2-6
6
心臓の鼓動が速まっているのを感じていた。
用意された控室。個室ではなく、五十人分の席があるその部屋は、半分くらいの席が埋まっていた。緊張を隠せない者、音楽を聞いて集中している者、和やかに近くの人と話している者、様子は様々だった。
久しぶりの緊張感。ニナはそんな感覚を覚えながらも、レースが始まるのを楽しみに待っていた。
小型機のレースの後、中型機のレースが始まった。控室に備え付けられたモニターでそれまでのレースを見た。衝突してパイロットが死ぬ場面が何回もあった。そんな様子が映し出されると、控室にいたパイロットのある者は声を上げ、またある者は目をそらした。しかし、ニナは冷静にその映像を見つめ、衝突の原因を確認していた。恐怖心は感じなかった。おそらく自分は感覚的に少し人とは違うのだろうという思いはあった。
コースについては、事前に3D映像で実際のコースの飛行をシミュレートすることができたので、何度も試してコースの状況はつかんでいた。しかし、シミュレートには他の飛空艇が飛んでいるわけではなく、実際に飛んでみないと細かい感覚まではわからなかった。
「中型機部門、第三レース参加者は移動をお願いします」
部屋にアナウンスが流れた。ニナは真っ先に立ち上がると、あらかじめ指定されていた格納庫に向かった。
スタジアムの地下には格納庫があり、そこには数多くの飛行艇が待機してあった。ほとんどが飛行に特化した飛行艇であり、戦闘を目的とした戦闘艇でレースに挑む者はゼロではなかったが少なかった。しかし、ニナはそんなことは大して気にも留めていなかった。
ニナは戦闘艇に乗り込んだ。床が動いて、戦闘艇は自動的に格納庫を出て滑走路の手前へと向かっていく。そして、滑走路まで来ると、そこで誘導員の指示に従って、停止状態から出力を上げ、上り坂の滑走路を前方に向かって加速していく。そして、戦闘艇が外に出ると、機体は日の光に包まれると同時に離陸した。そのまま三百メートルほどまで高度を上げると、すぐ横には大観衆で埋まるスタジアムがあった。
スタジアムの上空に向かうため、速度を落とし、旋回する。操縦をしながらニナは若干の違和感を感じていた。
部品を変えたために操縦の感覚が以前とは少し違っていた。何度か試運転はしてみたが、それでも何年も乗っていてそれまでの操縦感覚が体に染みついていたために、新しい感覚に完全に慣れるためにはもう少し時間が必要のようだった。
スタジアムの上空三百メートル。そこにはこれからレースを行う中型機二十三機が空に浮かんでいた。皆、スタートの合図を待っている。
ニナはスタジアムを見下ろした。人は点のように小さく見えた。ファブリスたちが座っているだろう大よその位置は分かっていたが、上空からだと特定はできなかった。
(あるいは、ガイナスの巨体なら見えるかな)
ふとそんな考えが頭によぎって、思わず苦笑した。
「あと二分でスタートです」
機内のスピーカーから女性の声が流れた。それと同時に戦闘艇内のモニターに数字が表示される。百二十という表示から一秒ごとに数字が減っていく。戦闘艇内は防音のため、外の音はほとんど聞こえない。隔絶された空間の中で、ニナは目を閉じ、心を落ち着かせる。操縦桿を握る手に少し汗を感じる。
周囲の飛空艇のパイロットも同じような気持ちなのだろうかとニナは戦闘艇の外を見回した。近くには他の飛空艇の姿は見えるが、パイロットの表情まではうかがうことはできなかった。
やがてカウントダウンが三十秒を切った。すると、目の前の空に大きく数字が表示され、そこでもカウントダウンが行われる。ニナはエンジン出力を最大の一つ手前まで上げた。機体の振動が大きくなる。そして、カウントダウンの数字が一秒ごとに減っていき、やがて、数字はゼロになった。
全機が一斉にスタートを切った。




