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惑星テクスター。それは工業惑星として知られていた。
第三十六宙域の主星イリスは経済都市であったが、そのイリスで取引される工業製品の多くが、テクスターで製造されたものであった。
人口こそイリスには遠く及ばないが、製品の生産と販売が活発で、商人の往来も多く、星の中心街におけるにぎわいという点ではイリスに勝るとも劣らない惑星であった。
「うわー。建物がびっしりと並んでいるね」
上空から見渡したテクスターには、ほとんど緑が見えなかった。町の中心地には高層の建物が立ち並んでいるが、その周囲には中低層の建物が隙間なく並んでいた。そして、町から少し離れると、そこは土色で塗りつぶされた荒野であった。
「ここならファルメルのフルメンテナンスにももってこいだろう」
「うん。そうだね」
ケネスの言葉にファブリスが答えた。
テルビナからここまで、途中で立ち寄った星でファルメルの機器類のチェックや設備点検、簡単な修理などは行ってきたが、さすがに長く航行を続けていると機器類に故障などが出るようになっていた。簡易的な補修ではなく、部品の交換も含めた全体的なメンテナンスが必要だった。
「まあ、ここまで簡単な補修だけでよく持ったもんだ」
ケネスの言葉にファブリスはうなずいた。ファブリスもテルビナで整備の仕事をやっていたので、船の痛み具合は感覚的に把握していた。作りが荒い船だと、一度、宇宙に上がり、別の星で大気圏を越えて着陸しただけでいくつかの機器が故障することもある。それに比べて、ファルメルは作りが頑丈なため、何回も宇宙に出て、着陸を行ってきたが、大きな故障などはなかった。しかし、それも限界を迎えていた。
それともう一つ、ファブリスが密かに考えていることがあった。
ファルメルは小型船のため、どうしても積める荷物の量に制限がある。ディダからイリスの間でも、イリスからここテクスターとの間でも、もっと商品を運べる船だったらもっと利益を稼ぐことができた。中型船を新たに購入することはさすがに予算オーバーだったが、もう一隻小型船を買うのは不可能ではないと思っていた。船の操縦ができるガイナスが加わり、操縦者が四人になったので航行には問題ない。だが、そうするにはお金がかかる。船にお金をかけすぎると、肝心の商品を買うお金が不足してしまう。新たに船を追加するにしても、もう少し稼いでからかなと漠然と思っていた。
「じゃあ、着陸先は第三区画でいいな」
「うん。そうしよう」
他の主要な星だと、町の中心地に大きな宇宙港があるのが普通だが、ここテクスターでは小さな宇宙港が区画ごとに設置されている。区画は大きく四つに分かれていて、第一区画には大型船の整備や部品の販売を主に行う店が集積していて、第二区画では主に中型船、第三区画では小型船と戦闘艇を取り扱う。第四区画では船種の関係なしに様々なジャンク部品などを取り扱っている。
「よし。それじゃあ着陸するぞ」
ケネスの声がかかると、一同は座席などに座って、着陸の衝撃に備えた。
「う~ん。まだしばらく持つとは思うが、何分設備が古いからな。ちゃんと見てみないと何とも言えないが」
整備士は、整備工場の敷地に泊っているファルメルを十分ほど見たあと、渋い表情を浮かべた。男は四十代くらいで顔はよく日に焼けている。身長こそファブリスと同じくらいだが、かなりがっしりした体格の男だった。
「やっぱりそうか。材料などは手に入りそうか」
「まあ、だいぶ古い部品も使っているようだが、それはこのテクスターなら何とかなるだろう」
整備士とケネスが話をしているのを、ファブリスとメルルは不安そうな顔で聞いていた。
「この先どこまで行く予定なんだ」
整備士はファブリスに向かって言った。
「第二宙域まで行く予定です」
「第二宙域か。遠いな。大ワープは使うのか?」
「できればあまり使わない方向で」
「そうなると、ここら辺でちゃんとメンテをしておいた方がいい。この先、ちゃんとした部品が手に入るところも限られているから、少し予備の部品も買っておいた方がいいぞ」
「確かにそうですね」
整備士の言っていることは、大体ケネスとファブリスが想定していた内容であった。
「それで、メンテには時間がどれくらいかかりますか?」
「そうだな。ちゃんと見てみないと正確なことは言えないが、部品の取り寄せも必要になるから、ざっと、一週間というところかな」
「一週間ですか」
それもファブリスの予想していた範囲だった。フルメンテとなると一週間から状態によっては一か月かかることもある。
ファブリスはうなずいた。
「分かりました。まずは見積もりの方をお願いできますか」
「了解した。今日中には見積もりができると思うから、それを見てから、契約するかどうか決めてくれ」
男はそう言うとまた、工具を片手にファルメルの点検に取り掛かった。
「一週間か。結構かかるんだね」
通りを歩きながらメルルが言った。一行は整備工場を後にすると、中心街へと向かっていた。
「まあ、一週間なら早い方だと思うよ」
これはファブリスの正直な気持ちだった。
テクスターの第三区画は、船の製造を行う地区と、修理や部品の販売を行っている地区に分けられている。今、ファブリスたちがいるのは、その後者であり、近くには、整備工場があり、また、通りには様々な部品を販売している店が並んでいた。人通りもそれなりに多かったが、その多くが整備士など整備関係の人のようだった。
「それよりこれから一週間。どうするか」
ケネスの声にファブリスは少し考えてから答えた。
「ここまでかなり急ぎ足で来たから、少しここら辺で休養を取るのもいいと思う。保安局のことがあるから、あまり油断するわけにもいかないけど」
保安局はそれ以降現れることはなかった。イリスからテクスターへの間もそれらしき姿はなかったが、それでもいつどこから現れるか分からないため油断はできない。
「ところで戦闘艇のパーツの売り場はここら辺にあるのか」
先ほどから周囲をきょろきょろ伺っていたニナが聞いた。ファブリスは地図を確認すると言った。
「戦闘艇なら、ここから二ブロック行ったあたりだね。行ってみようか」
「うん。そうしよう」
普段クールなニナだが、このときはおもちゃを買いに行く子供のように無邪気な様子だった。
一行は街並みを見ながら歩いた。周囲には新型の船や新機能の部品を宣伝する立体映像などがあちこちで流れていて、目を引いた。
そして、戦闘艇を扱う区画に着いたとき、ニナは通りの真ん中で立ち止まった。
「すごい。これ全部、戦闘艇のパーツを売っているのか」
そこには歩行者専用の広い通りがまっすぐに走り、通りの左右には、小さな店舗が数多く、遠くが見えないほど向こうまで並んでいた。
ニナはその光景に感動してしばし見とれていた。だが、そんな自分を見ているファブリスたちの視線に気が付くと、はっと我に返って、普段の冷静な表情に戻った。だが、その視線は近くの店へと向けられていた。
「私は少しこの辺りを見ていきたいんだが」
ニナは遠慮がちに言った。
「うん。いいんじゃないかな。僕も戦闘艇の部品とかには興味あるし。どんなパーツがあるか見てみたい」
「私もニナに付き合うよ。ディダでは買い物に付き合ってくれたしね」メルルも笑って言った。
「じゃあ、しばらくはこの辺りを見て周るか」
ケネスはそう言うと、後ろに聳え立つガイナスを振り返った。
「あんたもそれでいいか?」
「異存はない」
ガイナスは表情を変えずに言った。
ニナは早速、手近の中層のビルにあるショップに入って行った。ビルのすべてのフロアが部品の売り場のようだった。ファブリスたちもそれに続いた。
ショップの中は、フロアごとにエンジン部品や冷却器、オイルなど取り扱うものごとに分かれていた。現物もかなり多く展示されていて、なかなか見ごたえがあった。
「エンジン部品は大分値下がりしているな。そろそろ買い時かな。でも冷却器もそろそろ交換したいしな」
ニナは少し興奮気味に商品を見ていた。
「エンジンもこんなにたくさん種類があるんだ」
ファブリスはフロアを覆い尽くす部品の多さに驚いていた。
「私もモニターでは見たことはあったが、これだけたくさんの現物を見るのは初めてだ。カディスでは店が三つしかなく、品ぞろえも限られていたしな。おっ、これもすごいな」
そういうとニナはまた、別の部品に注意を向けていた。
各フロアを回って、時折ニナは目を輝かせて、商品の方に近寄って行った。ファブリスには、ニナがどの商品に興味を示すかという基準がよく分からなかった。
そして一通り店の商品を見回った後、また、最初の入口に戻ってきた。
「何か欲しい物はあったの?」
「まあ、もちろんほしい物はあったが……」
メルルの問いかけにニナは言葉を濁した。
「どれ?」
「例えばある部品なんだが、今のエンジンを取り換えることなく、パワーアップすることができる。今では標準的になってきているのだが、私の戦闘艇にはついていない」
「そうなんだ。それでいくら?」
「三十八万リール」
「そんなに高くないし、買ったらいいんじゃないかな」
「だが、私はそんなにお金を持っていない」
「お金は運用資金から出すよ。これから何かあったら戦闘艇に助けられることもあるだろうし、そのときにはやっぱり性能がいい方がいいよね。ねえ、お兄ちゃん」
「うん。僕もそれでいいと思う」
「そう言ってくれるとありがたい」
ニナは目を輝かせながらそう言った。
「でも三十八万は少し高いな」
そう言ったのはケネスだった。ファブリスは少し怪訝な表情を浮かべた。
「そうかな? 妥当な値段だと思うけど」
「商人なら値切れってことだ。ちょっと俺が行ってくる」
そう言うと、一行は部品が売られているフロアに戻り、ケネスは店員を捕まえて交渉を始めた。
「わかった。三十二万五千リール。これ以上はびた一文負けられない」
店員は疲れ果てた表情で言った。
「よし。それじゃあ、その値段で」
ケネスは手を差し出して、半ば強引に相手と握手をした。
「ずいぶん下がるものだな」
ニナは半分驚き半分あきれてそう言った。
「まあ、この手の店じゃ交渉するのが普通だからな。値札の価格なんて参考価格と思っていた方がいいぞ」
ケネスは店員と二十分ほど交渉してじりじりと値段を下げていった。途中からメルルも加わり、二人がかりで下げていった。最後の一押しはメルルのお願いが功を奏したように思えた。
購入した部品は、ファルメルが停めてある整備工場に明日、直接搬送されるように手配した。取り付けは店の人がやってくれるのだが、その間は立ち合いが必要とのことだった。
そうした手続きを済ませた後、去り際に、店員が声をかけてきた。
「あんたら、今度のレースに出るつもりか?」
ファブリスは相手の言っていることがするには理解できず、周りを見回した。ファブリスの視線を受けたメルルたちも首を振った。
「レースって何の話ですか? とりあえずそんな予定はないけど」
「そうか。ならいい」
店員はそれだけ言うと、売り場に戻って行った。
「レースなんてあるのか」
外に向かいながらニナが誰ともなしにつぶやいた。
「もしかしてこれのことかな」
ファブリスは店の外に出ると、反対側のビルに映し出されている映像を指さした。
ビルの壁一面に光る大きな映像。そこには小型の船が大空を駆け巡る様子が映し出されていた。そして、そのあと、レースの開催日と詳細が映し出された。
それは、ここテクスターの荒野で開催されるレースだった。開催は二日後。前日までエントリー可能とのことだ。機体のスペックなど出場条件も示されていた。
「面白そうだね。ニナ、出てみたらどう?」
「だが、レースなんてやったことないし」
ニナは遠慮した様子でそう言いながらも、映像から目を離さなかった。
「まあ、いいんじゃないか。どうせファルメルのメンテであと一週間ほどは動けないんだから、丁度いいじゃないか」
ファブリスの言葉に、ニナは思考を巡らせるように少し沈黙したが、やがて口を開いた。
「そうか。分かった。実は興味がないわけではない」
そう言うニナの目は輝いていた。




