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翌日も天気がよく、空気が乾いていて、遠くにそびえる天を貫くような高さの岩山がくっきりと見えた。少し気温は低かったが過ごしやすい気候だった。
ファブリスたちは前日にファルメルを預けた整備工場に行くと、整備士と見積もりの内容を確認しあい、価格交渉の後、両者合意をして契約を結んだ。
「それじゃあ、七日後ということで、終わったら連絡するから、引き取りに来てくれ」
ファブリスたちが工場を立ち去ろうとしたときに、昨日、購入した戦闘艇の部品がちょうど届いた。購入した店の作業員も同行していた。
作業員は戦闘艇を確認すると、早速作業に取り掛かった。戦闘艇の後ろに回ると、後部のボルトを外し、機体を開いた。ニナはそんな作業を少し心配そうに眺めていた。
作業員は手慣れた手つきで部品を取りつけた。作業は十分もかからなかった。
「取り付け完了です。動作確認のため、エンジンを点火してもらえますか」
「わかった」
ニナは操縦席に座ると、周囲を確認してからエンジンに点火した。取り付け前に比べると、出力が上がっていることを確認した。三回ほど動作を繰り返し、いずれも安定していることを確認した。
「問題はなさそうだ」
ニナの言葉に作業員はうなずいた。
「それではこちらの作業は終了です。試運転をしてみて何か不具合などあったら言ってください。調整しますので」
「わかった。ありがとう」
ニナは機体の周りを一周して一通り外から確認すると、また、操縦席に戻った。
「じゃあ、少し飛んでくる」
ニナはファブリスたちに言った。そして、計器類を一通り確認すると、何かを思い出したかのように、また、ファブリスたちの方に顔を向けた。
「よかったら……、誰か一緒に乗らないか」
「えっ、いいの?」
真っ先に反応したのはメルルだった。
「メルルが乗ってみたいのなら一緒に行ったらどうだ」
ファブリスは笑って言ったが、一方のメルルは悩むような表情だった。
「えっ、でも、私が乗っていいのかな」
「問題ないだろう。僕も以前、ダーニアで乗ったことあるし」
あの時は巨鳥にぶつかってその後大変なことになったが、このテクスターではそういうことはありえないだろうと思った。
「どうするメルル?」
ニナからの問いかけに、メルルは黙ってうなずいた。メルルにとって戦闘艇に乗るのは初めてだった。
晴れ渡った空の下、町から少し離れると、風景は岩だらけの荒野へと変わった。起伏が激しく、遠くにはぎざぎざの形状の山が見える。ニナとメルルを乗せた戦闘艇は、高度五百メートルくらいのところを飛行していた。
「やっぱり輸送船とは全然違うね」
外の風景を見ながらメルルは少し興奮した様子で言った。広いファルメルとは違い、戦闘艇は座席が狭く、すぐそこに外の世界が広がっている。そのためかスピードもかなり速く感じる。
「機動性能がだいぶ違うからな。宇宙空間だと違いが分かりにくいが、地上だとかなり違ってくる」
ニナは後ろを振り返らずに言った。
先ほどから荒野の上を加速と減速、上昇と下降を繰り返している。重力制御装置のせいでGを感じることはなかったが、それでも軌道が変わるたびにメルルは歓声を上げた。
「それで戦闘艇の調子はどう?」
本来の趣旨を思い出してニナに聞いた。
「ああ。だいぶよくなった。まだ、私の方が新しい感覚に慣れていないが、これならまったく問題ない」
「よかったね。それなら今度のレースも大丈夫だね」
そういうメルルの視界には遠くを飛ぶ飛空艇の姿がいくつも見えた。何もない荒野の上空であり、いずれの飛空艇も何かを運んでいるというよりは飛ぶことそのものが目的のように見える。
「あれも今度のレースに出る飛空艇なのかな」
メルルが見つめる先にニナも視線を向けた。
「たぶんそうだろう。この辺りがコースになるみたいだから」
レースのコースについては当日に発表される予定であったが、毎年、この周辺がコースになっているとのことだった。
「じゃあ、ニナももっと飛んでみたら?」
「それはいいが、メルルは大丈夫なのか」
先ほどから後部座席のメルルを気遣って多少控え目に飛んでいた。
「私なら大丈夫だよ。速いの好きだし」
「それなら安心した。もう少し加速してみる」
ニナはそう宣言すると、戦闘艇は急加速をした。歓声を上げるメルルを乗せ、戦闘艇は黒い機体に陽光を集めながら、他の飛行艇が舞う荒野の向こうへと飛んで行った。




