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レース当日も変わらずに乾いた快晴だった。このテクスターでは、まれに人工的に雨を降らせることはあっても、自然の降雨はないとのことだった。
その日は、テクスターだけでなく近くの星からもレースの見学や参加する人もいるようで人が多く、みんなどこか浮かれた様子で、星全体がお祭りのようだった。
特に、レースのスタート地点である街の外れにあるスタジアム周辺は、人であふれて、多くの数の飛空艇が周囲を飛行していた。
街のあちこちで花火が上がり、売店が開かれ、レースを放送する立体映像が空やビルの壁に投影されていた。
そんな町の様子を見ながらファブリスたちは会場へと向かっていた。参加者枠ということでスタジアムに入るための人数分のチケットは入手できていた。ニナは一足先に会場に行っていた。
「まるでお祭りだね」
メルルが周辺を見回して言った。
「この宙域でもアマチュア参加のレースとしては最大規模のレースの一つみたいだから、みんな注目しているのだろうね」
ファブリス自身、少し前まではレースのことなど露ほども知らなかったわけだが、さすがに最低限の下調べはしていた。
このレースは、戦闘艇や飛空艇がその重量に応じて大型、中型、小型の三つに区分される。ニナが乗る戦闘艇は中型機に分類される。それぞれの型ごとにまず予選が行われる。中型機の出場数は約三百機であり、それが十三のブロックに分かれる。それぞれのブロックごとに一位と二位になると、三日後に開催される本選に出場できる。本選では五位までに賞金が授与され、さらに一位と二位は、半年後に第二宙域の主星オルテアで開催される全宇宙規模のレースに出場する資格を得ることができる。
十万人を収容できるという楕円形のスタジアムはほとんどの席が埋まっていた。会場のところどころには、まだ午前中にも関わらず酒を飲んで騒いでいるにぎやかな集団もいて、ここもお祭りのような雰囲気だった。会場内に設置された巨大なスクリーンには、今日のレースの内容の説明が表示されていた。ニナが出場する組のレースの開始は午前十二時前後とのことだった。その組では二十三機の中型機が勝敗を競うことになる。
「ニナは大丈夫かな」
メルルが心配そうに言った。
ニナは、朝、整備工場から戦闘艇でレース場に向かうために一足早くホテルを出ていた。ファブリスとメルルも一緒に行くと言ったが、やんわりと断られた。ニナの表情はいつものように冷静だったが、かといって、これだけ注目されているレースなのだから、さすがのニナも緊張しているだろうと思った。
「ニナなら大丈夫だよ。レースを楽しめるといいね」
ファブリス自身、気楽な気持ちでニナを送り出したが、思っていたよりもずっと大規模なレースだったことを知り、認識が甘かったことを悟った。だけど、ニナならあまり動じることなく、この雰囲気を楽しむのではないかという思いもあった。
「そろそろ次のレースが始まるみたいだな」
ケネスの言葉に一同はスタジアムの中央上空に視線を向けた。スタジアムの上空には、形の異なる小型の戦闘艇や飛空艇が二十機ほどスタンバイしていた。スタジアムの天井は空に向かって開かれ、外に開放されているように見えるが、実際にはスタジアムと空との間には透明のシールドが張られており、飛行艇が上空で出力を全開にしても、スタジアムには影響がない作りになっている。
現在、上空で待機している組が小型機のレースの最後で、その次から中型機のレースが始まる。ニナの出番は中型機の三つの目の組だった。
「さあ、いよいよ小型機のレースも残すところあと一組になりました。二十一機が本選出場を目指します」
男のアナウンサーによる実況がスタジアムに響いた。
観客の視線が上空に向けられる。
スタジアムの掲示板に数字が投影され、カウントダウンが始まる。表示は三十秒から始まって、数字が小さくなっていく。そして、数字がゼロになると同時に、大砲のような音が鳴った。それを合図に全機が一斉にスタートを切った。
全ての機体が急加速をして、遠くの空の中に吸い込まれていく。たちまちその姿を目で追うのが困難になる。スタジアムでは、上空に複数の巨大な映像が映し出されて、それでレースの状況が分かるようになっている。
「さて、各機はスタジアムを離れ、荒野を抜け、竜の傷跡に向かいます」
投影された映像には、小型機の集団を横から映し出していた。スタジアムを少し離れると荒野が広がる。青い空と土色の台地がはるか遠方まで広がっていた。
小型機たちは猛スピードで荒野を横断する。今のところ先頭から最後尾までの差は小さく、団子状態になっている。
前方の空に下向きの矢印が映し出された。矢印が示す先の台地には、荒野に深く刻まれた長さが五百キロにも及ぶ巨大な断層が伸びている。この断層は、竜の傷跡と呼ばれている。
先頭を飛ぶ小型機が機体を前に傾けて、急降下して断層に飛び込む。続いて、同じ軌跡を描いて後続機も次々と飛び込んでいく。断層の幅は広いところで三百メートル、狭いところでは五十メートルほどである。小型機の幅なら横に並んで飛行することも可能だが、それでも各機、猛スピードで飛んでいるため、少しでも操作を誤ると、壁に衝突することになる。
「さて、全機、傷跡に飛び込んだ。ここからが本番開始だ」
映像は次々と切り替わって、断層の様子が映し出される。
断層で少しスピードを落とした先頭の小型機を、後ろにつけていた別の小型機が加速しつつ下から追い抜いた。そのあとをさらに別の小型機が続く。地面すれすれを通る様子を見て、観客から歓声が上がる。
さらに、その後につけていた小型機が同じように下から前に抜けようとした。しかし、次の瞬間、その小型機は爆炎に包まれた。低く飛びすぎて、地面から飛び出ていた岩に衝突したようだ。映像がアップになり火だるまを映す。
「おおっと、早くも脱落か。衝突したのは六番機だ」
会場内の歓声がどよめきに変わる。飛行艇は炎の塊となり回転しながら、壁にぶつかり機体は四散した。猛スピードで突っ込んだためにパイロットの命がないことは明らかだった。しかし、レースは何事もなかったかのように進められる。
「お兄ちゃん」
メルルが表情を凍らせてファブリスの方を向く。
「大丈夫だよ。ニナなら。ニナは操縦もうまいし、それにそんなに無理はしないだろう」
そう言いながら、ファブリスはまた映像の方に目を向ける。ほかに衝突に巻き込まれた機はないようだ。
「さあ、現在トップは十八番機。パイロットは、ジョゼフ=アミード。今回で出場八回目のパイロット。本選には五回出場したことのあるベテランだ。続くのは七番機。パイロットは、アルベルト=チョペル。こちらは出場十三回。本選経験七回。チョペルは、トップの後ろにつけてゴール付近で抜くというのがいつものパターンだ。さて今回はどうなるか」
その後も上位のパイロットたちの紹介が続く。上位のパイロットの多くはこれまでにもレースの出場経験があるようだ。
各機はコースの中間の辺りまで来た。そこから断層は右に緩やかなカーブを描く。幅も更に狭いところがあり、衝突が多い場所である。
「さて、ここで三番手の十一番機のカミルが加速。前に出ようとしている」
十一番機が、前を行く小型機をカーブの内側から強引に抜こうとしていた。このため、かなり壁際すれすれを通過しようとしていた。トップの十八番機はアウトからインへと抜けようとしていて、二機が交差しそうになった。そして次の瞬間、急にバランスを失った十一番機が不自然に機体を傾け、そのまま高速で壁に突っ込んで爆発した。
「おっとどうした十一番機。壁に触れたか」
またしてもスタジアムに上がるどよめき。しかし、それを打ち消すように歓声も続いていた。
「もう見ていられないよ」
メルルはそう言って視線を落とした。ファブリスはそれでも目をそらさずにレースの様子を見ていた。
長く続く緩いカーブを抜けると、そこから巨大な空洞が広がっている。直径二十キロの広さがあり、大昔に隕石が衝突した後だとも言われているすり鉢状のクレーターだった。その先には壁に穴が空いており、そこから狭いトンネルが伸びていて、コースはそこを抜けて地上に至る。
「さあ、ここが最後の難関だ。トップのまま逃げ切れるか」
クレーターに入ると、各機は全速力で飛行した。ここでも順位が入れ替わる。各機はトンネルに入るためにすぐにまた減速した。
トンネルは入口こそやや広いが、奥は狭くなっている。中で他機を追い抜くのはほとんど不可能なので、どれだけ早くこのトンネルに飛び込むかで順位が決まる。
先頭を飛んでいた十八番機が減速したが、二番手を飛行していた七番機はそのタイミングを逃さず、ほとんど減速することなく横から十八番機を追い抜き、トンネルに飛び込んだ。トンネルの壁まですれすれのところを飛び、ちょっとでも操縦を誤っていたら衝突は免れなかっただろう。
トンネルは斜め上に向かって伸びている。中には光はなく、各機のライトで暗闇を照らす。そこを飛行する時間はわずか三十秒ほど。先頭を飛ぶ飛空艇の後ろには数珠つなぎに他の機が高速で通過していく。トンネルが終わるところには光が差し込み、各機は地上へと戻った。
そこからはゴールに向かって大地の上を飛ぶことになる。各機、地上に出ると出力を最大にして加速するが、結局、トンネルを最初に抜けた十八番機がトップを守りきり、それ以降も順位の変動はなく、上位を飛行していた機が上位につけた。
「さあ、これで小型機の本選出場、二十四機が出揃った。続いて三十分後に中型機のレースが始まります」
そのアナウンスを最後に、しばらくの休憩時間となった。




