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第二章 黒い翼
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惑星イリスから次の目的地、テクスターまでは四日の行程である。現在は、ケネスがファルメルの操縦席に座り、ファブリスはリビングでテクスターの様子を調べていた。
モニターを複数開き、立体の地図情報や市場における物資の相場、取引の状況、それに政治状況などをチェックしていた。
「これがテクスターか」
後ろから声をかけてきたのはニナだった。
「うん。かなりいろいろな種類の商品が取引されているみたいだね。ほとんどが工業用製品だけど」
「テクスターは工業の町ということのようだからな」
出会ってしばらくはニナとの会話がうまく成立しなかったファブリスだったが、最近では普通に話せるようになっていた。
「資源はそれなりの値段で売れそうだよ」
イリスでは積めるだけの資源を購入した。イリスにおける資源の購入価格は第四十七宙域よりも高かったが、テクスターでの資源の売却価格はそれ以上だった。
ファブリスはモニターの一つを操作して、地図の一部分を拡大した。
「町のこの辺りが、宇宙船や戦闘艇のパーツなんかを取り扱っている店がある地域みたいだよ」
地図には広い地域が表示されていたが、そのうち、パーツ関係の店が赤く示されていた。それによると、その辺りの半分以上、ざっと見ても百店以上がパーツ関連の店だった。
「こんなにあるのか」
ニナはモニターに顔を寄せると驚いたように言った。ファブリスもモニターに顔を向けていたため、自然と二人の顔が接近した。
ファブリスは気恥ずかしさを感じて、少し顔を逸らした。
「この辺り以外にも大きな店舗がいくつもあるみたいだよ。このテクスターにないものはないと言われるくらいだからね」
「そうか。それは楽しみだ」
ニナは少し興奮気味で、その表情に軽く笑顔を浮かべていた。ニナが笑顔を浮かべることはあまりないために、その表情を見たファブリスもうれしくなった。
「ご飯ができたよ~」
メルルが声を上げた。その声に導かれるようにファブリスとニナもモニターの前を離れた。その時間は皆起きており、全員でテーブルを囲む。
ケネスは操縦席にいるため、少し離れているが、ファブリス、メルル、ニナ、そしてガイナスがテーブルを囲んだ。
「何か、ずいぶんにぎやかになったね」
メルルは笑顔で言った。
テルビナにいるときは、たまに近所の人や友達と一緒に食事することもあったが、基本的に家では二人だった。テルビナを出発した時にはケネスが加わり三人だったが、その後ニナ、そしてガイナスが加わり今では五人になった。
今回の食事は、ラザニアとミネストローネだった。冷凍されたものを解凍しただけであったが、それでもみんなで食べるとおいしく感じた。
「お兄ちゃん。次はどんな星なの? またイリスみたいな大きな星?」
メルルは目を輝かせて言った。
「次のテクスターはそれほど大きな星じゃないみたいだね。人口もディダやイリスよりも少ないみたいだし。でも、造船技術で有名なんで、いろいろな宇宙船が見られるみたいだよ」
「それは楽しみだね」
そう言うと、メルルはスプーンにすくったミネストローネを口にした。
ファブリスはそんなメルルの表情を不思議そうに眺めた。
「どうしたんだ。ファブリス」
ファブリスの表情に気が付いたニナが声をかけた。
「いや。何か不思議だなって思って。つい一か月くらい前まではテルビナで毎日同じ景色を見ていたのに、今ではこうやっていろいろな星を訪れることができて」
「本当。そうだね」
メルルもしみじみと言った。
テルビナでの日々が決して退屈だったわけではないが、それでもいつも宇宙へのあこがれがあった。それが今こうして当たり前のように星々を航行する自分に、時々違和感を覚えることがあった。
「ガイナスさんもいろいろな星に行ったことあるの?」
黙々と食事をしていたガイナスにメルルが話を振った。
「そうだな。警備の仕事を始めてからは、VIPの警護のために様々な星に行った」
「それはうらやましいなあ」
メルルは声を上げた。それに答えるガイナスはあくまでも無表情だった。
「そうでもない。仕事で自分のために使える時間はほとんどない。覚えている光景は宇宙港とホテルと、あとはイベントの会場なんかで、星の特徴なんかはあまり覚えていない」
「そうなんだ。そうだよね。お仕事なんだもんね」
メルルは少し反省したように言った。
「僕たちも一応仕事だけど、それでもやっぱりいろいろ見て回りたい。ガイナスさんもこうやってご一緒しているんで、いろいろなところを見て回りましょう」
「わかった」
ガイナスは短く答えると、表情を変えることなくまた、食事を再開した。
「ねえ、ケネスさんも一緒に食べない?」
メルルは操縦席のケネスに声をかけた。
「俺はあとででいい」
ケネスは振り返らないで言った。
ガイナスも輸送艦の操縦ができるため、メルルを除く四人で順番に操縦を担当することになった。このため、操縦のローテーションにもかなり余裕ができていた。メルルも十六歳の誕生日になれば宇宙船の操縦ライセンスの取得ができるため、最近ではそのための勉強をし、時間が空いているときは、操縦している人のそばで操縦の仕方を教わったりしていた。




