで、一体何のための政府か。それに元老院も権限に胡坐をかいて利権を増やそうとしているだけで、少しも建設的な政策を提案しない。あの死に損ないのじじいどもめ」


……口を開けば悪魔のようだった。


 内輪のうちで言っているのならともかく、外に対しても遠慮なく公言するため、特に「元老院の死に損ないのじじいども」には事のほか評判が悪かった。王位の継承の話が進まないのも、この姫の人となりが原因の一つであった。


「姫様。いささかお口が過ぎますぞ」

 ケンナードは慌てて周囲に視線を向けた。

「口が過ぎるだと。だったら何と言えばいい。元老院におわす無残にも生き永らえておられるご老体方とでも言えばいいか」

「姫様。表現を変えればいいというものではありません」

「お前は私に何もしゃべるなというのか」

「むしろそうしていただいた方がどんなにありがたいか」

「ふん」


 ケンナードは言っても仕方がないと分かっていながらも注意をせざるを得なかった。ケンナードは、宮内省の役人で、アウストリア家とも親交が深く、カタリーナが生まれたときから知っていた。今ではカタリーナに面と向かって注意できるのはケンナードだけになっていた。


「姫様。そういう風ですから、悪い評判を立てられるのですぞ」

 カタリーナの王位継承に反対している勢力は、カタリーナの行き過ぎた言動を捉え、王にはふさわしくないと公言していた。カタリーナはうつけ者という評判を流すものもいた。


「悪い評判? よく知っている。この私がうつけ者と呼ばれているそうだな。私がうつけなら、元老院のぼんくらなどはゾウリムシ以下ではないか」

 興奮気味に足をばたばたとさせたカタリーナの膝から、ナプキンが落ちた。すると、クレアが鈴を鳴らして近づいてきて、落ちたナプキンをくわえ、カタリーナの足元で渡そうとした。

「クレア。お前は本当にいい子だな。元老院の連中なんかよりもこのクレアの方がよっぽどものの役に立つわ」

 そう言ってクレアをなでるカタリーナを見て、ケンナードは小さくため息をついた。

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